第二部 3章
第152話 探究者
「なるほど……コレが」
そんな事を言いながら掲げるソレは、黒い板にしか見えない。
しかし脇の突起を押し込めば明かりが灯り、見た事も無い光を放つ。
少しだけ触ってみれば、私の指に反応して板に表示された景色が動く。
コレが、異世界の連絡手段か。
分からない、どうしたらこんな物を作れるのか。
「非常に面白いな。やはり、異世界には“未知”が溢れている。さぁ次を呼び出して……あぁ、そろそろ駄目か?」
振り返ってみれば、ブツブツと訳の分からない事を呟きながら虚ろな瞳を浮かべる異世界人。
勇者召喚。
ソレに必要なのは一般的に金と魔力、命の三つだと言われている。
金は教会に払う大量の金銭。
魔力は、言葉通り非常に多くの魔力が必要な儀式である為。
そして、命。
「やはりこれは、根本から見なすべきだろうな」
まるで命を差し出せと言わんばかりのこの愚法。
生贄となる“ソレ”は、この魔術を行使した瞬間消えてなくなる訳ではない。
結果から言えば、儀式が終わったその場で死ぬ訳では無いのだ。
廃人になる。
食べることも、寝る事も無く、ただただ呆然としながら、死ぬ。
だからこそ、各国の処刑代わりに使われていた訳だが……では何故“こう”なってしまうのか。
そこに答えを求めようとしているのが、私だった。
私の目的を果たす為にも、この召喚術を確かなモノに変える必要がある。
今のままでは、くじ引きでもするかの様な大雑把なこんな儀式では。
私には無価値なのだ。
「他の異世界人とは違い、“召喚”が使える人間。つまり異世界から物を取り寄せられる人間のみ、生贄達と同様の現象が発生する。そうだな……魂の色を失う、とでも言えば良いのか? “向こう側”との繋がりを確かめる為の貴重な実験材料なのだが……どうにも壊れるのが早いのが問題だな」
目の前の実験体を指で押してみれば彼はそのまま床に倒れ、訳の分からない言葉を吐きながら笑っている。
まるで、薬物中毒者の様だ。
これではもう、“使えまい”。
「“召喚”が使える人間は、“削られ”続ける。消費されるきっかけが、魔素に触れる事。一度世界に“異物”と認識されれば、後戻りは出来ないという事か。それこそが生贄達を死に陥れる原因、“人”という認識から切り離す様な。まるで世界から追い出す様な現象。神様というモノが居るのであれば、随分と恐ろしいルールを作ったモノだ。コレを切り抜けるには、別の何かに変り再度“世界”とやらに認めさせるしかないのだろうな」
先程も言ったが、魂の色を失う。
何故こんな言い回しになったかと言えば、原点は“勇者召喚”の犠牲者達の様子。
異世界という場所から、全く未知の存在を呼び寄せる技術だ。
たった一人を呼び寄せるにも、多くの人の命と魔力を要求される。
世界を超える程の魔術、魔力を大量に欲すのは分かる。
では、何故命が必要なのか?
そこがずっと謎だった。
本当に命が必要なのか? 代用品は無いのか?
本来その技術の対価は、何を求めている?
その先で行きついたのが、“魂”だった。
非常に曖昧で、非現実的なソレ。
“世界”という認識や、“魂”。
何故そんな不確かなモノに目を向けたかと言えば。
「異世界人は、時間を掛ける事で間違いなくこの世界に“染まっていく”。最初は異物の様でも、段々と染まり、馴染んでいく。そしていつしか“こちら側”の人間となる。異世界から物品の“召喚”が使える人間は、いつまで経っても世界の異物に他ならないからこそ、世界から排他される」
そう思える様になったサンプルは、多くの異世界人達。
皆、最初から“こちら側”の言葉を喋るのだ。
しかし聞き慣れない単語だったり、おかしな喋り方をする。
だというのに、時間が経つにつれ“そういった特徴”が目立たなくなっていくのだ。
単純に言葉を更に理解した、周りに合わせたという可能性も考えたが、当の本人達は別段意識した様子も無い。
実際召喚直後の聞き慣れない言葉を記録に残し、しばらく月日が経った後に同じ言葉を喋らせれば、ごく普通に理解出来る事が分かっている。
つまりこれは言語がどうのではなく、どれほど“こちら側”に馴染んでいるかどうか。
日々生まれる様な流行言葉の様なモノが原因かとも考えたが、それでは後々聞いた側が理解出来る様になる説明にならない。
「我々自身、皆同じ言語を使っていない可能性すらあるという事なのか。それとも“世界”に無理やり修正されてしまうのか。まだまだサンプルが欲しいな……」
その為には、もっと多くの異世界人が必要だ。
そして彼等を手に入れる為には、また多くの命が必要となる。
“これまでは”。
私は発見したのだ、命の代用品を。
「ダンジョンコア……やはりコレは魂を循環させる。死体を喰らい、新たなる命を作る。それは輪廻転生。ダンジョンとは、小さな世界そのモノな可能性がある。むしろ言語の統一化の事例を考えれば、この世界が一つのダンジョンという可能性だって……」
ダンジョンコア。
コイツを、勇者召喚の代償に使ってみた。
各国の国の王へ「もしかしたら」という希望を持たせ、何度も実験を行った結果。
生贄の問題は解決した、と言う訳だ。
あとは大量の魔力と、術式の改善。
それさえどうにか出来れば、“勇者召喚”という儀式はもっと手軽になる。
そしていつかは私の目的も叶う日が訪れるだろう。
「か、える……俺は……かえ、る」
今では人形の様になってしまった男が、足元でボソボソと呟いている。
能力は異世界の物品を取り寄せる能力。
他の地で召喚された似た能力者を調べてみても、やはり異世界と何度も繋がる能力を持った者はこういう状態に陥りやすい傾向にある様だ。
まぁ、どの国も外部に漏らさぬように必死な様子だったが。
間違いなく利益に繋がる、未知の物品たち。
再び種族戦争など起きない限りは、勇者なんぞを召喚するより彼の様な人間の方がよっぽど求められている事だろう。
「では、お前に次の仕事を与えよう。これを成功させれば、お前は自由になれる。元の世界へと帰れる、かもしれん」
「帰れる……かえ、れるのか?」
ボタボタと涎を溢しながら、男はこちらに手を伸ばして来た。
やはり、“異世界”とは随分と良い環境にある様だ。
この男が必死に帰りたがっている様子を見るに、その仮説は正しいと言う他ないだろう。
「コレを受け入れろ。そして、私の実験に協力しろ。コレが成功すれば、お前は帰る為の確かな一歩を踏み出す事が出来る」
「帰れる……やる。やる、から……もう帰して、くれ……」
私が差し出した小さなダンジョンコアを、彼は迷うことなく受け取った。
そして。
「飲みこめ」
「あ、あ、あ……」
男はソレを疑う事も無く口に含み、喉の奥へと押し込んだ。
さぁ、次の実験の始まりだ。
勇者召喚に必要なのは大量の魔力と、生き物の魂。
ソレは分かった。
が、まだ完全とは言えない。
以前シーラ王国にこの技法を伝えて試させた所、召喚者の位置ズレや、周囲の魔獣達の活性化などが見られた。
何故そんな事が起こるのか、何がいけないのか。
コアの大きさや、ダンジョンの質によって左右されるのか。
まだまだ調べる事が山ほどある。
だがまずは、この実験体を最後まで使ってみよう。
人間が直接コアを取り込んだ場合、どうなるのか。
コアに喰われる訳ではなく、逆にコアを取り込んだ場合の実験。
もしもこれでコアを自在に操れる様になるのであれば、あるいは。
「がぁぁぁ!」
突如苦しみだした男は、胸を掻きむしりながら床を転がった。
さぁ、どうなる?
低レベルの、しかもただの人族がダンジョンコアを取り込んだ場合、どういう反応になる?
しかし彼は異世界人。
他の生物とどんな違いが現れる?
仮定も想像も色々と出来るが、やはり実験して見なければ。
だったら、壊れかけの彼は非常に都合が良いと言える状況にある。
“召喚魔法”の乱発によって“魂の色”と仮定するソレを極限まで奪った彼は、他の人間達に比べて真っ白に近い状態と言えよう。
今では、帰りたいという欲求くらいしか残っていない。
だったら、新しいサンプルとしてはコレ以上の個体は居ない。
何と言っても私は今、“魂”なんて訳の分からないモノを実験しているのだ。
そして彼が今取り込んだのは、“魂の塊”と言っても良い“世界の欠片”の様な物なのだから。
「そうか、やはり“生きたい”という感情の方が強かったか。今のお前は生きる為に全てを使って足掻いている。いいぞ、何処まで取り込める? どこまで交じり合う事が出来る? 私に見せてくれ」
男の体はぶくぶくと膨れ上がり、今では肉の塊の様な姿に変わっていた。
彼に飲み込ませたダンジョンコア。
そのダンジョンに居た魔獣達の特徴が、ソレの体に現れ始めたのだ。
仮説としては、今の彼は一つの世界そのモノ。
彼と言う単一の個体で、世界が完結している。
一匹の魔獣が顔を出したかと思えば、すぐさま吸収されるように萎み、肉の中に呑まれていく。
生と死が繰り返され、魂が循環している。
新しい一つの答えが、今目の前にある。
私の望んでいる物とは少々違ったが、それでもコレは新しいサンプルと言えるのだろう。
「かえ、る……俺は、かえる」
「まだ自我が残っているのか。コレはまた興味深い」
肉の塊から先程の彼の顔が飛び出して来た。
実に歪で、不気味な光景。
全体が脈打つ心臓の様に蠢きながら、間違いなく“彼”という個体として存在している。
なんとも、醜い。
もしかしたら、コアの秘密をもっと調べられるかと考えていたのだが……。
これは、当たりとは言いにくいな。
彼の耳元へと口を近づけ、いくつかの言葉を紡いでみれば。
「わがっだ……だから、元のばしょへ……」
「理解力も残っているか。ふむ」
失敗作に冷たい視線を向けながら、この場で待てとだけ命じておいた。
私の役に立てば、勇者召喚が完成に近づく。
彼自身に興味はないが、異世界人を送り返すという実験には興味がある。
いずれ送り返す時に、彼を使う事を約束したのだ。
「失敗は付き物だが……まさかココまで酷いとはな。私に似た何かになると期待したが……そう簡単には行ってくれないか」
呟きながらダンジョンの奥底に“彼”を残し、私は近くの国へと足を延ばすのであった。
まぁ良い、次の国はこれまでとは違う。
使うのでは無く“潰す”のが目的だ。
だったら、この実験体もまた違う使い道が出来たというものだろう。
――――
「コレはまた……不穏な報告書ですね」
「ですね。通常ではあまり考えられない事ばかりです」
渡された報告書に目を通しながら呟いてみれば、秘書の様な仕事をしてもらっているフォルティア卿から、非常に渋い声が返って来た。
今ではウォーカーの皆さまや、彼のご息女のイリスさんも学園の仲間達と調査に向かっている。
それでも、届くのはこんな報告書ばかり。
まず一つ、周囲の森に居る魔獣の活性化。
ウォーカーの被害も増えており、我が国を防衛してくれている勇者からも「最近森を抜けてくる奴が多い」と報告を受けている。
そして次に、ダンジョン。
こっちの方が異常だ。
魔獣や魔物が、連携しているかのように攻めて来ると言うのだ。
そして、浅い層にさえ強敵が現れる様な事態。
果たして深層はどういう事になっているのか。
兵を動かそうにも、あまり多くの数を投入する訳にはいかない。
しかも彼らは対人戦の方が得意なのだ。
ダンジョンと言えば、ウォーカー。
しかし、今のダンジョンを突破出来そうなメンバーとなって来ると……。
「試し、という形にはなってしまいますが……一度複数のパーティに依頼を出す他なさそうですね」
「となると、どのパーティにお願い致しますか? 彼らも、日々忙しく動き回っていますよ?」
「
「休暇? よろしいので?」
不思議そうに首を傾げるフォルティア卿に、静かに頷いて見せた。
「何か、悪い予感がします。英雄譚でも見えてくれれば良かったのですが……今回は何も見えません。しかし、放っておいて良い問題ではない上に、何か有る気がするんです。いざという時動けるように、整えておいて下さい」
「承知いたしました」
そういってから、フォルティア卿は書類を抱えて部屋を出て行った。
そして。
「ハツミ様、いらっしゃいますか?」
「はっ」
影からスッと姿を現す彼女に、小さく微笑みを溢す。
全くこの人は。
今日は休みだと言うのに、常にこっちに気を配っているのだろう。
「お休みの所すみません、悪食と戦風にダンジョン攻略の依頼を出します。前もって皆さまに伝えておいて下さいますか? あとギルさんにもしばらく忙しくなる、と。もしも心配がある様でしたら、奥様もこちらへ連れて来るように伝えて下さいませ」
「了解です、姫様。しかし……あまり無理をしないで下さいね? 貴女にも、休みは必要です」
心配そうな眼差しを向けてくる彼女に、今一度微笑んでから答えた。
「私は、大丈夫です。彼らが戻るその時に、しっかりと私が王様ですと名乗ると決めていますから」
「それでも、です」
「分かっていますよ。ですから、よろしくお願いいたします」
「わかりました」
それだけ言って、影に戻るハツミ様。
全く、国内でさえまだまだ問題が多いと言うのに。
“コレ”は間違いなく外部からの干渉な気がする。
どんな手段を使っているのかまでは想像がつかないが、今までにこんな事態は無かった。
そして以前起きた教会側からの反乱。
アレに近い空気を感じるのだ。
いや、あの時よりももっと悪い空気を。
だから。
「どうか、皆様無事に帰って来て下さいませ……そして」
我が国の英雄達。
どうかまた、私にお力を貸してくださいませ。
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