第141話 休憩と職人


 「なんつうか、スマン」


 「もう何度も聞いたって」


 「気にしない気にしない」


 友人二人からいつも通りのトーンでお声を頂く訳だが、こちらとしては今すぐ穴掘って埋まってしまいたい気分だった。

 何してんの俺。

 サキュバスが誰かに化けるって話は聞いてたじゃん。

 だというのに見事に暴走した挙句、結局皆に頼る結果になってしまった。

 情けないったらありゃしない。

 思い出すだけでも顔から火炎放射器しそうだ。

 今が鎧姿で良かった。


 「とりあえず、飯で返すからよ」


 「そっちはマジで期待してるぜ!」


 「角煮! 角煮! 角煮!」


 という訳で、“安全地帯”にやって来た俺達。

 他に休んでいる奴らが居なかったので、とりあえずココで休憩する事にした訳だが。

 心境としては槍だけ持って魔物の中に飛び込みたくなるくらいに、うわぁぁ! って感じにやってしまった感が激しい。

 しかも皆「ダイジョブ、キニシテナイ」みたいな雰囲気があるのだ。

 気まずい云々の前に恥ずかしいったらありゃしない。

 だというのに、前のフロアの事も有りいつも以上の休憩を取れと皆から言われてしまう始末。

 超恥ずかしい。

 もう嫌だ、本当にダンジョン嫌い。

 あとサキュバスも大っ嫌いになった。

 お前は男のロマンでも何でもねぇ、害虫野郎だ。


 「ご主人様、お手伝いします」


 「お、おう」


 隣にスッと現れる南にさえビクッと反応しながら、目の前の鍋を眺める。

 コトコトと煮立つ音が聞こえる中、南は静かに口を開いた。


 「いつか、教えてください」


 「ん?」


 急に何だと思って彼女の事を振り返ってみれば、南は膝を抱えながらジッと鍋を見つめていた。


 「ご主人様の大切な人の事を。 “悪い夢”にはならない方なのでしょう? 無理にとは言いませんが、聞いてみたいです」


 それだけ言って、南は隣で生姜をきざみ始めた。

 気を使われてるって訳ではないが、心配されているのは確かなのだろう。

 だぁぁもう、なっさけねぇ。

 何やってんだ俺は。


 「今日はすげぇ旨いモノ食わせてやるからな! お前ら覚悟しておけよ!?」


 「「うおぉぉぉ!」」


 だからこそ、声を上げる。

 “いつも”の調子を取り戻すために。

 俺が放つべき言葉は、謝罪じゃない。

 そして多分、お礼でもない。

 だったら行動で示して、“いつも通り”に接するべきなのだろう。

 コイツ等も多分、ソレを求めている。

 そう分かる位に、皆俺の作る飯を楽しみにしてくれているのが伝わって来る。


 「ドラゴン娘、ちょっと付き合え。 味見だ」


 『待ってました!』


 という訳で、俺は今日も飯を拵える。

 例えダンジョンの中であろうと、いつも通りに。

 浜辺に残してきた仲間達と、向こうの国に残して来た仲間達。

 アイツ等も、ちゃんと食ってるかなぁ……?

 そんな心配が出来る程には、心の余裕が生まれたのであった。


 ――――


 「うめぇぇぇぇ!」


 「やっぱりコレだよ! 滅茶苦茶懐かしい味!」


 本日のご飯、カジキマグロの角煮。

 もうお口が涎でおかしくなるじゃないかってくらいにじっくり煮込んだコイツは、調味料の味も物凄くその身に吸収しておられる。

 噛むというよりも口の中で“解して”やれば、口の中から鼻に抜ける様々な香り。

 そして何より、ちょこんと乗せた刻み生姜がより味も香りも引き立ててくれる。

 これですよ、コイツが正義ですよ。


 「美味しいです! 普通のマグロとはまた違った味わいですね。 それに、角煮となればもう柔らかさも味わいも……止まらないです」


 「カジキマグロ初めて食べました……すご。 これは止まらなくなりそう」


 『魔獣丸々一匹使ったからお腹いっぱい食べられるね! コレ凄いよ! 美味しい!』


 皆様お気に召したご様子で、バクバクとカジキマグロの肉を減らしていく。

 食いねぇ食いねぇ! コイツは自信作だ!

 なんて事を思いながら俺も箸を進めていると、やけに静かな二人の存在に気付いた。


 「どした? 口に合わなかったか?」


 この国のトップ二人が、口に箸を近づけた状態で固まっていた。

 ザズやリィリ、そんでもってこの国の連中を見る限り結構濃い目の味付けでも大丈夫かと思ったのだが……もっとお上品な料理にした方が良かっただろうか?

 いやでも、ついこの前カレーバクバク食ってたしなぁ。

 とかなんとか思いながら首を傾げていれば。


 「もう駄目だ、戻れないよコレは……私の好物上位が塗り替えられてしまった……」


 「あぁぁ……酒が飲みたいのぉぉぉ」


 「あ、はい。 気に入ったのなら良かったよ」


 びっくりさせやがって、また何か作り直さないといけないのかと思ったよ。

 はぁ、と呆れたため息を溢しながらマジックバッグに手を突っ込み、一本の酒瓶を取り出した。


 「よいのか? 儂らはダンジョンに居るのじゃぞ?」


 「安全地帯な上に、まだ結構休むみたいだからな。 特別だ。 但し飲み過ぎんなよ?」


 「キタヤマぁぁぁ! ねぇやっぱりこの国に住まない!?」


 「だが断る」


 何度も言うが、丁重にお断り申し上げます。

 そもそも家があるって言ってんだろうが。

 お前男が家を買う時の度胸舐めてる? マジで大丈夫かってなんども見積り見返すのよ?

 それくらい怖いお買い物してんのに、放っておける訳無いだろうが。

 そんでもって、戻ってやらなくちゃいけない理由は家だけじゃない訳で。

 なんて事を思ってため息を溢していると、西田がグラスを差し出して来た。


 「こうちゃんも飲んどけよ、今日くらいは良いだろ」


 「いや、俺はいいって。 今飲んだら寝入っちまいそうだ」


 「良いじゃん別に。 安全地帯な訳だし、一日くらい見張りは変わるよ。 前のフロアでアレな感じにはなっちゃったけどさ……僕らにとっても懐かしい顔を思い出して、そんでもって懐かしい料理も食べてる。 だったら、お酒でも飲んで気持ち良く寝ちゃいなよ。 そうすれば起きた後は気分もスッキリしてるかもしれないよ?」


 ワッハッハとばかりに、二人は俺のグラスに豪快に酒を注ぎ始めた。

 マジかよ……。


 「大丈夫ですよ、北山さん。 何かが来ても、カナが警戒してくれていますから。 何だかんだ言って、皆さんの事凄く気に入っているみたいですから、多分警戒を怠ったりしないと思います」


 『望、余計な事言わないの。 でもま、一日くらいなら全力警戒してあげるから。 皆で飲むと良いよ。 人間は、皆で飲む方が楽しいんでしょ?』


 聖女コンビまで、柔らかい笑みを浮かべながらそんな事を言い始める。

 あぁ~……コレは飲んじゃって良い感じ、というか飲めと言われている気しかしないんだが。


 「でしたら、西田様と東様もどうぞ。 私は飲酒の許可が頂けませんので、皆さんだけで」


 そんな訳で、西田と東の前にもグラスが用意され、南と望が酒を注ぎ始める。


 「ここ、ダンジョンだぞ……マジで良いのかよ」


 「ソレ、さっき爺さんが言ってた台詞と同じな」


 「今日だけは、頼もしい仲間に守ってもらう事にしよっか。 ごめんね二人共、いや三人か」


 「「お任せ(まかせて)下さい!」」


 『たまには娘っ子のお守りは私に任せて、ハメを外すが良いよ。 三馬鹿』


 何だかんだ、流れは決まってしまったらしい。

 王族二人はもう完全に酒盛りを始めているし、西田と東もグラスを持って俺に向けて来る勢いだ。

 あぁもう、知るか。


 「ったく、知らんからな! もうヤケだ、飲む! 南、望、カナ! 任せるぞ!」


 「えぇ、お任せくださいご主人様」


 「二十歳になったら私も一緒に飲みますからね?」


 『大人だなんだと言っても、まだ30年くらいしか生きていないんだろう? 私からした子供みたいなもんだ。 後は“大人”に任せてたまには遊びなよ、子供は人生を楽しむのが仕事だ』


 ハッ、言ってくれる。

 カナから見れば俺らもまだまだガキって訳だ。

 ガシッと自分のグラスを掴んで、二人のグラスとぶつけ合った。


 「乾杯だ」


 「おう、乾杯。 でも何に対してだ?」


 「僕達の人生に、とかで良いんじゃない? 楽しくて仕方がないよ。 乾杯」


 そんな訳で、俺達は一気に酒を呷った。

 極上のツマミに、旨い酒。

 そんでもって後は寝るだけと来たもんだ。


 「あぁもう、うめぇなぁ……」


 今日の酒は、やけにまわる気がしたのであった。


 ――――


 「ふぅ……」


 「魔女様、疲れたかい?」


 「いえいえ、この程度。 前に比べれば時間もありますし」


 とか何とか言いながら、私達はお酒を頂いている。

 目の前に並ぶのは、真っ黒い鎧と武器の数々。

 でも、まだ完成じゃない。

 前以上に使いやすく、軽く、そして特大の付与も乗せて。

 誰よりも険しい茨道を歩くであろう彼らを守ってくれる鎧を。

 どんな相手が来ても打ち倒せる武器を。

 そんな目標を掲げ、私達は“悪食シリーズ”を拵えていた。


 「特別ではない、特別な鎧。 勇者にも主人公にもならない彼らが使う、伝説の代物よりも上を目指す武装。 だというのに、どこまでも黒く目立たない様に、闇に紛れられる様に。 全て彼らが使う為“だけ”を考え、一般的な“特別”を省き、何処までも一部を“特化”させた鎧。 我ながら、馬鹿な発想ですよね」


 「そんなことはねぇさ。 俺らは好きだぜ、魔女様の思い描く武装は。 デザインも含めて、な?」


 「そう言って頂けると、救われます」


 目の前に並んでいる物品に視線を向ければ、正直やり過ぎたかなって思ってしまうくらいには厳つい。

 どう見ても悪役の纏う鎧。

 更には武器もだ。

 彼等は武装の美しさなど求めていない。

 よく斬れ、長く保ち、無茶な使い方をしても壊れないモノを求める。

 そして、鎧はより一層神経を使う。

 どんな状況に飛び込んでも守ってくれる程の鎧。

 鎧に対する信頼が無ければ、彼らはもっと安全マージンを取っていた筈だ。

 多少の怪我をする覚悟で飛び込む彼らは、“悪食シリーズ”を使っているからこそ成り立っている。

 それなりの大物くらいだったら、そこらの装備でも突っ込んでいきそうだが……流石に“竜”相手に普通の装備だったら、多分逃げ一択だった事だろう。

 だからこそ、余計に気を使う。

 だからこそ、手を抜く訳にはいかない。


 「もう一息……という所まで来ている訳ではありませんが。 まぁ、頑張りますか」


 「おうよ。 つってもあんまり気を張り詰めても良い物は出来ねぇ」


 「だぁからこそ、酒飲んで神経緩ませてんだろうが」


 「カカッ! そりゃ間違いねぇ。 いっそのことツマミでも頼みに行くか?」


 「角煮が食いてぇなぁ……」


 ドワーフ達がガヤガヤと騒がしくなって来た所で、ズバンッ! と凄い音をして扉が開かれた。


 「皆まだ起きてんのー? 夜食持って来たよー?」


 両手がお盆で塞がっていたらしいアイリさんが、扉を蹴り開けた様だ。


 「アイリさん……それ絶対扉すぐ壊れますって」


 「へーきへーき。 支部長室の扉ですら“まだ”保ってるから」


 色々突っ込みたい言葉を発するアイリさんが、私達の前に料理を並べていく。

 そんでもって、目の前に置かれたのは。


 「魚の味噌煮込みだよぉ。 結構上手く出来た! クーアからも許可貰ったから安心して食べて!」


 「なら、安心ですね」


 「ウチの受付嬢は料理が下手だからなぁ」


 「言ったなトール! 食べて後悔すればいいさ! それから私にもお酒頂戴」


 という訳で、工房にて密やかな宴会が始まった。

 まだ、時間はいっぱいある。

 ジッと待っている事が性に合わない私達としては、これくらい忙しい方が合っているというモノだ。


 「今頃、何をしているんでしょうね。 あの人たちは」


 お酒を飲みこんでから、ふぅと息を吐きだしてみれば。


 「そりゃアレだろ。 旨いモノ食ってるに違いない」


 「だな、土産が楽しみだ」


 「海の魚に、あとラーメンって言ったか? 楽しみだなぁ……」


 「酒も新しい物を買って来てくれんかなぁ……」


 ドワーフ面子が各々感想を述べながら、幸せそうにお酒を仰ぐ。

 もう、誰も悲しい顔は浮かべていない。

 コレでこそ悪食だ。

 彼らが帰ると言ったのだ、帰ってこない訳が無い。

 だからこそ、私達は彼等の帰りを待っているのだ。


 「それこそあり得ないお土産とか持って来てくれないかなぁ……ドラゴンもう一匹とか」


 「いや、流石にソレは心配になりますからね?」


 一緒にお酒を飲み始めたアイリさんがおかしな事を言い始めるくらいには、平和だった。

 だから、早く帰って来てくださいね?

 チラッと視線を向ければ、黒い鎧“だけ”が座っている。

 未完成品の、武骨な鎧が。


 「いつ帰ってくるか分からない、という事は明日にでも帰って来てもおかしくないという事。 もう一度気合い入れ直しますよ!」


 「「「「おうよ!」」」」


 「気合い十分だねぇ~」


 そんな訳で、私達は今日も“黒鎧”を作る。

 彼らが返って来た時、真っ先に渡せるように。

 きっとボロボロの状態で帰ってくるのだろう。

 武器なんて、多分もう既製品を使っているに違いない。

 あの人たちの事だ、端から使い潰して、次々と買い換えている事だろう。

 今すぐにでも、ホームにあるお金を彼らの元に届けて上げたい。

 むしろ試作品だとしても、この装備を彼らの元へ届けて上げたい。

 そんな手段はないが、どうしてもそう思ってしまう。

 だからこそ、私達は“帰って来た”その時に間に合うように、この武装を作りあげるのだ。


 「絶対に、びっくりさせる“作品”を作ってあげますからね」


 不敵な笑みを浮かべながら、私達は再度作業に取り掛かったのであった。

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