第146話 生ゴミ迷宮
「いってぇぇ……」
「ひでぇ目にあったぜ」
「皆無事? 他の場所に落ちた人とか居ない?」
俺達が声を上げれば、そこら中でモゴモゴと動く気配が。
「だ、大丈夫です。この柔らかい物がクッションになって助かりました……」
「グチョォッ! って、凄い音がしましたけど何ですかコレ……臭い」
『酷い匂いだね。まるで腐った動物の死骸みたいな匂いだ』
声は聞こえるが、姿が見えない。
というか、全身が思いっきり何かに埋まっている御様子で。
周囲は真っ暗、明かりがないとかではなく物理的に見えない。
カナの言う通り腐った肉みたいな酷い悪臭。
更には体中が良く分からないブヨブヨとした柔らかい物に包まれていた。
はっきり言おう、状況的にマジで最悪。
吐いちゃいそう。
「い、一応こっちも無事……ココ何処? こんな階層見た事ないけど」
「随分と下まで落ちたようじゃなぁ。未到達エリアと考えた方が良さそうじゃ」
なんて、王族二人が呑気な声を上げた瞬間。
「うっさ!?」
グォォォ! というか、なんというか。
ノイズの混じった様な、表面の破けたスピーカーから獣の声が響いた様な。
そんな歪な声が周囲に響き渡った。
それこそ鼓膜がはち切れそうな音量が、周囲全体から響き渡ってくるのだ。
ついでに周りのブヨブヨも振動していて気持ち悪い。
「東は聖女を回収! 西田は南を探せ! この音量じゃぜってぇ耳塞いでる! 一旦合流するぞ! 王族二人、どこだ!?」
「「了解!」」
「ココ! ココだよー! 助けて、身動き取れなーい!」
「儂は相変わらずお前さんの脇に抱えられておる。よし、脱出しよう」
「ジジィー! 可愛い孫娘を置いて行こうとするなぁ!」
何とも緊張感が感じられない声が上がる中、モゾモゾと動きながら柔らかい物をかき分けて進む。
コレを何と表現すれば良いのだろう。
例えていうなら、そうだな。
大量の生ごみの中をかき分けて進んでいる様な感覚。
それ位にくせぇし、生暖かい。
お食事中の方には絶対に体験させてはいけない状況に陥っていた。
「だぁぁクソッ! くっせぇし見えねぇ! どこだぁ!?」
「こっちですご主人様!」
「南、無事か!?」
「未だ耳がキーンってしていますけど……無事です」
真っ暗な空間の中、俺の兜に小さな手が触れた。
間違いなく南だろう。
という事は。
「こっちは東とも合流した、ちゃんと掴んでるぜ。南ちゃんもな」
「僕は西君に右腕掴まれてる状態で、左手に聖女様装備してるよー」
「装備って言いました!? ねぇ東さん今装備っていいました!?」
ドラゴンブレス放つし、ある意味間違っちゃいない訳だが。
まぁ良いか。
これで、全員集合した訳だ。
全く見えないけど。
「よし、とりあえず全員離れるなよ? 突き進んでみるぞ」
「キタヤマー! 私の事忘れてるでしょ!? ねぇってば! 私だけ声が遠いんですけどぉー!?」
「……」
元気そうだから近くに居ると思っていたのだが、確かに一人だけ声が遠い。
決して忘れていた訳じゃない、今しがた置いて行きそうになったけど。
「あぁ~その、なんだ。どこにいんのよ、お姫様は」
「ココー!」
「わっかる訳ねぇだろ!」
適当にその辺をワサワサ触ってみるが、返ってくるのはやはり生ごみみたいな感触。
ぶちょぶちょって、動くたびになんか千切れた様な感触が返って来るんだけど。
うわぁ……気持ちわりぃ。
なんて事を思いながら周囲を手探りで探してみれば。
指先に何か、生ごみとは違う感触を感じた。
お? これか?
とりあえず、ガシッと掴み取ってみれば。
「あんっ。ちょっ、キタヤマ!? 変な所触らないでくれるかな!?」
「だから分かる訳ねぇだろ! 何処に居んだお前は! これか!?」
「ちょちょちょ! そんな指先で強くつままないで! 私耳弱いんだって! だから、止め――」
「そういういらん情報を垂れ流すなバカタレ! って、指先?」
俺、今何かをがっしりと掴んでいるのだが。
それこそ、ギリギリ掌に収まらないくらいのサイズの何かを。
ソイツは固過ぎず、柔らかすぎず、そしてモゾモゾと動いている。
ありゃ? 俺なんか違う物でも掴んでるのか?
籠手を着けているので、感触はそこまで鮮明に伝わってくる訳ではないのだが……これは何だろう。
ギュッギュッと握ってみれば。
「ピギュ」
「……OK、把握した。大根丸、ソイツを掴んでおけ」
「ピギュッ!」
元気なお返事を頂いたので、俺たちは突き進む事に決めた。
聖女を担いだ東が西田に引かれ、西田に担がれた南が俺の兜を掴み、俺に担がれたジジイはサボり、俺が掴んでいるであろう大根丸がお姫様の耳を掴んでいる。
デカいカブでも抜きそうな連携方だが、致し方あるまい。
今は生ごみ地獄脱出が優先である。
「よーし、いくぞお前ら」
「「りょうかーい」」
「参りましょうご主人様、どこへ向かえば良いのかは分かりませんが……」
「東さんお願いしまーす」
「ホッホッホ。キタヤマ、よろしく頼む」
「痛い! めっちゃ痛い! そんなに引っ張らないで! 取れるから! 耳取れるから! 本当に千切れるから!」
「ピギュッ!」
そんな訳で、ズンズンと生暖かい生ごみの中を突き進んでいく。
マジで鼻がおかしくなりそうだ。
しかも強引に抜ければ獣の雄叫びが上がる。
マァジで煩い、この声。
こんな状況下ではどうする事も出来ないが、耳の良い南は特に辛いだろう。
早めに抜けてやらねぇとな……なんて、考えていれば。
ガツンッと、顔面に何かが触れた衝撃が返って来た。
「壁……にしちゃ柔らかいな。なんだこりゃ」
「こうちゃんどしたー? 流石に鼻がやべぇから出来る限り早めに進んでくれぇぃ」
絶対に鼻呼吸なんぞするものかと頑張っているであろう西田から、そんな声が上がる。
ふむ、どうしたものか。
壁に沿って迂回するか? いや、でも結局見えないしなぁ。
「西田、今ナイフか何か出せるか?」
「ん? あいよ。 南ちゃんちょっと肩の上で待機、放すぞー」
「あい、西田様」
誰しも鼻呼吸していないせいか、声が酷い。
まぁ、気持ちは分かるんだけどね。
とかなんとか考えていれば、周りのモニョモニョを押しのけて、俺の鎧にコツンッとナイフの柄がぶつかって来た。
「解体用だけど、コレで良いか? もっとデカいヤツの方が良い?」
「とりあえず試しだから、コレで構わねぇよ。サンキュ」
軽い調子で返事をしてからジジィを放し、ナイフを受け取って目の前の壁に突き刺してみた。
そりゃもうザクッと、容赦なく。
すると。
『――――!!』
「だからうっせぇっつぅの!」
再び、獣の雄叫び。
しかも相変わらずの低音質だ。
ノイズっぽい声が耳障りで仕方ない。
という訳で、声を無視してナイフを力いっぱい下に引いてみた結果。
ヅリュッっという気持ち悪い音と共に周囲が蠢いた。
「は?」
「こうちゃん? なぁこうちゃん? 気のせいか? 周りのブヨブヨ、何か圧が強くなったぞ? 何やった、正直に言え」
「北君、これ何かヤバイよ? 全体的に動いてる気がするよ?」
二人の不安そうな声は聞こえるが、切り開いた先には光が見える。
だ、大丈夫だって!
洞窟を抜けた先には、不思議な世界が……なんて、返そうかと思っていたのに。
「うぉぉぉい! またか!?」
「本当に何やったこうちゃん! 流される、コレ流されるって!」
「皆、ちゃんと捕まっててね! あ、でも無理。止まらないわコレ」
「ご主人様ぁぁぁ!?」
「ひえぇぇ! 臭いぃぃ!」
「耳ぃぃ! 耳取れるってばぁぁ!」
「ホッホッホ……今度こそ終わった」
様々な声が聞こえる中、俺たちは物凄く嫌な音と共に“吐き出された”。
ガツンと全身に伝わる地面の感触、その後背中に降って来る仲間達と、周囲にビチャビチャと汚い音を立てながら巻き散らされる何か。
非常に酷い状態、とんでもなく臭いし、重い。
だとしてもだ。
「ふっはっはー! 脱出してやったぞチクショー! そしてさっさと退けお前らー! 普通に潰れるわ!」
光ある世界に降り立った俺は、赤黒い物に埋もれながら仲間達の体重を一身に受け止めていた。
死ぬわ、普通に死ぬわ。
コレがトール達の作った“悪食シリーズ”じゃなかったら完全にぺったんこになってたわ俺。
「ご、ごめんね北君。すぐ退くから……ってこのブヨブヨ本当に邪魔」
「あ、先にブヨブヨの山超えますね。ごめんなさい」
聖女組が周囲に出来たブヨブヨを超えてから、一番重いであろう東も退いた。
なんか圧力が半分くらい減った気がするんだけど、東今体重どれくらいあんの?
太ってはないから、多分全部筋肉の重みって事だよな?
おっそろしぃ。
「次は俺らだ、南ちゃん動けるか?」
「はい……しかしまだ耳が……」
フラフラした南を担ぎながら、西田もその場を脱出する。
よし、もう充分だ。
やっと俺も動ける。さっさとこんな所脱出して……。
「キタヤマ……私はもうお嫁にいけないかもしれない」
「大根丸に耳掴まれて変な声上げてたお姫様、いくぞ」
「言うかなぁ普通!? わざわざ言葉にするかなぁそういう事!」
「ピギュ」
「ホラ、大根丸もこう言ってる」
「わっかんないよ!」
俺にも分からん。
という訳で王族二人を脇に抱え、頭の上に大根丸を乗っけた状態で俺たちはブヨブヨの山を乗り越えた。
マジで何なんだこりゃ。
なんて、顔を顰めながら仲間の元へと合流してみれば。
『北山……これは、不味いかもしれない』
「あん?」
ドラゴン娘が、青い顔をこちらに向けて来ていた。
『さっきの咆哮、そして随分近くに感じていた気配。それが、今わかったよ』
「ほほぉ、それで?」
『真上をご覧ください』
全員揃って見上げれば、随分と汚い天井が。
なんだこりゃ、ホラー映画に出て来るボロボロの御屋敷か何かかよ。
と、言いたくなるくらい酷かった。
所々剥げてたり、皮みたいなものがプラプラ垂れ下がっていたり。
そして先ほど俺達が排出された穴からは、未だに良く分からないブヨブヨを吐き出している。
やっぱダンジョンは趣味が悪いな。
なんて事を思いながら改めてカナの方へ向き直ってみれば。
「で?」
『現在、腐ったドラゴンのお腹の下に居るって言ったら……信じる?』
「……」
『でもね、ちゃんと動いているみたいなんだよ。逃げるにしろ戦うにしろ、ここはちょっと危険かなぁ~って思ったり……ハハハ』
「全員撤退ぃぃぃ!」
どうやら俺達の落下死を防いでくれたのは、ドラゴンさんの内臓だったらしい。
しかも、カナの言う事にはドラゴンゾンビ。
そら臭いわ、ブヨブヨしたものが周囲から圧迫してくるわ。
更に内臓の中を突き進んだのだ、痛いどころじゃないよね。
悲鳴くらい上げるわな。
だって体突き抜けて、お腹の中に直接お邪魔していたのだもの。
もう嫌だ、よりによってコレ
変な病気とかかかりそう。
「逃げろ逃げろ逃げろぉ! ドラゴン狩りなんて二度も三度も出来るかってんだ!」
「俺ダンジョン嫌い! 超嫌い!」
「僕もダンジョンなんて嫌いだぁ!」
「なんでこんな所に竜が居るんですかぁぁ!」
様々な声を上げながらも、俺たちは全力疾走でその場から離れた。
相手を確認する余裕なんぞない。
だって竜だぞ、また竜だぞ。
しかも、今回は繭とかに埋まってないフリーの竜だ。
当たり前だが、逃げるしかない。
というか、ちょっと待て。
もしかしてこのダンジョン。
ラスボスがコイツだったりしないよな?
俺ら、帰り道さえ分からない迷子なんだが?
「ふざけんなよぉぉ! 誰だこのダンジョン考えたヤツ! ぜってぇ馬鹿だろ!」
そんな悲鳴を洩らしながら、俺たちは周囲に広がる森の中を突き進むのであった。
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