第140話 サキュバス


 ダンジョンに潜ってからまた数日。

 周りに見える人間も随分と減って来た。

 というか、ほとんどいない。

 そんな中、階層を降りてみれば。


 「ここから先は、本気で注意してね?」


 なんて、この国のトップが声を上げた。

 扉を開いてみれば、目に映るのは夜の街の光景。

 ここはダンジョン内だ。

 普通の街である筈がない。

 確認の為にエルフ達に目配せしてみれば、二人とも静かに頷くのであった。

 だったらココに居る奴らは全員“敵”って事だ。

 なんて、拳を打ち合わせてみるものの。


 「ココから先は“サキュバス”のエリアなんだ。 だからその、なんだ。 色々見えても、躊躇わない様に」


 「「「今サキュバスと言ったか!?」」」


 思わず、全力で振り返ってしまった。

 サキュバスと言えばアレだ、エッチな奴なのだ。

 ボン・キュッ・ボンで、際どい恰好していて。

 更にはアレな事をしながら、こちらを攻撃してくるヤバイ奴なのだ。

 これはもう、警戒する他あるまい。


 「ご主人様方……全力警戒しながらキョロキョロするのは如何なものかと。 どうしました?」


 なんてお声をも頂くが、男としては気にならない訳が無い。

 何処だ、何処だサキュバス!

 一度で良い、姿を見せておくれ!

 なんて事を考えながら、全員ソロソロと進んで行けば。


 「気を付けて、アレは記憶を視て“擬態”して来る。 親しい誰かが見えたとしても、このフロアに居る可能性が無ければ絶対サキュバスだから」


 「……うん? 際どい恰好のお姉さんは?」


 「……いや、上位種なら確かにそういうモノも居るけど。 普通は幻影を見せて近寄って来る魔物だからね? 分かってる? 自身の大切な人に化ける。 好きな人、守りたい人、仲間。 それこそ色々さ」


 やけに呆れた眼差しを向けられてしまっているが……あれ?

 サキュバスってアレじゃないの?

 エッチなお姉さんじゃないの?

 大きなため息が三つほど上がったその瞬間。

 俺達の前から、不意に声が聞こえてきた。


 「こう、こんな所にいたのかい」


 息が、詰まった気がした。

 懐かしく耳馴染みの良いその声は、やけに俺の耳に残った。


 「ホラ、早く帰るよ? 飯の準備だ、お前達も手伝うんだよ」


 視線を向ければ、“その人”がこちらに向かって手を差し伸べていた。


 「そういう事かよ……こうちゃん、騙されんなよ? ありゃ別物だ」


 「あぁ~なるほど。 これは、不味いかも」


 二人から有難い御言葉を頂いている内にも、目の前の“ソレ”は喋り続ける。


 「こう、どうしたんだい? コッチにおいで。 早く帰るよ?」


 酷く優しく、懐かしい笑顔。

 ……“黙れ”。

 その顔で、その喋り方で。

 耳馴染みの良い声で、“その人”を語るな。


 「こう、ホラおいで。 今日は旨いモノを作るよ、手伝っておくれ」


 徐々に近づいて来るその人は、記憶にあるままの笑顔で、微笑みかけながら俺の肩に手を置いた。

 あぁ、なるほど。

 コレが“サキュバス”って存在なのか。

 一人だったらその手を取っちまうかもしれないな。

 嬉しさの余り、飛びついちまうかもしれないな。

 だがな。

 “クソ喰らえ”だ。


 「南、槍」


 「あぁ~ぁ……知らねぇぞマジで」


 「こりゃ……駄目だね」


 「あの、えっと? ……どうぞ、ご主人様」


 事態に付いていけないとばかりに、オロオロした南が俺に二本の槍を差し出し、ソレをギリッと音がする程強く掴み取る。


 「どうしたんだい? こう。 そんな怖い顔をして」


 「黙れ」


 「え?」


 その瞬間、相手の首が飛んだ。

 横一線に振るった槍の穂先が、相手の首を両断した。

 そして。


 「こう、何するんだい」


 「こう、痛いじゃないか」


 数々の同じ声が、周囲から聞こえてくる。

 あぁなるほど。

 魔獣と魔物の違いってヤツを、改めて確認出来た気分だ。

 コイツ等魔物は、ちゃんと“考えて”いる。

 相手にとって何が嫌なのか、どういう手段を使えば有利になるのか。

 しっかりと考えた上で、攻めてくるのだ。


 「お前ら、手を出すな。 “止めたくなっちまう”。 だから、全部俺が“狩る”」


 両手に持った槍を構えながら、静かに腰を落としてみれば。


 「無理すんなこうちゃん、ありゃ偽物だ。 俺達に任せて良いんだぜ?」


 「いざとなれば、眼を瞑ってていいからね。 僕らでどうにかするから……」


 二人から心配そうな声を掛けられて、よりいっそう腰を落とす。


 「大丈夫だ、俺が狩る。 “魔物”なら殺せるから心配すんな。 アイツ等は、俺が“殺さなきゃいけない”気がする。 ……ふざけやがって」


 ギリッと奥歯を噛みしめながら、その一歩を踏み出した。

 踏み込んだ地面が砕け、すぐさま近くの敵の眼前に迫った。

 今では視界に数多くの“その人”が居る。

 ソノ全てがサキュバスであり、魔物だ。

 だったら躊躇する必要などない。

 全て殺してしまえば良い。

 この中に本物が居るかも、なんて疑念は抱かずに済む。

 だって、この人は。

 俺の婆ちゃんは、俺の眼の前で死んだのだから。


 「シャァァァァァ!!」


 「チッ、しばらく止まらねぇぞ……ありゃ」


 「止めたい所ではあるんだけど……ここまで煽られるとねぇ。 でも、見るのも辛いよ。 こんなの」


 暴れた、とにかく暴れた。

 目の前にいる全ての存在をぶった切って、貫いて。

 時には蹴り殺して、とにかく暴れ回った。

 ふざけるな、上辺だけ見て真似して良い存在じゃないんだ。

 俺にとって、本当に大事な人だったんだ。

 だというのに、コイツ等……何様のつもりでその顔で、その声で語り掛けて来やがる。


 「あぁぁぁぁぁぁ!」


 体の限界を超えようと、手に持った槍が砕けようと。

 暴れ続けた。

 それこそ、獣の様に。

 武器が無くなったなら拳がある、牙がある、爪がある。

 家屋を突き破り、相手の頭を地面に叩きつけ。

 全身に様々な液体を浴びながらも、暴れ続けた。

 とにかく、全てを殺せ。

 全部偽物なのだから。


 「ずあぁぁぁ! 死ねぇぇ!」


 “モドキ”の顔面を拳が貫き、血液どころか脳髄が鎧を汚す。

 知るか、知った事か。

 お前らが悪いんだ、お前達が“化ける”から。

 だから死ね、コレ以上その姿を見せるな。

 そんな事を思いながら暴れ続けた。

 死ね、死んでしまえ。

 コレ以上、俺に微笑みかけるな。


 「ご主人様!」


 思考がぶっ飛びそうな戦闘の中。

 一人だけ俺の鎧にしがみ付いて来るヤツが居た。


 「ダメです、コレ以上は! “貴方”が壊れてしまいます! 大事な人だったのでしょう? 全く別物だったとしても、その人が目の前で死んでいく光景は、壊れていく光景は……駄目です。 見ちゃいけません! だからもう……もう止めて下さい! もう、泣かないで下さい。 貴方は全部隠してしまう。 だから嫌なんです、少しくらい弱い所を見せてくれたって良いじゃないですか!」


 そんなセリフを吐きながら、彼女は俺の事を胸に抱いた。

 退け、俺はアイツ等を……。


 「いいじゃないですか、悲しい現実に全て向き合う必要はありません。 逃げても良いんです。 たまには逃げましょう? 全てに対して、果敢に攻める必要はありません。 貴方は十分に頑張っています、傷付いています。 だから、本当に駄目な事は仲間を頼りましょう? ね、そうしましょう? ご主人様。 もう、見ているのも辛いです。 もう、泣かないで下さい……」


 彼女は、そんな台詞を紡ぎながら俺の兜を抱きしめた。

 まるで、眼と耳を塞ぐ様に。


 「すみません、皆さま。 “殲滅”して頂けますか?」


 「……おうよ、替わるぜ。 流石にもう見てらんねぇわ」


 「はぁぁぁ……僕らじゃ寄り添う事は出来ても、抱きしめる事は出来ないからね。 気持ち悪いって怒られちゃう」


 すぐ近くで、鉄の擦れる音が聞こえた。


 「良く分かりませんけど、分かりました。 全部倒します」


 『随分と情けない姿を見せてくれたね、北山。 それでも誰よりも前に立った……凄く格好良いよ、後は任せて』


 ポンと背中を叩かれ、そんな声が遠ざかっていく。

 未だ目の前は真っ暗だ、仲間に抱きしめられている為に。


 「いいんです、たまには目を逸らしても。 ココには、全部を任せられる“仲間”が揃っていますから。 だから、もう止めて下さい。 ご主人様がコレ以上“泣く”所は、見たくないです」


 情けなく膝を付き、ずっと年下の女の子に抱きしめられ。

 そんでもってよしよしとばかりに兜を撫でられている様な現状。

 酷いモンだ、見られたモンじゃない。

 良い大人が何をやっているんだと、自分でもそう思う。

 だとしても、だ。


 「でも俺は……アイツ等の……」


 「リーダーだから、ですか? 私達は人間です。 出来ない事はいっぱいあります、“出来なかった”過去もいっぱいあります。 だから、誰かを頼りましょう? 貴方が私に教えてくれた事じゃありませんか。 全部、一人で抱える必要なんて無いんです」


 そんな事を言いながら、南は俺の兜を外し、耳を塞いだ。

 それでも聞こえてくる、一番近くの最後の声は。


 「それこそ、四十秒でお願いいたします。 コレ以上、ご主人様に“聞かせ”たくありません」


 「おうよ、南ちゃんはこうちゃんの事よろしく」


 「遠慮はしないからね? よりにもよって一番嫌な喧嘩を売って来たのはコイツらの方だ」


 「強化魔法も全部使います。 魔力切れを起こすかもしれませんが……コレはちょっと気分が悪いです。 カナ、よろしくね」


 『ブレスも全力で使うよ? 街ごと消し飛ばしてやる』


 随分と、険しい声の数々が聞えて来たのであった。


 ――――


 思わず、笑ってしまった。

 なんだコイツ等。

 本当に“人族”?

 最初に暴れたのは、一匹の黒い獣だった。

 二本の槍を振り回し、武器が砕ける程に虐殺を続けて。

 全身が血に染まる程暴れ回って。

 その二本槍が砕ければ手足を使って魔物達を引きちぎっていた。

 サキュバスは強い魔物じゃない、でも精神的にキツい魔物だ。

 そして今回の相手は、悪食のリーダーである彼の記憶を探った様だ。

 だからこそ、あの姿。

 私達からすれば変わった格好をしているだけの老婆に見える。

 底抜けに明るい笑みを浮かべる彼女は、どこか悪食のリーダーと同じ雰囲気を纏っていた。

 家族だったのだろう。

 そう感じられるくらいに、獣は鳴きながら“泣いていた”。

 その彼を一人が止めたかと思えば……。


 「ハ、ハハハ……世界は広いね」


 「竜をも殺す“人族”。 それだけでも信じられないが……コレは……」


 祖父と一緒に、乾いた笑いを浮かべてしまった。

 見た目がもう、戦争なのだ。

 数えるのも馬鹿らしい程の相手、それに対するはたったの3人。

 このフロアに居るサキュバス達が次々と集まっては、化ける。

 それこそリーダー以外の記憶も読んだのか、徐々に相手の姿は変わっていく。

 だというのに、その姿を確認する前に全て殲滅していく獣たち。

 一人は武器どころかそこら辺の家屋からデカい柱を引っこ抜き、まとめて薙ぎ払っていた。

 もう一人はさっきから姿が見えないが、そこら中で相手の首が落ちているから、多分前にも見た異常な速さで走り回っているのだろう。

 そしてもう一人の角生えた獣はと言えば、皆から守られる家屋の上に立ちながら周囲を見渡していた。


 「広範囲バフ……攻撃魔法の強化、拡大化。 二重、いや三重に。 カナ、“使い切る”勢いで行くよ」


 『あぁ、いつでも問題ないよ。 焼き尽くそうじゃないか、こんな街』


 「『ブレス!!』」


 彼女が叫んだかと思えば、光が周囲を包み込んだ。

 横一線に光が走り、眼に見える全てを灰に変える。

 物凄い風圧、焼けるような空気を肌に感じながら、その光景を茫然と眺めて居れば。


 「ハ、ハハハ。 嘘でしょ?」


 「コレが、竜の力なのか?」


 さっきまで、夜の街だったはずだ。

 だというのに、彼女が魔法を使ったその後。

 このフロアにあった筈の物が、全て原型を留めていないのだ。

 ただ一軒、角の生えた少女が立っている建物以外何もない。

 視界の遠く先に、下へと降りる階段が見えているくらいだ。

 それ以外は、瓦礫の山。


 「とっとと抜けてしまいましょう、こんな場所は」


 吐き捨てる様に告げる獣人の少女。

 その言葉に従う様に、皆して階段に向かって歩きはじめる。

 ちゃんと回収していた魔石すら、完全に無視して。

 コレが、“悪食”。

 私達の前に現れた、竜さえ殺す“ウォーカー”。

 今までは珍しいモノを見つければ、ゾクゾクした。

 ワクワクして、いろんなちょっかいを掛けたくなった。

 でも、コレはダメだ。

 “生き物”として、次元が違い過ぎる。

 笑って接してくれている時は良いが、本気で怒らせれば国が相手でも敵うかどうか分からない。

 どんな戦術を組み立てても、あの獣たちに食い殺される未来しか想像できない。


 「コレは……相当ヤバイのを呼び込んじゃったかな?」


 「相手を怒らせない事、遜りすぎても不快に思われるだろう。 もはや普通にしているしかあるまいて」


 色々諦めながら、彼等の後を追う私達。

 この人達、マジでこのダンジョン攻略しちゃうかも……。

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