第125話 海と空のご馳走
俺は、夢でも見ているのだろうか?
その光景を見た時に、まず出て来た感想がソレだった。
普段通りの仕事、いつも通りの森。
今回は“悪食”が同行し、彼等の狩りを見せてもらうつもりでいた。
結果から言えば、圧巻だった。
森の中を自由自在に動き回り、戦うのではなく“狩る”。
それだけに注力した様な、出鱈目な連中。
ダリルから話を聞いていた通り、とんでもない連中だった。
それが十分に分かったからこそ、神経を休ませる為に早めに野営を始めたというのに。
「な、何が……」
ズゥゥゥン……と目の前に突如出現したのは、どう見ても“竜”。
何故か体の半分程を卵に埋まったままの状態ではあるが、そんなモノが急に目の前に出現した。
勝てるわけがない、こんな馬鹿でかいモノ。
そしてこの森に“竜”が現れるなんて話、聞いた事が無い。
というか、竜なんてお伽噺に出て来る様な存在だ。
現代に居る訳がない。
思わず膝は震え、ガチガチと奥歯が音を立てた。
駄目だ、俺たちはココで食われる。
そんな風に諦めたその時。
「あの、すみません。 お騒がせしております、今から“コレ”の解体をさせて頂きます。 些か巨大ではありますが、もう死んでいますのでご安心下さいませ」
ペコッと頭を下げる獣人の少女に、思わず「は?」と間抜けな声を返してしまったのであった。
――――
結局、ほとんど解体は進まなかった。
「ドラゴンなんだから、血だってかなりの価値があるんじゃねぇか!?」
そんな事を言ってしまったのが運の尽き。
血抜きさえも丁寧に行い、かなりの手間を掛けた。
とは言えどうしても巨体の為、バシャバシャと色んな所に溢してしまった訳だが。
まぁそれでも、作業が遅くなって肉が傷むより良いだろう。
結局イズリー達、“森の専門家”さん達の手も借り、繭から引っ張り出したドラゴンをひたすら解体していた訳だが。
結果、疲れた。
しかもあんまり生のまま外に出しておけない為、ある程度で終了。
もうアレだな、ギルドとかにお願いしよう。
そんでもって、切り分けた肉から凍らせてもらおう。
という訳で。
「欲張るもんじゃないな、マジで。 結果、ちゃんと解体できたのは足一本のみ! ソレでもこの量だぞお前等!」
「「うぉぉぉー!」」
目の前には、ドラゴンの前足から取れたお肉様が。
山盛りである、非常に山盛りである。
孤児院に戻った時、皆で一斉に解体して思いっきり食ってやろうと思っていたのに。
こんな遠い地に飛ばされたのが良くなかった。
デカすぎてマジックバッグ圧迫してんのよコイツ。
美人支部長が手紙を送ってくれるっていうから、一応謝っておこう。
ごめん、先食っちゃった、と。
あと感想だけは綴ってやろう。
「聞いてはいたが、本当に食べるんだな。 魔獣肉を……」
イズリーが疲れた顔で、呆れた視線を向けてくる。
「ダリルから色々聞いてんだろ? 食うか?」
「貰おう」
「だよなぁ。 ま、気が向いたら……てオイ、今なんつった?」
「ダリルは食ったんだろ? なら、俺も食う。 奴に負ける訳にはいかない」
さいですか。
もう良く分かんねぇけど、疲れたから飯作るね?
食いたければ勝手に喰って?
てな具合に俺たちは様々な調理道具を拡げ、晩飯を作り始める。
「イズリー、わりぃけどまた人を貸してくれ」
「あぁ、分かった。 どんな奴が必要だ?」
「あっさり貸してくれんのな……」
そんな具合で、俺たちは飯の準備を始めるのであった。
――――
「うんめぇぇぇ! でも、コレ……大食いの上位種はダメだなぁ……明らかに味が違う」
「凄いよ北君! 鯨の刺身凄い! こう、旨味がブワァッ! だよ! でもメガロドンは駄目!」
「その感想じゃ分かんねぇよ! 全部食うなよ!? 絶対だからな!?」
俺がジュージューと肉を焼いたり、揚げ物鍋の面倒を見る中。
二人は一番早く出来上がった鯨の刺身をつまんでいる。
クソがぁぁ! 俺も食いてぇ!
なんて事を思っていれば。
『お疲れ様。 ホラ、食べると良いよ。 むしろ北山が食べられないのは可哀そうだ、あんなに頑張ったのに』
そう言って、鯨の刺身を差し出して来るドラゴン娘。
それこそ、“あ~ん”とか口に出しながら。
あのですね、コレは良いのでしょうか。
なんて事を考えていれば。
「北山さん、コレ凄く美味しいですよ! 食べないと勿体ないです!」
ドラゴン娘だけではなく、聖女様の方も気にした様子はない。
であれば、まぁ、なんだ。
いただきますか。
という訳でパクッと口で受け取ってみれば。
「ぬあぁぁぁ! うんめぇぇぇ!」
ナニコレ、鯨のどの部位だっけ?
コリコリって具合に少し歯ごたえがあり、醤油やワサビと抜群に合う。
もしかしたら生姜とかも良いかもしれない。
シソと一緒に食っても良いか?
そんな感想が色々と広がるくらいに、味の可能性の塊。
うめぇ、滅茶苦茶うめぇ。
そしてもう一つ。
鯨肉の竜田揚げ。
確かどっかの地域じゃ普通に喰われているって話を聞いた気がする。
肉のどの部位とかまでは分からなかったので、肉厚な部分を揚げてみた訳だが。
「くははは! こっちの揚げたては俺が食ってやる! 味見は料理人の特権だからなぁ! いただきまーす!」
「あっ! こうちゃんずりぃ!」
「僕も! 僕も食べる!」
揚げたて竜田揚げに齧りついてみれば、熱々の油が口に広がり、思わず火傷するかと思った程だが。
しかし。
「おぉぉぉ……」
プリップリである。
魚と鳥の竜田揚げの違いというのも有るのだろうが、とにかくしつこくない。
口の中に鯨の旨味が広がったかと思えば、すぐさま酒が欲しくなる。
そんでもって、口の中に残る様な油っ気は少ない気がする。
揚げ物なのにさっぱり、って程ではないのかもしれないが、鳥唐よりもさっぱりしているのは確かだ。
とりあえず、旨い。
「ご主人様」
何だかムスッとした様子の南が、クワッと口を開けて隣で待機しておられる。
唐揚げ大好きな南としては気になる所なのだろう。
ちゃんとあげるから、そんなに怒らないで。
「熱いからな、気を付けろよ?」
「ふぁい」
そんなこんなやりながら南の口に竜田揚げを近づけ、「ガブッ」と声に出して指示してみれば、南は指示通りに鯨の竜田揚げに齧りつく。
そして……耳と尻尾が立った。
「美味しいです! なんというか、旨味も鳥とは違いますけど、後味が鳥よりもさっぱりしてます!」
「気に入った様で何よりだ。 もう一口、食うか?」
「はい!」
やけに気に入った様子の南は、俺の箸にある残りの鯨揚げもパクリと一口で平らげてしまった。
旨そうに食うなぁ……なんて、ほっこりした気持ちで眺めて居れば。
コトコトと揺れ始める鍋。
「おっと、そろそろか。 こっちの鮫も味見してみようぜ」
俺の隣に腰を下ろす西田が、軽い調子で鍋の蓋を開いてみれば。
ブワァァっと周囲に広がる食欲をそそる匂い。
更に真っ白い湯気の向こうから現れるのは。
「鮫肉ってあんまり食った事無いからな、試しに煮込んでみた。 醤油、みりん、酒、生姜などなど。 ま、いつものヤツから試してみようぜ」
なんて事を言いながら小皿に取り分けられる鮫肉。
もう、見た目から暴力的だ。
箸を入れる度にホロホロとほぐれていくのだ。
しかも、滅茶苦茶良い匂いがするのだ。
しかし、俺はと言えば。
「ぬあぁぁぁ! 全部食うなよ!?」
現在分厚いドラゴンステーキと鯨の竜田揚げに手が離せないのである。
「わぁってるよ、何なら俺が食わせてやろうか?」
カッカッカと笑いながら軽口を叩く西田から、小皿を奪い取った影が一つ。
そして。
「あ~ん、です。 ご主人様」
「お、おう?」
南が、非常に真剣な顔で鮫の煮物を差し出していた。
今、俺らの中で一番早い西田の不意を突いた?
マジで?
「ハッハッハ、こうちゃん。 聖女様では飽き足らず、南ちゃんまでもか。 後で体育館裏な?」
「ハハハ、北君、屋上ね?」
二人から非常に怖い笑みを向けられながら、南が差し出してくれる鮫の煮物を口に含んでみれば。
「んんっ!?」
正直、鮫ってのは色々な噂があるから様々な部位を使うのは一応警戒したんだ。
いわく、アンモニア臭いとか。
いわく、後味が悪いとか。
だというのに、コレはなんだ。
「旨いじゃねぇか! お前等この鮫うめぇぞ!」
臭み? そりゃ海の生き物だから多少は有るさ。
だがしかし、それ以上に旨味が強い。
噛みしめれば噛みしめる程広がる、しっかりとした“味”。
変に臭いとか、変にクセがあるって事は無い。
とにかくしっかりと味が染み込み、ジワリジワリと口の中に広がっていく。
大ぶりな身に齧りついて、日本酒とかでクイッと決めたくなるような、非常に“しっくり”くる味と言ったら良いのだろうか?
とにかく、うめぇ。
「ぬぁぁぁぁ! 断罪は後だ! 食うぞ東!」
「そうだね西君! 僕らも食べないと! 南ちゃんが必死に北君に餌付けしてるから無くなっちゃう!」
という訳で、飯の強奪戦が開始された。
訳なのだが。
「悪食……我々の分は……」
「すまん、忘れてた。 一旦全部皿に盛るぞお前ら、お客様にも食わせてやんねぇと」
警戒しつつ涎を垂らすイズリー率いる“森”の連中が、ジッとコチラを覗き込んでいた。
いいさ、食い物はいっぱいあるんだ。
皆で食おうじゃないか。
そんな訳で目の前のステーキをひっくり返してから。
「マジでうめぇからな? 鮫に鯨。 そんでもってホラ、こっちも出来たぞ。 正真正銘、“ドラゴンステーキ”。 お試し品だ」
鉄板に幾つも並んだ分厚い肉を、次々と彼らの前に並べていく。
分厚いお肉様は、マジかってくらいにプリップリに焼き上がった。
牛の魔獣の時もかなり旨かったが、こちらは何というか見た目が違う。
表面を少し焦がすくらいに焼いた訳だが、ナイフを入れてみれば中からは肉汁が溢れ出すと同時に美しい赤身が見える。
ソノ瞬間、鉄板に零れた肉汁から湯気が上がり、周囲にはドラゴン肉の香りが広がっていく。
濃厚でありながら、牛や豚とも違う香り。
しつこく無く、それでも食欲を全力で煽り立てて来る様な匂い。
思わず、ゴクリと唾を飲み込んでしまう様な“凝縮”された肉の香り。
その香りと、一緒に焼いたニンニクスライスと黒コショウの香りが混ざり合い……匂いだけでご飯が欲しくなる程だ。
「切った感じは牛よりも少し固め……か? いや、つっても十分に柔らかいんだが。 しかし、匂いだけでヤバイな。 これ絶対旨いぞ」
カナが言っていた様に、無駄な脂身というか贅肉はほとんど付いていない。
しかしながら。
「ぶつ切りにした時も思ったけど、すげぇバランスで脂身があるな。 太ってるって言うより、バランスよく脂身が乗ってるっつうか」
「見た目だけなら肉の刺身とかにしても美味しそうな見栄えだったからね……ソレを、豪快にステーキにした訳だから……」
西田と東の2人も、俺が切り分けたステーキをガン見。
その上から、焦がしニンニクの醤油ソースをジュワァァ! と音を立てながらかけてみる。
あぁ、もう駄目だ。
コイツはダメだ。
人をダメする匂いがそこら中に広がっている。
『北山、焼けた? 焼けたよね? 食べて良い?』
「うん、その、なんだ。 お前が最初に食べろ」
『やったね! 望、一番美味しそうな所食べてやろうよ!』
「あぁ~えっと、そうだね?」
若干気まずそうな顔をする聖女様が、一切れドラゴン肉を箸で摘まんだ瞬間。
俺達は一斉に手を合わせた。
「「「いただきますっ!」」」
「ひぇっ!?」
『望! 急いで! 全部食べられちゃう!』
そんなこんな叫びながら、俺たちは一斉にドラゴン肉に飛びついた。
コレ以上待っていられるか。
もう香りが暴力的なのだ。
味がどうなのか、気になるじゃないか。
「てめぇコラ! それは俺の肉だ!」
「悪食ばかり食べているのはズルいだろう!? コレは俺が貰う!」
「リーダー! こっちにも! こっちにも少しは!」
「少し待て! 止まらねぇんだよ!」
「悪食! 頼む! もう少し解体しよう!? な!? 絶対コレ足りないって!」
様々な怒号が飛び交う中、俺たちは肉を奪い合った。
あぁ駄目だ、コレは止まらん。
そんな中、皿と箸を持ちながらプルプルする聖女様の姿が視界の端に映る。
「な、無くなっちゃった……」
『まだ一切れしか食べてない……おかわり……』
やけに切なそうな彼女を他所目に、南は自分の分を確保して集団の端でガジガジ。
ホント、逞しくなったもんだ。
「今から、第二弾を焼く……ただし全員手伝えよ!? 料理もそうだが、明日も解体だからな!」
「「「うぉぉぉぉ!」」」
そんな訳で、俺達は再び調理を始めるのであった。
ドラゴンだけでもご馳走なのに、更には鯨と鮫肉。
もうね、大満足だわ。
「ふははは! うめぇぇぇ! 米の追加も炊くぞぉぉ!」
『北山! おかわり! おかわりを要求する! 私の体なのに、一切れしか食べられなかった!』
自らの肉を要求する角っ子は、随分と不満げな顔で頬いっぱいに飯を頬張るのであった。
米、合うなぁ……ドラゴン肉。
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