第136話 エルフ


 「いや、うん。 お前さん達がダンジョンを嫌いな理由は分かったが……えぇぇ? 普通そんな理由でダンジョン嫌うか? 一度ハズレを引いたとしても、金銀財宝が眠っているかもしれない未知の領域だぞ? 普通狙うじゃろ、一攫千金」


 疲れ切った顔の爺さんが、呆れたため息を溢しながら酒を呷っていく。

 前の国ではアロハジジイに絡まれたが、今度は浴衣ジジイだ。

 向こうは髭で、こっちは髪が長いって違いはあるが、なんか雰囲気がそっくりなんだが。


 「知らん、だったら着実に外で魔獣を狩った方が金になる。 ダンジョンコアだっけか? アレだけは金になるが、時間が掛かり過ぎる。 いらん」


 「男のロマンを……真っ向から否定しおった……」


 「ロマンは分かる、だが飯は食えん」


 プイッとそっぽを向いてみれば、ご老体からは非常に大きなため息が零れた。


 「しかしこの国ではウォーカー活動は出来んぞ? ここは商業の国じゃ、飯の国じゃ。 どうするつもりだ?」


 「グッ……でもダンジョンに潜ったとして、何処で買い取ってもらえっていうんだ? ギルドが無いんだろ?」


 「コアは役所で買い取りするぞ? 他のドロップ素材なんかは、そこらの露店でも買い取りしてくれるだろう。 しかもダンジョンを攻略したとなれば、相当な報酬が貰えるじゃろうなぁ~。 なんたってこの島にあるダンジョンは、誰も攻略した事がないんじゃから」


 「うぉぉい! 難易度高い上に長時間潜るって言っている様なモンじゃねぇか! 誰が行くか!」


 「しかし道中の素材も結構良い値段で売れるぞい?」


 「ぐぬぬぬっ!」


 爺さんとの会話のデッドボールは、結構な勢いで進む。

 ちくしょう、話せば話す程ダンジョンに潜るしかない様な気がして来た。

 確かにダンジョンを攻略すれば金は入るし、船員達の長時間移動の飯代にも、俺達が使い潰す武器の代金にも変わる程の報酬が貰える事だろう。

 以前の掌サイズのキューブだって、結構な値段になったのだ。

 そう考えれば、安心を取る為に一度“試し”にでもダンジョンに潜るべきか……。

 なんて、真剣に考えている時だった。


 「っ! ご主人様!」


 「全員警戒! 南、武器!」


 ゾクッと、背筋が冷えた。

 大声で指示を出せば、全員が全員臨戦態勢に入る。

 食事中の船員は箸を投げ出し、器を机に戻し、更には砂が入らない様にシートを掛ける。

 おい、余裕ぶっこいてんじゃねぇよ。

 なんて呆れてしまうが、数秒後には全員が武器を手に周囲を警戒し始める。


 「どこだ……? どこから来やがる?」


 周囲を見渡すも、静かな浜辺が広がっている。

 全員武器を構えている俺達が馬鹿みたいに思える程、静かな夜の光景が広がっていた。

 しかし、間違いない。

 相手は既に俺達の事を視界に収めている。

 ビリビリと感じるヤバい空気が、“見られている”という感覚を肌で感じる。

 だからこそ両手に持った槍を構え直し、腰を落とした。


 「……お前等! 上だぁぁぁあ? あ?」


 「見つけたぁぁぁぁぁ! クソジジィィィ!」


 「もう見つかってしもうた……チッ」


 空から、“着物”を着ている耳の長い女の子が降って来た。


 「こうちゃん! 空から女の子が!」


 「でもフワッて降りてこないよ!」


 馬鹿二人が叫んだ瞬間、ドスンッ! と結構な衝撃で着陸しながら、周囲には砂埃……というか浜辺の砂が舞う。

 スッと鋭い目をこちらに向けてから、厳つい扇子を向けて来た。


 「爺さん、下がりな。 ありゃ結構な手合いだぜ」


 槍を電車の遮断機の様に前に出し、爺さんを後ろに下げる。

 ソレと同時に、“悪食”メンツは皆俺の隣に並んだ。


 「世界は広いって言うが、随分なのが来たなぁ……鮫や鯨くらいにヤバイ感じじゃねぇか、人って意味では桁違いだ」


 「強そうな上にやりづらい見た目だね。 こりゃある意味竜より苦戦するかも」


 「ご主人様方、今だけは……今 だ け は、おっぱいに惑わされないで下さい。 アレは化け物です」


 全員が武器を構える中、後ろから慌てて聖女様が走って来る音が聞こえる。

 そんな緊迫した状況で、目の前の彼女はニィィっと口元を釣り上げた。


 「なるほど、なるほどね? コレは確かに楽しそうだ。 凄いよ君達、どうやってそこまで強くなったの? ちょっと私と遊んでくれないかな?」


 余裕そうな表情を浮かべる彼女は、ジャキンッ! と随分と物騒な音を立てる扇子を開く。

 鉄扇ってやつだろうか?

 アレで殴られたら、痛いでは済まないのだろう。

 ただ、なんだ。

 とにかくやりづらい。

 人だし、女の子だし。

 そして何より、着崩した着物から見えるおっぱいは相当なモノだ。

 更に言えば、俺達にとって初めて遭遇した美女エルフなのだ。

 こんなのと戦えって? 無理だろ。


 「チッ、仕方ねぇ。 俺に任せろ」


 槍を地面に突き刺し、ガツンと拳を打ち鳴らす。


 「ご主人様、本気ですか? 相手もかなり“出来る”みたいですが」


 「“竜”と戦うって訳じゃないし、一応手もある。 多分、だけどな? 南、マジックバッグを寄越せ」


 「頼むこうちゃん……俺は戦えそうにねぇ」


 「ごめん、僕も。 あんな見た目じゃ、流石に殴れないよ」


 誰しも武器を下ろして後ろに下がる中、俺だけが前に出る。

 あぁ嫌だ嫌だ。

 何でこの歳で女の子と喧嘩しなきゃいけないんだ。

 相手は緑がかった金色の長髪を揺らし、見てくれだけならまさにエルフのお姫様。

 だというのに、気配がヤバイのだ。

 あと着崩した着物とおっぱいだ。

 コイツぁ強敵だぜ。


 「あれ? 遊んでくれるのはお兄さん一人なの? 他の皆は?」


 「わりぃな。 お嬢ちゃんが可愛いからよ、些かぶん殴るには気が引けるって皆武器を下げちまった」


 「あらら、嬉しい事を言ってくれるね? それで、お兄さんだけは私を殴れるって事なのかな?」


 どこまでも楽しそうに、まるで“遊んでいる”みたいに口元を釣り上げるエルフ美女。

 あぁなるほど。

 コイツ、本気の戦闘にそこまで携わってねぇな?

 死ぬかどうかってラインじゃなく、どこまでも趣味の範囲で戦って来た人種なんだろう。

 そんな、的外れな“余裕”を感じる。

 コレで目の前にアイリが立って居て見ろ。

 女がどうかではなく、やらなくちゃ殺られる。

 それくらいに思えた事だろう。

 だというのに、コイツは違う。

 だったら、いくらでも“手”はある。

 もしボコされてしまったら、聖女様にお願いして治してもらおう。


 「来いよ、エルフの可愛い子ちゃん。 おじさんが遊んでやるよ」


 舐められない様に、こちらも笑いながら答えてやる。

 ファイティングポーズを取って、チョイチョイっと指先で手招きしてみれば。


 「全く、その余裕が何処まで続くのか……見物だねっ! っとおぉ!」


 ザッ! と小さな音が聞こえた瞬間、彼女は瞬時にこちらの懐に飛び込んで来た。

 そして、眼の間に迫る鉄扇。

 速い、そして鋭い。

 だが。


 「おせぇな。 中島や西田の方がずっと速ぇ」


 「へ?」


 鉄扇をつかみ取り、更には彼女の口目掛けてマジックバッグから取り出したあるモノを、片方の手で放り込む。

 それこそ、ズバンッ! と押し込む勢いで。

 彼女の口を押える形になってしまった訳だが、痛かったらごめんね?

 すると。


 「あっっちゃぁぁ!? はっ!? いや、何!?」


 「吐き出したらおしおきな? 食い物を無駄にすんな」


 「いや、え!? ふぁ!? 何、なにこれ!? あっつっ!? は!?」


 「噛め」


 「いやいやいや、あふくてそれどころじゃ……うっまっ!?」


 良く分からん会話をしたその後、着物エルフの女の子はひたすらにモグモグと口を動かし始めた。

 もはや戦意は無いようで、ビリビリと感じていた空気も霧散した。

 今残っているのは、鉄扇を掴まれたまま動きを止めたエルフ女子が“鮫の唐揚げ”をひたすらモグモグしている光景のみ。

 旨いんだよ、鮫の唐揚げ。

 だからこそご馳走してやった訳だ。

 揚げたて出来立てホクホクのヤツを、直接口の中にぶち込んだ。

 めっちゃくちゃ熱いとは思うが、ざまぁ。


 「望、コイツの口の中治療してやってくれ。 火傷くらいはしてるだろうよ」


 「あ、はいっ!」


 『なんだいコイツは? 夕飯を邪魔するとか無礼にも程があるだろうに。 ブレスかまして良いかな?』


 「カナ」


 『ごめんなさい何でも無いです』


 そんな訳で、鮫の唐揚げもモグモグするエルフが聖女から治療を受け始める。

 で、結局コイツは何なんだろう?

 とはいえ、何とかなって良かった……内心ヒヤヒヤしていたが、相手も本気で来たって訳でも無さそうだし。

 ぶはぁぁと疲れたため息を溢してみれば。


 「大変申し訳ございませんでしたぁぁぁ!」


 「はい?」


 視線を向けてみれば、先ほど酒を持って来てくれた爺さんが砂浜に土下座しておられた。

 マジで、うん。

 どうした? この状況。

 呆れ顔を浮かべながら、未だモグモグするエルフっ子を片手に、盛大なため息を溢すのであった。


 ――――


 「ハッ! 今新しい“英雄譚”が見えた気がします!」


 「間違いなくただの夢です、姫様。 なので居眠りではなく仕事してください」


 ガバッと体を起こしてみれば、ハツミ様から呆れた視線を向けられてしまった。

 おかしいな、さっきまで書類を片付けていた筈なのに。

 いつの間に眠ってしまったのだろう。


 「で、でも本当に見えた気がするんですよ……? 多分」


 「夢に“悪食”が出てくるたびに“英雄譚”だと語るのはやめて下さい姫様……ちょっと心臓に悪いです。 いくら彼等でも、大鮫の前に飛び出してウェイクボードしたり、身の毛もよだつ様な馬鹿デカイ鯨に聖女を担いで突進する訳ないじゃないですか。 なんですかその意味の分からない状況。 手紙にあった内容に影響されて、勝手な妄想しているだけですって……」


 「で、ですよね……私の妄想というか、夢でしかないですよね。 聖女を担いで武器にしているとか意味が分かりませんものね」


 ハハハっと乾いた笑みを浮かべながら、再び書類に取り掛かる。

 早い所この仕事を片付けないと。

 明日には書類の山が更に積み上がってしまう。

 そんな訳で、眠い目を擦りながら仕事を続けていると。


 「ちなみに、今度はどんな夢を見たんですか?」


 私の手伝いをしてくれているハツミ様が、疲れた様子で声を掛けて来た。

 ココの所、というかずっと彼女には頼りっぱなしだ。

 そろそろ彼女にも休暇を設けないと。


 「再び“彼等”が大きなモノに挑む夢を見ました。 まるで黒い竜の様でした、凄く大きかったです」


 今しがた見た夢の内容を伝えてみれば、彼女はビシリと凍った様に停止してしまった。

 そして。


 「い、いや、うん。 ない筈です、間違いなく夢です。 今までのは些かあり得そうというか……いやうん無いです。 多分彼らならもっと別の方法で楽に戦闘をこなしていますよ。 それにそんな大物相手なら、逃げる事を選ぶはずです。 その内フラッと帰ってくる筈ですから、書類仕事頑張りましょう姫様」


 「はい! 今日中に全部片づけます!」


 そんな訳で、私はガリガリと筆を動かし始めた。

 ココの所、“悪食”の夢を見る事が多い。

 欲求不満……と言ったら些か卑猥に聞こえてしまうかもしれないが。

 やはり彼等の活躍に飢えているのだろうか?

 でも、夢に出て来る彼等の活躍は随分と鮮明で、まるでこの眼で見ているかのようにハッキリとしていて……。


 「姫様」


 「はい、すみません。 頑張ります」


 ハツミ様に叱られながら、私は必死にペンを動かした。

 あぁもう早く帰って来て下さいませ、“悪食”の皆さま。

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