第二部 2章
第131話 成分不足
「姫様、ちょいと遅くなったロングバードがこんな手紙を……姫様宛です」
「私宛、というよりも。 この国の代表宛と言った方が良いのでしょうが」
はぁ、と溜息を溢しながらギルさんから手紙を受け取れば、そこには。
「この国の名前、最近何処かで見た気がしますわ」
「“アイツ等”が居た国ですね……」
封筒に記載されている国の名前は、間違いなく“彼等”が居たとされている国。
シーラ王国。
随分と遠いし、交流も無い。
普段なら絶対に来ない筈の手紙なのだが……。
「まさかアチラの国王から手紙が届くとは」
「嫌な内容じゃなければ良いんですがね」
二人揃って渋い顔を浮かべて、いざ手紙に目を通してみれば。
「……ふむ」
「どうでした?」
未だ眉を寄せるギルさんに手紙を差し出してみれば、彼はすぐさま受け取って目を走らせる。
そして。
「……これ、本当に王族からの手紙ですか?」
「印からすれば間違いなく……他所の国ではこれくらい気安い感じなんですかね?」
その手紙には、随分と軽いというか。
馴れ馴れしい文章が並んでいた。
もう、私もこれくらいの雰囲気で手紙を書こうかなって思ってしまうくらいには。
――――
お前さんの所の“英雄”がしばらく滞在した国の王じゃよ。
シーラって所のジジイじゃ。
どーもどーも。
小難しいというか、鬱陶しい挨拶は省かせてもらうが宜しいか? よろしいな?
よし、そのまま話を続けよう。
彼らが帰る為に出発したって手紙は既に届いておるだろうから、被る報告はいらんな?
という訳で、本題じゃ。
いいの、アレ。
そちらの国では“黒鎧”の意味が根底から変わっていると見える。
更に、魔獣肉の常識もじゃ。
良い、実に良い。
面白い。
新しいモノを取り入れるのは良い事じゃ、ソレが今まで忌み嫌われていたモノだとしても。
そもそも何故黒い装備が駄目なんじゃ? 普通に格好良いと思うのは儂だけか?
どいつもコイツも黒は不吉だなんぞと抜かしおって、何故あの恰好良さが分からん。
謎じゃ。
ま、そんな訳で。
彼らに一つ贈り物をしておいた。
色々と儂の不手際を処理してもらったのでの。
本人達からは嫌われそうな渡し方じゃったが、アイツらが帰るのならコレしかないと思ってな。
海を渡る“足”をくれてやった、あと特大のマジックバッグを一つ。
なんと、時間停止の付与も付いておる。
という訳で、彼等ではなくそちらの国に“貸し一つ”。
なぁに、別に悪い話を持ち込もうって訳じゃない。
今後とも仲良く、何か有ったら手を取る仲になりましょうって話じゃ。
随分と遠いから、緊急時には間に合わんかもしれんが……まぁ誰しも仲良くなっておいて損はないじゃろ。
という事で、今後ともよろしく出来たらと思っておる。
あぁもちろん、気に入らなかったら断ってくれて構わんよ?
儂は“彼等”が気に入って手を貸した、それだけじゃ。
そんなもん知るかと言いたければ、この手紙を破り捨ててくれて構わない。
戦争するには遠い国じゃから、いがみ合った所で得はないからの。
返事が来るのは随分と先になりそうじゃが、良い返事を待っておるぞ。
噂によれば武力ばかりを求めていた国だと聞いたが……今は違う様で何よりと言っておこう。
国とは民の笑顔があってこそ成り立つモノじゃ。
海の向こうの更に向こう、遠い遠い国の老いぼれ王の戯言より。
追記。
ウチの国で一番の商人を付けたので、是非とも交渉してくれると助かる。
アイツなら色々と提案してくるだろうし、下手したらそっちに居座るかもしれん。
よろしく頼む。
これからも、良い付き合いが出来たらと心から願う。
そして、おかしな風貌の“長耳”が来ても話に乗らない事をオススメしておく。
今回の大型魔獣の発生と、召喚者の位置ズレは間違いなく“ソレ”が原因じゃからな。
では、またの。
――――
「随分と好き勝手言ってくれますね、清々しいくらいに」
「ま、王族の手紙とは思えないのは確かですわな。 普通なら喧嘩を売られたと取ってもおかしくない内容です。 それで、ウチのお姫様の決断は?」
「もちろん、手を組みますわ。 些か気になる内容も書いてありますし、連絡を取り合って悪い相手とは思いません」
この方への返事は、「分かっているじゃないかご老公」とか送っても怒られない気がする。
むしろそれで返そう。
ウチの国から向こうに飛ぶのは、随分と先になるが。
しかし、大型魔獣というのは“悪食”の報告書に書いてあったモノで間違い無いだろうが……召喚者の位置ズレ? というのはどういう事だろう。
“勇者召喚”の事を言っているのは分かるが、何かしらトラブルがあったという事。
そして“長耳”……つまりエルフ。
エルフが何かしらの召喚術式を拵えた? 更にソレによって悪影響が出ている、という事で良いのだろうか?
ふむ、と難しい顔で首を捻っていると。
「まぁ国の事に口を出すつもりはありせんが……大丈夫ですかい?」
私が別の事で悩んでいるとでも思ったのか、心配そうな顔でギルさんがこちらを覗き込んで来た。
「えぇ、あの“悪食”に手を貸した時点で信用するに値すると思いませんか? 私達は“慣れ過ぎている”からこそ何も思いませんが、彼らの事を何も知らぬ国からしたら、どう見えるでしょうね?」
「あぁ~……あぁ、なるほど。 普通なら入国すら許さないでしょうね」
そういえば、とばかりに頷くギルさん。
些か認識が甘くなってきてしまったが、他の国からしたら“黒鎧”は未だに底辺の扱いなのだ。
むしろ他所の国の犯罪奴隷などと勘違いされてもおかしくない。
だというのに、この国は“悪食”を受け入れた。
そしてあろうことか、国王まで協力している始末。
だとすれば、十二分に“見る眼”がある王様なのだろう。
「海を渡る足、と言う事は船ですよね。 いったいどんなモノを与えられたのか……今から見るのが楽しみで仕方ありません。 お返しを用意しておかないと」
「アイツ等ならイカダでも帰って来そうですけどね」
二人で対象的な笑みを浮かべながら、私は手紙の返事を書き始めた。
すぐすぐ届くという訳では無いが、それでも。
今の興奮を忘れない為に。
「少しくらいは休憩を入れて下さいね? 姫様」
やれやれと首を振るギルさんを横目に、私は筆を走らせた。
「何となく、頑張れば頑張る程彼が早く帰って来てくれる様な気がするんです。 だから、頑張りますとも」
「“英雄譚”、ですか?」
「いえ、私の妄想です。 そして、願いでもあります」
「届くと良いですね、アイツらに」
そんな会話を最後に、ニッと笑みを浮かべたギルさんは静かに私の部屋を退室した。
その後は、カリカリと羽ペンが羊皮紙を削る音だけが響く。
「きっと、手紙で書いてある以上に凄い事をして来たに違いありません。 早く聞いてみたいモノです。 出来れば、彼等の口から。 その英雄譚を」
今やらなくとも良い仕事だとは分かっているモノの、どうしても“彼等”関係の仕事は優先させてしまう。
私の悪い癖だ。
彼等を再び目にしたくて、彼等に少しでも関わる情報は最優先にしてしまう。
机を見渡せば、どれだけ掛かれば終わるんだろうと思ってしまう程の書類の山が出来ているというのに。
それでも、それでもだ。
私の憧れで、恋焦がれると言って良い程想い続けた相手なのだ。
私を助けてくれる英雄達。
誰も彼も常識外れで、自由気ままで。
私の気持ちなんて関係なしに、海の向こうへ飛んで行って随分と楽しんでいる御様子。
それでも、私は彼等の事を想い続ける。
「私は、今でも貴方の言葉が忘れられませんわ……」
“まだ見ぬ英雄譚の語り手”。
その称号によって見た、彼等の夢。
最初は何か分からなかった、真っ黒くて、怖い男達。
でも、彼等は私の事をしっかりと見て。
そして言ってくれたのだ。
「俺達が助けてやる!」
あの言葉に、どれ程救われた事か。
今でこそ“影”の使い方もハツミ様と研究し、徐々に徐々に周りの人に認識されるようになってきたが。
それでも、“影”でしかなかった私に、最初に気付いてくれたのは彼等だったのだ。
しかし、異世界人の未来は変わりやすい。
彼等もまた例に漏れることなく、全く別の未来へと変わった。
だが、その変わった未来でさえ。
「出来る限り協力してやる……てか、全力で助けてやる。 ――いざとなれば姫様一人攫って、他所の国に逃げる事くらいはやってやるよ」
状況が変わり、私と会う時と場所が変わっても。
彼等は全く変わらなかった。
どこまでも自由で、どこまでも自分勝手。
それでも、誰よりも私に優しい眼差しを真っすぐ向けて来てくれるのだ。
どんな状況でも、誰もが状況に呑まれそうなその時だって。
私に対して“助けてやる”と言ってくれる、そんな力強い存在。
こんなの、憧れない女の子が居るだろうか?
彼等の近くに居る女性陣に嫉妬した、私も“そちら側”に行きたいと、何度思った事か。
でも、私は私なのだ。
そして、彼等が紡いでくれたこの未来。
投げ出すなんてことはできない。
この国の、今の平和を繋ぐ事こそ、私に出来る彼等に対する恩返しなのだろう。
しかし、だ。
「忙しくは有りますが、少しだけ物足りなさを感じてしまいます……」
フォルティア卿にはせっつかれ、思った以上に我儘の多い要望各種の書類。
分かっている、コレが取り締まるモノの仕事であり、利益が生れるかどうかを常に考えながら動く人間の仕事だという事は。
それを承知した上で、私は王座を手に入れた。
だからこそ、逃げる事など許されない。
分かっているのだ。
でも。
「会いたいです、貴方方に。 一目見れば、もっともっと頑張れます……ですが」
べちゃっと机の上に身を突っ伏した。
「疲れましたぁぁ……早く帰って来て下さいぃぃ……」
びえぇぇ! と泣き叫んでみれば、にゅっと影から顔を出すハツミ様。
「姫様、何かございましたか……ってあぁ、いつものですか」
「ハツミ様、私はもう駄目です。 悪食の捜索に向かいます」
「彼らなら間違いなく順調にコチラに向かって帰って来てくれていますから、もう少し頑張ってください……姫様が向かった所で、森で迷子になるのがオチです」
「でもですね? もう色々と大変なのですよ。 私も彼等の様に森の中を駆け巡ってみたい訳ですよ」
「は? 森を舐めていますね? 走り回るなら庭にしてください。 姫様が魔獣の居る森を駆け巡ったら、半日と経たずに餌になりますよ? 彼等と同行して分かりましたが、森は危険がいっぱいです。 普通なら我が物顔で闊歩できる場所ではありません」
「はい、本当に申し訳ありませんでした」
悪食、やっぱり凄い。
威圧感が凄い上に、ハツミ様も森に行きたいとか言うと雰囲気がガラリと変わる。
チッとか舌打ちしそうな勢いで、物凄く怖くなる。
結局私は、魔獣の森ではなく書類の山に埋もれる事しか出来ないのだろうか。
いやしかし、彼らが帰ってきたら依頼を出せば良いではないか。
魔獣狩りを見せて欲しいとか、森の護衛とか。
そういう俗物的な依頼では、やはり嫌がられるだろうか?
でも、しっかりとこの眼で見たいのだ。
彼等の戦う姿を、その生き様を。
だが。
「何にせよ、この書類を片付けないと何も始まりませんね……」
「大変だとは思いますが、貴女以外では出来ないお仕事なので……」
「頑張りますっ!」
フンスッ! ともう一度力を入れ直してから体を起こす。
やってやろうではないか。
全部を全部終わらせて、彼らが帰って来たその日には出迎えに行くんだ。
そして、さっきみたいな我儘を頼んでみるのだ。
ダメだと言われればそれまでだが、もしも……本当にもしもだが。
短時間でも森に連れて行ってくれて、更には彼等が戦う姿を見られれば……そりゃもう大興奮だろう。
それくらいに今、私は“悪食”に飢えているのだ。
「いつ頃帰ってきますかねぇ……」
「姫様、それ今日何度目ですか?」
ハツミ様に、非常に呆れた眼差しを向けられてしまうのであった。
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