第133話 蟹


 「船長、もう少ししたら最初の補給地点に着きます。 上陸の許可を」


 「この辺には詳しくねぇからな、そういうのは任せる」


 なんて適当な会話をしながら、ひたすらにモグモグ。

 固い殻をバキッとやって、ズルッと身を引きだしてから、ちょいちょいっと調味料につけてバクリ。

 それはもう固い固い鎧に守られたソイツの中身は、甲殻の中によく納まっていたなと思う程にブルンブルンなナイスバディが現れる。

 ぷりっぷりでほっくほく。

 一度に口の中へ放り込んで噛みしめてみれば、噛んだ瞬間にブワァァっと独特の旨味と香りが広がってから鼻に抜ける。

 そう、蟹である。

 俺が身を挺して大量に捕獲した蟹を、皆してバクバク食っているのである。


 「うめぇ……うめぇよ。 蟹なんて滅多に喰えない代物だからな……」


 「僕はこんなに大ぶりな蟹食べたのなんて初めてだよ……あぁ、こんな美味しいのが無料で食べられるなんて……きっと餌が良かったんだね。 縛られてるからなのか、普段みたいに魔獣も逃げなかったし」


 好き勝手言いやがって。

 その餌に感謝しろよと呟いてみれば、二人して拝み始めるので非常に鬱陶しい。


 「コレは、止まりませんね。 美味しいのもそうですが、このバキッってやるのが楽しいです」


 「分かる、なんか楽しいよね。 それからこのズルッって綺麗に引き出せた時の快感と言ったら……昔は上手く引き出せずに身が残っちゃって、穿ってたのが懐かしいよ」


 『身が強いからなのか、触感も良いね。 望の言う身が殻の中に残るっていう心配もほとんどなさそうだし』


 各々楽しそうに喋りながら、蟹の足を頬張っていく。

 でも、分かる。

 バキッって折るのも楽しいし、一気にズルって出てくるのも何か嬉しい。

 そんでもって、この肉厚な蟹の足。

 ツマミにしたら相当な酒が飲めそうな程食い応えがあり、更には暴力的な旨味が口の中に広がっていく。

 そんなモノを豪快に一口に齧り付き、ツーっと真ん中の筋を引き出す。

 コレだよ、これぞ蟹の食い放題だよ。


 「船長、鍋はまだ駄目なんですか?」


 船員の一人が蟹を貪りながら、土鍋を指差している。

 あぁ、そっちもそろそろ良いだろう。

 クックックと悪い笑みを漏らしながら、カパッと蓋を取り去ってみれば。


 「ふははは! 苦労した甲斐があったってもんだ! ぜってぇうめぇぞ!」


 周囲に広がる真っ白い湯気と共に、鼻をくすぐる蟹と味噌の良い香り。

 しかも、野菜も山盛りかって程に放り込んだ。

 旨くない訳が無い。

 蟹を丸々一匹どころか、それ以上放り込む勢いでじっくりと煮込んだのだ。

 ダシ良し、味付け良し、食いごたえ良し。

 全てが揃った豪華な大鍋が、目の前にある。

 食う他あるまい。

 むしろコレだけの人数が居るのだ、もっと作るしかない。


 「船長、こっちもそろそろかと」


 声を掛けて来る船員に視線を向けてみれば、七輪の上に蟹の胴体がいくつも並んでいる。

 半分に割られたソイツ等は、網の上で旨そうな匂いを上げながらゆっくりと火を通されていた。

 そして。


 「コレ、ヤバいですね……」


 余った甲羅の上に蟹味噌を置き、酒を入れて温める。

 どっかで見た酒の飲み方を試してみようと思って始めた訳だが……随分と柔らかい香りが周囲に漂っているではないか。


 「マジで蟹尽くしだ……ダンジョンに潜った時の絶望が嘘みたいじゃねぇか……」


 「こうちゃんもう一回餌役やらねぇ? また蟹食い放題できるぜ?」


 「きっと北君からは良いダシとか出るんだよ、だから縛られていれば蟹も海老も寄って来るって。 もう一回やろう、ね? また海老も食べたいし」


 「絶対に嫌だ、他の方法考えろよマジで」


 ジロリと睨んでやれば、二人してケラケラと笑いながら再び蟹を頬張っていく。

 ったく、何度もあんな船酔いだの何だの味わってられるかってんだ。

 なんて事を思っていれば。


 「治しますよ?」


 『安心して餌になってくれて良いんだよ?』


 角コンビが、何故か俺に杖を向けながら蟹の足をモシャッていた。

 あぁもう、どいつもコイツも。

 とかなんとか、思いっきりため息を溢していると。


 「あっ、釣れた」


 ちょっと遠い所から、そんな声が聞こえて来た。


 「……南? 何やってんだ?」


 「あ、いえ……その。 船員さん達が蟹の殻を海に捨てた時、変な音が聞こえた気がしたんですよ。 それで、殻でも食べる生物が居るのかなぁって思いまして。 括りつけて釣り糸を垂らしてみたのですが」


 ピコピコと耳を揺らしながら、釣り糸を引き上げていく南。

 そして、現れたのは。


 「タコが釣れました。 凄いですね、中身の入っていない殻だけなのに。 これも魔獣でしょうか?」


 本人でさえも「驚きました」とばかりに目をパチパチさせながら今しがた吊り上げた獲物を掲げる南に、全員が全員停止した。


 「お前等、分かってんな?」


 「今から殻を海に捨てた奴は万死に値する」


 「蟹の次はタコ料理が食べられるんだね。 皆食べた殻集めよっか」


 スッと立ち上がった俺達に従って、船員達も今しがた食い終わった蟹の殻を一か所に集め始める。

 そして、各々釣り竿を準備し始めるのであった。


 「飯を食いながらで構わねぇ、全員今すぐタコを釣れぇぇい!」


 「「「うおぉぉぉ!」」」


 そんな訳で俺たちは蟹の殻を糸に括りつけ、船の周りに大量の釣り糸を垂らすのであった。

 普通に考えればただの馬鹿である。

 中身の入っていない蟹の殻で釣りをしているのだから。

 だというのに。


 「おっ! 来た!」


 「こっちもだ! 網用意しろ!」


 そこら中から、そんな声が上がる。

 スゲェ、すげぇぞコレは。

 蟹を食ったら今度はタコが食える。

 回転寿司を食って、残った皿は換金出来るみたいな錬金術じゃねぇか。

 この世界に来て初めて、本物の魔法を使った気分だ。


 「釣れぇぇい! ひたすら釣れぇ! 飯は各々配ってやるから今はタコを集めろぉぉ!」


 叫びながら、どんぶりに蟹料理各種を盛り分けて皆の元へ走る。

 今を逃しちゃならねぇ。

 今この瞬間に、タコを大量に確保しなければ。

 なんて事を考えながらバタバタと動き回っていると。


 「船長、ですからもうすぐ補給地点にですね」


 蟹の足をモグモグしながら、隊長さんが釣り糸を垂らしている。

 おいテメェ、環境に馴染みまくってんじゃねぇか。

 とかなんとか思いながらも、一度彼の隣に腰を下ろして話を聞いた。


 「んで、その補給地点ってのはどんな所なんだ?」


 「エルフの国ですね」


 「エルフの国!」


 「あ、すみません違いました」


 「おい、結局何なんだよ」


 やけにニヤニヤしながら勿体ぶる隊長さんに、スッと新作の魚の干物を差し出してみれば。


 「フフッ、貴方方にぴったりな島ですよ」


 「ほう?」


 彼は瞬時に干物を口に放り込み、モゴモゴしながら喋り始めた。

 非常に厳つい見た目と、恰好良い声で喋っているのに。

 干物を周りにバレない様に貪っているのだ。

 とてもじゃないが恰好が付かない。


 「“変わり者のエルフの国”と呼ばれています。 森で静かに過ごす事に飽きたエルフたちが、島国を占領して作り上げた“商売の為の国”です。 そこには様々な国の珍味が集まると言われています」


 「……詳しく」


 俄然興味が湧いてきた。

 補給? いやいやしばらくその国で過ごすべきだろうに。

 そんな事を思いながら蟹をモシャっていると。


 「ホラ、見えてきましたよ。 アレが“変わり者のエルフの国”、通称“飯島”です」


 彼が指さす先を見てみれば米粒サイズに見える程遠い遠い距離にある、“確かな陸地”が見えた。

 アレが、俺達の次の冒険の場所。

 主に飯関係の冒険になるかもしれないが。

 コレは胸が熱くなると同時に財布が軽くなりそうだ。


 「仕事をするぞ」


 「はい?」


 「あの国で仕事を貰うぞ! そんでもってたんまり買って、今後に備えるぞ!」


 「我が国の王に請求すれば……」


 「俺、本来はローンって嫌いなんだよね。 あ、皆の金は無理せず経費使っていいぞ? 俺らは俺らで稼ぐから」


 「は、はい?」


 そんな訳で、新たなる冒険の地が迫って来る。

 いいね、非常に良い。

 色んな飯がある上に、“変わり者”と来たもんだ。

 何となく仲良くなれそうな気がする。

 俺の知っているエルフと言えばリィリやザズくらいなもんだが……もしかしたらアイツ等以上に変わり者が居るかもしれない。

 というか、いい加減美女エルフが見たい。

 俺らが見てきたのはジジィエルフと、やけにイケメンな小僧エルフだ。

 エルフって言えば絶世の美女だろうが! なんで男にしか会わねぇんだよ!

 と、叫びたくなるが。


 「ご主人様……」


 「俺は何も言っていない。 何故そんな目を向けて来るんだね南さん」


 「思っている事が兜に出ていますよ」


 「兜に出るって何!? 顔に出るだったら分かるけど、兜に出るって何!? 俺の兜どうなってんの今!」


 俺の邪念が兜に出ていたらしい。

 南からジトッとした眼差しを向けられてしまい、聖女組からは「なははっ」とばかりに呆れた視線を向けられてしまった。

 おかしいな、俺の兜そんな柔軟に動く機能付いてなかった気がするんだけど。

 なんて事を考えながら、視線の先の島国を睨む。


 「と、とりあえずだ。 旨いモンを買い占めるぞ! これからも船の旅は続くんだ、旨い飯が食いたければ今の内から探しておけ!」


 「「「うおぉぉぉぉ!」」」


 そんな訳で、俺たちは“飯”の島へと近づいていくのであった。

 実に楽しみだ。

 どんなものを食べさせてくれるのか、どんな仕事があるのか。

 こう言っては何だが、やはり長時間の海の移動は暇なのだ。

 普段から動き回っていた俺達としては、ムズムズするのだ。

 やっと動ける、やっと稼げる。

 そんでもって、旨いモンに出合える。

 それだけで、“こっち側”に来た価値って奴が大体埋まる。

 満足できるのだ。

 “向こう側”だと、無駄に高いなぁって思える様な国に支払う金も少なければ、アレコレ保険を掛けて毎月引かれる事も無い。

 何かあった時には全て自己責任。

 安全を取るも、危険を選ぶも自分次第。

 だったら、“好きに生きて”やろうではないか。


 「クハハッ! 根こそぎ掻っ攫ってやるぜ」


 「ちゃんと金は払うけどな」


 「セリフだけ聞けば海賊以外の何物でもないねぇ」


 西田と東からそんな御言葉を貰いつつ、俺達の船は徐々に“飯島”に近づいていくのであった。

 いいね、実に良い。

 今度は何が食える?

 変わり物でもなんでも、旨ければ何でも良い。

 どうせ今でも、“向こう側”だったら想像しなかった物まで散々食って来たのだ。

 だとすれば。


 「食うぞお前等! 珍しい調味料は買い占めるんじゃぁぁ!」


 大々的に声を上げ、俺は視線の先にある島国を指さした。

 あぁ、楽しみだ。

 これぞ異世界の醍醐味。

 もとい、旅の醍醐味だろう。

 食うぞ、ひたすらに喰うぞ。

 そんでもって、気に入った物があれば土産にするぞ。

 そんな事を考えながら、俺たちはどんどんと島国へと近づいていくのであった。

 真っ黒い船で、真っ黒い帆を掲げながら。

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