第148話 長耳


 「だぁぁぁ! 終わったぞちくしょー!」


 「やってられっかバカヤロー!」


 「もう嫌だぁ! 帰ったら絶対お酒飲んで寝るんだぁぁ!」


 三人揃って雄叫びを上げながら、その場に寝転がった。

 そして俺達の中心には、“竜”が転がっている。

 二匹目だ。

 前の奴より弱かったとはいえ、二体目を討伐したのだ。

 称号“竜殺し”は伊達じゃないぜ。

 なんて、恰好良く言えれば良かったのだが。


 「うえぇぇ……緊張で吐きそう」


 「辛ぇ……もう生涯羽の生えたトカゲには挑みたくねぇ」


 「何とかなったから良かったものの。ダメだったら聖女ブレスかまして逃げる作戦だもんね……無理、人のやる事じゃない」


 各々感想を呟きながら、ゴロンゴロンと地面を転がっていると。

 ジワジワと竜の死骸がダンジョンに“吸収”され始める。

 ダンジョンのルール。

 死んだ奴は、ダンジョンに“喰われる”。

 コレは、竜であっても同じ事の様だ。

 ていうかドラゴンゾンビ、最初から死んでるだろ。

 戦う前から吸収しろよマジで。


 「あぁクソ、苦労して狩ったってのに。結局はダンジョンに持って行かれる上に、ドロップ無しかよ」


 思いっ切り舌打ちをしながらそんな事を呟いたその瞬間。


 「ご主人様!」


 南の叫びと共に、“竜”が再び動き始めた。

 その体を、ダンジョンに吸収されながらも。


 「ふっざけんなよ! 南、槍!」


 「もうないです! 後はもり二本!」


 「んじゃとりあえず銛! 聖女は防御! 王族は攻撃魔法準備!」


 指示を出しながら暴れるドラゴンから飛びのき、それぞれが構えたその瞬間。


 「あぁ?」


 何かがおかしい。

 ダンジョンに“喰われる”魔獣の死骸は、まるで地面に溶ける様に黒い霧に包まれていく。

 だというのにコイツは、胸から下が埋まった状態で。

 “何かがつっかえた”様な態勢でバタバタと暴れている。

 食われない様に藻掻いているというより、死体が無理矢理動かされている様な……。


 「こうちゃん! 胸のとこ! 何か光ってる!」


 「魔石……じゃないよね。竜にしては小さすぎる、でも何かあるよ!」


 二人の言葉を頼りに視線を向けてみれば、確かに異常なほどに光を放っている物体が。

 そう、“異常”な程に光っているのだ。


 「王族二人! 魔法をぶちかませ!」


 とにかく光っている何かを露出しなければ。

 なんて事を考えながら指示を出してみると。


 「スマン、儂は無理じゃ。さっきので“使い切った”」


 「だぁもうホント! お爺ちゃんこういう時は恰好つけてよ! いくよ、“斬風ざんぷう”!」


 姫様が鉄扇を振れば風の刃が相手の胸を切り裂き、血肉がそこら中に散らばる。

 その中に。


 「なんだありゃ……ダンジョンコア?」


 竜の体が削られた先にあった“ソレ”。

 どう見ても、俺達が以前手にしたルービックキューブの様な代物。

 そんなモノが、竜の肉体の中で蠢いていた。


 「こうちゃん! アレなんかやべぇぞ!」


 「僕達じゃ小さすぎて無理! 穿いて!」


 「ご主人様! 砕いてください!」


 「アレは何かヤバイ感じがします! 不味いですって!」


 『北山! 貫け!』


 仲間達からの声にビクッ! と身体が震え、何かを考える前に踏み出していた。

 アレはダメだ。

 この世に残しちゃいけない代物だ。

 全身でそう感じる。

 だからこそ仲間達に促された瞬間、俺は駆け出し全身を捻った。


 「しゃぁぁぁ!」


 こんなにも全力で武器を放った事があっただろうか?

 そんな風に感じる程の力で、目の前にある“ダンジョンコア”を砕いた。

 穂先がソレを捕らえたと同時に、崩壊するコアと銛。

 まるで“分解”でもされるように、今までに無い壊れ方をする武器に恐怖を感じ、思わず手放してしまう。


 「何なんだこりゃ……」


 そう呟いてしまうのも、仕方ない事だろう。

 “ソレ”を穿った瞬間。

 キューブは開き、再び収束していく。

 まるで触れた全てを飲み込まんとする勢いで。

 竜の死骸も、俺の武器も。

 まるでブラックホールだ。

 アレだけ大きかった竜をものの数秒で飲み込み、銛はパラパラと分解されるようにして飲み込まれた。

 そして、全てを飲み込んだその後。


 「おい、マジでどうなってんだ?」


 カツンッと、色あせたルービックキューブが地面に落ちて来た。

 何だこれは。

 形はどう見ても前にも見たダンジョンコアだが、完全に色あせている。

 まるで、今は使用不可だと言わんばかりに。

 竜と俺の武器を飲み込んだコアは、不用品とばかりに地面に転がっていた。


 「なんだ、なんなんだ? ダンジョンコアってどういうモノなんだよ?」


 「すっげぇヤバイ物な気がすんの俺だけ?」


 「いや、ホント。意味が分からないね。ダンジョンコアって普通どうやって扱われるの?」


 「ふ、普通なら魔石の代わりに……大規模な魔力が詰まった代物として、国の街灯など。国全体を回す魔力源に回されるのが殆んどなはずですが……」


 「アレが、燃料? いや、絶対もっとヤバイ物な気がするんですが……」


 『あまり深く考えた事は無かったけど、さっきの“アレ”は正直肝が冷えたよ……』


 各々そんな感想を残しながら、地面に落ちた灰色のダンジョンコアを眺めて居ると。


 「ふむ、アレを倒すか。なかなかどうして、時代は進んだという事かな」


 俺達のパーティメンバーではない、そして聞いた事もない声が“目の前”から響いて来た。

 思わず全員が構え、“ソレ”に警戒する。

 俺は銛が最後の一本、東は壊れかけの大盾、南がもう矢が少ないクロスボウ。

 西田はもう武器が無く、爺さんは魔力切れ。

 まともに戦えそうなのは、お姫様と聖女様くらいなもんだ。

 それでも、だ。

 構えずにはいられなかった。

 コイツは、“なんだ”?


 「面白いな、お前達。ただの人族が中心の集まりな癖に、妙に強い。実に興味深い」


 言葉が返せない。

 それくらいに、感じた事のない圧力を感じる。

 コレは、間違いない。

 “化け物”だ。


 「っ! ……スゥゥ、ハァァァ」


 「そう怯えるな。戦うつもりは無い……筈だったのだが」


 エルフの男、それだけは分かる。

 お綺麗な顔に、緑がかった長い金髪。

 俺達より随分と年上に見えそうなソレだが、実年齢は分らない。


 「何者だ、アンタ」


 「私か? そうだな、あえて言うなら」


 彼が地面に落ちた灰色のダンジョンコアを拾い上げ、こちらに向かって掌を向ける。

 ほんの些細な行動なのに、生きた心地がしない。

 それくらいに、桁外れだと感じるのだ。


 「“探究者”と名乗っておこうかな? 私は未知を確かな技術に変えるのが好きだ。今までに無かったモノを調べるのが好きだ。だから、君達にも興味が湧いた」


 「っ!?」


 なんでもない、ただの言葉だ。

 それなのに全身に寒気が走って仕方がないのだ。

 だからこそ聖女や南、そして王族の二人を背後に集め。

 三人揃って目の前の相手に向かって臨戦態勢を取った。


 「抗うか?」


 こちらに手を向けたまま、彼は言い放った。

 その言葉は何処までも落ち着いていて、更には死刑宣告の様にも感じられた。

 だとしても。


 「抗うさ、俺達はそうやって生き残って来た」


 「面白いな、非常に面白い」


 ニッと彼が口元を上げた瞬間。

 再び全身に鳥肌が立った。

 まるで鳥になっちまうじゃないかって程の寒気が、正面から襲って来た。


 「こうちゃん!」


 「北君!」


 「俺の後ろに下がれ! それでも抜けたやつを頼む!」


 籠手を開き、“魔封じ”を発動してから銛を構える。

 その瞬間から、“戦争”が始まった。


 「だらぁぁぁぁ!」


 透明な刃物。

 そうとしか言えない様な、無色透明な魔法。

 そんな得体のしれないモノが、雨の様に降り注いで来た。

 ソレを、端から叩き落す。

 俺の鎧に触れた物だけは無力化されているが、後ろには仲間がいるのだ。

 出来る限り数を減らすしかない。


 「ほう、やるな?」


 偉く軽い言葉を残しながら、“ソイツ”は更に攻撃の手を増やすつもりの様だ。

 視界には、どうしようもない程の“光”が見える。


 「カナァァァ! 全責任は俺が背負う! ブレス頼む! アレはダメだ!」


 見ただけでも分かった。

 アレは“無理”だ。

 あのまま好きにさせたら、間違いなく仲間が死ぬ。

 だからこそ、叫んだ。

 本来は俺が背負うべきソレだが、俺では“殺す”事さえ出来ない。

 だから、仲間を頼った。


 「行きます!」


 『何なんだコイツは! いくよ!』


 「『ブレスッ!』」


 背後から力強い光が放たれ、相手に向かって伸びていく。

 だというのに。


 「人の身に堕ちた竜の攻撃は、この程度か」


 ソイツは、両手を開いて攻撃を防いで見せた。

 攻撃自体は止まり、今では防御に徹しているのか。

 彼の目の前には望がよく使う“プロテクション”と同じモノが展開されている。

 俺達の攻撃の中で、間違いなく“最強の一手”であるドラゴンブレス。

 ソレを、薄ら笑いを浮かべながら“普通の魔法”で受け止めているのだ。

 あり得ないだろ、こんなの。


 「しゃぁぁぁ!」


 「こうちゃん!?」


 「北君!? ダメだよ!」


 「ご主人様!」


 もう、無我夢中だった。

 コイツを“殺さなければ”、全員死ぬ。

 この戦闘に勝たなければ、俺達は生きてダンジョンを抜ける事は出来ない。

 だからこそ、突っ込んだ。

 全力で地を蹴って、聖女様のブレスを避けながら相手の脇に回りこんだ。

 そして、全力の一撃を放つ為に体を捻ってみれば。


 「愚かな……」


 「てめぇがな」


 「なに?」


 相手が何かしようとする寸前、思いっきり後ろに飛んだ。

 今この手に握られているのは、銛の石突に括りつけられたロープ。


 「随分と小癪な真似を……」


 「それが俺達だ。避けてみな、エルフ」


 遠心力に任せて放り投げた銛。

 相手を軸として円を描く形で、ロープがヤツに巻き付いていく。

 グルングルンと彼の体に撒き着く様にして距離を縮め、最終的には相手の体に逆刺かえしが突き刺さる。

 そして。


 「望、カナ! 最大出力!」


 「消し飛ばします!」


 『任せて!』


 二人が更に気合いを入れ直し、ドラゴンブレスの光は今までよりもずっと強くなる。

 視界の全てが白に覆いつくされてから、激しい風圧がこの身を襲うが……。


 「う、ぐっ!? おええぇぇ……!」


 「こうちゃん!? 大丈夫か!?」


 「北君!?」


 「ご主人様!」


 人を、殺した。

 それを感じた瞬間、胃液が逆流した。

 ビチャビチャと汚い音を吐き出しながら、その場に蹲った。

 馬鹿野郎が、仲間を救う為だ。

 全員で“生き残る為”だ。

 だというのに、こんな所で這い蹲ってどうする。

 俺は、アイツ等のリーダーだろうが。

 なんて事を思いながら頭を振り、立ち上がったその時。


 「クハハッ! まさか“持って行かれる”とはな。お前達は、実に面白い」


 暴風が止んだ後、そんな声が聞えて来た。

 おいおいおい、マジかよ。

 アレで、生きて居られる生物が居るのか?

 これでも駄目か?

 だとすると、もう手の打ちようがないんだが。

 なんて事を考えながら、土埃の向こうへと視線を向けてみれば。


 「おい、嘘だろ? それで生きてんのか?」


 「“未知”を経験するのは初めてか? 若いの。未知とは己に“今”理解出来ない事であって、絶対に“解明”ではない事柄ではない。分かってしまえば、更に高みへ。技術にしてしまえば、更に強くなれる“きっかけ”なのだよ」


 半身が消し飛び、更には俺の銛が首に突き刺さった状態で。

 彼は笑っていた。

 しかも数秒後にはボコボコと肉が膨らみ、元の形に戻っていく。

 ハハッ、間違いない。

 アレは、得体の知れない“化物”だ。


 「実に楽しいよ、お前達。名を何という?」


 首から銛を無理やり引き抜いた彼は、余裕の笑みを浮かべながら此方を振り向いた。

 超怖い、滅茶苦茶怖い。

 こんなの、俺達が立ち向かっちゃ駄目なヤツだ。

 主人公補正が無ければ、目の前に立つ事さえ許されない相手だ。

 でもこの場で背を向ければ、間違いなく“狩られる”と分かる程の敵意。

 だからこそ、必死で耐えた。

 虚勢を張って、胸を張って答えてみせた。


 「悪食だ、俺達は“悪食”。喰われたくなきゃさっさと失せな、化け物」


 「悪食か……覚えておこう。楽しみにしているぞ、竜を殺す英雄達よ」


 その台詞を最後に、彼は懐から新しいダンジョンコアを取り出した。

 そいつを上空に掲げてみればコアはパカッと開き、彼自身を飲み込んでいく。

 先程竜を吸い込んだ時の様に。

 彼の体も分解されるように、徐々に徐々にコアの中へと吸い込まれていく。

 そして。


 「また会おう、“悪食”の諸君。次に会う時は、もっと強くなっていてくれよ?」


 その一言を残して、彼は完全に消え去ったのであった。


 「なんだったんだよ……」


 「マぁジで訳わかんねぇ」


 「結局、なんなの……」


 残ったのは、静寂のみ。

 先程まで彼が居た場所には何も残っておらず、まるで幽霊でも見たのかって程に何の気配も感じない。

 ホント、どうなってんだこりゃ……。


 「あぁもう」


 「ほんっとにさ」


 「前から言ってるけど」


 三人揃ってその場に寝ころび、そして。


 「「「ダンジョンなんて大っ嫌いだぁぁぁ!」」」


 とりあえず、叫び声を上げるのであった。


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