第128話 また会うその日まで


 「それじゃ、この手紙だけで良いのね?」


 「あぁ、頼む」


 疲れた様子の美人支部長さんが、大きな封筒に俺らの手紙ともう一つ手紙を放り込み、やけにデカい鳥の足に括りつけた。

 ロングバードって言ったか?

 ディアバードと違って体が大きいのはもちろん、肉付きも良さそうだ。

 思わず南がジッと眺めるくらいには。


 「……食べないでね?」


 「食わねぇよ」


 さっきから否定しているというのに、美人支部長は非常に疑いの眼差しを向けて来る。

 その後支部長室の窓から鳥は飛び立ち、バッサバッサと随分な速度で……いや早ぇなオイ!

 すぐさま見えなくなった鳥に驚きながら、思わず飛んで行った方向を眺めて口を開けてしまった。


 「それで、何度も聞く様で悪いけど……というか、一応聞くけど。 本気でウチで働く気はない?」


 皆揃って窓を眺めて居る間にいつもの調子を取り戻したらしい支部長が、机に両肘をつきながらそんな事を言ってくる。


 「前も言った通り報酬はギルドからも上乗せするし。 こんな実績をポンポン叩きだす貴方達なら、かなりの防衛力、ウチのギルドの旗印にもなれる。 ちょっと私の胃は酷い事になりそうだけど……」


 最後の一言で残って欲しいのか出て行って欲しいのかよくわからない感じになってしまったが、どこまでも真剣な眼差しがこちらを射抜いていた。

 だがまぁ、答えは変わらない。


 「俺らには帰る家があるんでね。 あんまり待たせると向こうから迎えに来そうだからよ」


 「貴方達みたいなのがもっと居ると考えると、ゾッとするわね……」


 「居るぞ? 戦闘メンツなら倍に増える。 チビッ子達も合わせれば結構な数だが……俺らはただのウォーカーだからな、そっちのクランに比べれば随分と人数は少ねぇけど」


 「止めて、聞きたくない。 何が“ただの”ウォーカーよ」


 はぁぁと大きなため息を溢してから、支部長は再び俺達に向き直った。

 やけに真剣な表情で。


 「貴方達に借りがあるからって事で、船の手配をしてくれた御方がいらっしゃるわ。 その船に乗りなさい。 くれぐれも、くれっぐれも! 失礼の無いようにね?」


 「お、おう?」


 やけに圧が強いんだが、船を貸してくれるってどこの誰よ?

 なんて事を聞いても、支部長は答えてくれないが。


 「それじゃ、世話になったな。 感謝するぜ」


 スッと右手を差し出してみれば、彼女は呆れ顔で俺の右手を握り返した。

 そんでもってブンブン上下に振ってから、ペイッとばかりに投げ出されてしまった。


 「はいはい感謝されました。 クロウによろしくね」


 「クロウ……って誰だ?」


 「は?」


 とんでもなく驚かれてしまった。

 誰だよ、クロウって。

 そんな格好良い名前の知り合い居ねぇぞ。

 思いっ切り頭を捻ってみたが、どうしても出てこない。

 クロウ……くろう、苦労。

 いつも苦労してそうな奴を思い浮かべると、どうしても前の国の支部長が出て来る訳だが。


 「貴方……自分が所属してたギルド支部長の名前くらい憶えておきなさいよ」


 「は?」


 「クロウ・ヴァーブルグ。 イージス国のウォーカーギルド、その支部長の名前よ。 金髪のオールバックの厳つい男でしょう? 私の惚れた男よ」


 間違いねぇ、ウチの支部長だ。

 マジか、支部長。

 お前、クロウって言うのか。

 コレはもはや、次に会った時に言うしかない。

 「クロウ! 貴方クロウって言うのね!?」と。

 マウントポジションで、拳を振り上げながら。

 あの野郎、実はこんな美人な恋人がいたのか?


 「あの国に帰る目的がまた一個増えちまったじゃねぇか……」


 「支部長ってクロウって名前だったんだな……まぁ、苦労してるもんなぁ……」


 「西君、それ絶対言っちゃいけないヤツ。 でも、分かる」


 「そう言えばずっと支部長としか呼んでいませんでしたね。 クロウ・ヴァー……えっと」


 「ヴァーブルグ、で良いんでしたっけ。 私は直接お会いした事ありませんけど」


 『望、覚えておいてあげな。 こいつ等絶対“苦労”としか覚えない』


 思わぬところで支部長の個人情報をゲットしてしまった。

 野郎の名前なんぞ知ったところで嬉しくも何ともないが、覚えておこう。

 そんでもって肩をポンポンして「苦労してんな、クロウ」って言ってやろう。

 アイツなら絶対面白い反応が返って来る。

 怒り出したらお魚セットのディナーでも作ってやれば許してくれそうだし。

 とか何とか馬鹿な事を考えていると、美人支部長の方から再びため息を溢されてしまった。


 「とにかく、これからお話する方には失礼の無い様に。 いいわね? 分かった? 絶対だからね!? はい、お疲れさまでした! またこっちに来た時には顔見せなさいよ!? そうじゃないなら手紙の一つで寄越しなさい! それじゃぁね!」


 やけに圧を掛けて来る支部長に追い出され、俺たちは支部長室を後にするのであった。

 なんだなんだ、大物貴族でも来てるのか?

 なんて事を考えながら、美人支部長と手を振って分かれる。

 別にコレで最後って訳じゃない、と思う。

 距離は確かにあるが、移動できない距離じゃない。

 だったら、これくらい軽い別れの方が良いってもんだ。

 なんて事を考えながら階段を降りてみれば。


 「待っとったぞ?」


 「あー……えっと? 爺さんが支部長の言ってた船を手配してくれるって人で良いのか?」


 そこには、普通の爺ちゃんが立っていた。

 やけに姿勢は良いが、見た目は普通の爺様。

 真っ白い髭が随分と長いので、ちょっと仙人っぽいとか思ってしまうが。


 「その通りじゃ。 自己紹介というか、どういう繋がりかって言うとじゃな? お前さん達が助けてくれた少年の関係者の、ちょこ~っとだけ偉い人って所かの。 本当にちょこっとだけじゃ。 大したモンじゃないから、肩の力を抜いて話を聞いてくれると助かるかのぉ」


 「あぁえっと、はいはい」


 なんだろう、非常にのんびりとしたご老体だ。

 ふぉっふぉっふぉ、とか言いそうな雰囲気。

 アロハシャツモドキみたいなの着てるし。

 貴族って言われてもあんまりパッと来ない。


 「ホイ、まずはお礼」


 「コレは?」


 ポイッと気軽い感じで渡されたのは肩掛けバッグ。

 黒い色のソレは、女の子が使うポーチみたいな形をしている。

 俺が装備したら違和感バリバリになる事だろう。


 「なぁに、大したもんじゃないが礼として受け取っておけ。 海についてから中身を出す事を勧めるぞ? それなりにデカいからの」


 「ていう事は、マジッグバッグか。 いいのか? マジックバッグ自体が高価なもんだろうに。 いくらだ? 今払う」


 正直、マジックバッグは嬉しい。

 この世界で一番欲しいモノは何かと聞かれれば、コイツだと答えるだろう。

 それくらいに、便利なのだ。


 「本当に大したもんじゃない、先の短い老人からの贈り物だと思って貰ってくれると助かるのぉ。 若いモンがすぐ金を払おうとするでないわ、もらえるモンは貰っておけ」


 「まぁ、そう言う事なら。 容量はどれくらいにしろ、マジッグバッグは助かるけどさ……本当に良いのか?」


 結局、なんなんだろうこの爺さんは。

 だぁれも説明してくれる人が居ないんだけど。

 そんな訳で、とりあえず南にバッグを渡してから話を続ける。


 「これからの旅路も大変かとは思うが、無事を祈っておるよ」


 「そりゃどうも……じゃなくて、本当に何なんだアンタは。 そんでもって、中身はなんだ?」


 「ふぉっふぉっふぉ、それは海についてからのお楽しみじゃ。 あぁそれから、お前さん達は乗るだけで大丈夫じゃ。 心配するな」


 「はい? そりゃどういうこった?」


 ふぉっふぉっふぉって言ったよ、マジで言ったよ。

 まぁソレは良いとして、爺さん普通に帰ろうとしてるんだけど。


 「ちょい待ち! 結局何なんだよ!? コレ本当に貰っちゃって良いのか!?」


 思わず声を掛けてみれば、老人はコチラに笑みを向けながら。


 「良い旅を、“悪食”。 良い装備も見せてもらったし、お前さん達も見せてもらった。 儂はもう大興奮じゃよ。 今度こっちの国に来るときがあれば、一緒に酒でも飲んで語り合おうぞ」


 意味の分からない言葉を残しながら、老人は去って行った。

 大興奮とか言いながら静かに去っていくなよ。

 何なんだよホント……。

 はぁ、と溜息を溢しながらギルドの玄関へと向かおうとすれば。

 そこには暑苦しいとしか言いようが無い“壁”が。


 「待ってたぜ、悪食」


 「見送りくらいはさせろ」


 森と海の専門家達がズラリ、というかウジャウジャしていた。

 コイツ等は……仕事サボってまで俺らの見送りの為に集まったのか?

 全く暑苦しい。

 とはいえ、嬉しくない訳じゃないが。


 「どうせなら、美人や可愛い子に手を振って欲しい所だがな」


 ヘッと笑ってやれば、どいつもコイツも同じような表情を返して来るのであった。


 「馬鹿言いやがって。 そんな柄じゃねぇだろ、お前等は」


 「むしろ獣に囲まれていた方が“らしい”ってもんだ」


 「うっせ、どうせ俺らはモテないおっさん達だよ」


 ハッ! と悪態を付きながらも、三人そろって拳を合わせた。

 何度も言うが、もう会えない訳じゃない。

 コイツ等とだって、あの美人な支部長さんとだって。

 でも、“しばらく”は会えない事だろう。

 だからこそ、一旦の別れは必要なのだ。


 「世話になったな。 ダリル、イズリー」


 「そりゃこっちの台詞だ。 お前等が居なけりゃ俺らは今この場に居ねぇよ」


 「全くだ。 本当に、規格外なバカ共だったよ」


 三人そろって軽い笑みを浮かべてみれば、周囲の漢達から様々な声が上がる。

 それこそ、近所迷惑なんじゃないかってくらい。


 「ちゃんと帰るんだぞぉー! 途中で船が沈んだとか報告があったら海の底まで探しに行くからな!? そんでもって捜索料金取ってやる!」


 うっせぇバーカ、不吉な事言うんじゃねぇよ。


 「森を突っ切るんだろ!? 装備買い貯めていけよぉ!? 金がねぇなら貸してやるぞ! 利子はとんでもない事にしてやるがなぁ!」


 バーカバーカ! 生憎と大物狩ったおかげで、財布は随分と重くなったよ!

 なんて事を思いながら、両派閥の面々に顔を向け、叫ぶ。


 「ありがとよ! だがこっちは大物狩ったおかげで財布はパンパンだよ! 羨ましかったらお前等ももっと頑張るんだな!」


 ハッハー! と笑ってやれば、そこら中から野次が飛んでくる。

 誰しも笑みを浮かべ、俺らの周囲に集まってどついてくる。

 全く、どいつもコイツも。

 野蛮人の見送りってモノを分かっておられるご様子だ。


 「キタヤマさん、お待ちしておりました」


 その声が聞こえた瞬間、蛮族の群れが左右に別れ、玄関から数人がこちらへ向かって歩いて来る。


 「まずはお礼を。 貴方達が私達の息子を救ってくれた事に感謝を。 心からの感謝を」


 「本当に、ありがとうございました。 この感謝は、一生忘れる事はありません」


 「皆、今日行っちゃうんだよね……」


 仕立ての良さそうな服に身を包んだ三人が、俺達に向かって頭を下げて来た。

 俺達が拾った少年と、千葉家の皆さま。

 誰も彼も俺らの様な扱いを受けている様子はなく、顔色も良い。

 良かった、ちゃんと彼等は“こっち側”でも生きていけそうだ。


 「勇吾、最近はどう過ごしてんだ?」


 少年の前にしゃがみ込んで声を掛けてみれば。


 「魔法の勉強したり、剣を習ったりしてる……」


 どこか寂しそうな声を上げる少年。

 全く、これくらいの子供ってのはどうしてこうも可愛いんだか。


 「なら、頑張って強くなれ。 ちゃんと飯食ってっか?」


 「いっぱい食べてる! 食べないと強くなれないって北山さん言ってたし。 でも……」


 「でも、なんだ?」


 グッと裾を掴んだ少年は目尻に涙を溜めて、改めてこちらを向き直った。


 「北山さん達と一緒に食べたご飯の方が、楽しかった! ココじゃ駄目なの!? 他の所に、皆いっちゃうの!?」


 随分と嬉しい事を言ってくれる少年は、俺の鎧にしがみ付きながら大声で泣き始めた。

 あぁもう、全く。

 どうしたもんかね。

 なんて事を思いながら、彼の頭に手を置いた。


 「だったら、強くなれ」


 「え?」


 「強くなれば、何処へだって行ける。 俺達もまだまだ弱いから、ビクビクしながら進んじゃ居るが。 それでも、“前に”進む事は出来る。 本当に強ぇヤツになれば、何処にだって散歩みたいにいけるだろうさ。 俺達と会いたいと思えば俺達の元へ、両親と会いたいと思えば両親の元へ。 そんでもって、大事なモンを全部守れるくらいに強くなったら……超恰好良い男じゃねぇか? マジでヒーローだ」


 ハハッと軽い笑みを浮かべながら、そんなセリフを吐いてみる。

 現実問題として様々な苦労は有るだろうし、なかなか難しい事ではあるのだろう。

 それでも、だ。


 「なんだって良い、好きな事だけでも良い。 とにかく頑張れ。 頑張った分だけ、お前は強くなれる。 出来る事が広くなる、だから精一杯生きろ。 危ない事があったら、お前が皆を守ってやるくらいに強くなれ、逞しくなれ。 そうすりゃ、お前はヒーローだ」


 ガシガシと頭を撫でまわしてみれば、少年は数秒ポカンと呆けた顔を浮かべたものの。


 「頑張る! 絶対北山さん達みたいに強くなる!」


 「おうよ、強くなれよ少年」


 そんな訳で、俺たちはウォーカーギルドを後にした。

 どいつもコイツも、馬鹿みたいに力強く手を振りながら俺達を見送ってくれる。


 「やっぱ、悪くねぇな。 “こっち側”は」


 「“必要とされている”って、感じるだけで違うもんだよな」


 「変な目で見られる事も多いけどね、まぁコレだけいっぱい人が集まる位には頑張ったんだなぁって実感できるよ」


 「まぁ、ご主人様達ですから。 これくらいは予想していました」


 なんて、各々口ずさんでみれば。


 「人たらしって言うんでしたっけ? こういうの」


 『好かれるのは良い事だとは言うけれど、ココまで来ると病気だね。 男女共々どれだけ泣かせているんだか』


 聖女組が好き勝手な事を言ってくれる。

 ゲンコツでもくれてやろうかと思ったが、年端も行かない可愛らしい女の子に拳を振り下ろす気にもなれず。


 「うっせぇわ、そんなもんになったつもりは無い」


 『プークスクス。 北山、恥ずかしくなっちゃった? ねぇ恥ずかしくなっちゃった?』


 「カナ……だから余計な事言わない方が良いと思うの。 まぁ、今回は非常に分かるけど」


 とりあえず、聖女組にはゲンコツを振り下ろしたのであった。

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