第137話 お寿司様


 「まさか魔獣肉を普通に食べる人がいるとはねぇ。 ふっつうに美味しいし、今度からウチの国でも食べよっと」


 「リナ、行儀よくしないか」


 「お爺ちゃんが孫の楽しみを勝手に独り占めしようとするからでしょ? キラーイ」


 先程と打って変わり、随分と緩い空気が広がっていた。

 襲って来たエルフ娘はパクパクと色んなモノを口に放り込み、その度に「んん~!」とばかりに幸せそうな笑みを浮かべる。

 そして彼女に逐一厳しい言葉を投げかけながら、自身もモリモリと飯を食らう老人エルフ。

 何だコイツ等、と言いたい所だが一応軽い説明だけは受けている。


 「ったく、何が普通のジジィだよ。 元王様かよ」


 「引退したんじゃから、今では普通のジジィじゃ」


 「言ってろ」


 ケッと言葉を溢してから、俺達は再び飯づくりに取り掛かかる。


 「そんで、そっちのお嬢さんが現在進行形でエルフの国王様、と。 あぁいや女王様か」


 「そうでーす、よろしくー」


 「凄いねぇ、王族と一緒にご飯食べてるよ僕ら」


 西田と東も「マジか」とばかりに呆けた顔をしながら、酢飯を混ぜる。

 周りにいる南や兵士達も、やはり緊張した様子で少し距離を置いている程だ。

 聖女様だけは割と王族ってものに慣れているらしく、特に気にした様子は無し。


 「チッ、王族と関わるとろくな事がねぇから嫌なんだよ」


 「そう嫌わないでよぉ、変な事お願いしたりしないからさぁ。 ねぇねぇ名前、憶えてくれた?」


 「へいへい、N〇SA様ナサ様」


 ちなみにお爺ちゃんの方がアルフという名前らしい。

 しかしながら、流石はエルフと言って良いのか。

 フルネームが長いのだ。


 「様とかいらないってば。 あとナサじゃなくて“リナ”ね? ほっとんどあってないよ? もう一回名乗るね? リナ・スレイ・イルクレイズ・フォールターだよ」


 「なげぇよ、リナなリナ。 覚えたから何度も名乗るな、夢の中で永遠に名乗られそうだ」


 「人の名前を呪文みたいに言わないでもらって良いかな?」


 「んで、爺さんの方がアルフと」


 「なんでお爺ちゃんの名前だけはちゃんと覚えてるかな!?」


 なんか覚えやすかったのだ。

 アルフって顔してるし。

 という訳で、お姫様……じゃなかった、女王様のクレームを無視しながら手を動かしていく。

 もう面倒臭いので姫様って呼ぶ事にしよう。


 「ご主人様、こんな感じでよろしいのでしょうか?」


 スッとこちらに酢飯の握りを差し出して来る南。

 うんむ、非常によろしい。


 「おう、ソイツを大量に作ってくれ。 その後俺が切った魚を乗っけて、ちょっとだけギュッと」


 「了解です。 しかし、メイン料理を私達に作らせるのは珍しいですね?」


 はて? とばかりに首を傾げる南に、その向こうで同じ作業をしている聖女も首を傾げている。

 俺達が今何を作っているのか言えば。

 そう、お寿司様である。

 前回の国で立派なお魚もいっぱい手に入ったし、マグロだって普通に売られていた。

 というか貰った。

 だったら、作るしかないじゃないの。

 お寿司様を。


 「良い質問だ。 何故俺らが握らないのか、見た方が分かりやすいだろう。 東、ちょっとこっちに来なさいな」


 「はいはい、来ましたよ?」


 隣に登場したのは俺らのパーティで一番体格の良い東。

 その彼に手を差し出させ、しゃもじを持たせる。


 「東、マグロ一貫」


 「がってん」


 ギュッと握ってワサビをチョイッと、それからソッとマグロを乗っけてハイ完成。

 しかし、それは寿司ではなかった。


 「お、おむすび……コレはお寿司じゃないです。 おむすびです」


 『こっちの方が食いごたえがありそうに見えるけど?』


 ぷるぷると震える聖女様だけは、違和感に気付いて頂けた様だ。

 そう、俺達が握るとデカくなるのだ。

 東の作った寿司は、既に寿司ではない。

 おむすびの上にマグロの刺身がちょこっと乗っかっているだけの代物なのだ。

 職人でもない俺達は、小さく握って綺麗な形に出来る程器用でもない。

 だったら最初から手の小さい子達にお願いすれば良いじゃない、という訳である。

 ちなみに薄切りにしたマグロをおむすびに巻いて東に差し出してみれば、その場でバクバクと食べ始める。


 「うんまい、でも寿司じゃない」


 「だよな」


 そう言う訳で女性陣に握りの作業をお願いしている訳なのだが。


 「美味しそう……」


 「それは、儂らも食えるんだろうか?」


 ジッとこちらを見つめる王族が二人。

 ったく、大物が来たから寿司拵えてんだろうが。

 俺らだけならチラシ寿司にでもして皆で食ったわ。


 「すぐ作ってやっから、もう少し大人しくしておけ」


 「うん! エルフは待つのは得意だからね!」


 「生魚じゃろ? 何が合うんじゃ? こっちの酒か? いや、こっちか? 食ってみんとわからん!」


 鬱陶しい奴等を意識の外に放り出し、俺はひたすら包丁を動かした。

 マグロ、イカ、タコ、その他魚各種。

 マジで色々と仕入れられたお陰で、結構な種類の寿司が作れそうだ。

 漁業のおっちゃん達、マジで感謝。

 ついでとばかりに、魔獣肉の寿司も作ってみたり。

 それらをどんどんと皿に並べていく。

 うんむ、非常に良い。

 この光景だけでも腹が減る様だ。

 色合い良し、絶対味も良いし、何より新鮮だ。


 「うっし、そろそろ俺らも食うか。 西田、そっちはどうよ?」


 「あら汁も出来たぜ、魔獣肉も混ぜた」


 そんな訳で、各々に配られていく旨そうな“あら汁”。

 もうね、匂いがヤバイわ。

 汁物って言ったら、啜ってからぶわぁって旨味が広がるイメージが強いが。

 コイツはヤバイ。

 匂いだけで腹が減る。

 そして、目の前には大量の各種お寿司様が並ぶ。


 「そんじゃ、改めまして。 いただきます」


 「「「いただきます!」」」


 「いただきまーす!」


 『いただきます! 望、イカを食べよう。 あとタコも気になる』


 各々声を上げてから、奪い合う様に寿司を取り合った。

 口に放り込んでみれば、じんわりと広がっていくような柔らかい旨味。

 肉厚&どデカく切ったネタはやはり旨い。

 そんでもって、やっぱシャリはこの大きさだよなと言わんばかりの丁度良いサイズ。

 より一層デカいネタの寿司を食っているという気になれる。

 うんまい、非常にうんまい。

 しかも今の俺達は、魚一匹丸々使えるのだ。

 当然マグロだって。

 だからこそ、トロも中トロも大トロもある。

 更には、結構な量を保管しているのだ。

 天国だろうか?

 金を気にせず、大トロが食える。

 なんだろう、もう色々馬鹿になってしまいそうだ。

 なんて事を思いながら、大トロをパクリ。

 じんわりと魚の脂が口に広がり、柔らかいその身は口の中で溶けていく様だ。

 そんなものを味わいながら、酒を流しこむ。


 「くぅぅ……うっめぇぇ……」


 「お酒も良いけど、あら汁でスッキリするのも良いよ……はぁぁぁ、ホッとする」


 「東、寿司握り一個作って貰って良い? 大トロのおにぎりとかヤバそうじゃねぇ?」


 とかなんとか言葉を交わしながら、俺達はひたすらに寿司を堪能した。

 あぁぁクソッ! こんなもん食ったらもっと色々と作りたくなるだろうが!


 「追加だ! 追加を作るぞお前等! 俺はイクラが食いてぇ!」


 「僕海老! 海老が良い!」


 「俺はもっとマグロ食いてぇなぁ……あ、肉寿司いってみる? 魔獣肉の肉寿司とか旨そう」


 「私は鳥……と言いたい所ですが、鳥って合うのでしょうか?」


 「「「合わせれば良いだけの話だ!」」」


 「では鳥で!」


 「お手伝いしますねー、ハマチが美味しかったです!」


 『私はイカシソが好き、もっと!』


 そんな訳で、各々食いたい物を取り出しながら作業を進める。

 もう目の前に食材が並べばソイツを寿司にするだけ。

 何か、癖になりそうだ。

 とかなんとか思っていると。


 「おいリナ、何してる」


 ソ~と食材に手を伸ばしている王女様の姿が。

 よりにもよって、イクラをスプーンで食おうとしていやがった。

 万死に値する。


 「あ、その、えっと。 つまみ食い?」


 「あぁ?」


 「ごめんなさい、本気ですみませんでした」


 大人しく戻っていく王女様を確認してから、俺達は飯づくりに戻る。

 全く、寿司ってのは静かに味わって食う大人の食い物だというのに。

 これだからお子様は。


 「ざっけんな! そのブリは俺が目を付けてたんだよ! 返せ!」


 「ハッハー! 早い者勝ちだよぉ! うっめぇぇ!」


 「貴様ら、喋っている時間がもったいないとは思わんのか?」


 「隊長!? 二貫食いは卑怯ですよ!?」


 全く、寿司ってのは静かに……。


 「最後のマグロ貰ったぁぁ!」


 「ハマチ! ハマチはどこだぁぁぁ!?」


 「ウニは全部俺が貰う! 全部貰うからな!?」


 「「「しねぇぇぇ!」」」


 「うるっせぇぞお前等ぁぁぁぁ!」


 いくら浜辺とは言え、コレは流石に近所迷惑というモノだろう。

 なので、思わず叫んでしまった。

 些か騒ぎ過ぎだ。

 旨いのは分かる、戦争が起こるのも分かる。

 ただな、うるせぇ。

 マジでうるせぇ。

 コレが店内だったら店員さんから追い出されるレベルだ。


 「ったく、こっちは魚介各種捌いてるってのに」


 「ま、気持ちは分からんでもないがな」


 「魔獣肉の寿司行くよー? 食べたい人居るー?」


 「「「はぁぁぁい!」」」


 「結局うるさくなってしまいましたね」


 「まぁ、気持ちは分かる気がする。 あと、私も食べてみたいです」


 『美味しいからねぇ、魔獣肉』


 そんな訳で、今日の夜は寿司パーティーがくり広げられた。

 王族に何を出したら良いのか迷った結果だった訳だが、船員含め大いに盛り上がってくれたようで結構結構。

 ちょっと騒がしくなってしまったが。


 「うっし、こんなもんで良いか。 俺らも食うぞ」


 「「待ってました!」」


 「鳥の照り焼きがお寿司に乗っています……こっちはお湯に通した鶏肉にネギと大根おろしとポン酢……おぉぉ」


 「それは南ちゃん専用かな?」


 『ちょっと気になる』


 「あげませんからね?」


 そんな訳で、俺達もまた晩飯を再開した。

 どれも旨い、非常に旨い。

 そんな簡単な感想ばかり出て来るが、ソレが正義。

 小難しい事なんぞいらないのだ。

 旨ければそれで良い。

 ソイツを、ヒョイッと口に入れて噛みしめる旨さと言ったら。


 「あぁぁ……いくらうっめぇ……」


 ジワリジワリと口の中に広がっていくその旨味を噛みしめ、全身を震わせる。

 自分達で獲って来たからこそ、更に旨いと感じるのか。

 それとも気の良い漁師達から貰い、そして新鮮としか言えない代物だからこそより旨く感じるのかは分からないが。

 多分、俺の人生で一番旨い寿司だったと言えよう。

 それくらいに、どれを食っても痺れるくらいに旨い。

 そして、酒が進む。


 「“向こう側”の寿司は一体何だったんだと言いたくなる程の味わいだな……うめぇ」


 「ま、環境と自分達で作ったからってのも有るんだろうけどね。 ネタも超巨大だし」


 なんて言葉を友人二人から頂きながら、俺達は寿司に喰らい付いた。

 結構食材を使ってしまった気がするが、今だけは気にすまい。

 海の生き物なら旅の途中でも獲れるのだから。


 「堪能してんなぁ……俺ら」


 「それこそ今更だろ」


 「だね、全部旨い……今の僕らが回転寿司とか行ったらどうなるんだろ?」


 「「怖い事いうんじゃねぇよ東」」


 という訳で、いつもの夕飯戦争はまだまだ続くのであった。

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