第138話 禁断症状
「……シロさん? どうしました?」
夕飯時、ピタリと動きを止めた白さんにクーアさんが首を傾げていた。
今日の夕飯は白身の魚を使ったグラタン。
非常に香ばしい上に、口の中にチーズと魚の旨味がジワリと広がる様だ。
だというのに、彼女は止まったまま動かない。
何か苦手な物でも入っていただろうか?
なんて、私も首を傾げていれば。
「中さん……アイツ等の手紙、覚えてる?」
「えぇ、もちろん」
今は居ない悪食主力メンバーの事なのだろうが、急にどうしたのだろう。
とりあえず頷いてみたが、結局何が言いたいのか分からない。
「魚……刺身で食べてるって言ってたよね」
「グッ!」
なるほど、そう言う事か。
日本人特有の禁断症状が出てしまったらしい。
「私、ちらし寿司が食べてみたい……食べたこと無いなぁって」
「落ち着いてください白さん。 彼等の到着を待って、しっかりと情報を貰ってからにしましょう。 周りの人から散々止められた様に、生で食べるのは色々と問題があるのかもしれません。 それに近くで獲れるのは皆川魚です、川魚はお刺身で食べられないと“向こう側”でも聞いた事があります。 以前皆さんが遭遇した“何故か森に居たマグロ”なんて、早々に発見できるものでもありません。 ですから、落ち着いて」
「新鮮な魚、いっぱいの卵。 そんでもって色合いの良い野菜各種」
「ウグッ!?」
もう色々ドツボに入ってしまったらしい白さんが、虚ろな目をしながらグラタンをパクついている。
その瞳は、確実に違う物を見ている気がするが。
「お寿司、一回だけ食べた事ある。 美味しかった」
「そりゃもう食べられるのなら、今すぐにでも食べさせてあげたい所ですが。 もう少し我慢です。 そもそも海の幸が手元にありません。 今の我々は“悪食”の貴重な戦闘メンバーなんですよ? 川魚を変な食べ方して、いざという時にお腹を下して動けませんでは――」
「お寿司。 マグロ、サーモン、イクラ……」
「
「報告書なのに、なんで! 食レポばっかりだった! ズルい!」
「止めましょう白さん! あぁもう口の中がお刺身になってしまったじゃないですか!」
なんて事を叫びあっていれば、ズバンッ! と音を立てて扉が開かれた。
「たっだいまぁ! お腹空いたぁ、ギルドの残業長すぎ……ってどうしたの二人共? 珍しい組み合わせで喧嘩?」
はて、と首を傾げるアイリさんに視線をやってから、二人してガックリと机に項垂れる。
あぁ、駄目だ。
食べられない状況になると、どうしても食べたくなってしまう。
「刺身、寿司……」
「ラーメンも食べたい……」
「二人共、本当に平気?」
「アイリ様、おかえりなさい。 お二人共いつもの“異世界飯症候群”ですから、お気になさらず。 あ、ご飯食べます?」
「う、うん……うん? アナベルとドワーフメンツは? ハツミちゃんは……流石にまだか」
「皆さんは先に食べて仕事に戻りました。 なんでも、帰って来た頃には色々と駄目になっているだろうから、新しいモノを作るんだとか。 因みにハツミさんは未だにお城でお仕事中です」
「あぁ~なるほど。 しばらくはそっちに掛かりきりになりそうだね。 そしてハツミちゃんもお疲れ様ですっと、大変だねぇ……お城の仕事は」
軽い雰囲気で席に腰を下ろしたアイリさんに、彼女の食事をオーブンに入れるクーアさん。
非常に平和な光景だ。
だというのに。
「グッ……何故だ、グラタンを食べ切っても腹の虫が鳴りやまない」
「中さん、お口が新鮮な魚を求めているのだよ……無念」
二人揃って机に突っ伏していると。
「二人共、おかわりいりますか?」
「「いただきます」」
「はいはい、了解です」
呆れたため息を溢すクーアさんが、我々のおかわりもオーブンに放り込むのであった。
――――
「んで、一応来てみた訳だが」
「なんだこりゃ?」
「お祭りかな?」
翌日、また急に俺らの元に訪れた
居るわ居るわ、祭りの会場かって程に人が溢れていた。
出店も有れば、俺らみたいな戦闘服を着ている奴等も多数。
一般のお客さんもいるようで、非常に混雑している。
「凄いでしょ、ウチのダンジョン。 腕試しに一番人気のスポットなんだよ? ちなみに兵士達の訓練場でもある」
「だからこそ皆レベルが高い。 とはいえ、突破できる程の凄腕はおらんがのぉ」
今日も王族二人は仕事をさぼって遊びに来ていた。
リナの方は顔を隠すためにでかいフード付きのローブを被っているが、アルフの方はマジで平服。
というか浴衣。
いいのかよそれで。
「緊張感も何もないが……とりあえず」
「とりあえず、攻略しちゃうかい? 行っちゃうかい?」
何かおかしな期待を向けて来るお姫様を無視しながら、視線を横に向けた。
そこには。
「皆さまお立合い! さぁさぁこちらにあるのは伝説級の業物! しかも選ばれた者にしか抜けないと来たもんだ! さぁ、力を求める奴等は挑戦してみな! 一回銀貨二枚! 剣が抜ければこの剣は今日からアンタの物だ! さぁさぁ! 挑戦してくれよ!」
とかなんとか。
デカい声で謳い文句を叫んでいる商人エルフが。
あるのは台座に刺さった一本の剣。
どこかの勇者が使っていた剣にも似ているが、アレは本当にすごいモノなんだろうか?
男の子としては、ちょっと気になる。
「あぁ~その、まぁなんだ。 場を盛り上げるお店と言いますか、確かに結構な付与魔法とか付いてはいるんだけど……まぁその、察して?」
チャレンジする前から、お姫様からお答えを頂いてしまった。
なるほど、確かにそういうのがあっても面白いのかもしれない。
ハズレしかないくじ引き屋みたいな感じではあるが、場は盛り上がる。
でも、それでも当てたくなるのが男の子ってもんなんですよ。
「東、GO」
「無理矢理やって、折れちゃっても知らないよ?」
「そうなる前に台座ごとお持ち帰りしてこいよ」
なんて言葉を交わしながら、東はズンズンと進んでいき、受付に銀貨を払って台座の前に立った。
そして。
「お? 意外と剣は頑丈そう」
とかなんとか軽い言葉を発した後。
「獲ったどぉぉ!」
ボゴォッ! と凄い音を立てながら、台座ごと剣を引っこ抜いた。
素晴らしい。
ハズレくじ引き屋で、大当たりを無理矢理当てたような優越感がある。
受付をしていた奴等もポカンと口を開けながら、とりあえず鞘とか差し出しているが。
収まる訳がない、剣の先に台座の岩がそのままくっ付いているのだから。
「あっ、袋いらないです」くらいの感じでお断りを入れる東が、先っぽに重りの付いた剣を持って帰って来た。
「貰って来たよぉ~」
「どんな付与魔法が付いてんのかな? こうちゃん試しに使ってみる?」
「つっても、多分俺らには使えないだろ。 “スイッチ”が押せないから、魔石仕込んだ鎧まで拵えた訳だし」
「「あぁ~、そういやそうだ」」
「勝手に発動する付与だったら良いが……違ったらハンマー代わりにでもするか。 あぁいや、勇者のお土産にすれば良いか。 なんか似合いそうだし」
とりあえず満足した。
銀貨二枚。
つまり二万くらいで面白そうな剣を一本手に入れたのだ、悪くはない。
そんでもって、大当たりを掻っ攫った優越感は非常に良い。
うん、満足。
「君らって、結構馬鹿でしょ?」
「うっせぇな。 こういう所の大当たり景品は欲しくなるんだよ」
そんな会話をしながら、俺達はゾロゾロとダンジョンへと踏み込むのであった。
――――
「留守番、か」
「仕方ないですよ隊長。 彼等の場合、私達を守りながら戦う事になりそうですし……」
船と共に残された我々。
そしてグリムガルド商会の親子もまた、残された。
仕方ない、それは分かっているのだ。
彼等は規格外だし、我々はダンジョンに慣れていない。
だからこそ置いて行かれる事は予想していたのだが……。
「なぁぁ……俺らって本当に役に立ってる?」
「止めましょう隊長、言葉にすると更に悲しくなりますよ」
ぶはぁぁっとため息を溢してみれば、周りの部下達がポンポンと肩に手を乗せて来る。
海での狩りは基本彼等任せ、というか釣りや網漁ばかりなのでお手伝い程度しか出来ない。
我々はほぼ船を動かすだけ。
大型魔獣が出てきそうな場所は避けているので、本当に平和な船旅。
それこそ一般の船だって通る様な航路だ。
彼等を送り届ける事が仕事な訳だから、十分貢献していると言って良い筈なのだが……まさか王から預かって来たお金すら使う事を拒否するとは。
しかも移動中の食事なども、彼らが用意する気満々でいるご様子。
最初に用意してあった食料だけは受け取ってくれたが、ソレも今では底を尽きかけている。
我々の分は国の金は使えと言われてはいるが……勝手に備蓄とか大量に買い揃えたら、あの人達はちゃんと受け取ってくれるだろうか?
あまり適当な事をして、「自分達は自分達で揃えるから」とか言い出されたらたまったモノでは無い。
それは困る。
食事が別になるのは、彼等の料理が食べられなくなるのは非常に困るのだ。
そしてこんな状態では、船に乗っていない間我々はタダ飯喰らいに他ならない。
はぁぁぁっと大きなため息を溢していると、目の前にドンッと大きな皿が現れた。
「国の兵士が情けない。 我々に今できる事など、山の様にあるではありませんか」
ニカッと笑うグリムガルド商会の会長が、なんだか旨そうな物を持って来た。
「彼らから貰った海鮮でパエリアを作ってみました、魔獣肉を使用しています。 ご感想とご意見を貰えればと思いまして。 コレも、“彼等の為”になるのですよ?」
「というと?」
どういうことだ? とばかりに首を傾げていると、リードさんがそれはもう大きなため息を溢し始めた。
後ろに居る娘のサラ嬢も、やれやれとばかりに首を振っている御様子。
「私は彼らと契約し、料理店を出す事を決めています。 コレはその試食品です。 彼らが料理しなくても、魔獣肉を使って旨いモノは作れる。 だったら売れる、その売り上げは彼等の懐を潤す。 それ以外にも出来る事はあるでしょう? 彼らにあった武器屋を見つける、船旅に必要なモノを見つける。 あったら良いなと思えるようなモノを、情報を、彼等が帰ってくる前に探しておく。 何をいじけて腐っているのですか、時間は有限ですよ? 出来る時に、出来る事をしなければ」
ハッハッハと笑みを溢す彼の言葉に、ガツンと頭を殴られた気分だった。
彼の言う通りだ。
俺達にも出来る事はある。
というか、待っているだけなどそれこそ何の役にも立たないではないか。
自分で考え、率先して行動しなければ我々は置いて行かれてしまう。
戦闘で役に立つとアピールしていれば、今回だって同行させてもらえたかもしれない。
だというのに……私は何をやっているのだ?
ただ待っているだけでは、隣に立つ事など出来ない。
彼等は、そういう類の生き方をしているのだ。
「全員に通達、コレを食って報告書を書け。 その後は市場調査だ。 我々も……彼らに追いつくぞ!」
「「「了解!」」」
その一言と同時に、皆揃って大盛りのパエリアに齧り付いた。
旨い旨いと言葉にしながら、しっかりと味わって“調査”する。
普通の物との違いを調べ、もっと旨味を出せる方法はないかを考える。
そんな事を吟味しながら、じっくりと腹を満たした。
そして。
「ご馳走様でした、グリムガルド様。 報告書を書いて参ります」
「様などいりませんよ隊長さん。 我々は今、同じ船に乗る仲間ですから」
全く、敵わないな。
フッと口元を緩ませながら、我々は船の中へと向かった。
これから各々大急ぎでパエリアの報告書を書いて、それから街中に繰り出す。
あぁ、コレは忙しくなりそうだ。
なんて事を考えながら書く報告書は、普段より随分スラスラと文字が進んでいくのであった。
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