第143話 休む背中と、追う子供


 「あぁ~なんか、すげぇよく寝た」


 翌朝……朝か?

 ダンジョンの中だから分からないが、ボリボリと頭を掻きながら……っておい待て。

 俺はいつ兜を脱いだ。

 馬鹿か、いくら何でも気を抜きすぎだろうが。

 起きて早々大きなため息を溢していれば。


 「おはようございます、ご主人様」


 「おう、おはよ南……って、どした?」


 今の今まで見張りを続けていたのか、フル装備の南がこちらを覗き込んで来たかと思えば。

 目が真っ赤なのだ。


 「大丈夫か? すまん、流石に無理させ過ぎたか。今日は一日休みにすっから、ゆっくり休め。いいな? 寝不足もそうだが、気を張り過ぎだ。今なんか作ってやるから、ソレ食ってすぐに寝ろ」


 「あっ、いえ。別にそう言う訳では……」


 全く、本当にダンジョンに入るとろくなことがない。

 情けない姿は見せちまうし、南にまで無理させてしまった。

 今回はどっちも俺が原因なので、非常に申し訳ない。

 なんて事を考えながら飯の準備を始めてみれば。


 『朝から美味しい物を作ってくれるのは嬉しいけど、心配はいらないよ。西田と東が途中で交代してくれたから。しっかりと睡眠は取ってる』


 横から覗き込む様に、ドラゴン娘が声を掛けて来た。


 「え? あ、そうなの? だったら心配な……くないな。お前も目が真っ赤じゃねぇか」


 『望がちょっとね。今は私が変わっているから、心配ないよ』


 あ、はい。

 よくわかんねぇけど。

 とりあえず二人共体調は大丈夫って事で良いのだろうか?

 とはいえ無理をしている事には変わりないだろう。


 「こうちゃーん、雑炊がくいてぇ……アゴダシ使おうぜ、アゴダシ」


 「サッパリめの焼き魚が食べたいなぁ……」


 その辺の床に転がっていた俺とは違い、テントからモゾモゾと出て来た西田と東が寝ぼけながらも声を上げた。

 うい、了解。

 夜も働いてくれたようで、正直すまんかった。

 俺寝てただけだからね、作るよ。

 今日は俺一人で全部やりますとも。


 「おはよーさん、すぐ作るから顔洗っとけよ。後二人はどうした?」


 周囲を見回してみれば、王族二人の姿が見えない。

 そんでもって、別のテントが張られている訳でもない。

 どこいったのアイツ等。


 「あぁ、お二人なら――」


 「ただいまぁ」


 南が声を上げた瞬間、ダンジョンの下り階段からリナとアルフが登って来た。

 え、先降りてたのコイツ等。

 マジで?


 「王族二人だけで何してんのマジで。死ぬなら俺ら居ない時にしてくれる?」


 「あいっかわらず、王族には冷たいねぇキタヤマ。 この先を少し見て来ただけだよ、踏み込んではいないって」


 やれやれと首を振りながら、大きなため息を吐かれてしまった。

 ため息を溢したいのはこっちだというのに。

 俺らと王族が一緒にダンジョンに潜っている事が判明した場合、コイツ等に何かあったら間違いなく俺らに飛び火すんだろうが。

 そういうの嫌だぞ、今からでも帰って頂きたい程だ。


 「まぁまぁ二人とも、とりあえず報告が先……ではなく飯が先かの?」


 どこまでもマイペースなアルフが、笑いながら俺らの近くに腰を下ろした。


 「ま、それならソレで良いや。 お腹すいたー」


 着物姿の女王様も、ぺたりとその隣に腰を下ろす。

 服が汚れるとか全く気にしないよね、本当にお前ら王族かよ。

 今まで見て来た奴らとだいぶ違うんだが……いや、前の国の王様はアロハモドキでウロウロしてたけどさ。

 まぁ、もう何でも良いや。


 「すぐ飯にすっから、手洗って待ってろ。南、聖女コンビ……じゃなくて今はカナだけか。二人は休憩しとけ」


 「はい、ご主人様」


 『あいあーい』


 そんな訳で今日は休日、一日まったりゆったりのダンジョン暮らしが開始されるのであった。


 ――――


 「っしゃぁぁ!」


 「エル、突っ込み過ぎだ! 援護が間に合わない!」


 「いい、他を援護して。ノアのバフで十分」


 「んな訳に……行くかってんだ!」


 一人で突っ込んだ馬鹿に追い付いて、エルの背後から近づいてきた狐を盾でぶん殴った。

 その光景を横目で睨むエルが、チッと舌打ちを溢す。


「今のは気づかなかった。ごめんノイン」


「だぁから言ってんだろ。森を舐めるな、エル」


「舐めてるつもりはない……けど」


 けど、なんだよ。

 はぁぁ、とため息を吐きながら彼と向き合ってみれば。

 そこには随分と悔しそうな顔が。

 コイツも頑張っているのは分かる、分かるが……些か無謀な特攻が過ぎる。


 「全力で警戒しているつもりだった……キタは、こんなミスしない……」


 ギリッと奥歯を噛みしめるエルが、悔しそうに顔を歪めるのであった。

 ったく、コイツは。

 他のヤツらより早く落ち着いたかと思えば、手紙の一件で誰よりも暴走しやがって。

 そんな彼の頭をグシャッと撫でてみれば、エルは更に悔しそうな表情で下を向いた。


 「何を焦ってる、エル」


 「焦ってない」


 「嘘つけ、バカ。ここ最近は特に変だ。無茶もするし、周囲の警戒が以前より雑だ。今は俺やノアが“保護者”として付いて来て居るから良いが、この先“仕事”でお前だけだった場合どうするつもりだ?」


 「……ごめん、次は上手くやる」


 ボソッと呟くコイツに、カチンと来た。

 次はってなんだよ。


 「謝っても一度の失敗で死ぬ事はある。分かってるのか? 次はってなんだよ、本当に分かってんのか!? 次は次はって、今回だってお前が暴走した事で仲間が――」


 「そこまでですよ、ノイン」


 どこまでも静かな声で、それでもピシャリと俺達の会話を遮る警告が響いた。

 振り返ってみれば、笑顔のシスターとナカジマさん。

 そして鋭い目を向けるハツミさんが現れた。

 俺とノアが成人しているからといって、俺たちだけにコイツ等の保護者を任せてはくれない悪食。

 如何せん過保護だと思えるくらいに、彼等は絶対に付いて来るのだ。


 「ノイン、君は確かに正しい事を言っています。でも正論は時に人を傷つける、覚えておいてくださいね。間違ってはいない、正しくない訳じゃない。でも仲間なら、家族なら。思いやる事を忘れてはいけません」


 「でも……先生」


 「よく注意する事が出来ました。それはすごい事なんですよ? 相手の悪い事を指摘するのは勇気がいります。それを恐れることなく、正しく口に出来る。君の長所です。でも、今度からは相手が何故そうしてしまったのか、何を思っているのか。一度考えてみて下さい。彼は君よりも幼い子供なのです。お兄さんなら、なんて言うつもりはありませんが、経験は君の方が多いはずですよ。だから、責める前に考えてみましょう? そして君がどう思ってその言葉を投げたのか、それを伝える事も必要な事ですよ?」


 そんな事を言いながら、ナカジマさんは俺の頭をワシワシと撫でて来た。

 クーアさんと一緒で、微笑みを浮かべながら。


「ほら、エル。貴方もノインに言う事があるんじゃないの?」


「……はい、シスター」


 この二人には、本当に口論で敵う気がしない。

 何というか、何かを考える前に反省してしまうのだ。

 この二人が注意して来たって事は、きっと落ち度があったのだろうと。

 全部が全部じゃなくても、何かしらわるい所があった。

 反論する前に、何がどういけなかったのか、考えてしまうのだ。


 「すみません、先生。言い方と……配慮が足りませんでした。あと、エル。すまん、言葉選びが悪かった。ただ、その……心配になっちまったんだ。俺は、お前が心配だ。一人で無茶して、デカい怪我しないかとか……その」


 「分かってる、心配掛けてる事は……ごめん、失敗した……本当にゴメン、ノイン」


 二人して頭を下げれば、周りからも和やかな雰囲気が――。


 「エル、何を焦っているかは大体分かっているけど。馬鹿な事考えてないで目の前の事に集中しなさい。死ぬわよ? 死にたいの? それとも仲間を殺したいの? 今ここで鍛え直してあげるから武器を構えなさい」


 一人だけ、スパルタな人が居た。

 真っ黒い姿に、朱いマフラー。

 両手にナイフを持ったその人が、静かにエルの正面に立った。


 「いい? 何度も言うけど私達は“特別”じゃない。それはあの人達だって一緒。だから、目の前の事を全力で対処する。それが出来なければ、明日が無いから。先ばかり見ないの、着実に一歩ずつ進むの。貴方はまだ、貴方が望む舞台に立てる人間じゃない。だったら、地道に鍛えなさい。目の前の事に集中しなさい。それが出来ない人間から、“この世界”では死んでいくのよ?」


 「……稽古、お願いします!」


 鋭い目を向けるハツミさんに、再び槍を構えるエル。

 あぁ、また始まってしまった。


 「やれやれ……武闘家の方は、やはり教え方も物理ですねぇ」


 「悪くはないと思うんですが、些か私には不安になる光景です。まぁ私達には出来ない教え方ですから」


 ナカジマさんとクーアさんがそんな事をぼやく中、エルとハツミさんの模擬戦が始まってしまった。

 あぁこれは、長くなるぞ……。

 ナカジマさんが戦いながら教えてくれるスタイルだとすれば、ハツミさんは兎に角相手を叩きのめして教えるスタイルなのだ。

 考えながら動け、体でも覚えろ。

 そうしないと、簡単に狩られてしまうぞ?

 ほら、こんな風に。ってな具合で、戦闘に関しては滅茶苦茶スパルタだ。


 「彼らが帰って来た時に、強くなったって証明したいのは分かります。でも、がむしゃらに暴れるだけでは駄目です。しっかりと周りを見なさい、警戒しなさい。そして仲間を見なさい。そうでないと……ホラ、こんな風に足元をすくわれますよ?」


 「うあっ!?」


 「そこで転んだまま停止しない! 受け身を取りながらすぐに立ち上がりなさい! 戦闘中に相手から眼を放さないの! 私が獣なら齧られていますよ!」


 「は、はいっ!」


 そんな訳で、ハツミさんの個人授業はしばらく続くのであった。

 おかしいな、孤児院メンツを引き連れて野外授業の筈だったのだが。

 今では完全にエルとハツミさんの戦闘を見学する場になってしまった。

 二人共、はっえぇ……。


 「ノイン! 混ざりなさい! エルとの連携をもう一度叩き込みます!」


 「……はい」


 なんかもう、今日中に帰れるのか分からなくなってしまったのであった。

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