第129話 出航


 ねぇ、コレはどういう状況?

 思わずそんな事を思ってしまうくらいに、訳の分からない光景が広がっていた。


 「敬礼!」


 隊長さんだろうか?

 彼が号令を掛ければ、揃いも揃ってザッと踵で音を立てながら一斉に敬礼を返して来る兵士さん達。

 うん、何。

 船乗り場についた瞬間、この訳わかんない状況なんだけど。

 どうすれば良いの俺ら。


 「お待ちしておりました! 船旅の食料、武具。 乗組員等、全て揃っております!」


 「えぇっとぉ~? どう反応するのが正解?」


 キリッとしている隊長さんが、ここに来てニッと表情を崩した。


 「ただ、“出航”と言って頂ければ。 我々が送り届けますよって事です」


 随分とまぁ、頼もしい限りだ。

 そんで君ら誰よ。

 てっきり一般客と一緒にフェリー旅を楽しむのかと思っていたよ。


 「はぁぁ……ほんと、誰だよこんな人数用意したのは」


 「おや、やはり聞いておりませんか」


 「今さっきウォーカーの皆と熱い別れを交わして来た所だよ。 んで、俺らはどの船に乗れば良いんだ?」


 ズラリと並んだ水兵さん達の近くに船は無し。

 ちょっと遠くの方に一般客を乗せている大きなお舟があるが……多分違うよね。

 あっちに乗っても良いかな?


 「船は“渡して”おくと言われております。 何か預かっておりませんか?」


 「おい、止めろ。 マジか?」


 ちょっと血の気の退く思いで、皆が皆南の方に振り返った。

 当の本人は、口をもにょもにょさせながらプルプルしておられるが。


 「えっと、嫌な予想が正しければ、その。 “コレ”は、相当な容量がある高価なマジックバッグと言う事になりますよね? あの、そんなものをポンと投げ渡されたのですか私は?」


 乾いた笑いを浮かべながら、南が海に向かってマジックバッグを開けば。


 「あぁ、うん」


 「そっか」


 「はい」


 そんな感想しか浮かばない状態で、ザバーン! と盛大な波が襲って来た。

 そんでもって、目の前に現れるのは。


 「すぐにコチラに引き付けて碇を下ろせぇぇぇ! 流されるぞ! 急げぇぇ! ……失礼しました。 只今準備いたします」


 「えっとですね、色々と説明が欲しい訳なんですが」


 俺達の前に登場したのは、見事に真っ黒い一隻の船。

 アレかい? どっかの映画で出て来る足の速い船かい?

 なんて聞きたくなる程、ダリルの船より黒い見た目だった。


 「こちらは過去の異世界人が作り上げた“黒船”、そして王に献上されたものです。 価値としてはかなりのモノですが……些か見た目がどうしても海賊船でして。 使い処に困っていたのですが……今の王が、その、黒い物品に妙に興味を示すというか」


 「世間に反発しちゃう感じだ」


 「えぇまぁ……と言う訳で、使い処の無かったこの“黒船”。 黒鎧の皆さまに託してみては如何かと声が上がった次第でして」


 「体のいい在庫処分?」


 「船の状態は保証します」


 「あ、はい」


 という訳で、ガンガン船に乗りこんでいく国の兵士達。

 というか、海兵たち。

 そこいらじゅうから「〇〇ヨシッ!」みたいな声が上がって来て、すぐさま出航出来る態勢は整ったみたいだが。


「詰まる話、俺らがさっき会話した髭の長い爺さんは、この国の王様だったって事で良いのかい?」


 「まぁ……好き勝手に歩き回る人ですからね。 多分間違いないと思います」


 あぁクソ、マジか。

 少なからず、王族と関りを持っちまった。

 いや、少なからず……って言って良いのかコレ?

 目の前で出航準備が進められている“黒船”は、どう見ても“少なからず”で済む借りではない。


 「コレ、使い終わったら持ち帰ってくれる?」


 「そんな事をすれば我々が怒られてしまいます。 帰りは民間船で帰ってくる予定ですから」


 ハッハッハと笑う隊長さんに、もはや乾いた笑いを返す他なかった。

 オイ、マジか。

 さっきのジジイは間違いなくこの国の王様か。


 「南、バッグと船をお返ししろ。 王族に借りなんぞ作りたくねぇ」


 「ですね、了解致しました」


 「待ってください! ココまで来たら乗りましょうよ! 普通乗るでしょう!? 借りとかじゃなくて単純に頂いたと思えば良いではありませんか!」


 「うるせぇボケぇ! 誰が乗るか! 王族と関わって正解だった試しなんざほとんどねぇんだよ! さっさとコイツをさっきの髭ジジイに返して来てくださいやがりませ!」


 そう言って隊長さんにマジッグバッグを押し付ければ、彼は非常に悲しそうな顔で真っ黒い船を見上げるのであった。


 「そんな……やっとこの船に乗れる日が来たというのに……」


 「あん?」


 何やら芝居がかった喋り口調で、隊長さんは語り始めた。


 「私がずっと幼い頃でした、この船が完成したのは。 そして他の船の中に混じる、一隻の真っ黒な船。 周りの反応は様々でしたとも、あんな物を王に、とか。 見るだけでも恐ろしいとか。 しかし、異世界人の案から生まれたこの船は相当な価値を持っている。 だからこそ処分する訳にもいかなかった。 そして何より、私にはどの船より美しく見えた。 この船に乗る事を夢見て、私はココまで上り詰めて来たのです……」


 「アンタも相当変なタイプなんだな……んで、結論は?」


 「物凄く乗りたいです。 ホント、今すぐにでも」


 ニコォっと気持ち悪いとも思える満面の笑みを浮かべる隊長さん。

 アレだ、コイツ船オタクだ。

 俺らも他人の事を言える人間ではない……というか“向こう側”に居る時は完全にオタクだったので、別に嫌悪感とかはないが。

 だって男の子だもん。

 デッカイ乗り物とか、恰好良い乗り物とか憧れるじゃん?


 「ちなみに、俺らがコレを返した場合は?」


 「我々が物凄く怒られる上に、減俸とかあるかもしれませんね。 あと、この船は解体されます。 いつまでも大きなマジッグバッグを趣味に使うなと、王妃様が大変お怒りなんだとか」


 「プラモ捨てろって言う奥さんか何かかよ……」


 「あ、マジックバッグも当然差し上げますよ? 王妃様は貴重な物を無駄に腐らせて置くのが嫌いな方でして。 貴方達が有効活用して下さるのであれば是非に、との事です」


 なんだろうこの国。

 前に居た国と比べると滅茶苦茶緩くないか?

 王様一人で散歩するし、こんだけデカい容量のマジックバッグを趣味の保管に使うし。

 更には国の船乗りは船マニアと来たもんだ。

 それだけ平和だって事なのかもしれないが……ちょっと温度差の違いに風邪ひきそうだ。


 「はぁぁぁぁ……」


 「如何致しますか? ご主人様」


 大きなため息を溢せば、南だけでは無く周りのメンツも不安そうな顔を向けて来る。

 もう、どうする事も出来ないでしょこれは。


 「改めて言う、在庫処分だ」


 「はい」


 「王様が捨てるモンを、俺らが貰った。 だから恩義なんぞ感じないし、借りだとも思わないからな? 後で船だの恩だの返せって言われても知らねぇからね?」


 「もちろんソレで構いません、むしろ王もソレを望んでいます。 ただ、対等にありたいと」


 「何が対等じゃい、俺らは底辺の民間人だわ」


 「ハハハ、お戯れを。 底辺の民間人に巨大な魔獣をポンポン狩って来られては、我々の仕事が無くなってしまいます」


 「おい」


 「失礼。 王には、友人感覚になるなと言われたと報告しておきます」


 「よろしい。 だけど気が変わったらすぐに言ってくれ、俺たちは一般客と一緒にのんびり帰るから、マジで」


 「ハッハッハ、お戯れを」


 「わりとマジね?」


 そんな訳で、貰っちゃいました。

 船。

 しかも結構デカい、あと黒い。

 姫様からマジックバッグを借りた事も、後から大事さがジワジワと感じられた訳だが。

 これはもう、インパクトしかない。

 えぇ……と引くレベルで、とんでもない。

 そして、新しいマジックバッグも手に入れた。

 機能は分からんが、とにかくデカいモノが入る事だけは確か。

 良いのだろうか、コレ。


 「それでは、出発致しましょう。 どうぞこちらへ」


 そう言って案内されるのは、ロープとパイプを組み合わせたような梯子。

 ダリルの船でもコレで乗りこんだから、今更戸惑う事は無いが。


 「本当に、良いんだな?」


 「もちろんです、むしろ早く乗りましょう。 一刻も早く」


 「……ったく」


 ウキウキした様子の隊長さんにため息を溢してから、甲板へと上がっていく。

 どこまでも黒い船の装甲を眺めながら、上まで登り切ってみれば。


 「船長に、敬礼!!」


 「はい?」


 そこら中で仕事をしていた兵士さん達が一旦手を止め、俺の方に向かって一斉に敬礼をかまして来た。

 ココまでの人数にビシッと敬礼されると、ちょっと気が引けるというか……腰が引ける。

 えぇ、どうしたら良い訳?

 なんて事を思っていれば、後から登って来た西田に背中を蹴っ飛ばされた。


 「なにやってんだよこうちゃん。 もう貰うって決めたんだろ? ならこうちゃんが船長だ」


 「とりあえず、何か気合いが入る事でも言っておけば良いんじゃない? コレからはこの人達のリーダーでもある訳だから」


 よっこいせっとばかりに西田に続いて登って来た東にも、呆れたような笑い声を洩らされてしまった。

 とは言ってもなぁ。


 「う~む……」


 「いつも通りでよろしいのではないでしょうか?」


 「北山さんは大体叫ぶとき暑苦しいから、何言っても平気だと思いますよ?」


 『この船は俺が貰った、ガッハッハー! とかで良いんじゃない?』


 最後に喋った二人で一人、後で覚えておけ。

 ジロッと睨んでみれば、キャーなんて軽い悲鳴を上げながら南の後ろに隠れるドラゴン娘。

 まぁ、なんだ。

 コイツ等の言う通り、特別な事なんぞ言えないからな。

 いつも通りで行ってみようじゃないか。


 「全員、乗りこみました。 船長」


 最後に上って来た隊長さんが、良い笑顔をこちらに向けながらビシッと敬礼をかましている。

 先程船の下でニヤけ面を晒していた男とは思えない程、真剣で立派な兵士の顔をなされておられる。

 だぁぁもう、何か言うか。

 恥ずかしいけど。


 「クラン“悪食”、そのリーダーの北山だ! よろしくな! んでもって、船旅の最中は皆の手を借りる事になる。 悪いが、よろしく頼むぜ!」


 とかなんとか、無難な挨拶で終わらせようと思っていたのだが。

 角っ子がチョイチョイっと俺の皮コートを引っ張って来る。


 『北山、言うべき。 絶対言うべき、盛り上げる為に』


 グッと親指を立てるバカと、期待の籠った目で見て来る馬鹿共が若干名。

 くっ、くそ……言うのか、結局言うのか。


 「……だぁ、くそっ! この船は俺が貰った! 今日から俺が、この船の船長だ! 野郎ども、準備しやがれ! 碇を上げろぉぉぉ! 出航ぉぉぉ!」


 「碇を上げろぉぉぉ!」


 「出航準備ぃぃぃ!」


 海兵さんたちも、こういう分かりやすい言葉を求めていたのか。

 皆ニッと口元を釣り上げながら、俺の言葉を復唱してバタバタと作業を進めていく。

 そして数分としない内に、船はゆっくりと動き始めた。

 果ての見えない水平線に向かって、徐々に徐々に前進し始める。


 「船長、指示を」


 「勘弁してくれ……とりあえず、俺らの向かう先の途中にあるっていう島国に向かう。 一旦はそこで補給だ」


 「了解いたしました!」


 ビシッっと敬礼をかましてから、仕事に戻る隊長さん。

 船に乗ってからと降りている時のキャラがすんごい違うんだが、どう接すれば良いのだろうか。


 「こうちゃんお疲れ」


 「はははっ、結局貰う宣言高々としちゃったね北君」


 クックックと笑いを噛みしめながら、馬鹿二人が俺の両肩を叩いて来た。

 ったくコイツ等は……とかなんとか思うモノの、大きなため息一つだけで済ませて置く。

 いいさ、船乗りさん達のテンションが上がって、尚且つ海を渡れる足も手に入れたんだから。


 「つっても、結構掛かるよな。 移動中飽きちまいそうで怖いわ」


 「移動中の船だと、流石に釣りとかしか出来る事無さそうだもんねぇ」


 「そうなると思って、色々と買っておいた西田さんを褒めても良いんだぜ?」


 「「おっ?」」


 二人揃って西田に視線を向けてみれば、クックックと悪い笑みを浮かべながら南を呼び寄せた。

 そして、マジックバッグから取り出した物は。


 「おい、マジか」


 「売ってるもんなんだねぇ……今までに召喚された人たちに感謝しかないよ」


 トランプ、麻雀、その他ボードゲームなどなど。

 びっくりするぐらいに見覚えのある代物が、ズラリと並んでいた。

 というか西田は、別行動した日にはこんなモノばかり買い漁っていたのだろうか。

 馬鹿野郎、よくやった。

 なんかもう修学旅行に行く高校生の気分になって来た訳だが、時間は有るんだ。

 たまには遊んだって良いだろう。

 持って帰れば、子供達だってコレで遊ぶ事だろうし。


 「早速今日の夜にでもやるか」


 「兵士さん達も誘って、みんなでやろうよ。 おつまみとか作って」


 「いいねいいね、そうこなくっちゃ。 どうせ時間はあるんだ、今の内に燻製肉とか色々作っておこうぜ」


 そんな訳で、長い長い船旅が始まった。

 色々と期待はするし、新しい世界を見るのも悪くはない。

 だがしかし。


 「まぁ何はともあれ、早い所帰ってやんねぇとな」


 グングンと進む黒船の甲板から、今はまだ見えない俺達の故郷を眺めるのであった。

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