第150話 別れと変化


 出航の日。

 俺達の船の周りには多くの人々が集まっていた。


 「それじゃ、またね。無事を祈っているよ、“悪食”」


 「今度はそっちの国の旨いモンを持ってこいよ? 旨い酒は用意しておくからの」


 そんなセリフを吐く王族二人は、ニカッと気持ちの良い笑みを浮かべている。

 その周りには城に居た兵士の皆さんやら、世話になった露店のおっちゃん達が集まっている訳だが。


 「ったく、ただのウォーカーの見送りに王族が出てくんなよ」


 「何が“ただのウォーカー”だよ、誰も攻略出来なかったダンジョンを攻略しておいて」


 「ウォーカーはダンジョンを攻略するもんだからな」


 「嫌いな癖に、ダンジョン」


 「うっせ」


 なんて軽口を交わしながら、パァンと互いの手を合わせる。

 ホント、いいなこの島。

 どこまでも気楽で、自由だ。

 でもまぁ、ウォーカーとしての仕事がないのは考え物だが。


 「それじゃ、私からはコレを贈るよ。待たせたね、ダンジョン突破の報酬だ」


 そう言って、一つのバッグを差し出して来るお姫様。

 いつも使っているマジックバッグ同様、黒革の腰下げタイプ。

 中に何が入っているのかは教えてもらえないみたいだが、流石に普通のバッグという訳ではないのだろう。

 中身もそうだが、またマジックバッグを頂けた様だ。

 いいね、使いやすそうだ。


 「中身は商人君に説明してあるから、是非陸地に着いてから出してみてくれ。きっと役に立つよ」


 「サンキュ、楽しみにしておくわ」


 こんなにも気安く王族から物品を貰ったのなんて、正直初めてだ。

 後腐れが無い、ソレを形にした様な女王。

 こういう王族も居るんだな、なんて思ってしまう程にサッパリしていた。


 「それじゃ、またな」


 「暇が出来たらまた食いに来るぜ」


 「滅茶苦茶美味しかったからねぇ。今度は他の皆も連れて来るよ」


 「その為にも、まずは無事に帰らないといけませんね。またお邪魔します」


 「ご馳走様でした、とっても美味しかったです!」


 『絶対また来よう、ここの調味料が切れそうになったらすぐ来よう』


 各々言葉を紡ぎながら、色んな奴と挨拶を交わす。

 皆、随分とこの島に馴染んだみたいだ。

 なんて事を考えながらも、俺達は“黒船”へと視線を向けた。

 その先には。


 「準備、整っております!」


 ザッ! と綺麗な敬礼を向ける海兵さん達が、俺の号令を待っている。

 そんじゃま、行きますかね。


 「全員乗りこめ! 船を出すぞ!」


 「「「了解!」」」


 次々と船に乗り込み、最後に俺達も黒船へと乗り込んだ。

 目指すは我が家、まだしばらくは海が続きそうだが。

 とかなんとか思いながら、海の果てを眺めて居ると。


 「“悪食”! また遊びに来てね! 約束!」


 この国のトップが、随分と可愛らしい笑顔を向けながら全力で手を振っていた。

 そして、周りの皆も。


 「おうよ、約束だ! またなお前ら! 今度もまた旨いモノ食わせてくれよ!」


 こっちも叫びながら皆で手を振り返してみれば、そこら中から声が上がって来た。

 船の上からも、浜辺からも。

 また、ここへ来よう。

 そんな風に思うには、十分過ぎる別れだった。


 「船長」


 「おうよ、行くか。碇を上げろ! 出航ぉぉ!」


 こうして、俺達は“飯島”を後にした。

 何だかんだ忙しくダンジョンの中で動き回ってばかりだった気もするが、それでも十分に満喫できた気がする。

 飯が旨い、人は面白い。

 そんでもって、最後にはしっかりと稼ぐ事も出来た。


 「王族ってのも、悪いヤツばっかじゃねぇもんだな」


 「だな、前回のアロハ爺さんには驚かされたけど」


 「元の国でも姫様は助けてくれたしね」


 なんて、のんびり言葉を交わしながら。

 彼らが見えなくなるまで、俺達は手を振り続けたのであった。


 ――――


 「ふぅ……」


 今日の仕事が終わり、思わずため息が零れた。

 前であればこれからアイツ等の報告書を読む、なんて事もあった訳だが。

 今ではそれも無くなってしまった。

 とはいえ、別の楽しみはあるが。


 「支部長~失礼しまーす」


 コンコンッと小さなノックと共に、バスケットを抱えたチビッ子達が入って来た。

 孤児院の子供達。

 もう毎日の様に、この時間に配達に来てくれている。


 「あぁ、ご苦労様。毎日すまないな」


 「いえいえ、ご注文ありがとうございます!」


 元気な子供達はニカッと笑みを浮かべながら、こちらに向かってバスケットを差し出して来る。

 それを受け取ってから、彼らに代金を支払うと。


 「あれ? 支部長、ちょっと多いですよ?」


 「おや、そうだったかな? 私は代金丁度で払ったつもりでいた。だから気づかなかった事にして、皆にお菓子でも買ってからお帰り」


 なんて事を言って頭を撫でてやれば、彼らはパァっと明るい笑みを溢しながら頭を下げて退室していく。

 可愛いものだ、アレくらいの子供というのは。

 しかも、あの孤児院で育った子供達はかなりしっかりしている。

 生意気な様子など見せないし、何かあればちゃんとお礼が言える人間に育っている。

 そして何より、仕事と金の重要性を他の子供達よりはっきりと認識している様子だ。

 よく出来た子供。

 そんな印象を受けるが、元は孤児や奴隷、そして親を失った子供達だというのだから驚きだ。

 コレも、悪食の教育の賜物なのだろう。

 あの三馬鹿だけでは、こうはいかなかっただろうが。


 「さて、今日は何かな?」


 ウキウキした気持ちでバスケットを開いてみれば、フワッと優しい香りが周囲に漂った。

 あぁ、もうこれだけでも腹が減る。

 中身を覗き込んでみれば、蓋がされた器が幾つか。

 そして、柔らかそうなパンと酒が一本。

 机に並べてから一つ蓋を取り去ってみれば、どうやら今日はシチューの様だ。

 一般的な料理と言えるソレだが、孤児院の料理は材料からしてそこらとは違う。

 だからこそ、期待に胸が高まる想いだった。


 「では、いただきます」


 手を合わせてから、シチューを一口。

 旨い、この上なく濃厚。

 角牛の乳を使っているのだろうか?

 とろりとクリーミーなシチューの舌触りも別格な上に、凝縮した牛乳の旨味が味覚を満足させてくれる。

 そして、具だ。

 野菜各種もおそらくマンドレイクの物を使用しているのだろう。

 噛みしめればジワリジワリと野菜本来の旨味が広がっていき、ジャガイモなんて甘いと思える程、しっかりと野菜の味がする。

 更には、肉。

 今日は鶏肉を使用したのか、珍しいな。

 なんて事を思いながら口に含んでみれば、プリッとする鶏肉の食感。

 噛みしめればジワァァっと広がっていく様な、鶏肉独特のあっさりとしながらも確かに感じられる弾力と心地よい噛み応え。

 更には一緒に煮込んだ事で、他の旨味まで凝縮されている様だった。

 とにかく、旨い。

 これだけで今日の疲れが吹っ飛ぶというものだ。


 「いかん、シチューだけ無くなってしまう」


 正気を取り戻し、とりあえずパンをちぎってみる。

 非常に柔らかい。

 本当にフワフワとするこの感触は、焼き立てでないと表現出来ないだろう。

 この辺りはシスターと子供達で頑張っているらしい。

 日に何度もパンを焼いたり、お菓子を作ったり。

 とても忙しそうだから、今度差し入れでも持って行ってやろう。

 そんな事を思いながら口にするパンは、そこらで買うモノよりもずっと温かった。


 「うん、やはり旨い」


 というか、どんどん美味しくなっている気がする。

 口の中でほぐれる。

 その表現が正しいと思える程、とてもきめ細やかだ。

 単品でも旨いが、ココにシチューを合わせると……。


 「うむ、実になめらかだ……」


 先程のシチューと、このパン。

 旨いと旨いが合わさり、まさに至高の時間と言えるだろう。

 はぁぁと深い息を吐きだしてから、一度落ち着いて用意されたワインを開ける。

 コレばかりは流石に仕入れているという話だが……選んでいるのが、あのナカジマなのだ。

 何かしらある筈だ。

 とか何とか思いながらワイングラスに酒を注ぎ、クルクルと回して香りを嗅いでみると。


 「ん? コレは……合っているのだろうか?」


 少し強めな香りがする。

 今食べたシチューとパンに合わせるには、少々強すぎる気もするが。


 「しかし、旨いな。今度紹介してもらうか」


 そんな事を呟きながら、ワインを口にしながら他の器の蓋を取り去った。

 そして、理解した。

 なるほど、酒は食後にしろという事か。


 「これは……確かに、合いそうだ」


 蓋を取り去った先にあったのは、カリッと焼き上がった鶏肉にチーズが掛けてある代物。

 そして、香辛料の類もかけられている。

 この酒は、こちらに合わせた物だったのか。

 であれば、まずは食事を楽しんでから酒を楽しもうか。

 なんて事を思いながら、再びシチューに口を付けたその瞬間。


 「支部長ー、“戦風”とギルさんに出した依頼の件なんですけど……あ、何か食べてる!」


 煩いのが、ドアを蹴破って入って来た。


 「アイリ、毎度も言うが足でドアを開けるな」


 「だって両手が塞がってるんですもん」


 確かに書類の束を抱えているな? でも蹴るな。

 ドアは蹴るものじゃない。


 「そんな事より、今日は何ですか?」


 なんて事を言いながら私の食事を覗き込んでくるアイリに、思わずシッシッと手を振る。


 「お前は金を払わなくてもコレが食えるんだ、さっさと仕事を終わらせて帰れ」


 「酷い言いようですね支部長! 私だって帰りたいですよ! でも最近ウォーカーの皆が頑張っちゃって中々帰れないんですよ! だからちょっと下さい!」


 「絶対に嫌だ!」


 そんな会話をしながら、食事を死守する戦いが始まってしまった。

 取られてたまるか。

 コレは俺にとって、一日の中で一番の楽しみなのだ。


 「ちょっと、ちょっとで良いですから! もうお腹空きました!」


 「だったら早く仕事を終わらせて“ホーム”で腹いっぱい食え! 私にはこれしかないんだ!」


 「ケチー! 支部長のケチー!」


 「煩い! 私も悪食のホームに晩飯を催促にいくぞ!」


 「あ、それは有料でーす」


 「だったらコレくらい好きに食わせてくれ! 頼むから!」


 アホな会話を繰り広げながら、いつもの日常が流れていく。

 だが、着実に進んでいる。

 孤児院の子供達は日々成長しているし、国のウォーカーの意識も昔に比べればずっと向上した。

 非常に良い傾向にある。

 だが、その中心いた筈のアイツ等だけが居ない。

 全く、何をしている。

 さっさと帰ってこい、馬鹿どもめ。


 「頂き!」


 「コラァ! アイリィ! 返せ!」


 そんな事を叫びあいながら、こちらもこちらでいつもの日常が流れていくのであった。

 早く帰ってこい、“悪食”。

 その言葉だけは、今すぐにでもアイツ等に言ってやりたかった。

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