第130話 報告書 5


 「お、こうちゃんまた報告書?」


 「おうよ~、何書くかなぁ……ちと手伝え。 東は?」


 「今南ちゃんと聖女コンビと一緒に魚干してる」


 「そうかい」


 ふむ、と一つ頷いてから再び手紙を睨んだ。

 とはいえ、まだほぼ真っ白なんだけど。

 やはり文章を作るのって苦手だ。

 今書いた所で、俺らの手元にロングバードは居ない。

 なので、後でまとめて渡す形にはなるのだが……後でやろうなんて考えれば、俺は絶対やらないタイプの人間だ。

 なので今やる、忘れない内に。

 なんて事を考えていれば、船の中から二つの影が。


 「おや、キタヤマ様。 何かお困りの御様子で、手を貸しましょうか?」


 「あぁ、助かるわ」


 「なんかもう馴染んでしまいました……というか盗み聞きしていた事をまず叱りましょうよ、キタヤマ様」


 登場したのは俺達に手を貸してくれた商人の親子。

 金は返したし、前の街でお別れだとばかり思っていたが。

 何でも海兵と一緒に乗りこんでいたらしい。

 更には向こうの王様にも許可を貰っているらしく、乗っている事自体に問題はないのだとか。

 すんげぇ、この商人。

 王様とも面識あんのね。


 「というか、本当に付いて来るつもりか? 前にも言ったが結構な長旅になるし、俺ら陸に上がったら山の中突っ切るぞ。 自分の店は良いのかよ? 兵士さん達と一緒に帰っても良いんだぜ?」


 なんとこの商人二人、俺達と一緒に前の国……イージス国って言ったか?

 そこまで付いて来るつもりで居るんだとか。

 俺らの食う物の調査、他の地方で食える食材(魔獣)。

 他国の食文化の研究云々色々言っていたが、なんでも向こうの国の商人と繋がりを持っておきたいらしい。

 そんなに長い期間自分の店を離れて大丈夫かよ……とか言ってみた訳だが。


 「なぁに、数年国を離れる事などよくある事です。 街に残してある人間は、“それなりに”教育してありますから、すぐさま私の商会が潰れる事などありえませんよ」


 非常に良い笑みを浮かべられてしまった。

 更にはこのおっちゃん商人、リード。

 見た目から想像出来なかったが、結構運動できる人らしい。

 娘のサラの話では、護衛を置いてきぼりして珍しい品物に走ったり、ウォーカーでさえくたびれる程動き回った後に、普通に仕事をする様な人間なんだとか。

 凄いね、異世界の商人は。

 偉そうに踏ん反り返るだけじゃ上に立てない程、弱肉強食と言えるのかもしれないが。

 そんな訳で、この二人も俺達の旅に同行する事になった。

 護衛料としてたんまり貰う話になったので、一応は了承したけど。

 良いのかね。


 「以前まではどんな内容を書かれていたのですか?」


 「基本的に飯の事だな。 俺達がどんな魔獣をどれくらい食ったかって報告して、調査の名目で金貰ってた感じ」


 「ほぉ……食事の事ですか」


 ほとんど真っ白な報告書を覗き込んだリードの目が、ギラリと光った気がする。


 「ちなみに、その報告はキタヤマ様が書かなければいけないといった規約は有りましたか?」


 「いや、今までは他のメンバーが書いてたんだが……向こうの国に残してきちまってな」


 そう答えた途端、彼の眼は更に輝いた。

 なんだろう、さっきから怖い。


 「でしたら、こちら。 私のお仕事として頂けませんでしょうか?」


 「はい?」


 「なに、商人というのは戦う職業ではありません。 なので、移動中は暇なのですよ。 ですからキタヤマ様の代わりに、私が貴方達の食した物を記載いたしましょう。 その代わり、護衛料をちょこっとオマケしてくれる程度で構いませんよ? 如何ですか?」


 そんなセリフを吐きながら、リードはにんまりと口元を歪める。

 なるほど、どこまでも商人だ。

 こういう軽い作業にだってしっかりと金を取る。

 とはいえ、その方がこっちも安心できるってモンだ。


 「ガッツリ安くするつもりはねぇぞ?」


 「もちろんですとも、ほんの小銭程度で構いません。 しっかりとお金を頂いていると思った方が、仕事に身が入るというだけの理由ですから」


 「そうかい……逞しいなホント」


 「皆さま程ではありませんよ」


 なんて事を言いながら、俺は席を空ける。

 では、失礼して。なんて台詞を吐きながら、彼は甲板に設置された簡易テーブルに向きあった。

 そして。


 「マジか……」


 「こうちゃんが書くより何倍も早いな……」


 「まぁ、元々こういう仕事ですから。 それに私も皆様と同じ物を食べていますからね、報告書を書くには十分な情報が揃っております」


 「お父様は少し食べ過ぎな気がします、自重してくださいませ」


 「なぁに、これから森に入ったらひたすら歩くんだ。 すぐに腹も引っ込むさ」


 「有言実行しそうな所が無性に腹立たしいです」


 そんな軽口を叩いている間にも、彼のペンは止まる事がない。

 俺がう~んう~んと悩みながら一枚書き上げるより、間違いなくリードに頼んだ方が早い。

 その分俺は狩りが出来るし、リードは暇つぶしが出来る。

 中島とリードを会わせたら意気投合しそうな気がする。

 そんでもって、二人で書類仕事とかしたら物凄くはかどりそう。


 「商人って、すげぇのな」


 「お父様は少し異常ですけどね」


 娘の方は、嬉々として報告書を書く父親に呆れた視線を向けるのであった。


 ――――


 こちらの報告書が届くのは随分先になる事でしょうが、初めに自己紹介させて頂きます。

 なんでも固くなりすぎない文章で頼む、との事ですので以降丁寧過ぎない文章で報告させて頂きます。

 ご了承頂ければ幸いです。

 私はリード・グリムガルド。

 シーラ王国で商業を営む取締役でございます。

 しばらくキタヤマ様に変わって執筆いたしますので、以後お見知りおきを。

 色々とご挨拶など書きたい所ではありますが、“彼等”から報告を貰う者としては、やはり堅苦しい挨拶などは嫌うのでしょう。

 なので、さっそく最近のメニューを紹介させて頂きます。


 まず最初に飛び魚。

 “棘魚”と呼ばれる、漁師を一番苦しめる魔獣ですが……コレは“悪食”の皆さまからかなりの報告が上がっていると思いますので、最近の物だけ記載させて頂きます。

 焼き、蒸し、煮。

 どれをとっても美味。

 焼きは口の中で身がほぐれる程に柔らかく、下味の塩味だけでも十分に味わえる。

 そこに大根おろしと刻みネギ、そして醤油を垂らされた日には、米がいくらあっても足りないという程です。

 しかも、汁物までこの飛び魚を使っている。

 飛び魚のつみれ汁……思い出すだけで涎が出て来る程絶品でした。

 ゴボウなどの野菜を細かく刻み、すり身と混ぜる。

 そう言った一手間によって、食感も味わいも奥深ささえガラリと変わって来る。

 身に染みるとは、まさにこの事。

 そんな風に感じるくらいに、全身に栄養と旨味が行きわたる想いでございました。

 更に、こちらの魚。

 唐辛子と非常に合う。

 味噌汁に使った飛び魚の肉団子を焼いて貰ったりもしましたが、香辛料と抜群に合うのです。

 醤油、味噌、唐辛子、胡椒。

 調理法によって非常に化けてくれる商品。

 彼等の調理の腕前と言えばそれまでですが、凡人でも様々な料理で使えそうな食材だと確信いたしました。

 アレは、非常に旨い。

 ちなみに今は身を開いて干しております。

 そちらも保存食としても使えそうですし、以前頂いた試作品も非常に美味しかったです。

 活用法はもちろんの事、様々な箇所で使える一品になるかと思われます。


 そして、コレを報告するのは商人として非常に惜しいと思うばかりではありますが……“あごだし”というモノをご存じでしょうか?

 あごだしその物は、普通に我が国でも販売されているものではありますが……棘魚を使うと一味も二味も違う。

 様々な工程を経て、“飛び魚”の魔獣が変わり果てた姿。

 ソレを、スープの下味として使うのです。

 非常に長い工程、大変な手間。

 そんなモノを繰り返し、スープへと変貌した“ソレ”は。

 それこそ“顎が外れる”かと思う程に、美味で御座いました。

 ただの水でさえ、高級なスープに化ける。

 しかも、そのスープで“鍋”を作って頂きました。

 グツグツと良い音で耳を満足させ、ゆらゆらと動く湯気は眼を満足させる。

 それだけなら美味しい鍋を食べた、というだけの報告になるのですが……香りが、違うのです。

 蓋を開けた途端周囲に広がるその香りに、覗き込んでいた船乗りが一斉に唾を飲み込んだほど。

 あの感覚を文字で表現するのは、非常に難しい。

 私に小説家の才能でもあれば、もっと上手く表現できるのでしょうが……とにかく、“腹が減る”匂いでした。

 鼻からその香りを吸い込み、肺へと吸い込んだ瞬間、体が求めるのです。

 アレを食せと。

 そこからは争奪戦が繰り広げられ、「魔獣肉なんて」などと呟いていた兵士達も飛びつく程。

 誰しも争う様に鍋をつつきましたとも。

 “あごだし”の使われた鍋の具材は、山の奥深くでしか取れない各種高級野菜と、魚がメイン。

 鮫、鯨など肉厚な物がゴロゴロと入っていて、それこそ見た事が無い程豪華な鍋に仕上がっておりました。

 しかも、どれもこれも非常に“染みる”。

 しっかりとあごだしの旨味をその身に含み、自身の持つ旨味も存分に発揮してくれる。

 涎が出る、どころではありません。

 そんなモノが分泌される暇があるのなら、この料理を味わいたいと必死に具材を奪い合いましたとも。

 その後彼らが「旨いが、そろそろ変えるか」と口にしてからは、鳥や豚と言った陸の肉も用意され……ガラリと味が変わってしまえば、もちろん食べるしかない。

 なんて事を繰り返していた訳ですが。


 「お前らまさか、シメがいらないなんて言わないよな?」


 「こうちゃんどれで行く? 米? 麺?」


 「色んな旨味が出てる汁だもんね、食べない選択肢なんて無いでしょ」


 残っているのは汁のみ。

 それすら絶品だとは分かっているのだが、すするのではなく、食べる?

 なんて首を傾げた瞬間。


 「今日は米じゃぁぁぁ! 麺は次のお楽しみ! 海鮮だから柚子胡椒とか合うんじゃねぇか!?」


 彼は叫びながら、大量の米を残ったスープに投入した。

 そして、煮立たせる。

 周囲には再び美味しそうな香りが充満、しかも米が追加された事により先程よりも柔らかい匂い。

 その匂いを嗅いだ船乗りたちが一人、また一人と器を持って立ち上がっていく。

 もちろん、私も立ち上がりましたとも。


 「「「お願いします!」」」


 全員揃って器を彼らに向けてみれば、三人はクククと悪い笑みを浮かべて笑っていた。


 「あごだしの旨さ、知っちまったみてぇだなぁ……」


 知ってしまった。

 この旨味を。

 もう、後には戻れない。

 他のダシだって不味い訳じゃない。

 それこそ彼らが調理すれば、他の物だっていくらでも“化ける”のであろう。

 でも、それでも、だ。

 今だけは、“コレ”が食べたかった。

 棘魚から取れた、極上のあごだしを。


 「あごだし、おいしいねぇ。 鍋の後の雑炊って凄く好き」


 『コレは……凄いね。 なるほど、スープ云々関係なしに主食にも変わるのか……凄いよコレは。 しかもいくらでも獲れる雑魚と来たもんだ。 北山! トビウオに今後ブレスは使わないから、またコレ作って!』


 角の生えた聖女様が木箱に腰かけて、脚をプラプラさせながら誰よりも早くあごだしの雑炊を食べておられる。

 羨ましいどころじゃない、もはや殺気とも呼べる気配が周りに飛び交っている。

 とはいえ、“悪食”のメンバーからしたらそよ風みたいなモノだろうが。

 なんて事を思っていれば。


 「元々給仕なんてする柄じゃねぇからな、好きに取れ」


 なんて事を言いながら、悪食メンバーは自分の丼に雑炊を盛り付け、もっしゃもっしゃと食べはじめる。

 あぁ、こんな事ってあるだろうか。

 食べる許可はもらえたものの、周りには大量の海兵たち。

 そして、目の前にはグツグツち煮立つ良い香りを放つ雑炊。

 誰しも、どうすれば良いのか身を固める中。


 「早く食わねぇと焦げるぞ?」


 その一言を風切りに、全員が動きだした。

 我先にと、それは俺のモノなのだと。


 「取ったぁぁぁ! オイ押すんじゃねぇよ! 溢したらどうするつもりだ!? 俺が盛り終わるまで待ちやがれ!」


 「盛りすぎなんだよ! そんなんで全員分行きわたると思ってんのか!?」


 「ソレ! その残った肉! あぁぁぁ! 取るんじゃねぇよ! 絶対旨いヤツじゃんかよ!」


 様々な声が響き渡る中、自然と列が出来た。

 結局私の番に回ってきた時には。


 「クッ……! やはりこうなるか!」


 「お父様……コレばかりは仕方ありません……」


 ほぼ、空であった。

 そもそも兵士だの海兵だの。

 そういう連中に争奪戦で勝てる訳がない。

 だからこそ、一番最後の方になってしまった訳だが。


 「あら、雑炊無くなった? 燻製とかでツマミ作ってるけど、食う?」


 悔しさに奥歯を噛みしめていた私達に、彼等は魚の干物やら骨やら。

 随分と香ばしい匂いを放つ物品を差し出していた。

 試しに作ったという干物に香辛料を振りかけ、軽く燻製した代物。

 そして魚の骨に下味をつけ、油で揚げた骨せんべい。

 どちらもやはり棘魚の物。

 もう、食べる以外の選択肢が有るのだろうか。


 「「食べます!」」


 「あいよ、もっと色々やるから酒でも準備しておいてくれ」


 そんな訳で、食事から晩酌に強制突入したのであった。

 そして旨い、酒と合う。

 食事はいくらでも食べられそうだし、ツマミはいくらあっても足りない程。

 あぁ、この旅について来て良かった。

 出発してからたった数日で、そんな感想を思い浮かべてしまうのは仕方のない事でした。


 ――――


 「へぇ、上手いモンだ。 この調子で次も頼むぜ」


 「承知いたしました」


 何かアイリが書いていた報告書と似たような感じになったので、とりあえずOKを出しておく。

 ええやろ、食った物ちゃんと書いてあるし。

 という訳で、ご褒美とばかりに新作の骨せんべいを並べた皿を出してみる。

 ついでに酒も。


 「食う?」


 「もちろんですとも」


 報告書にも出て来た魔獣の飛び魚、ソイツの骨せんべい。

 パリッと食えるかと思ったのだが、予想以上に触感が良かった。

 まぁ早い話、普通の魚より硬いのだ。

 とはいえ、食えない程ではない。

 ガリガリと齧るという表現が合うくらいの触感で、残った魚の肉により旨味も染みている。

 ビーフジャーキーを片手に酒を飲むようなモノだ。

 ガリガリゴリゴリ食いながら酒で一息つく、みたいな。

 とりあえず、旨い。

 あと見張りとかしなくて良いらしいので、緊急時以外は普通に酒が飲める。

 素晴らしいね、何この船旅。

 VIP待遇が過ぎるよ。

 なんて事を思いながらも、リードとサラの二人が骨せんべいを齧り始めれば。


 「相変わらず、固いですね」


 「ソコはやはり魔獣と言う事なのだろう。 しかし、この硬さがクセになる……うむ、旨い。 今回は塩だけではなく他の調味料も混ぜたのですね?」


 二人揃って、ガリガリボリボリし始めた。

 うんうん、お口に合ったようで何よりだ。

 とか何とか考えていたその時。


 「あぁ! 北君達が何か食べてる! 僕らのは!?」


 「ご主人様。 魚、干し終わりました」


 「ひぇ~……手が魚臭い」


 『仕方ないね、ずっと触ってたから。 そんな事よりも私達も北山のツマミを奪いに行こう、そうしよう』


 そんな訳で、賑やかなメンバー達が試食会に飛び込んで来る。

 意外と暇だった為か、何か軽い物でも作ると皆が皆食いついて来るのだ。

 やれやれと首を振りながらも、新しくツマミを拵え始めるのであった。

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