第151話 報告書 6
「リード、すまんけど今回のも頼むわ」
「承りました、今週分ですね。ダンジョンに潜っている間の食事の報告書はどうしましょうか?」
「口頭で説明するから、そっちも頼んで良いか?」
「もちろん良いですとも」
そんな会話をしながら、キタヤマ様から用紙とペンを受け取る。
そして、毎度お馴染み甲板の上での執筆作業。
何故部屋の中で書かないのかと言われてしまいそうな状態だが、ソコはアレだ。
気分だ。
チラッと視線を周囲に向けてみれば。
「へぇ……こう結ぶと解けないんですか?」
アズマ様が船乗りの技術を教わり。
「南ちゃん、もうちっと水出してもらえる?」
「はい、西田様」
ニシダ様とミナミ様が、皆の鎧を洗っている。
随分と酷使したのだろう。
洗えば洗う程、血や錆が出てきている。
そして。
「おぉぉ……初めて舵を持ちました……感動です」
『面舵いっぱぁぁい! って、面舵ってどっち?』
遊んでいる様で、船の扱い方を勉強している聖女様。
甲板で作業すれば、こういった彼等の姿が見られる。
だから “そういう気分”で、私も仕事をするのだ。
「では、ダンジョン内での食生活から書いてしまいましょうか。初めから聞かせて頂きますか?」
「あーうん、まぁ覚えてる限りになっちまうが」
そんな訳で、今日も悪食の報告書が作成されるのであった。
――――
~~の様に、ダンジョン内でも彼はとても美味しそうな食事を取っていた事が判明した。
非常に悔しい。
こんな事なら、私も無理を言ってダンジョンに潜れば良かった。
今更言っても仕方のない事だが、コレばかりは報告書を書きながら涎が垂れる想いだ。
という訳で、これからはその後の報告を始めようかと。
まず初めに言っておきましょう。
“飯島”を通過してから、この船での食事はずっと豪華に……というよりも、色々と拘った食事に変わりました。
本人達にそのつもりは無い様子ですが、とにかく色々と試して来るのです。
今日はこっちの調味料を使ってみよう、こっちはどんな味なのか。
そんな試行錯誤が、日々続いている状態。
はっきり言いましょう、私達同行者は試食役です。
ですが、こんなにも素晴らしい試食役は初めてだと断言します。
まず、蟹。
単純に塩ゆでしたモノを用意し、彼等が用意した調味料に付けて頬張ってみれば。
「おぉ、これは?」
「どうよ? ちょっとピリッとするだろ? 珍しい調味料あったからさ、思わず買っちまった」
豆板醤、というモノだそうで。
ソレを他の物と組み合わせ、マイルドにしたモノがコレ。
今まで食べていた蟹の足も非常に美味でしたが、こちらはとにかくパンチが効いている。
思わずこのタレを付けながら蟹に齧りつき、クイッと酒を呷りたくなるような味。
これだけでもご馳走だというのに。
「こっちは蟹グラタン、ほぐして乗っけて適当に振りかけるだけだから僕でも簡単に出来たよ」
そう言ってアズマ様が差し出してくるのは、まごうこと無き蟹の甲羅。
だというのに、もう見た目が暴力的なのだ。
蟹の身とジャガイモなどの野菜。
その他調味料と混ぜ合わせ、更にはチーズなどをふんだんに使ってオーブンでこんがりと焼き上げた物だった。
この船のキッチンには、感謝してもしたりない。
様々な道具が揃い、設備が揃っているのだから。
そんな訳で、蟹のポテトグラタンなる物をスプーンで掬い上げてみれば。
「あ、あ、あ……」
「コレは、言葉が無くなりますね」
船員達がおかしな声を上げる程、口の中には様々な旨味が広がっていく。
チーズや香辛料の味でまずはインパクトを与え、続く蟹の香りと味わいで舌を満足させる。
更には混ぜられたジャガイモなどの野菜により、腹も満たされていく。
しかも見た目が良い。
蟹の甲羅をそのまま使っている為、まさに蟹を食べているという気分にしてくれる。
コレは、素晴らしいものだ。
なんて事を考えながら蟹の甲羅をほじくっていると。
「サラちゃん、こんなのはどうよ? ちょっと早いけど、デザート的な。食べてみてくれる? お試し品」
「ニシダ様、コレは……白いゼリーですか?」
「惜しい、でも近い。ゼラチン使ってるのは一緒だし。まさかこんな物まであるとはねぇ……昔の召喚者は凄いよな。もしくは現地の技術なのかも?」
「えっと? それで、これは?」
「杏仁豆腐っていう食べ物、ちょっと味見してみて。うろ覚えの知識で作ったから、あんまり旨くないかもしれないけど……一応食えたから!」
そんな訳で、サラがニシダ様の作った杏仁豆腐を食べたその瞬間。
娘が壊れた。
「ん! んん! んんん!」
「あ、気に入った? リードさんも食ってみる?」
「是非に!」
ニシダ様から受け取った杏仁豆腐を口に含んでみれば。
プルリと弾ける様な舌触りに、濃厚なミルクの味わい。
噛みしめるというより、舌で押しつぶす様な感触を楽しみながら、その甘みを口内全体で感じ取った。
シーラにもゼリーなどの菓子類は豊富にある。
しかし、貴族の間で出回る様な菓子はとんでもなく甘い事が多い。
茶会などに出される菓子なんて、歯が溶けそうだと思ってしまう程の物だって平気で出されるくらいだ。
だから私の商会では、なるべく甘さを控えた物なども作っていた訳だが……コレは、非常に旨い。
とにかく砂糖を注ぎ込んだ菓子では、こうも柔らかい甘さは表現出来ないだろう。
「せっかく杏仁豆腐作ったんだから、こっちも合わせてみようぜ」
なんて事を言ってキタヤマ様が取り出したのは、様々な果物。
はて、なんだか普段見ている果物とは少し違う気がするのだが。
そして、サイズも大きい。
「キタヤマ様、こちらは?」
「ん? あぁ、ダンジョンでトレントに会ってな。色々貰ったんだ」
「えーと?」
「トレントって実は、色々果物くれるんだぜ? 金成リンゴって言ったっけ? アレもトレントから生える」
「なんと!?」
衝撃の事実に戸惑いながら、彼が切り開いていくのはパイナップル。
とても実が大きく、瑞々しいと言える見た目。
それだけでも、十分に美味しそうだというのに。
「お、おぉぉぉ……」
「こうちゃん、まさかソレもか?」
「来ちゃった? ジュワジュワ来る?」
良く分からない発言をしながら悪食メンバーが集まって行き、それぞれ交代で包丁を持っている。
何をしているのだろうか?
なんて思って見学していた当時の私は、とんでもない愚か者だ。
是非一度切らせてもらえば良かった。
そんな感想に至る理由が、杏仁豆腐に混ぜられた果物たち。
「これは!?」
「凄いです! 物凄く美味しいです!」
娘と二人して目を見開いてしまう程、とてつもないモノだった。
口に含んだ瞬間爆発すると言っても良い爽やかさ、甘さ、そして触感。
更には口の中でパチパチと何かが弾けているのではないかという、不思議な感触。
コレが、魔物の育てた果物。
金成リンゴは以前食べた事があったが、こんな瑞々しい触感では無かった。
やはりアレは騙されたか、もしくはかなり時間が経っていたモノだったのだろう。
「ほい、トレントフルーツは酒にも合うぜ?」
そう言って差し出されたのは、透明な酒に先程のカットフルーツが入っている物。
今は磨り潰した果物を酒に混ぜている様だが……とりあえずコレを飲んでみよう。
あまり難しい事を考えず、クイッと一口グラスを傾けてみれば。
「なんですかコレはぁ!」
「どうよ?」
「うんまぁぁぁい!」
「なら良かった、パイナップルと蟹じゃあんまり合わないだろうが……まぁ適当につまみながら食ってくれ」
ハハッと軽い笑みを溢しながら、悪食メンツは再び酒と料理作りに取り掛かる。
もう驚きの嵐だ。
本当にこの旅に付いてきて良かった。
そう思えるくらいに、食事も酒も旨い。
はぁぁぁと深い息を溢しながら酒を堪能していれば、周囲から鋭い視線が。
船員達が、非常に力強い眼差しを私のグラスに向けていたのだ。
「お酒を飲んでも平気な人だけ、お願いしてみては如何でしょう? 今日の見張り役はもちろんダメですよ?」
そう呟いた瞬間、船の甲板は戦場と化した。
誰も彼もこの酒を求め、悪食に向かって手を伸ばす。
それに対して。
「邪魔した奴は晩飯無し。手伝うなら良いが、邪魔すんならやらん。大人しくしておけ」
キタヤマ様の一言で、戦争は終わってしまった。
とは言え、誰しも涎を垂らしている訳だが。
「まぁまぁ、とりあえずガッツリしたのが出来るまでコレでも飲んでな。飯島で仕入れたとうもろこしで作ったポタージュだ」
デンッと目の前に置かれた大鍋。
その後ろでは、ニシダ様がいつもの軽い笑みを浮かべていた。
だがしかし、鍋の蓋を取り去った瞬間。
コーンポタージュの濃厚な香りが周囲を支配するのであった。
「やべぇだろ? 飯島でかなり研究されて収穫されたんだってよ。正直、滅茶苦茶旨い」
「「「うおぉぉぉ!」」」
叫び声が上がる中、船員達の列がすぐさま出来上がる。
く、くそ……また出遅れた。
なんて事を思いながら奥歯を噛みしめていれば。
「リード、サラ。悪いが配膳係頼むわ。という事でホイ、試食品。それ飲み終わったら、西田と配膳代わってくれ」
「「感謝します!」」
「お、おう……」
我々が海兵に勝てない事を悟っての配慮なのか。
今回は最初に盛った器を差し出してくれた。
受け取ってみれば濃厚な香りが漂い、美しいと言っても過言ではない黄色いスープ。
鼻を満足させてから、一口すすってみれば。
「あぁ、コレが……本物のコーンポタージュか」
濃厚、その一言に尽きる。
ドロリと喉奥に通っていくソレは、非常に濃密であり豊潤。
とうもろこしの旨味を凝縮し、その全てを詰め込んだ様な味わい。
一息つけばその香りは鼻に抜け、もう一度啜れば体の奥からジワリと温まり全身で“旨い”を感じられる。
コレは、そんな一杯であった。
「気に入ってもらえた所悪いんだけどさ、配膳代わってもらっていいかなリードさん。ちょっと、他のスープが焦げそう……」
「ソレはいけない! すぐに交代します!」
「ニシダ様はすぐにスープの元へ! 私達が配膳は致しますので!」
そんなこんな、慌ただしくしながらも我々の食事は進んでいく。
どれをとっても旨い。
更には、日々試作品という名の新しい料理が出てくる。
本人達は「暇だから」という理由で作っているらしいが、私の様な商人にとっては全てが貴重な財産であり、お金に繋がるレシピ達だ。
これらを売り出し、儲けが出れば彼らの懐も潤う。
我々商人としては、日々気の抜けない刺激的な日々が続けられていた。
だからこそ、私は常日頃から眼を光らせようと思う。
彼等“悪食”が、次はどんな美食を生み出してくれるのかと。
彼らの料理は基本的に大雑把だ。
貴族料理の様な、美しさは求めない。
だがしかし、何処までも満足するのだ。
もっと食いたいと、全身が訴えかけてくるのだ。
それが、悪食の料理。
腹いっぱいに喰って、仲間達と笑い合いながら騒ぎながら酒を呷る様な、そんな食事。
どこまでも“家族”で囲む料理なのだ。
「だいぶ店の方向性が掴めてきましたね……」
「どうせ“向こうで始める”店は私に任せるつもりなのでしょう? なら、早めに情報提示して下さいな、お父様。私にまで隠し事をされては、たまったモノではありませんわ」
娘からも呆れた視線を向けられてしまった訳だが、私達はとりあえず配膳を続けた。
誰も彼も嬉しそうな顔でスープを受け取り、啜る時には顔をほころばせる。
コレだ、コレなのだと確信した。
誰でも立ち寄れて、誰にでも旨いと言わせる。
身分や立場の違いなど関係なしに、皆の胃を掴む。
礼儀も作法も、そして
皆一列に並び、この料理を食べる為に大人しく待つ。
食べる為に、この場限りの秩序が成り立っている。
それが、悪食飯なのだ。
「これは、非常に期待できますねぇ……」
そんな事を呟き、私達は配膳を続ける。
背後で次の料理を拵える彼等が、今度は何を食べさせてくれるのか。
期待に胸を膨らませながら、本日も船は進んで行くのであった。
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