第154話 海鮮パスタ各種


 「南、大丈夫か?」


 その一言に、意識が覚醒した。

 目を開けてみれば、ご主人様方が心配そうにこちらを覗き込んでいる。


 「えっと……」


 状況が理解出来ず、視線を逸らしてみれば真上では聖女様まで覗き込んでいる。

 というか、彼女の膝に頭を預けている状況の様だ。

 どうなったらこういう事になるのだろう、本気で混乱し始め思わず起き上がった瞬間。


 「ピギュッ」


 お腹の上には大根丸が乗っかっていた。

 なんで皆集合しているんだろう?

 とかなんとか、更に視線を動かしてみれば甲板の上。

 手元には釣り竿が固定してある事から、多分釣りの途中で居眠りしてしまったのか……しかしなんで私は横になっているんだ?


 『どうしたんだい猫娘。えらくうなされていたと思えば、最後はニヤニヤしていたよ?』


 カナさんの言葉を聞いた瞬間、ズバンッと掌を自分の顔面に打ち付けた。

 止めてくれ、頼むから。

 というかこれだけ集まっているって事は、皆様に変な寝顔を見られたと言う事なのか?


 「望ちゃんの回復魔法のお陰かもな。ま、なんもないなら良かったわ」


 「本当に大丈夫? 無理せず休んでて良いからね? 嫌な夢でも見た?」


 ケラケラと笑いながら西田様は鍋の元へと戻り、やけに心配そうな雰囲気の東様は大きな手を私の頭に乗せて来る。

 というか、私は調理が始まる時間まで寝コケていたのか。

 不味い、完全にサボってしまった。

 慌てて体を起こしてみれば、今度はご主人様に顔面を捕まれ再び聖女様の膝の上へと戻される。


 「寝てろ」


 「いえ、しかし」


 「最近、あんまり眠れてないだろ」


 その言葉に、グッと唇を噛んだ。

 確かに、“あのエルフ”と出会ってからあまり深く眠れなくなってしまった。

 怖かった。

 久しぶりに眼前まで“死”が迫った気がして。

 だから昔の夢なんか見る様になったのだろう。

 でも、それ以上に。

 “アレ”から私達を必死で守ろうとするご主人様方が。

 何よりも、彼が“殺す為”に踏み出したその瞬間が、一番怖かったのだ。

 こんな世界だ、他者の命を奪う事なんて珍しくも何ともない。

 でも彼らは違うのだ。

 今まで守って来たその“ライン”を超えて、どこか遠くへ行ってしまう様で。

 置いて行かれてしまいそうで。

 とても、怖かったのだ。

 まるでダッシュバードの巣に飛び込む時の彼等をもう一度目の当たりにしている様で。

 誰かを守る為には“殺す”覚悟が出来るのに、自らの命は他者よりも軽く見ている様で。

 とてもとても、怖かったのだ。

 だからこそ。


 「どこにも、行きませんよね……」


 私に触れるその手を、強く握りしめた。

 放したら何処かへ行ってしまいそうで、ふとした瞬間に消えてしまいそうで。

 自分でも、何を言っているのだろうと思ってしまう。

 彼らは強い、竜を複数体倒す程の強者だ。

 普通はそんな“人族”居る訳がない。

 飯島のダンジョンで出会った化け物エルフだって対処出来てしまう程に、とんでもない力を持っている。

 それが分かっているのに、分かっている筈なのに。

 急に居なくなってしまうのではないか、私一人残して三人でどこかへ行ってしまうんじゃないかという恐怖に駆られるのだ。

 彼等は一度決めてしまえば、行動が早い。

 だから余計に怖いのだ。

 私達の為になんて言って、目が覚めたら居なくなっていそうで。


 「“悪食”は、ずっと一緒に居ますよね……?」


 絆だ何だと綺麗事を述べて、未だ私の首に巻き付いている“奴隷の首輪”。

 これだって、言い方を変えてしまえば私にとっての“保険”に過ぎないのだろう。

 “コレ”があったからこそ、ご主人様方と出会えた。

 奴隷だったからこそ、私は彼等の四人目になれた。

 それが事実で、結果だったとしても、やはり不安なのだ。

 奴隷ではなくなり、“自由”になったその先が。

 いつまでも同じではいられない、いつかはそれぞれが別の道を行くのかもしれない。

 その決別の時、私だけが取り残されない様に。

 例え“道具”だったとしても、私を連れて行ってもらえる様に。

 だから私は、未だにこの首輪が外せずにいる。

 薄汚くて、保身だらけ。

 そんな弱い部分が、毎日夢に出てくるのだ。


 「馬鹿かお前は」


 短い言葉と共に、ご主人様からデコピンを貰ってしまった。

 しかも、結構強めに。

 思わず額を抑えながら、薄っすらと瞳を開けてみれば。


 「勝手に“南”を減らすんじゃねぇよ。俺達は四人揃って東西南北だ。居なくなったりしねぇから、ゆっくり寝てろ」


 そう言ってから、彼は持ち場へと戻っていく。

 どうやらご主人様も料理中だった様だ。

 潮風に混じってちょっとだけ焦げた匂いも漂ってくるが、彼は気にした様子も無くフライパンを振るっている。


 「ごめんね、北君も西君も分かりづらくて」


 そんなセリフを口にしながら、東様がポンポンと優しく私の頭を叩いた。


 「聞いちゃ悪いとは思ったんだけどさ、南ちゃん。“助けて、捨てないで”って何度も口にしてたんだよ、凄く辛そうな顔で。だから、皆集まって来ちゃったって訳。ごめんね?」


 『それこそ大根丸が奇声上げて、皆を集めるくらいには苦しそうだったからね。三馬鹿の慌て様と言ったら、もう見ていられなかったよ。望ぃ、聖女ぉぉ! って。だからこっちで精神回復系の魔法を使ったって訳だ』


 「カナさ~ん。口は災いの元って言葉、知ってるかなぁ?」


 「止めて下さい東さん! やるならカナだけにして下さい! デコピンの構えなのに圧が凄い、指がギチギチ言ってる! 聞いた事ない音してる!」


 随分と緩い会話を交わしながら、皆が笑っていた。

 キャーキャーと叫びながら身を逸らす聖女様と、ニコニコ笑いながらギチギチと音が鳴る指を近づけていく東様。

 東様の握力を考えると相当な緊急事態な気がするが、それでも“いつもの”光景だった。

 だから、少しだけ気が緩んだ。


 「あんまり心配しなくても良いよ? 多分僕ら、何だかんだ一緒だから。ウォーカー辞める事も考えられないし、悲しい事に結婚の予定もない。もし結婚したとしても、あんなに高いお金払って買ったホームを手放そうとは思わないしね」


 そう言って、東様は普段通りの柔らかい笑みを浮かべた。

 思わず周りも笑顔になってしまいそうな程、緊張感のない微笑み。

 普段あんなにも力強い盾役を務めているのが信じられない程の、なごやかな雰囲気。


 「東ぁ! サボってんじゃねぇぞ!」


 「ありゃりゃ、北君に怒られちゃった。じゃ、行ってくるね」


 ご主人様の声で、すぐさま立ち上がる東様。

 しかし、思い出した様に振り返り。


 「そうそう、さっきの“南”を勝手に減らすんじゃねぇよって台詞。西君が“ヤバかった”時にも、北君が叫んでたんだよ。それに南ちゃんの称号もあるし、もう安心だね。それじゃ」


 そう言ってから、東様は皆様の元へと戻って行った。

 今では笑いながら料理を続け、楽しそうに皆のご飯を作っている。

 それこそ、初めて私が彼等の元へ来た時みたいに。


 「行かなくて良いの? 南ちゃん」


 ゆっくりと私の髪の毛を撫でながら、聖女様が声を上げた。

 彼女の視線は、ご主人様達の方を向いていたが。


 「私は“悪食”じゃないからさ、こういう時輪の中に入って良いのか分かんないけど。それでも、あの人達なら入れてくれるんじゃないかって思うよ? それなのに、“悪食”の南ちゃんがこんな所で寝ころがって居ていいのかにゃー?」


 少しだけ恥ずかしそうにしながら、聖女様は猫の手を作って私の耳を引っ張って来た。

 あぁ、全くその通りだ。

 私は、仲間なんだ。

 “悪食”という家族なんだ。

 だったら、いつまでも過去に捕らわれず彼らの隣で笑わなくちゃ。

 不安に思う事もあるし、心配な事だってある。

 それでも、“彼等”の隣では全力で笑っていたいんだ。

 西田様にも言った台詞を、私にも言ってくれた。

 それはつまり、それくらい気の置けない関係になっていると言う事だ。

 私を、家族だと認めてくれていると言う事だ。


 「聖女様、今日は何が食べたいですか?」


 「望で良いってば。最近魚肉魚ー! ってご飯だったから、パスタとか食べたいかも」


 「すぐ作りますね」


 ニッと口元を吊り上げてから、私は勢いよく立ち上がった。

 その際に、お腹の上から何かが転げ落ちたが。


 「ピギュ……」


 「あぁ、ごめんなさい。お手伝い、してくれますか?」


 「ピギュッ!」


 やけに私達に懐いたマンドレイク……ではなく大根丸。

 ソレを腕の中に収めてから、ご主人様方の元へと走った。

 私は、“悪食”だ。

 彼等と共に生き、彼等と共に戦う者。

 そして何より、家族なのだ。

 不安に思う方が間違っている、私達は共に生きる為に集まったのだから。

 だからこそ。


 「ご主人様、聖女様がパスタを希望されています」


 「え、今から? いや、皆めっちゃ食うから良いけどさ」


 「海鮮スープ結構濃い目に作ったから、スープパスタっぽくしてみるか! コレ絶対合うって!」


 「パスタいいねぇ、何か久しぶりな気がする。この際海鮮パスタ各種とか作っちゃう?」


 なんてことを言いながら、私達は食事を拵える。

 いつも通りに、これまで通りに。

 皆様が“男飯”と表現するソレを、皆で笑って拵えるのだ。


 ――――


 「という訳で、海鮮パスタ各種完成いたしましたわ」


 「おいこうちゃん、キャラがブレてんぞ」


 「北君がお上品になっちゃった」


 仲間達からおかしなツッコミを入れられながらも、目の前にはいくつもの皿が並んでいる。

 どれも海鮮パスタ。

 そして、かなり色とりどりと言って良い見た目になってしまった。

 小洒落た名前が覚えづらくてちょっと敬遠していたが、やっぱ普通に面白いなパスタ。

 今までペペロンチーノくらいしかろくに作った事無かったけど。

 そんな訳で皆と一緒に手を合わせ、各々好きなモノを小皿に運んでいく。


 「コレ美味しいですね。海老やイカの旨味と、トマトの酸味が非常に合っている気がします」


 南が最初に食いついたのは野菜をふんだんに使い、トマトベースで作った海鮮パスタ。

 何か名前とかありそうだけど、そんなもん知らん。

 トマトと海産物のパスタじゃ。

 ニンニクと唐辛子をオリーブオイルで炒め、その後海の幸を投入。

 ある程度火が通ってきたら適当な野菜を突っ込み、その後トマトソースでグツグツ煮込んでみた。

 ざっくり作ってみた訳だが、コレが意外と旨かった。

 イメージとしてはただのトマトソースになっちまうかと思ったが、割と海産物は主張が強い。

 しかしそのお陰でソース自体にも旨味が広がり、更にはトマトの酸味で海鮮独特の匂いを緩和している、とでも言えば良いのだろうか?

 とりあえず旨かったから完成品として出してみた。


 「あぁ……私はコレが好きです。さっぱりとコッテリの中間というか、キャベツがシャキシャキしているのも美味しいです」


 意外や意外。

 聖女様はそれこそ一番簡単だったペペロンチーノがお気に召したご様子だ。

 貝や海老は入っているものの、面倒な処理は海産物のみ。

 あまり貝の匂いがキツくなりすぎない様に、キャベツ多めと味付けを少しだけ濃くしただけのパスタ。

 あ、普通に旨いわ。くらいの感覚だったのだが、割と船員達にも人気だったご様子でみるみる内に減っていく。

 それ以外にも魚を入れてみたり、最後にイクラを乗っけてみたりした訳だが。

 最終的には全ての皿が空になった。

 試食組から旨いと言われた物以外は、少量しか作らなかったのが正解だったようだ。

 ちなみに何となくで作ってみた骨せんべいパスタは、非常に不評だった。

 アレは違う、別々で食った方が絶対旨い。


 「とりあえずまぁ、暇つぶしが出来たのと腹は膨れたな」


 「だなぁ。俺も何か新しい海鮮スープでも作ってみるかなぁ……」


 「お、いいね。僕も暇つぶしになめろうでも作ろうかなぁ」


 何て会話をしている内にも、船はグングンと陸に向かって進んでいくのであった。

 目的の陸地まで、もう少し。

 そこに着けば、後は陸を横断するだけだ。

 もう目と鼻の先に我が家が待っているとなれば、誰だって安心するというもの。

 忙しかったし、大変だったからね。

 早いとこホームに帰って酒が飲みてぇってなもんだ。


 「クックック、土産を出した時のアイツ等の驚いた顔が目に浮かぶぜ」


 「ラーメン! ラーメン!」


 「刺身! 刺身!」


 二人からのおかしなコールと共に、俺たちは陸地へと順調に向かっていくのであった。


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