第155話 ダンジョン調査
「不穏、としか言いようがないわね」
前方を進むアイリさんが、ポツリとそんな事を呟いた。
現在は悪食と戦風の合同パーティ。
前衛に制圧力の高いメンバーを集め、中衛、後衛と人を分けながら進んでいる。
しかし、彼女の言う通りなのだ。
「ナカジマさんよ、こりゃマジで警戒しながら進んだ方が良いかもしれねぇぜ」
アイリさん同様、大剣を構えながらそろりそろりと進んでいくカイルさんの言葉を聞きながら、静かに眉を下げた。
これは、嫌な空気だ。
「リーダー達に似た感性を持つエル君でも連れて来るべきでしたね……そこら中から敵意を感じるのに、姿が見えない。それこそ“勘”が必要な事態ですよ」
アナベルさんが、嫌な汗を流しながら周囲を睨んでいる。
全く、その通りなのだ。
何もいないのに、怖い。
妙な気配を周囲からビリビリと感じる。
静かなのだ、異常な程に。
まるで息をひそめて私達がダンジョンの奥底に踏み入るのを待っているかのように。
「アイリさん、カイルさんは引き続き前方を警戒。後方は白さん、リィリさんに任せます。ポアルさんと私が全体警戒。アナベルさんと、ザズさんは……いざという時の為に準備しておいて下さい。多分、急に襲って来ますよ?」
指示を出してみれば、皆静かに頷き再び進行を始めた。
正直に言えば、恐ろしくて仕方がない。
私の指示に従ってくれる事はありがたいが、もしも失敗した場合私がこの責任を負うのかと思うと、思わず腰が引ける。
これが、リーダーが常に経験していた不安。
こんな状態でも指示を出し、恐怖に打ち勝ちながらも笑って見せる勇気。
そして、確かな結果へと導いた“彼”の存在が今まで以上に大きく思えた。
正直に言おう、キツイ。
私にだって何が起こるか把握できない事態なのに、仲間を先行させるのだ。
ただただ前に出せば良いというモノでは無い。
敵が迫って来た時、周囲で何か起きた時。
そして背後から攻められた時。
あるいは、囲まれた時。
その全てを想定して、指示を出さなければならない。
いくら仲間達が頼もしいからと言って、全てを頼る訳にもいかない。
なるほど。
緊迫した状態で指示を出す人間の恐怖というのは、こういうモノなのか。
自身の判断ミス一つで仲間の命が危険に晒される。
それも非常に怖い、怖いが。
何よりも、だ。
イレギュラーが発生した場合に、自分より仲間の命が失われる事が最も怖い。
しかしながら、全体が見える位置に居ないと指示が出せない。
それでも北山さんは、いざという時前に出た。
だというのに、“間違えなかった”のだ。
どれ程の恐怖と戦いながら、精神を削りながら日々を過ごしていたのだろう。
今想像するだけでも、ゾッとする思いだ。
そんな事を考えながらダンジョンを進んで行けば。
「シッ、待って。何か居るよ」
先頭を進むアイリさんがこちらに手を向け、その場にしゃがみ込んだ。
彼女に合わせて、全員が姿勢を低くしてみれば。
「か り、た……」
「え?」
言葉を発する何かが、通路の奥からこちらに向かって接近して来ていた。
遅い、非常に遅い。
だと言うのに、気配が“気持ち悪い”のだ。
なんだ、コレは。
「中さん、倒すよ? スライム……とは違う。肉の塊みたいな、変なモノ。小さい」
「……倒せそうですか?」
「多分、平気」
白さんが容赦なく弓を引けば、スタンッ! と見事な音と共におかしな物体に矢が突き刺さる。
そして、ブスブスと音を立てながら消えていく奇妙な生物。
ダンジョンは、死者を喰らう。
それは分かっているのだ。
だが、今のは少しだけ違った様な?
他の魔獣と比べて随分と変な食われ方をしていた気がする。
「正直、コレ以上進みたくありませんね」
なんて感想を残してしまうくらいに、奇妙な敵だった。
肉が集まった人語を喋るスライム、とでも言えば良いのだろうか?
非常に気味が悪い。
「でも、姫様の依頼。“悪食”は、あの子に借りがあるんでしょ?」
「そうですね……ですから、進まないといけないのですが」
どうしたものか。
なんて、思っているその時だった。
「ナカジマさん! 緊急事態!」
周囲を警戒していたポアルさんが、大声を上げた。
そして。
「いやいやいや! どっから出て来たんだよ!」
まるで、ダンジョンから湧き上がる様に。
先程同様、肉のスライムがそこら中から湧いてきた。
気味が悪い、見た目が悪い。
だというのに。
「かえ、る……」
「おねが、い。かえし、て」
どいつもコイツも、言葉を喋るのだ。
肉の塊から唇が出現し、各々言葉を紡ぎ始める。
あぁ、コレ以上は無理だ。
そんな風に感じる程、絶望的な光景だった。
なんたって、訳の分からない魔獣がそこら中から湧いてくるのだから。
「皆様すみません……撤退します! アナベルさん、ザズさん。お願い致します!」
「了解! 全て蹴散らしますので、一気に戻って下さい!」
「合わせるぞ! 魔女の嬢ちゃん!」
二人の魔法が周囲を飲み込んだ瞬間、私達は地上に向かって走り出した。
コレは、駄目だ。
気味が悪すぎる。
踏み込んではいけないという嫌悪感が、寒気が。
そして何故か、罪悪感が。
全身に襲ってくるのだ。
このダンジョンは攻略しちゃいけない。
そんな風に思えるくらいに。
「ナカジマさん! 奥から多数接近! さっきの!」
「チッ! 逃げますよ!」
「倒さなくて良いの!?」
「多分、いくら倒した所で無駄です!」
何たってアレは、あの“物体”は。
「全て同じ声を発しています! 大元は、多分他に居る!」
どれもこれも、大小様々な癖に。
アレは、呟くのだ。
“帰りたい”と。
「くそっ! すみません、私では最後まで統率を取れる自信がありません! なので一度戻って姫様に報告します! 全力で逃げますよ、皆様!」
随分と情けない声を上げながら、私達は地上に向かってひた走った。
何だアレは。
魔獣? 魔物?
良くわからない。
ただ、人を襲う事だけは確かだ。
倒すべき存在、戦うべき相手だとは分かる。
だが、どこまでも不気味なのだ。
どうしたら殺しきれるのか、どうしたら勝ちなのかが全く分からない。
だからこそ、“逃げた”。
無暗に仲間達を傷つけない為に。
下手したら怪我じゃ済まない相手な気がして。
「冗談じゃないですよ……なんですかアレは」
「大火力で叩き潰すのが正解、な気がするけど。細かいのがどれ位居るのか分からない以上は逃げの一手。本当に小さいの以外、倒しきれるかさえ分からない」
隣を走る白さんも、変に汗をかきながらそんな事を言ってくる。
そう、彼女の言う通りなのだ。
アレを殺すなら、一気に仕留められる様な火力が必要な気がする。
欠片でも残せば再生してしまいそうな、いくら倒しても次々湧いてきそうな。
そんな恐怖を感じるのだ。
白さんの矢で確かに“倒した”筈なのに。
それでも、“アレ”は死んでいない。
それこそ、本体を潰さない限りは生き残り続ける。
「今は、逃げましょう」
「賛成、それが良い。人と火力が足りない」
そんな事を呟きながら、我々は尻尾を巻いて逃げ出すのであった。
以前も一度潜ったダンジョンだというのに……それでも。
コレは攻略出来る気が、微塵もしないのだ。
何なんだココは。
どうなってしまったんだ。
そして何より、ダンジョンに居た筈の魔獣。
それらが一切見えないのは、どういう事なんだ?
「かえり、たい」
呟くソレが、私の手をつかんだ。
視線を向けてみれば、肉のスライムから人間の腕と、瞳と口。
歪な“ソレ”から、言葉が漏れた。
「“助けて”」
ゾッと、背筋が冷えた気がした。
コレは、何だ?
そもそも普通の生物なのか?
どこまでも人とは遠いのに、人に近い様に感じるソレ。
「インパクトォォオ!」
小さな相手に対して、アイリさんが全力で魔法を放った。
彼女の拳から放たれる魔法に押しつぶされ、目の前に居た筈の“肉のスライム”は跡形も無く圧殺される。
「ナカジマさん! 無事!?」
「……え? あ、はいっ無事です! 撤退しましょう!」
それだけ叫んで、私達は一目散に逃げだした。
チラッと視線を向ければ、蠢く“彼ら”の姿が視える。
このダンジョンは、一体どうなっているんだ?
答えの出ない疑問を胸に、私達は地上に向かって足を進めるのであった。
――――
「期待外れ……いや、“コレ”が何か気づいたからこその撤退。と言った所か? 随分とお優しい事だ」
そんなセリフを溢しながら足元のスライムを踏みつぶしてみれば、けたたましい悲鳴が上がる。
全く、分体を一つ壊された所で大した痛みなど感じないだろうに。
あぁいや、これは“彼”の世界の一部。
つまりはこの一つでも、自身が殺された様に感じるのか?
やたらと分裂する癖に、面倒な奴だ。
全にして個、個にして全。
それを最悪な形で体現しているのだろう。
思わず呆れた視線を足元に向けながら、ため息を溢した。
「再生力ばかりに特化しおって……あまりにも面白くない、早く進化の一つでもしてみせろ」
コレは本当に失敗だな。
なんてことを呟いてから、足をどけてみれば。
「おわ、たら。帰……れ」
「何度言わせるつもりだ。まずは術式を完成させるのが先だと言っているだろうが」
舌打ちをしてから踏みにじれば、ダンジョン“全体”から悲鳴が上がった。
あぁ、うるさくてかなわない。
個体によって違いが出る事は分かっていた。
それもサンプルの一つだと考えていた訳だが……。
「流石にこれは、聞くに堪えんな」
パチンと指を弾いてみれば、静かになる肉の塊。
難しい話じゃない、“本体”に魔法を掛けただけだ。
それだけで、随分と静かになる。
全く、どうしてこうも騒がしいのか。
眉を顰めながら、薄汚れたローブを頭から被った。
さて、こちらもいい加減動くとしよう。
この国は、今どんな王様が居るのだろう?
イージスの名を継いでいる事から、昔から変わらない血族であることは間違いないのだろうが。
そう考えるだけで、思わず口元が吊り上がった。
人とは、欲望に逆らえないモノ。
いくら世界の真理とやらに他の者よりも近づこうが、これだけは抗えない。
自身の感情、胸の内に残った燻り。
コレばかりは、捨てる事が出来なかった。
私もまだまだ、“ただのエルフ”だという訳だ。
だがソレで良い、そうでないと困る。
この感情を忘れたら、私は私では無くなってしまうのだから。
「随分と待たせてしまったな、“イージス”。今こそ、復讐の時だ」
口元を吊り上げながら、私は彼らの後を追う様に歩きはじめるのであった。
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