第147話 屍竜
「どう見るかね、こうちゃん」
「腐ってんねぇ。見事にゾンビさんだわ」
「二人共、実は結構余裕ある?」
なんて言葉を交わしながら、俺たちは草むらに寝そべりながらドデカイ問題児を眺めていた。
俺達の視線の先に居るのは、見事なまでのドラゴン。
ボロッボロだし、俺達が裂いた腹からは未だに何か溢れているが。
そんでもって、俺達が落ちて来た影響だろうか?
背中にも盛大な穴が空いておられる。
「周囲には“アレ”以外の個体は居ないみたいです。このフロア丸々あのドラゴンが占領している状態ですかね?」
「他に敵が居ないのは良いですけど……臭いです……お風呂入りたいです」
『まだ我慢だよ、望。今お風呂なんて入ったら、体にこびり付いた“アイツ”の匂いが消えちゃうから』
俺らと並んで草むらに寝そべっている女性陣も、小さな呟きを洩らす。
その姿は、見事にドロドロ。
頭から足先まで、ドラゴンゾンビの
望の言う様に、そりゃもう臭い。
鼻がひん曲がりそうな位に臭いが、コレも相手に気付かれず移動する為だ。
慣れろ。
「いやいやいや、普通にさ、逃道探そうよ。なんで私達ドラゴン観察してるの? 狩る気? 嘘でしょ? どう見たってドラゴンですけど? 文字通り腐ってもドラゴンな訳ですよ」
「すまんキタヤマ、今回ばかりは孫娘に同意見じゃ。まさかアレに挑むなんていわんよな?」
王族二人も、随分と情けない姿になりながら此方に視線を送って来る。
言いたい事は分かる、分かるのだが。
周囲には随分と広そうな森が広がっているのだ。
そして間違いなく、アイツは“俺達”を探している。
「ドラゴンを警戒しながら出口を探せってか? 場所が分かってるならまだしも、これから手探りで匍匐前進しながらフロア全体を探索すんのか? 頑張れ。とてもじゃねぇけど逃げ切れる自信がねぇわ」
「いやだからね!? 無茶な事言ってるのは分かるけど、戦うのはもっと無理だって言ってんの!」
ド正論を頂いてしまった訳だが、それでも。
「逃げ回りながら戦うよりも、奇襲を掛けた方が狩りやすいってのと……アイツ、前のヤツよりずっとトロい。あと脆い、これだけは確かだ」
「あぁもうコレだから経験者は! アンタらマジで竜狩ってる訳!?」
ギャーギャー騒ぐ姫様の口を塞いでみれば、籠手に付いた肉片か、もしくは強烈な匂いでも吸い込んだのか盛大にむせ込まれていらっしゃる。
でもまぁ、どうにかなりそうだ。
それこそ、“前”よりかは。
狩るまでいかなくとも、怪我させて逃げるくらいは何とかなりそう。
それくらいに、“遅い”のだ。
「とりあえず俺が聖女を装備して特攻、囮になる」
「え、嫌なんですけど」
『アハー。せっかく新種族になれたのに、人生が終わった。竜だよ? 一応言っておくけど、昔みたいな力出せないからね?』
聖女組の呑気な声を聞き流し、周りに視線を送ってみれば。
「囮は良いとしても決め手は? このままじゃ何にもないよ?」
「そうだぜこうちゃん。決め手がなくちゃ、餌があっても意味がねぇ。釣り針がねぇ釣り糸はただの糸だ」
不安そうな顔を浮かべる二人に対して、グッと親指を立てて見せた。
そして、近くに居たジジイに視線を送る。
「おい、本気で言うとるんか?」
「期待してるぜ? お前、エルフだろ?」
「エルフだからって何でも出来ると思うなよ!? 確かに長く生きてはいるが――」
「前に会ったエルフは言ってたぞ? エルフのジジイを“舐めるな”ってな」
「あ~そうかい。ソイツはきっと大馬鹿者じゃ。儂にこんな役割を押し付ける大馬鹿者じゃ!」
という事で、配置は大体決まった。
俺と聖女が誘き寄せて、西田が補佐。
東は特大の一発を決める時の為の援護。
エルフジジイは今から魔法を準備し始め、特大の弾丸になってもらう。
よし、陣形は決まった。
「あの~私役目ないみたいだし、見ているだけで良い?」
乾いた笑いを洩らしながら、エルフの姫様が手を上げる訳だが。
笑顔でその掌を掴んで、スッと下に下ろさせた。
「餌ってさ、いっぱいあった方が食い付くと思わねぇ?」
「そんな事だろうと思ったよ! あぁもう! アンタらぶっ飛びすぎ!」
叫び声を上げる王女様を無視して、もう片方に目を向けてみれば。
「お供します、ご主人様。途中で西田様と共にかく乱に回りますね」
「おうよ、頼んだ。だが死ぬな、いいな?」
「はい、承知しました」
何とも頼りになるその一言と共に、俺達は行動を開始したのであった。
今回もまた、竜殺しである。
しかし前回よりもずっとゆっくりだし、今の所ブレスを放ってくる様子もない。
であれば、だ。
疫病とかを巻き散らしていない限り、どうにか出来そうな気がする。
いや、流石にソレは高望みし過ぎか。
あんまり舐めて掛かると齧られる。
少なくとも、しばらく足止め出来る程度に動けなくなってくれれば良い。
足の一本でも刈りとって、その間に逃道を探そう。
そんなこんなで、俺たちは行動を開始するのであった。
「っしゃぁ! 俺らの目的はドラゴンの撃退、狩る必要はねぇ! とっとと怪我させて逃げ道を探すぞ! 聖女コンビはとりあえずブレス温存、基本防御に徹してもらうが、失敗した時にはブレスぶっかまして逃げる!」
「ワッハッハ! なっさけねぇなぁオイ! 了解だぜ!」
「それしかないね、分かった! 皆無理しない様にね!」
「狩れる様なら狩りますが……無理はしません。生き残りましょう!」
東西南北が声を上げる中、周りは悲痛な叫び声を上げるのであった。
「あ、はは……頑張る。カナの時と同じようにすれば良いんだよね? そうだよね? あんまり難しい事言われても分からないよ、私」
『覚悟を決めよう、望。なぁに……“竜殺し”が、“滅茶苦茶竜殺し”の称号になるくらいさ』
「いやだぁぁぁ! 放せぇぇぇ! 竜に飛び込むとか頭おかしいから! 絶対頭おかしいからぁぁ! おいコラ大根! 私の耳を放せ!」
「ピギュ!」
「アズマ殿、儂は……どうなるのだろうか? もしかして、また抱えられてドラゴンに飛び込んだりするんじゃろうか?」
各々呟いている訳だが、とりあえず全員で指を立ててやった結果。
悲鳴が更に大きくなった。
やめろよ、気付かれちゃうだろ。
「うっし、行くぞお前ら。もう一回、俺達は“竜”に挑む」
「あいよ。追っかけられても注意を分散させっから、全力で走れよ?」
「ここまで“来てくれれば”、ちゃんと“決める”よ。魔法が駄目だったら、盾で魔石ぶん殴るから」
「皆様。今の内に武器を全部出しておきますね。もう本当に在庫がありません。本気のラストアタックです」
各々準備が出来たのか、静かに腰を低くする。
別に英雄になろうとか、竜を平気で殺す主人公になろうって訳じゃない。
ただ、生き残る術が他に思いつかないのだ。
コイツを殺さないと、帰り道さえ満足に探せない。
だからこそ、挑む。
生きる為に、俺たちは“また”。
竜に挑むのだ。
前回よりは、ずっと脆そうだけども。
「作戦開始! 行くぞお前ら!」
「「「了解!」」」
「作戦そのモノを詳しく聞いてないんですけどぉぉ!?」
「儂は結局何をすれば良いんじゃ!? 頼むからそれだけでも教えてくれぇぇぇ!」
王族の悲鳴を聞きながら、俺はドラゴンの死骸へとひたすらに走った。
片手に槍を持ち、もう片方の腕に聖女を担いで。
何だかんだ言いながら追走してくれるエルフの姫様、静かに俺の後ろから付いて来る南。
「ご主人様、残りの槍は五本。銛が二本です」
「キッツいなぁ……」
「ですね、余り無理はしない様にお願いします」
「努力する」
「期待はしておりませんが、お願いします」
そんな訳で、再び“竜”の討伐が始まった。
しかも、前回以上の装備不足。
更には仲間の数も少ない上に、手も足りない。
こんな時クランの誰かが居てくれれば……なんて感想が思い浮かんできそうだが、ソレを言ったら全員が思い浮かんでしまう。
アイリ、アナベル、中島、白。
クーアがこの場に居たら、逆に心配になってしまいそうだが。
それでも、アイツ等がこの場に居てくれたらどれ程“楽”だったことだろう。
そんでもって初美。
残して来たメンバーの中で最高レベルを誇る彼女の実力と“影”の魔法、俺達まだろくに見せてもらってないのよ。
ちょこっと一緒に狩りしたくらいで、ド派手なの見てないのよ。
お願い、こういう時こそ登場してください。
なんて、泣き言を言った所で仕方ないので。
「うっしゃぁぁ! 突っ込むぞぉぉ!」
「もうやだぁぁ!」
「あぁ、また竜だよ……」
『望ぃ、がんば~』
「ご主人様、数が少ないのでなるべく投擲は控えて……すみません何でもありません」
とりあえず一本目の槍を相手の眉間に向かって放り投げ、聖女を解放する。
ベチャッ! てな勢いで地面に伏せる聖女も、今の状況ではすぐさま起き上がってくれた。
うむ、感心。強くなったね。
という事で。
「逃げるぞお前らぁぁ!」
「めっちゃ見てます! こっち見てますから! ヒエェェ!」
『望! 防御魔法準備!』
「かく乱します! 矢が続く限りにはなりますが!」
「この状況で普通に戦おうとしてるキタヤマとミナミちゃんは一体何なの!? 馬鹿でしょ!? 馬鹿なんだよねぇ!?」
俺と南を最後に、皆が皆走り出した。
残して来た仲間の元へと。
コレで良い、相手もしっかりとこちらを見ている御様子だ。
立ち去る前にドラゴンパンチを頂いたが、聖女様の防御魔法で凌ぐ。
流石、頼りになる事この上ない。
「南! 槍二本!」
「はいっ! 残り三本です!」
両手に槍を掴んでから、チラッと背後を振り返ってみれば。
「ひゃっはぁー!」
頼もしい馬鹿が一人。
空中を舞う様にして、ドラゴンの眼球に短剣をブッ刺していた。
「西田ナイッスゥ! そんでもって、もう一本追加だオラァ!」
「あぁもう! コレ以上投げないで下さいご主人様! 槍は残り二本です!」
ぶん投げた槍は竜のもう一方の眼球を貫いた。
コレで視力は奪った事になるが……それでもやっぱり付いて来るのね。
すげぇや、マジでゾンビ。
とはいえやはり白竜の時は違い、普通に振り切れてしまいそうだ。
「聖女組はブレスが来た場合に全力で防衛! お姫様は爺さん程じゃなくても魔法使えんだろ!? 撤退しながら迎撃!」
「ひぃぃ! 北山さん私の足じゃ追い付かれちゃいます!」
『北山ぁぁ! 装備してぇぇ!』
「鬼! 悪魔! キタヤマァ!」
何か色々騒がしいが、とりあえず今の所は問題なさそうだ。
お姫様も退散しながら後方に向けて魔法を放ち始め、大根丸は彼女の後頭部に必死に張り付いている。
「こうちゃん! これマジでいけるかもしれねぇぞ! 狩るか!?」
「馬鹿野郎! マジで油断だけはすんなよ!?」
「安全第一ぃぃ! ってな」
軽い口調で叫びながら、手に持った短剣を二本とも甲殻の間に突き刺し、“捌く”。
ソレを見た瞬間、南が西田の援護に回った。
「お手伝いします!」
前同様、二人揃って解体を始めた様だ。
一度竜を解体しているからこそ出来る技なのだろう。
首の後ろのデカい一枚を手早く捌き、西田が足で無理やり引き剥がしている。
「南ちゃん! こうちゃんの突撃槍! まだ使えるか試す!」
「はい! どうぞ西田様!」
馬鹿でかい槍を取り出して、ソイツを剥がした甲殻の中に突っ込んだ。
そして。
「こうちゃんすまん! “成功したら”多分今まで以上にぶっ壊れる!」
「そんときゃ俺もトール達に頭下げるさ!」
「んじゃ、遠慮なく。南ちゃん離れろ! ちゃんと動く事を祈れよぉ!」
竜の首元に突っ込んだ俺の“趣味全開装備”。
途中からポッキリ折れてしまってはいるものの、西田がカチリとトリガーを引いてみれば。
「うっは、すげぇ威力……こうちゃんよくこんなの使ってられんな」
ドゴンッ! と、とんでもない音を立てながら俺の突撃槍が後方へと吹っ飛んで行った。
トリガーを引いた瞬間に撤退した西田が、偉くドン引きした顔で吹っ飛んでいく突撃槍を見送っている。
あぁ……さらば突撃槍。
多分この森の中じゃ見つけるのは無理だ。
ドワーフ組には全力で土下座しよう、なんかすんごい遠くまで飛んでっちゃったし。
というか、ちゃんと動いて良かった。
流石は安心安全……安全ではないかもしれないドワーフ印の突撃槍。
折れたあの状況でも“ズドン”が出来るとは。
「西田様! 下に合流しましょう! 竜が西田様を警戒し始めています!」
「ひぃー! やべぇやべぇ! “魔封じ”も何もない俺がブレスとか喰らったら、それこそ灰になるわ」
とかなんとか軽い口調のまま俺達の隣に着地して、一緒に走り始める二人。
全くコイツは、こんな事態でも飄々としてんのな。
呆れた視線を向けながら、二人にグッと親指を立てておく。
「西田! 残りの武器は!?」
「もうなんもねぇって! さっきの短剣でラスト!」
「だったら……あれやるぞ」
「……すげぇ嫌な予感がするんだけど」
「フォーメーション猪! 東達の目の前で“コケ”させるぞ! 南、俺の槍持っててくれ!」
「やっぱり言うと思ったぁぁぁ! アレ苦手なんだよ!」
「残り槍四本と銛二本です。しかし竜に対して……本気でやるんですか?」
西田の叫び声を聞きながら、俺達は船を固定する為のロープの両端を持った。
見失われない程度の距離で走り続け、ひたすらにタイミングを伺う。
「聖女コンビとお姫様は退避! 南! 聖女を守ってやれ!」
「ご武運を!」
「西田! いくぞ!」
「わぁったよ! いつでも来いや!」
色々と言葉を交わしながら、俺達は皆を追い抜いた後周囲にある図太い木々にロープを巻き付け、ソイツを掴みながら腰を落とすのであった。
さぁ、最終局面だ。
後は、東に“任せれば良い”。
「爺さん聞こえるか!? 魔法!」
「わぁったわい! もうやけくそじゃぁぁ! “ストーンバレット”!」
上空にとにかくデカい岩の塊が出現したかと思えば、その場で回転し始める。
いいね、アレならどうにかなりそうだ。
なんて事を思いながらニッと口元を歪めて見れば。
「こうちゃん来るぞ!」
「全力で止めろぉぉぉ!」
竜の前足がソレに触れた瞬間、ビィィン! と今までにこの図太いロープからは聞いた事ない音が響く。
同時に、とんでもない力で体が持って行かれる訳だが。
巻き付けた木なんて根っこから抜け始める。
「無理無理無理! 俺じゃ抑えらんねぇって!」
「気合いだ西田ぁぁぁ! って、おわぁぁぁ! 俺でも無理だよこんなん!」
叫びあいながらズサァーと引っ張られていけば、ロープに引っかかったドラゴンゾンビがバランスを崩した。
ほんの少し躓いた程度。
でも、それでも充分なのだ。
「撤退!」
「マジで死ぬわコレ! フォーメンション“猪”は撤廃希望!」
西田の苦情を受けながらロープから手を放し、その場から退散したその瞬間。
「儂の魔力を全部持って行け! “落とす”ぞぉ!」
「僕らも“落ちる”よ! 準備して!」
爺さんが用意したデカい岩が回転しながら竜の背中に突き刺さり、更にはジジイを背負った東が背の高い木の上から飛び降りて来た。
「ひいゃぁぁぁ!」
「頭、貰うよ!」
背中を巨岩で潰されて悲痛な叫びを上げている竜の頭に向かって、東の大盾が容赦なく叩き込まれた。
その衝撃により頭を下げる竜。
待ってました。
「南!」
「ご主人様方! どうぞ!」
「ったく! 忙しいぜホント!」
竜の頭が落ちてくるであろう地点に集まった俺達は、それぞれ槍を構えその瞬間に備えた。
そして。
「今だ! 仕留めろ!」
竜の顎が地に触れた瞬間、全員で飛び掛かった。
その手に全員槍を持って。
「シャァァァ!」
「くたばれトカゲ!」
「穿ちます!」
三人揃って竜の頭に思いっきり槍を突き立て、“抉る”。
しかし、まだ“浅い”。
「ご主人様! まだです! まだ動いています!」
「もう一本追加だぁぁ!」
その場で身を捻る様にして、もう片方の槍を叩き込んだ。
傷跡を拡げ、柔らかい肉の中に手を突っ込む勢いで。
「だぁぁぁぁ!」
全身に返り血を浴びながら、ほじくる様にして槍を進めてみれば。
穂先が、“何か”に触れた。
「終わりだ、チクショウめ」
そんなセリフを残しながら、手を放した槍の石突を踵で押し込んだ。
グチャッという柔らかい感触と共に、槍は相手の脳みそを貫いたのであった。
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