第127話 そうだ、手紙を書こう
「悪食……その、今日は“ドラゴン肉”は……」
「うっせぇ、ドラゴン肉は貴重なんじゃい。 それ以外で旨いモノ食わせてやるって言ってんのに不満があるのか?」
「いや……今日の俺達の失態からすれば、何も言えない。 というか、作って貰えるだけでもありがたい。 すまない、我儘を言った」
「分かればよろしい」
なんて、偉そうな事を言ってはいるが。
コイツ等めっちゃ食うのだ。
こんな調子で毎度食われたら、孤児院のお土産が無くなってしまう。
解体してコンパクトになったり、余分な部分を売り払ったりできるのは良いが。
肉まで消費されてはたまったものではない。
コレは俺らとガキんちょ達の分だ。
なんて、子供みたいな言い訳を思い浮かべてみたりする訳だが。
残念そうな顔を浮かべている“森”の専門家達よ。
大いに懺悔するが良い。
旨いモノってのは、何も“ドラゴン肉”だけじゃねぇっと事を教えてやる。
「クックック、そろそろいいんじゃねぇか? いい匂いがしてきやがったぜこうちゃん」
「フハハハ! “向こう側”でも食った事はねぇけど、せっかくなら味見して見ろよ西田。 多分、相当“高級そうな”味がするんじゃねぇか? 味見は料理人の特権だ」
「それじゃ、御言葉に甘えてちょいっと一口。 ククク……」
「二人はたま~に良く分からないテンションになるよね。 まぁ良いんだけどさ」
東から呆れた視線を向けられながらも、西田が大鍋からスープを掬い、小皿にちょいっと。
いつもより深く、そして美しい色のスープをスッと口に含めば。
「うおぉぉぉぉ! マジかぁぁぁ!」
「どうだ西田!? クルか!? 悪党の幹部が啜ってそうな味がするか!?」
「すんごい良い匂いしてるねぇ、あと西君が壊れちゃった」
只今西田が啜った“ヤバイ”スープ。
何を隠そう、フカヒレスープの完成品だ。
超高級で、“向こう側”だったら俺らが絶対味わう事がなかった代物。
過去にレシピ本に調理法が書いてあり「ハッ、庶民には関係ないページだわ」なんて鼻で笑いながら、鼻息荒く一文一文熱心に読んでしまったソレ。
当然初めて作ったし、処理もプロと違って雑な仕上がりにはなってしまっただろう。
しかし、フカヒレには変わりないのだ。
高級食材を現地で手に入れて、俺達が頑張って作ったスープなのだ。
不味い訳がない。
船でも結構な量を乾かした訳だが、当然時間が足りる筈も無く。
生乾きというか、中途半端な物が大量にあった訳なのだが。
「これはもうアレだわ、乾燥とか色々手を貸してくれた魔術師さん達に最初に味わってもらう代物だわ」
「聞いたな!? フカヒレスープ作りに協力した奴等は並べぇい! 極上スープの時間だぞぉぉぉ!」
大声を上げてみれば、魔力切れでその辺にくたばっていた魔術師メンツがガバッ! と一斉に立ち上がった。
まだまだ元気がある様でよろしい。
「つってもまぁ、無くなっちゃうと困るからな。 “悪食”メンツは味見といこうぜ、ホレ」
小皿に盛られた神々しい色のスープと、柔らかい香り。
ソイツを受け取り、口に含んでみれば。
「あぁぁぁ……キマるぜぇ……」
「北君その感想はヤバイ。 でも、うん! 旨い! 凄く旨い!」
「コレは凄いですね! 今まで味わった事の無い味というか、不思議な味です。 舌先からジワリジワリと味の深みが広がっていく様です」
『西田! もう一杯! どんぶりで!』
「カナ! ダメだってば! でも、フカヒレスープなんて初めて飲みました……」
コイツはやべぇや。
悪の幹部が悪い顔しながらコイツを啜るのも納得できる。
思わず悪い笑みが零れてしまうくらいに、旨い。
流石高級珍味、お高いだけはある。
舌触りはまろやかであり、南が言う様にジワリジワリと旨味が広がっていく。
こんな小皿一杯だというのに、口の中にブワッと唾液が溢れる様な勢いだ。
高級料理なんて、結局は珍しい食材ってだけだろ?
なんて考えていた俺の常識は、見事にひっくり返った。
とはいえ今まで食っていた肉達も、“向こう側”では相当な値段が付きそうなお肉様達であった訳だが。
やはり、“高級食材”とイメージしながら食す物は一味違う。
コイツはキマるぜ。
「フカヒレスープ第二弾の製作を命じる」
「承知仕った」
「それこそ、腐る程あるしね。 ホイ、こっちの肉も焼けたよ」
「鮫肉のグラタン、もうちょっとです。 竈を作る事に協力して頂いた皆様優先で構いせんよね?」
「はーい、それ以外の方々はこっちでーす! クジラの唐揚げと、鮫肉の煮込み。 美味しいですよー!」
『向こうのメンツからも配膳係を貰おうよ、手が足りない。 というか私達の分がなくなっちゃう』
ワイワイガヤガヤしながら、俺たちは皆に飯を配った。
どれもこれも魔獣肉だが、どいつもコイツも気にしていない御様子。
良いのかねぇとか思う訳だが、旨いから良いか。
配りながらも、俺達も片手間に飯を口に運ぶ。
「あぁ……やっぱ海の幸いいなぁ。 もう少し海の依頼受けるか?」
「ソレも良いけど、帰る時もまた海渡るんだろ? ソコで確保すりゃ良いんじゃねぇか?」
「捨てがたいけども、やっぱり早く帰りたいって気持ちはあるからね。 皆どうしてるかなぁ?」
なんて事を呟きながら、俺達はひたすらに飯を拵えた。
配るのはイズリーの愉快な仲間達に任せて。
もうね、人数が多いから配るの面倒くさい。
「もしも、ですが。 私が残され、ご主人様方が遠くへ飛ばされた場合……」
「その場合?」
「病みます、毎日床の染みを数えて過ごします。 死ぬなと命令されているので自殺はしませんが」
「「「……」」」
時々怖い事言うよね、君は。
まぁね、俺らが南の保護者みたいな所あるし?
昔は不味そうなパン齧ってたのが、毎日三食と夜食付きの生活になったら懐かれるのは分かるよ。
父と娘か……いや、そこまで歳はいっていない。と思いたい。
親戚の子、みたいな?
ガリガリの子にご飯を与えた結果懐かれた、みたいな感じに近い。
だというのに、こう。
物凄いのだ、圧が。
絶対離れませんオーラが。
いや、良いんだけどね?
全然良いんだけど、怖い事言うの止めよ?
おじさん達余計に心配になっちゃうから。
とまぁ流石に南程まではいかなかったとしても、皆心配はしてくれているだろう。
傍から見たら瓦礫に埋まっただけだし、俺ら。
まぁ残るメンバーは大人が多いので、多分大丈夫だと思うが……。
とはいえ、早いとこ無事だという知らせを届けてやるべきだろう。
そして、美人支部長に言われた“ロングバード”の件。
「よし、書くか。 手紙」
「だな、心配させない内容にしようぜ」
「アレだよ! アイリさんが毎週書いていた食レポ! アレに似せれば結構皆安心するんじゃないかな!」
そんな訳で、俺たちは今までに食った物をリストアップし始める。
手紙なんてろくに書いた事が無いから、文章的にはおかしくなっていないかとか色々気になってしまうのだが。
それでも俺たちは、残して来た仲間達に向かって手紙を書き始めた。
「え~っと。 後なんだ? 何を書けば良い?」
「最初に飛び魚食ったって書いておかないと! アレも旨かったし!」
「確かに、アレはこれからも主食になりそうだから書いておかないとね。 後は……虎? アレはいっか、虎なら向こうにも居そうだし。 そんなに強く無かったから大したものじゃないんでしょ」
「だぁくそ、そうなると最初っからか。 飛び魚、鮫、鯨……そうだ! ラーメンも書こうぜ! 土産にしてやるって言えば喜ぶだろ!」
わちゃわちゃと騒ぎながら、俺たちは支部長宛に手紙を書いた。
多分支部長に送れば、関係各所には知らしてくれんだろ。
くらいの、軽い気持ちで。
「あの、悪食……飯の続きは……」
「だぁ、もうちょっと待っとけ! すぐ終わるから! その間今日狩った獲物を食える状態にしておけよ!?」
「了解した!」
そんな訳で、俺たちはひたすらに慣れない手紙作製に勤しむのであった。
――――
「“悪食”というウォーカー達は居るかのぉ?」
「はい、いらっしゃま……せ……支部長ぉぉぉ!」
今日もまたけたたましい声が上がり、思いっきりため息が漏れる。
今度はなんだ。
キリキリ痛むお腹を押さえながら、声が上がったカウンターへと向かえば。
「いや、え? は? 大変失礼いたしました!」
とりあえず大声で謝りながら、すぐさまその場に膝を付いて頭を垂れた。
目の前に立っているのはご老体。
普通の服を着て、緩い笑みを浮かべるごく普通に“見える”老人。
しかしながら、その顔には見覚えがあった。
というか、見覚えがあるどころじゃなかった。
「今日はフラッと立ち寄っただけじゃ、そう固くなられるとコッチが困ってしまうわい」
「えと、はい……それでは」
相変わらず緩い声が聞こえゆっくりと顔を上げてみれば、やはりそこには“その辺のお爺ちゃん”としか言いようのない恰好をした……その、非常に偉い方が。
「それで、“悪食”はおるかの?」
「も、申し訳ありません……彼らは今“森”に入っておりまして、数日は戻らないかと……」
「忙しく動き回っている様じゃなぁ……話に聞いた通り、勤勉に毎日働いておるのか。 休日などは設けておるのか?」
「い、いえ。 この街に来てから、ずっとあっちに行ってこっちに行って。 休みを入れろと言っても、ウチに来ないかと誘っても首を縦に振らなくてですね……」
「う~む、少しだけでも話したい所ではあったが。 残念じゃなぁ」
老人は「ふむぅ」なんて唸りながら、長い髭を撫でる。
勘弁してくれ。
ウチのギルドに入り浸っていた“異世界人”が国と関りが有る事はもちろん知っていたが、何でこの人が直々にウチに来ちゃうかな!?
警護は!? ねぇ警護とかは!?
まさかギルド周辺で待機してると思って良いんだよね!?
「であれば、出直すかのぉ……」
非常に残念そうな顔を浮かべながら、老人は背を向ける。
「あ、あのっ! 護衛は付けますか!?」
思わず声を掛けてしまった訳だが、老人ふぉっふぉっふぉと笑いながらヒラヒラと手を振った。
「こんなジジイ一人に若い衆を付けては金の無駄じゃろうに。 気にするな、ゆる~く散歩していただけじゃ」
「散歩って……」
思わず「えぇぇ……」とか言ってしまいそうになるが、そこは何とか飲み込んだ。
そして。
「“悪食”に、どんな御用だったのでしょうか?」
不敬だとは分かっているが、聞かずにはいられなかった。
その質問に対し、彼は満面の笑みで振り返り。
「なぁに、ちょっとしたお礼を渡そうかと思ったのと。 一度見てみたかったんじゃよ、“黒鎧”と呼ばれる禁忌のウォーカーを。 ソヤツ等なら……その、趣味が合うんじゃないかと思ってな」
「はい?」
「いや、こっちの話じゃ。 出来れば、彼等が帰ってきたらすぐ連絡が欲しいのぉ」
ではな、とばかりにギルドを立ち去っていくご老体。
私は唖然としたままだし、受付嬢達は固まっている。
周囲に居たウォーカー達ですら、ポカンと呆けた顔を浮かべながら彼の背中を見送ってしまった。
あぁもう、あぁもう!
本当に次から次へと!
何でアンタ達は色んなモノを引き込んでくるのよ! 悪食!
「支部長……どうします?」
ハハハ……と乾いた笑いを浮かべる受付嬢に向かって、キッと鋭い眼差しを向ける。
どうするもこうするもない。
直々の“ご命令”なのだ。
やらない選択肢などないだろう。
「悪食が帰還した事を確認したら、すぐディアバードを飛ばすわ……お城に向かってね。 後は、後は……あぁもう知らない! 私にどうしろってのよ! うがぁぁぁ!」
「支部長! 落ち付いてください!」
職員達に宥められながら、暴走する私は再び支部長室に押し込められた。
もうお酒飲んで良いですから、一旦落ち着きましょう? とか。
普通職員から言われる台詞なんだろうか?
いや、ありえないだろうに。
飲んで良いの? 本当にお酒飲んじゃうよ?
それくらいに、ここ最近のお客がヤバイのだ。
あと、どっかの誰かさん達が持って帰ってくる品物がヤバいのだ。
商人やら貴族やら、色んな所からお声が掛かって来る。
しかしながら彼らが“ソレ”を望まない為、ギルドとしては大っぴらに公表出来ない。
もはや「コイツ等です! コイツ等が狩りました!」って言ってやりたいくらいだけども。
しかもグリムガルド商会と直接契約を結んだとかで、周りの貴族や商会からのバッシングも酷い。
こっちにも寄越せと、毎日の様に山の様な手紙が来る。
「はぁぁぁぁぁ……」
手近にあったお酒の蓋を開け、グラスに注いでから一口。
仕事中なのだ、仕事中なのに職員からお酒を飲んで良い許可を頂いてしまったのだ。
なんと情けない支部長だろう。
こんなのって、良いのだろうか?
こんなギルド支部長って、居るのだろうか?
居る訳がない。
「もう嫌だぁ……クロウ、助けてぇぇ……」
びえぇぇ、と情けない声を上げながら机に突っ伏した
いや、うん、ありがたいよ?
“超”大物を狩ってくれる事で素材は売れるし、グリムガルド商会という一番大きな商会とのパイプは出来るし。
当然ウチはギルドとしての“箔”がつく。
更には、ここ最近ウォーカー達を苦しめていた難問が幾つも解決される訳だ。
コレからは死者も怪我人も減るし、仕事の回転率も上がるだろう。
でもね、急なのよ。
いっぺんに押し寄せ過ぎなのよ。
君たちはアレかい? 自分達より数倍デカい相手を数日間の内に狩らないと死ぬ呪いにでも掛かっているのかい?
そんな調子で、色々と届くんだが。
報告も、魔獣の死骸も。
解体場で見る度にビビるからね?
どうやって狩ってるのよ、あんなの。
「もう辞めるぅぅ! 支部長とか辞めるー! クロウー!」
びえー! と叫んでみるが、彼の元に向かう一番手っ取り早い手段が“悪食”についていく事なのだと予想出来て、スッと酔いが醒めた。
「うん、無理。 仕事しよ」
そんな訳で、今日もギルドは滞りなく仕事が回っていく。
不安要素の塊というか、いつ炸裂してもおかしくない脅威を腕に抱えている訳だが。
それでも、彼等はまだ数日“森”に居る筈だ。
だからこそ、その数日でどうにか胃の具合を取り戻せば……。
「支部長ー! イズリーさん達と、“悪食”の皆さまが帰還されましたぁ!」
クロウ、お願い。
そろそろ本気で私を嫁に貰って。
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