第144話 大根丸


 周囲に広がるのは、とんでもなく広い草原。

 視界は開け、エリアの端っこには次の階層へと向かう階段の入り口が見える。

 今では遠い過去の記憶となった、パソコンの初期画面みたいなだだっ広い緑。

 それだけなら、相当警戒した事だろう。

 何か大物が襲ってくるんじゃないかとか、トラップが大量に仕掛けられているんじゃないかとか。

 しかし、間違いなくこの階層には何もない。

 そんな確証が持てる存在が、目の前を通り過ぎた。


 「久しぶりだな……レント君」


 「もうトレントは全部レント君なのな」


 「いやぁでも、懐かしいねぇ……久しぶりに見た」


 のっしのっしと、木が歩いているのだ。

 そこら中を、自由気ままにのんびりと。

 うん、和む。


 「えぇっと、倒せば良いんですかね?」


 『これだけ遅い相手だと、魔法を使うのも勿体ない気がして来るね』


 杖を構える聖女コンビの頭を、思わずガシッと掴んでしまった。


 「ステイ」


 「え? 倒さなくて良いんですか?」


 『それじゃどうするの? 無視して進むの?』


 はて、と首を傾げる聖女の頭をグリグリしてから、方角メンツだけはその場に腰を下ろした。


 「えぇっとさ、何してるの? どうみても非戦闘エリアでしょ、早く通り抜けちゃおうよ。楽出来る時は楽しないと」


 「然り。この場に居た所で何の得も無ければ、無駄に戦う必要もない。だったら早く抜けてしまうのが得策なのではないかのぉ?」


 王族の言葉を無視しまくって、とりあえず魚の開きを揚げてみた。

 ソイツをレタスとマヨと一緒にパンズに挟み、超簡単フィッシュサンドの出来上がり。

 コレで良いかな? 滅茶苦茶雑だけど。

 なんて事を考えながら次を作り始めてみれば。


 「き、北山さん? なんか集まって来ましたけど……」


 『ねぇコレ平気? 本当に平気?』


 キョロキョロしながら杖を構える聖女に、再び「ステイ」とだけ伝えてから料理を続ける。

 しかし流石に集まり過ぎた様で、他のメンツも騒ぎ始める。


 「キタヤマ? 流石に情況を説明して欲しいんだけど? 手を出さなければ攻撃されないっていうトレントだとしても、ココまで集まると怖いんですけど?」


 「あーソイツ等、一回敵と見なすと集団で躊躇なくボコッてくるから気を付けろよ? マジ容赦ないぞ」


 「余計怖いよ!? 何! 本当に何!? なんで周りに座り始めるの!?」


 「というか、トレントの集団に襲われた事があるのかお主らは……」


 皆が皆ギャアギャア言い始めたので、そろそろ餌付けに入ろうか。

 トレント達も、相変わらずな体育座りでジッとコチラを眺めて来る事だし。

 という訳で。


 「ホイ、出来たぞ。海の幸で作ったハッピーなセットだ。気に入らなければ別のを作るが、どうだ?」


 雑なフィッシュバーガーに骨せんべい。

 何となくポテトフライも付けてみた。

 それらを小分けにして皿に盛り、彼等の前に差し出してみれば。

 やはり、以前のレント君と同じように。


 「ふ、踏んだ……」


 『北山、殺そう。コイツ等殺そう、料理を無駄にする奴は万死に値するよ』


 「まてまて、良いから座れ角っ子」


 ドラゴンを宥めながら、しばらくのんびりと続きを作っていれば。

 一人……一体? また一体と立ち上がっては交代するかの様にスペースを開ける。

 そして、次のトレントが体育座りでスタンバる。

 一度退いたトレントさえも、座っている彼らの後ろ。いつの間にやら出来た列に並び直す事から、しっかりと飯を気に入ってくれたらしい。


 「な、なんなのコレは……」


 「トレントを餌付けしとるのか?」


 「皆しっかりと並んでますねぇ……」


 『北山、私にも一つ』


 様々な声を頂きながら、うーむとコチラも考える。

 以前はワラワラ集まって来た事はあっても、こんなに整列する事は無かった。

 前に会ったトレントより知能が高いとか?

 いやでも、レント君は皿洗いまで手伝ってたしな……。

 まぁ何でも良いか、次を作ろう。


 「レント君のトレイン、レントレインと名付けよう」


 「適当な名前つけて……また愛着湧いてもしらねぇぞ、こうちゃん」


 「もう既に遅いんじゃないかなぁ」


 「事情を知っているからこそ、楽しめる光景なのでしょうねぇコレも」


 皆が皆好き勝手に呟きながらも、しばらくの間トレントの餌付けは続けられたのであった。

 聖女と王族はドン引きしていたが、レント君は結構優秀なんだぞ?


 ――――


 「うん、別にさ。 お礼を求めて餌付けした訳じゃないよ? 本当だよ?」


 「そんな事言いながら、滅茶苦茶嬉しそうじゃねぇかこうちゃん」


 「なんかもう、トレント様様だねぇ。 おぉ、でっかいパイナップル」


 「あの葉の中は一体どうなっているのでしょうか……」


 再び一列に並んだトレント達が、南が拡げるマジックバッグの中に次々と果物を放り込んでいく。

 決めた、ダンジョン抜けたらアレで酒に味付けしよう。

 “向こう側”で飲んでいた様なチューハイを色々と作ってみよう。

 なんて事を考えながら、トレントからのお礼の品を受け取っていると。


 「お?」


 「あれ? 葉っぱだけですね?」


 トレントが頭(葉っぱ)から手を引っこ抜くものの、手に掴んでいるのは葉っぱのみ。

 もしかして特殊な葉っぱだったりするのだろうか?

 なんて期待の眼差しを向けてみたのだが、レント君は気に入らない様子で手を振って葉を払い、のっしのっしと何処かへ歩いて行ってしまった。

 それに続き、数体のレント君が列から離れ遠くへ歩いて行ってしまう。


 「もしかして、果物が実る前の個体だったりするんでしょうか?」


 「かもなぁ。ま、いいさ。お礼をくれなきゃ許さんなんて言うつもりはねぇし」


 とかなんとか呟きながら、残るレント君からお礼の品を頂いていく俺達。

 王族と聖女様は随分と呆れ顔だったが、今だけは無視。

 だってコイツ等のくれる果実滅茶苦茶旨いんだもの。

 という訳で、列を成していたトレント達が散り散りになった頃。

 さて、次行くかぁなんて呟きながら皆して立ち上がった、その瞬間。


 「ピギャァァァァ!」


 甲高い悲鳴が、そこら中から響き渡った。

 思わず全員腰を落とし、周囲を警戒する。

 何だ? 何が起きた?

 両手に槍を構えながら、ひたすらに姿勢を低くしていたのだが……なんか、悲鳴に聞き覚えがある気がするのだ。


 「なぁこうちゃん。俺、この悲鳴結構な頻度で聞いた覚えがある気がするんだけど」


 「僕も。だいぶお世話になっている方々な気がするねぇ……」


 どうやら、二人も俺と同じ意見らしい。

 やっぱり、アレなのだろうか。


 「なんですか今の悲鳴……またとんでもない化け物とか来ないですよね?」


 『今の声は初めて聞いたな……皆警戒してよ? 今の所気配が読めない』


 聖女組が普段以上に警戒しているのが分かる。

 気配が感じられないって? だろうね。

 だって予想通りなら敵ですら無いし。

 そして、王族の二人もまた同じご様子。


 「今度は何さ!? 知っているなら教えてよ、悪食!」


 「儂もあの様な声を上げる魔物は知らん……警戒を怠らぬ事じゃ」


 一人は鉄扇を構え、もう一人は俺達にバフを掛け始める。

 もうすぐにでも戦闘が始まっても問題ない。

 それくらいに準備が整っている訳だが。

 だよね、王族は森の中練り歩いて変な植物引っこ抜いたりしないもんね。


 「あっ、やっぱりアレですか。皆様、声の元凶がレント君に連れられてきましたよ。多分、お礼の品を“現地調達”してきたのでしょう……」


 ずいぶん遠くから、さっき列を離れたと思われるトレント達がこっちに向かって歩いて来る。

 その手に、何かを持って。

 そんでもって、ソイツはウネウネと暴れながらとんでもなくうるっさい悲鳴をあげている。

 見間違えるはずもない、“アレ”は。


 「大根丸……」


 レント君達は、このフロアに隠れていたらしい大根丸を捕獲して、俺達にプレゼントしてくれようとしている模様。

 ソレはダメ、ダンジョン産だから別に良いのかもしれないけど。

 大根丸逃げるし、めっちゃ逃げるし。

 そんなのをどうやって飼えというんだ。

 貰ってもどうしようもないよ。


 「放してあげて! お願いだから放してあげてレント君!」


 「レント君ストーップ! ソレ駄目! 野に返してあげて!」


 「元居た所に返して来なさい! ダメだよ! 大根丸が可哀そうでしょ!?」


 俺達が大声を上げている間にも、レント君達はコチラに集まって来る。

 そして、差し出される大根丸各種。

 うん、ありがと。

 一応受け取ったけどさ、めっちゃ逃げようとウネウネしてるんだ。

 そんな訳で、お礼を渡して満足したのか。

 レント君達は再び散り散りに去っていく。

 さて、どうしたものか。

 視線を落とせば、一人一匹ずつってくらいに受け取ってしまった大根丸。

 とりあえず、地面にそっと下ろしてみた。


 「さぁ、おかえり。元居た場所へ」


 俺の台詞が終わる前に、彼等は一斉に走り出した。

 チョロチョロとかく乱するように、左右に揺れ動きながら。

 まるで大根丸の運動会だ。

 何となく、その後ろ姿を無言で眺めてしまった。

 あっ、こけた。

 なんて誰かの呟きが、しっかりと全員に聞えるくらい静かに見守ってしまった。


 「もう、訳が分からないよ」


 「儂にも分からん」


 「でもちょっと可愛かったなぁ」


 『齧ったら美味しいのかな?』


 もう何も言わんとばかりに、三人と一匹も茫然としながら彼らの事を見送った。

 残るのは、静寂のみ。

 しかも、若干気まずい感じの。


 「よ、よし! 大根丸も行った事だし、俺らも次の階層に――」


 「あ、あのご主人様! 私の下ろした子だけ、走ってくれません」


 「はい?」


 やけに悲しそうな声を上げる南の方へ振り返ってみれば、確かにそこには大根丸が一匹。

 通常カラーといって良いのか、最初に俺達が出会った様なノーマル大根丸だ。

 別に上位種とか、変異種って訳ではないのだろう。

 しかし、走らない。

 よく見れば、少しだけ大根葉に元気がない気がする。

 そんな彼が、ジッと南の事を見上げていた。


 「なんだお前、南の事が気に入ったのか?」


 声を掛けてみれば、ギュンッ! と音がしそうな程の勢いでこちらを振り返り、無言でジッと見上げて来る。

 元気はある、のか?

 動きは速そうなのに、逃げない。


 「う~ん? どうしたんだろうな?」


 「水でもやってみるか?」


 「日光は足りてるっぽいフロアだしねぇ」


 「では、どうぞ。水です」


 南が座り込んでから、魔法で掌に水を溜めてみれば。

 バシャッと顔面から突っ込み、すぐさま顔を上げて再び俺の事を見つめて来る。

 いやわかんねぇよ、なんだよ。

 お前のハニワみたいな顔じゃ何も伝わって来ねぇよ。


 「えぇと、それじゃぁ……」


 「こうちゃん、流石にそれは無理だろ」


 マジックバッグから、スッと串肉を差し出してみれば。


 「あ、でも受け取ったよ?」


 どうやって持っているんだお前は、と言いたくなるのは我慢。

 きっとどこかの猫型ロボットの様にピタッと張り付くのだろう。

 大根丸が身の丈程もありそうな串肉を受け取って、その場にペタンと座り込んだ。

 いや座るんかい。


 「食べるんでしょうか?」


 「大根が、お肉食べるの?」


 『旨いよ、食ってみろ』


 ドラゴン娘、促しちゃったよ。

 そんな訳で、皆して大根丸を覗き込んでいると。

 ガッ! と音がしそうな勢いで口っぽい穴に串焼きを突っ込み始める大根丸。

 アレだ、ジャ〇リコみたいにカカカカッ! って食い始めた。


 「食べ……たね。マンドレイクが、お肉を」


 「串ごと食っておるのぉ」


 「止めろ大根丸! 串は食うな!」


 という訳で、世にも珍しい肉を喰らう大根丸に更に二本の串肉を渡してから、俺たちは手を振ってそのフロアを後にした。

 両手に串肉を持った大根丸に見送られるのは、非常に妙な気分だったが。

 ま、珍しい個体に出会ったという事で。

 なんて事を考えながら、俺たちは更にダンジョンの奥へと踏み込んでいくのであった。

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