第145話 小動物達
「しゃぁぁぁ!」
「こうちゃん三時方向に“おかわり”!」
「正面は任せて! 全部こっちで貰うよ!」
「六時方向にも一つ……って、すみませんそっちは大丈夫な奴でした!」
様々な声が上がる中、俺たちは暴れまわっていた。
深い層へ踏み込めばその分敵は強く、そして多くなる。
更にこのダンジョンは異常だ。
あり得ない程にタフな魔獣や魔物が揃っているのだ。
はっきり言って前に経験したダンジョンとは比べ物にならない。
「あぁもう! キリがありません! “バインド”!」
『北山! 一気にブレスで殲滅するかい!?』
「んな連発してたら魔力が保たねぇだろ! 温存しておけ!」
『クッ……確かにその通りだ。ごめん、迷惑かける』
「謝んな! こんなのいつもの事だ!」
叫びながら、目の前に迫ったサイの頭に槍を叩き込んだ。
しかし、折れる事折れる事。
こんな調子じゃ、武器の在庫が持つか分からない。
もう帰る事も考え始めてはいるが、いざ踏み込んでみれば帰り道の方から大量に魔獣が押し寄せてくるのだ。
戻るに戻れない。
「キタヤマ! 一回相手の視線を遮るからその隙に突破しよう! こんなの全部相手してたらキリがないよ!」
「その意見に賛成じゃ、儂も魔力がいつまで保つかわからん!」
このダンジョンに慣れている筈の二人も、息が上がっている御様子。
だぁくそ、こりゃマジで逃げながら下層に降りる場所探さないと駄目か。
「全員ある程度で引き上げるぞ! 全部相手するには武器が足りない! 逃げながら下に降りる場所を探す!」
大声で指示を出してみれば、ゾウの魔獣と殴り合っていた東と、空中でデカい鳥の相手をしていた西田が帰って来た。
「とは言っても、どうするよ。目的地は未だ不明だぜ?」
「一直線に逃げるならまだしも、探しながらとなると……多分戦闘は避けられないよ」
二人共苦い声を上げて来るが、それは重々分かっている。
しかしこのまま正面切ってぶつかり合っていても、終わりが見えないのだ。
更に言えば、マジで武器が無くなる。
なんて事を思っていたその時。
「七時方向に一体……ってあぁもう! またあの子です!」
耳をピクピクさせた南が、クロスボウを連射しながら困った声を上げる。
そして、ご登場なされたのが。
「大根丸ぅぅぅ! 頼むから緊急時にうろちょろしないでくれ! というか帰れ! 前のフロアに帰れ!」
振り返ってみれば、串焼きを食い終わったらしいさっきの大根丸が、何も刺さっていない二本の竹串を両手に持った状態でこちらを見上げていた。
何なのコイツは、何でついて来るの。
というか、なんでずっと串持ってるの。
「ピャ」
「いや、ピャ! じゃないんだよ! そんな鳴き声あげる大根丸見た事ねぇよ!?」
付いて来る小さな隣人に突っ込みを入れながら、迫って来た魔獣に槍を投擲する。
あと何本残っている?
こんな調子で最奥まで辿りつけるのか?
というか、撤退するにしてもダンジョンが“大人しく”なってくれないと、来た時と同じような数を相手する事になる訳だろ?
マジで無理ゲーじゃねぇか。
なんて、色々と不安になっていると。
「ピャッ!」
「いてぇなオイ!」
変な声を上げる大根丸は、俺に飛びついて来たと思えば竹串を鎧の隙間に突き刺して来た。
しかもインナーとか鎖帷子とか装備していない隙間を的確に。
何しやがる! とか叫んでやろうかと思ったが、次の瞬間にはシュタッと着地した大根丸がある方角に向かって竹串を向けていた。
「……え~っと」
「賭けだ賭け! この場に留まっても良い事ねぇって!」
「信じて……良いのかは分からないけど、試しに行ってみよう! どうせ退避するにしたって当てずっぽうなんだから!」
仲間達からの怒鳴り声を頂き、思いっきりため息を吐きながら叫んだ。
そりゃもう、どうにでもなれって勢いで。
「マジで試しだ! コレで駄目だったらこのフロアの奴らを気合いで片付けて地上に戻る! いいな!? いけ大根丸! 俺らを案内しろ!」
声を上げてみれば、大根丸は一目散に走り出した。
それはもう速い事速い事。
他の奴らみたいにちょろちょろと動き回らず、一直線に走るから余計に速い。
その小さな影を見失わない様に、俺たちも走り始めた。
「ご主人様! 後方に魔獣多数! 大型も混じっています!」
「赤ハーブ撒いておけ! とんずら一択だ! コレ以上武器を無駄に出来ねぇ! 西田は先に行け! ぜってぇ大根丸を見失うな!」
「あいよっ!」
「き、北山さん! 速い、速いです!」
『三馬鹿ー! 助けてー!』
「東ぁぁぁ!」
「望ちゃんこっちに! 僕が担ぐ!」
各々悲鳴を上げながら、俺たちはひたすらに走った。
ちっこい影を追いかけて。
コレで行きついた先が行き止まりとかだったら、大根丸を食ってやろう。
異世界生活で、絶対に食わない様にしていたマンドレイクを初試食だ。
とかなんとか思いながら足を動かしていれば。
「キ、キタヤマ……ごめん、ウチのジジイがそろそろ限界」
「ス、スマン……年寄りにコレはちとキツイ……」
舌打ちを一つ溢してから、王族の一人を脇に担いだ。
俺は今、夢とロマンが詰まったダンジョン(笑)の中で、武装の在庫不足という絶体絶命の危機的状況の上、ジジイを担いで大根を追いかけながら全力疾走している。
なんだこれ、何なんだコレは。
ダンジョンとはロマンを追いかけ、運命的な出会いを求める場所じゃないのか。
敵に囲まれてピンチの女の子を助ける、みたいな。
後はビックリするくらいの財宝を見つけて一攫千金とか。
そういうのを求めるのは間違っているのか?
そんな良い事の一つくらいあっても良いじゃないか。
なんて事を思ったりもするが、あえて言ってやろう。
チクショウめと。
ダンジョンには夢も希望もない、宝物すら転がっちゃいない。
あるのはゴミみたいなドロップ品と、馬鹿みたいな魔獣の群れ。
ダンジョンに色々と求めるのは間違っている。
俺達の経験上、それだけは言える。
だから俺は、俺たちは。
ダンジョンなんか大嫌いだ!
「大根丸! まだかぁぁぁ!?」
「ピギャアァァァ!」
「うん、よく聞く感じの声をありがとぉぉ! 全然伝わらねぇよぉぉ!」
そう叫んだ瞬間、脚が“沈んだ”。
「へ?」
視界には地面が見えているのだ、大地がちゃんとあるのだ。
だというのに。
水の中に突っ込んだみたいに、ズルッと。
踏み込んだその足が、地面に“落ちた”。
まるで背景をくっ付けただけ、この先なんぞ無いと言わんばかりに。
そして現在俺らは全力疾走中。
当然止まれるはずもなく。
「うおぉぉぉ!? ちょいちょいちょい!? ここに来てトラップとかアリかよ!?」
「なんだこれ!? なんだこれぇぇ!?」
「僕達いつからデバック作業してたのぉぉ!?」
「と、とにかく皆様離れないように!」
落ちた、物凄く落ちた。
それはもう、経験した事もないバンジーやってる気分になるくらいに。
もちろん紐なんぞついていないので、ただただ落ちるだけだが。
「ひええぇぇぇぇぇ!!」
『翼! 今こそ翼を生やすんだよ望ぃぃぃ!』
「あぁ~……死んだ。コレ、間違いなく」
「良い人生じゃった……」
「ピギュ!」
もう嫌だ。
マジで、本気で。
ダンジョンなんか大っ嫌いだぁぁ!
――――
「あっ」
小さい声を上げながら、取りそこなった“ソレ”が地面に落ちる。
「クーアさん、珍しいね?」
すぐに箒と塵取りを持った子供達が集まって来て、私の落としたクッキーを片付けてくれた。
地面に落ちて、粉々になってしまった方角クッキー。
しかも、縁起の悪い事に東西南北が綺麗に一枚ずつ落下したのだ。
嫌な前兆じゃなければ良いが……なんて思いながらも、子供達には笑顔を見せた。
「ごめんなさいね、せっかくのクッキーを無駄にしてしまいました」
あはは、と眉を下げながら笑ってみれば。
「大丈夫! リスにあげる!」
「リス?」
はて、と首を傾げている内に子供達はクッキーの欠片を集めた塵取りを持って外へと駆け出して行った。
窓からその姿を眺めて居れば、彼等の元に何だが随分と大きな“リス”が走って来て居る。
おかしいな、眼がおかしくなったかな?
そんな風に思える程、巨大なリス。
「ちょ、ちょっと!? 皆!? それって魔獣!?」
「最初は驚きましたけど、普通のリスみたいですよ? かなり太っちょの」
「姫様!?」
いつの間にか現れたこの国のお姫様……じゃなかった、女王様が満足気な顔を浮かべながら今しがた焼き上がったクッキーを摘まんでおられた。
もとい、つまみ食いしておられた。
もう何というか、悪食の子達が皆姫様って言うから姫様で馴染んでしまったが。
「あ、あの……」
「相変わらずクーアさんのクッキーは美味しいですね、癖になります」
「はぁ、どうも」
などと会話している間にも、子供達はやけにデカいリスに先程のクッキーを与えていた。
魔獣……じゃないの? 本当に?
やけにでっかい、猫くらいのサイズがある。
どこから拾って来たのあの子達。
そして何で私が知らないのに姫様が知っているの。
どう考えても、ここ最近悪食のホームにちょこちょこ顔を出すこのお姫様が勝手に許可を出したのだろう。
何をしてくれているのだろうか。
なんて事を考えていれば。
「探しましたよ、姫様?」
「ピギャッ!?」
突如現れたハツミさんが、ガシッと姫様の頭を背後から掴んでいる。
いいのだろうか、王族にそんな事をして。
「最近は子供達に手引きされて、随分と上手く隠れる様になりましたねぇ? でも知っていますか? ウチの子達は、お利巧ですから。 より多くの報酬を与える者と、貴女が隠れる事によってどういう影響が出るか説明すると……すぐに教えてくれるのですよ」
「う、裏切り者ぉ!」
「い い か ら。 戻りますよ? 休憩は終わりです」
「クーアさぁぁん! 助け――」
そんな会話を残しながら、“影”の称号を持つ二人は私の影の中に沈んでいった。
なんというか、うん。
王族ってこんなにも身近に感じてしまって良いモノなのでしょうか?
ここ最近、一週間に一回は見ている気がするのですが。
「と、とりあえず……お菓子作りの続きを……ヒッ!?」
振り返ってみれば、窓に先程の巨大リスが張り付いていた。
その後ろには、リスを掲げる子供達が。
「見てみてシスター! コイツまたデカくなった!」
普通のペットなら喜ばしい所だが、そこまで巨大だと恐怖しか湧かないですけども。
「あ、あのね皆。分かってる? 魔獣にしか見えない位大きいし。街の中で野放しにしたらすぐさま騒ぎになっちゃうというか……」
「大丈夫! “非常食”はホームから出るなってちゃんと教えてあるから!」
「うん? ちょっと言っている意味が分からないというか……」
「餌付けしてちゃんと教え込んだ! でも、一回も外に出たがった事ないよ?」
抱えられているこの子もこの子で、ココに居ればご飯が貰えると理解しているのか。
今の所子供達に牙を向ける様子も無いし、非常に大人しい様子でいじくりまわされている。
本当に、平気なんだろうか?
ココまで大きいと力も凄く強そうなんだけど。
「本当に大丈夫なの? 誰も怪我してない?」
「大丈夫だよシスター! “非常食”は凄く静かなんだよ?」
「うん、ごめんね? もう一つ聞いて良い? さっきから皆、その子の事なんて呼んでる?」
「「「非常食!」」」
「あ、うん。そっか、もういいや」
姫様が勝手に許可出しているみたいだし、巨リスも今の所暴れる様子はない。
そして、もしも“何か”があった時は……食べる気満々なご様子だ。
流石は悪食の子供達。
強い、というか図太い。
そして戦闘訓練も受けているこの子達だ。
何かしら問題が起きる前に、自分達で対処するつもりでいるのだろう。
一見非常に可愛らしい見た目をしている巨大リスだが、この子達に掛かればものの数分で今日のご飯へと変わる事は想像に難くない。
そしてこの子達は、ソレをしっかりと理解し、覚悟した上で飼いならしているのだろう。
全く……誰に似たのだか。
「街の皆さんにご迷惑をお掛けする様な行動は許しませんよ? そして、誰かが怪我をする様な事態になった場合……すぐさまご飯に変わりますからね? 覚えておきなさい」
ツンと鼻を突いてみれば、巨大リスはコチラの人差指にグリグリと頬を擦りつけて来る。
ちょっと可愛い。
というか、何処で見つけて来たんだろう。
こんな大きな普通の生物、皆がいつも行く森の中では魔獣の餌になってしまうだろうし。
「クッキー、食べますか?」
一つ差し出してみれば、リスはとんでもない勢いでお菓子をカリカリと齧り始める。
こう見る分には、本当に普通のリスなんだけどなぁ。
如何せんサイズが……。
「全く、こんな大きな子何処で拾って来たんですか?」
「魔獣に襲われてる所をシロが助けたんだってさ!」
「その後餌あげたら懐かれたんだって!」
「お土産って渡された!」
貴方が原因でしたかシロさん。
一応、ナカジマさんにも報告しておいた方が良いのだろう。
まさか院長様に報告していないなんて事は無いとは思うが、無いとは……思うが。
「クーアさん、すみません。少しばかり軽食を……なっ!? なんですかソレは!?」
キッチンにやって来た院長様の悲鳴が、全てを物語っていたのであった。
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