第126話 沼の大口
「いけぇぇ! いけお前等! 飯の確保だぁぁぁ!」
「「「うぉぉぉぉ!」」」
なんか、昨日と雰囲気が変わってしまった。
イズリー率いる“森”専門集団が、やけに元気だ。
進行速度もやたら早い。
「肉確保ぉぉぉ!」
「すぐに解体しろ! 南さん! お願いします!」
「えっと、はい……指導はしますが」
そんな訳で、ウチの南が大忙し。
あっちで教え、こっちで教え。
そこら中で解体作業が行われていた。
今まで援護として使われていた魔術師のほとんどが“水”要員として使われるくらいに、大忙しだ。
「あぁ~その、なんだ。 俺らは休んでて良いのか?」
「“悪食”が近づくと獲物が逃げてしまう。 とりあえず休んでいてくれ、多分調理の場で戦場になると思う」
ニッと口元を釣り上げ、グッと親指を立てるイズリー。
なんというか、コレで良いのか? って具合にはなってしまう訳だが。
皆イキイキと狩りをしている所を見ると、俺らが突っ込んで獲物を逃がしてしまうのが申し訳ない。
というか、依頼自体は達成しているのでもう帰っても良いはずなのだが。
今の所“森”メンツは帰る気配がない。
「残り一時間! その後は“竜”の解体に入るぞ! 魔術師メンツは竜を冷やす準備をしておけよ! アレは絶対に腐らせるな!」
「「「りょうかーい!」」」
なんだか、凄い事になってしまった。
確かにソレくらい旨い肉ではあったが。
それでも、だ。
君達頑張り過ぎじゃない?
そんな風に思ってしまうくらいには、ガンガン行こうぜ! が、実施されていた。
「なぁイズリー? これは流石に無理させ過ぎなんじゃ……」
なんて声を上げたその瞬間、ズゥゥンと腹に響く振動が伝わって来た。
そして周囲の森が騒がしくなり、響く叫び声。
「たいひー! 退避だバカ! 逃げろ逃げろ!」
森の奥から走り出して来た面々が、周りの奴等に声を掛けながら一直線にこちらに向かって逃げて来る。
何やらトラブルが発生したご様子。
「どうしたぁ!?」
「リーダー! 不味った! 深くまで足を踏み入れ過ぎた! とんでもないのが襲って来やがった!」
「だから何が出たと聞いているんだ!」
必死に叫びあうイズリーとクランメンバー。
しかしながら、ゆっくりとお話合いをしている時間は無さそうだ。
「来たぞ……“悪食”は戦闘準備! サボってた分を取り戻すぞ!」
「「「了解!」」」
それぞれ武器を手に、姿勢を下げたその時。
森の木々がなぎ倒され、“ソイツ”は顔を見せた。
デカい、とにかくデカい。
前に戦った“王蛇”よりも一回り以上大きいかもしれない。
その姿は。
「えーっと……ワニ?」
「背中に恐竜みたいなヒレ付いてるぞ……」
「モンスターらしいモンスターだねこれは、ちゃんと食べられるのかな?」
あらら~とばかりに声を上げてみれば、周囲はどんどんと慌ただしくなっていく。
クランメンバー達は全力でその場を離れ、リーダーのイズリーさえも悔しそうに歯噛みしながら“ソイツ”から背を向けた。
「一旦引いて態勢を立て直す! 散らばった状態で勝てる相手じゃない! オイ何やってる悪食! お前等もさっさと逃げねぇと――」
「まぁどうにかやってみるから、その間に態勢を立て直しな」
「は?」
「デカいにはデカいけど、鮫や鯨。 ましてや竜に比べれば随分と小さいしな。 しかも陸なら足場には困らねぇ」
「おい、待て。 “狩る”気なのか?」
「でも口が随分とでっかいから、正面からは無理かなぁ。 どうするリーダー」
のんびりと声を上げている間にも、相手はズンズンと迫って来る。
あぁなるほど、ワニは走ると早いってのはマジだったのか。
ジタバタ走っている様に見えて、結構速度がある。
「南、銛。 ロープ付きで二本な」
「了解です、ご主人さま」
南から二本の“鮫用”の銛を受け取ってから、腰を落として大きく振りかぶる。
「合図と同時に聖女コンビはバインド。 一旦動きを止めるから、その体勢で“出来る限り”固定しろ」
「分かりました!」
『あいあ~い』
軽い返事を頂いてから、まずは一本。
「シャァァァ!」
相手の鼻先に銛を叩き込めば、痛みに悶えるかのように喚きながら、ワニは歩を緩める。
十分に効いている様だし、銛には
しかも鮫用に作られた“武器”であると同時に、捕縛用なのだ。
抜ける筈も無ければ、ロープだって頑丈ときたもんだ。
「下顎も貰ったぁぁぁ!」
続けざまに二本目を投擲すれば、舌と口内にぶっ刺さり、更には随分と奥深くまで突き刺さったご様子。
うしっ、やるか。
「東! 片方頼んだ!」
「了解だよ!」
その声と共に、俺と東が左右に走る。
銛から伸びるロープを腕に巻き付け、ひたすら距離を取る。
そんな事をすれば当然。
「うわぁぁ、エグイ事しますね……」
『口でっか……というか、あんなに開くモノなんだ……』
思いっ切り引っ張ってやれば、その場で首を横にしながら大口を開ける間抜けなワニが誕生した。
とはいえ、コイツ……力つっよ!?
当たり前だけどさ!
「聖女コンビ!」
「『バインド!』」
ワニの体に光が纏わりつき、四肢の動きも固定していく。
あのデカブツを固定する程の威力、相変わらずとんでもない。
それなら最初から聖女様に任せてしまえば良いとか言われそうだが、生憎とカナが干渉できるのは精神と“竜”としての魔法のみとの事。
魔力タンクとしての役割は、どうしたって望一人になってしまうんだとか。
それでも“竜人”に進化して、随分と量も増えたと言っていたが。
なので、彼女一人に無理をさせる訳にもいかない。
「西田! 南! “解体”しろぉぉ!」
「「了解!」」
そして飛び込む足の軽いメンツ。
二人共、また新しく買い直したドデカイ包丁を持って。
「一気に“開き”ます! 西田様、サポートを!」
「あいあいーっと! 背中から心臓まで、一気に突き進もうぜ!」
そこからはもう、絵面的には最悪だった。
ワニの背中に降り立った二人が、噴き出す鮮血をその身に浴びながらどんどんと体内へと侵入していく。
その際当然暴れる訳だが、俺ら三人と一匹? で必死に押さえつける。
東でさえ引っ張られる程なのだ、俺では当然振り回されたりもする訳だが。
緊急時には聖女からのサポートを受けながら、何とか持ちこたえていると。
ビクリと、今まで以上にワニの体が震えあがった。
そして。
「魔石、とったどー!」
「お待たせしました皆様! お怪我は有りませんか!?」
滅茶苦茶真っ赤な二人がワニの背中から再び姿を現した。
うん、酷い。
この狩り方は非常によろしくない。
「だぁぁクソ。 俺の突撃槍が生きてりゃもう少し早く楽にしてやれたかもしれないのになぁ……」
「そればっかりは仕方ないね、鯨の時に壊れちゃったし。 そりゃもう見事にポッキリと」
「アレが折れんのかよって感じだよなぁ……まぁ言っても仕方ないか。 おーう、お疲れさーん!」
真っ赤っかになってしまった二人に手を振りながら、随分と苦戦させてくれたロープからやっと手を放した。
だぁもう、肩凝った。
グリングリンと肩を回しながら、二人を出迎えてみれば。
「ご主人様、一つ問題が」
「なんでございましょう」
真っ赤な南の顔を掌で拭ってやれば、彼女は深刻そうな顔で告げるのであった。
「マジックバッグに、この巨体を仕舞う空きがありません」
「大問題だなそりゃ」
一難去ってまた一難とは、多分こういう時に使う言葉なのだろう。
――――
イズリー達が森に入ってから数日後。
大慌てでクランメンバーの一人がギルドへと帰って来た。
その様子から見て、恐らくは緊急事態。
予想外の大物に出合ったのか、それともイズリーに何かあったのか。
思わずそんな悪い予想を浮かべてしまった。
彼は息を切らし、ぜぇぜぇと肩を揺らしながらカウンターへとへばりつき、そして。
「頼む! 台車だ、台車を貸してくれ! あ、でも森の中じゃ運べないし……デカい布とかでも良い! 何か運べるモノを貸してくれ!」
やはり、緊急事態だった様だ。
大きな布に包んで運ぶとなると、少なくとも数名……もしくは数十名の負傷者か犠牲者が出たのか。
クッと奥歯を噛みしめながら、彼の元まで歩み寄る。
「ギルドから人を出すわ。 どれくらい居るの? どれくらい保ちそう? 薬の類は何が必要?」
私が声を掛ければ、彼の表情には希望が灯った。
息を切らしながら、仲間の為にココまで休まず走って来たのだろう。
案内役としてまだ働いてもらう事にはなるが、まずは水分と少しでも休憩を――。
「どれくらい保ちそうってのは、ちょっと分からない。 今必死に凍らせてるから、まだ平気だとは思うんだが……薬は特に必要ない、もしなら氷系の魔法が使える魔導士を貸してくれると助かる!」
「うん、待って? 凍らせてるの? 凍らせちゃったら死んじゃうんじゃない? それとももう死んでるから、腐らない様にって事?」
「死んでるんだよ! だから腐らない内に早く持って帰って来たいんだ!」
「クッ、そんなに死者が出たのね……分かったわ。 皆準備して! 手の空いているウォーカーをかき集めるのよ!」
大声で指示を出せば、カウンターに座っている職員たちは皆立ち上がり、大声で周囲のウォーカーへと呼びかけ始める。
更には先程彼の言ったように“氷系魔法”が使える者の資料を漁ったり、ギルドには居なくとも休暇中のウォーカーを呼びに行く者と様々だ。
「た、助かった……コレでリーダーに怒られなくて済む……」
そう言って、その場に腰を下ろす“森”クランに所属するウォーカー。
「ということは、イズリーは無事なのね? 教えて、何があったの?」
彼の元まで歩み寄り、視線を合わせてみれば。
「でっけぇ肉が取れまして、ソレが腐る前に何か借りて来いって……悪食のマジックバッグはいっぱいだし、俺らの持っている物じゃあんなの入らないし。 もうどうしたもんかって……ハハッ、助かりました支部長」
そう言って、疲れた表情で笑う若いウォーカー。
うん、待とうか。
「死傷者は?」
「0ですね。 やべぇっすよ悪食、化け物です」
「……貴方達が運ぼうとしている物は何なのかしら?」
「“スピノクロコダイル”ですね。 しかも上位種ですよ、もうデカいのなんのって……」
ここ最近、何でこう疲れる事が多いのか。
王族に関わる“異世界人”が毎日ギルドに顔を出したり、大物商人が訳の分からん連中の保証人になるとか言い出したり。
更には“海の死神”の上位種と、“幻鯨”をぶっ殺して船で引っ張って来る馬鹿が居たり。
今度は何、スピノクロコダイルの上位種?
通称“沼の大口”なんて呼ばれる危険な魔獣であり、しかも馬鹿でかいと来た。
何、アンタらは森の何処まで侵入したの。
普段そんなのが出て来る所まで足を延ばさないでしょうに。
色々言いたい事はある、あるのだが。
まずは。
「また悪食かぁ……」
「ヤバいですね、アイツら」
「ヤバいですね、じゃないのよ! 変な報告するなバカ! あぁもう、全員に通達! 死傷者0! 緊急事態でも何でもないわ! 運搬が得意な連中を呼びつけて! とんでもなくデカい肉の塊を森の中から運び出す仕事だそうよ!」
あぁもう嫌だ。
彼が居るだけで周りから脅威が去っていくのは非常に嬉しい、ここ最近は特に異常事態って程にデカいのが発生していた訳だし。
普通ではないソレを片付けてくれれば、森も海も通常通りに戻るだろう。
それは嬉しい、が。
正直身が持たない。
でも数年とかすれば慣れるのかな? いや、絶対無理だ。
数年も胃が持たない。
よし、ロングバードで送る手紙を書き換えよう。
“アレ”をこっちにくれないかしら?
なんて言えば、きっとあの冷静沈着漢も焦る筈。
それで私に興味を引かせる作戦で行こう。
ホントに残って貰ったら、私の寿命が煙草の火より早く消えそうだが。
「はぁぁぁ……もう、ほんっとに。 無名の英雄かと思ったけど、“支部長を苦しめる”英雄、もとい達人とかじゃないでしょうね……」
彼らが来てから、もう毎日胃が痛いんだが。
そんな事を思いながらも、苦い胃薬を喉の奥へと押し込むのであった。
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