第124話 竜、再び


 “森”専門家のイズリー。

 彼の依頼は、非常に分かりやすいモノだった。

 数日間、俺らの“狩り”を見せて欲しいというもの。


 「あぁぁ……やっぱ落ち着くわ」


 「ソレは鎧に対して? それとも森に対して?」


 「ま、どっちもだよねぇ絶対。 帰って来たぁって感じがする」


 俺達は再び“黒鎧”を着こみ、森の中へと足を踏み入れる。

 なんか美人支部長から「アンタ達が居た国に手紙を送るから、伝える事があるなら書いておきなさい」とか言われたが。

 まぁこの仕事が終わった後でも間に合うって言ってたし、なんとかなるだろう。

 とまぁ、ここまでは良いのだが。


 「リーダー! なんであんな訳の分からない奴等なんかっ!」


 「そうですよ! 見るからに警戒心も何もあったもんじゃない! どうみてもド素人じゃないですか!」


 「しかもあんな鎧を着て目立とうとしている上に、昨日まで“海”に行ってたヤツらなんでしょう!? 絶対邪魔になるだけですって!」


 些か歓迎されていない雰囲気が凄い。

 俺達の後ろにはイズリーが連れて来た“森”の専門家たち。

 そんでもって、先頭に立つイズリーに皆して食って掛かっていた。


 「……黙れ」


 そんな彼らに対して、スキンヘッドの厳つい顔は一言で黙らせる。

 おぉ~格好良い。

 マジでリーダーって感じ。

 俺達と話している時とは違い、随分とキリッとした表情で仲間達を睨むイズリー。

 その装備は使い込んだ全身鎧に獣の毛皮。

 そして背中には大斧を担いでいるという蛮族ハンタースタイル。

 いいね、今まで見て来た誰よりも“ハンター”だ。

 だというのに、俺達とは正反対の彼。

 俺達がバリバリムシャムシャ飯を喰らうとすれば、彼はあの巨体で丁寧に箸を運ぶ。

 前回一緒に食事をした時には、それこそ音がしないんじゃないかってくらいに丁寧に。

 結構内と外がはっきりと分かれている人物なのだろうか?

 なんて事を思いながら眺めて居れば。


 「おいっ! アンタら!」


 一人の少年が、肩で風切りながらこっちに向かって歩いて来た。

 そんでもって俺のプレートを殴り、そして。


 「足手まといになる様なら置いていくからな? どういうつもりでリーダーに近づいたのかは知らないが、森は楽じゃねぇぞ!? アンタらみたいな素人なんか、一日経たずに根を上げるに決まってる!」


 「止めろと言っている!」


 「っ!」


 イズリーから怒られてしまった少年は、何か言いたげにコチラを睨んでから渋々ながら去っていこうとする。

 その肩を、思わず掴んでしまった。


 「わりいな、少年。 部外者が関わりゃピリピリすんのも分かるが……ちょっとばかし我慢してくれ。 足引っ張らねぇ様に頑張るからよ」


 「わ、わかりゃぁ良いんだよ!」


 そう言って仲間達の元へと走り去っていく少年の背中を見つめながら、ふぅ……とため息を溢す。


 「アイツ等と同じくらいか?」


 「ノインくらいには見えるわな」


 「逞しいねぇ。 しっかりと“プロ”としての自覚を持ってる」


 三人して微笑ましいとばかりに視線を送っていれば。


 「ク、クククッ。 素人、素人と来ましたか。 随分言ってくれますね……どれだけ“違う”か、見せてやらないといけませんね……」


 やたらと黒い笑みを浮かべるのが一人。

 ソレに対して、もう一度違う意味のため息を溢してから。


 「南、あの子の言っていた事は間違ってねぇ。 あんまりカッカすんな」


 「しかしっ!」


 「俺達は“この森”での素人だ。 何か違うか? 違わねぇだろ。 あんまり調子に乗るな、足元掬われるぞ。 俺らの過ごした森は、そんなに“楽”だったか?」


 感情ばかりを前面に押し出し、視界が狭くなれば狩られる。

 ソレが俺達の生きて来た森だ。

 そういう意味でも、一度冷静になってもらわないと困る訳だが。


 「すみませんご主人様……煽られて腹が立ちました」


 シュンッと耳を畳む南の頭に、ポスンッと掌を置いた。


 「いいさ、腹を立てたって。 だがいつも以上に警戒しろ、俺たちは素人だ。 何が出て来るか分からねぇ以上、普段よりも周囲を見ろ。 ココで情けない姿を見せれば、それこそ格好悪いぞ?」


 「はい!」


 ピコンッ! と耳を立てる南に頷いてから、再び正面の森を睨む。

 あぁくそ、今まで以上に鬱蒼としている上に湿気が多い。

 だというのに。


 「こうちゃん、兜に隠れてても分かるからな? あんまりニヤニヤすんなよ? 獣が逃げるぜ?」


 「なんか、最初の頃みたいだねぇ。 ワクワクするよ」


 なんて台詞を吐きながら、二人が俺の隣に並んだ。

 そして、俺達の後ろの南が。

 更には。


 「ジトジトしますねぇ……皆さん鎧で暑く無いですか?」


 『森、森だよ森。 北山、美味しいの期待してるからね?』


 そんなセリフを吐く聖女様が南の隣に並ぶ。

 さぁて、始めようか。

 久しぶりに、“慣れた”仕事だ。


 「っしゃぁぁ! 今回の仕事は熊3匹! 逃げられる前に狩るぞ!」


 「おっけぇぇい! って、えぇぇ!? 3匹!? 30の間違いだろ!?」


 「とりあえず僕達の実力が見たいって意味で受けた依頼らしいから、それ以上に狩っても問題ないって言ってたよ?」


 「舐められたモノですね、たった3匹とは」


 「あの、それって街に着く前に狩った分でも十分足りませんか?」


 『足りないよ望。 肉は食べちゃったからね』


 という訳で、久しぶりに地上でのお仕事が開始された。

 しばらく海の上で働いていたから、制限も多かった。

 だというのに、この安心感よ。

 どこまで走ろうと地上があり、好き勝手に動き回れる。

 更には、いつもの“黒鎧”が身に纏える。


 「うおっしゃぁぁぁ! 行くぞお前等! 晩飯の確保だ! しばらくは野営らしいからな、食いたきゃしっかり見つけろよぉ!?」


 「「「了解!」」」


 そんな訳で、俺たちは森の中へと走り出した。

 一刻も早く、獲物を見つける為に。

 そんでもって、逃げられる前に“狩る”為にも。


 「悪食! ま、待て! そんなに無警戒に突っ込んではいけない! 小さくても危険な魔獣が――」


 「まずは一つ! こうちゃん蛇ゲット! どうするコイツ!?」


 「“王蛇”とは違うかもしれん! 一旦確保!」


 「お、兎がいっぱい居る。 南ちゃーん、追い込むからお願いしても良い?」


 「了解です、東様。 全て食用にしましょう」


 「ヒィィ! 蜘蛛、蜘蛛です! しかも滅茶苦茶デッカい!」


 『あぁ~……北山、ゴメン。 お願いしても良い? 望はコレ駄目っぽい』


 「しゃぁぁ!」


 『うい、どーも』


 様々な声を上げながら、俺達の狩りは進んでいく。

 いいね、非常に良い。

 見た事も無い相手に、“旨そう”なヤツラ。

 見る度見る度、興味が尽きない。


 「こんなの……異常だろ……」


 最初に食って掛かって来た少年は、非常に苦い顔をしながらそんな言葉を洩らすのであった。


 ――――


 とりあえず狩りまくった。

 目に見えた全ての魔獣を。

 「魔獣なんぞ狩らなくてどうする?」

 支部長の言葉を信じて、問題にならないと信じて。

 とはいえ、昔に比べればやっぱり少ない訳だが。


 「しゃぁぁぁ!」


 「三時方向! 見逃すなよ! アイツ等多分逃げるぞ!」


 「お任せを! 逃がしません!」


 「南ちゃんこっちに連れて来て! 一気に片付ける! 北君一緒にお願い!」


 『ブレス? ブレスいく?』


 「カナ、絶対やめた方が良いと思う……“バインド”! 三匹捕まえましたー!」


 そんな訳で、狩りを進めていく訳だが。

 後ろからの視線がやや痛い。

 とはいえ久々に獲物が多いのだ、今狩らねば逃してしまう。

 だからこそ、このタイミングで食材確保しなければ。


 「……とか何とか、テンション上がってた時は良かったんだけどな」


 はぁぁ、とため息を溢しながら蛇を捌く。

 現在、夜……には少し早い時間。

 やはり他のウォーカーと組むと、休憩というか、野営準備が早くなるのは覚悟していたが。

 こんな時間から移動を止めてしまうとは。

 なんて思いながらも、とりあえずコッチの魔獣を食ってみようと色々作る予定。

 なのだが。


 「随分と距離取られてんなぁ……俺ら」


 西田が呆れた様に言葉を洩らすのも分かる。

 水辺の近くにテントを張ったまでは良かったのだが、俺らの周りには誰も寄って来ない。

 まぁうん、そんな気はして居たさ。

 昼間暴れ回った上に、普通喰わない魔獣肉食おうとしてる訳だからな。


 「まぁあんまり気にしても仕方ないよ。 取りあえず今日の獲物の味見と、後はどうする? 今までの食材使うしかなさそうだけど……」


 東の言う通り、今日の獲物はそこまで多くない。

 海と違って、やはり逃げる個体が非常に多い。

 一匹に対してあまり深追いしすぎても仲間と逸れるし、ある程度は諦めるしかないと思ってはいたのだが。

 まさかココまで“狩れ”ないとは……。


 「もう仕方ねぇだろ、捌いたの全部食うって訳にもいかねぇし。 解体してもらった鯨と鮫食ってみるか。 解凍には時間かかりそうだが……誰か魔術師貸してもらうか」


 「「うぉっしゃぁぁ!」」


 馬鹿二人がサムズアップして喜ぶ中、もう一人が静かに手を上げるのであった。


 『北山、ドラゴンはいつ食べるんだい?』


 「……」


 手を上げたのは間違いなくカナ。

 今の喋り方、間違いなく望の方じゃねぇ。

 だとするとコイツ、自分で言っている事が分かっているのだろうか。


 「あのな? あれ一応お前の体だぞ、分かってんのか? 俺達だって、それこそ最初に手を付けたかった代物だが、色々気を使って後回しにしてだな?」


 『共食いとか普通だったし、気にしないよ?』


 「いや、ソコは気にしような?」


 『ドラゴンっていうのは元々“羽トカゲ”っていう小物の魔獣でね? 戦争によって大量に死者が出て、その遺体をひたすらに食べて進化した個体なんだよ。 食欲旺盛であり、雑食。 そして暴食。 食べれば食べる程大きくなり、やがて進化する。 バカみたいに長い戦争とか無ければ“竜”なんて生まれなかっただろうね』


 「おい、神の使いって話はどこへ行った」


 『勝手に教会の人間が言っているだけだからねぇ、神様なんて会った事も無いよ』


 なはは~って具合に軽い感じで笑いながら、カナは肩をすくめて首を横に振ってみせた。

 良いのか、ソレで。

 お前は本当にソレで良いのか、竜よ。

 とかなんとか呆れたため息を溢してみるが、竜娘はもはや食う気満々なご様子。


 『私はあんまり太ってなかったから、脂身は少ないと思うんだ。 だから串焼きとか、赤身のステーキとか良いと思うんだよ!』


 「あぁ~もう聞きたくねぇ。 分かった、分かったから急接近してくんな。 後で喚いても知らねぇからな?」


 鬱陶しい竜娘を押しのけてから、南に視界を向ける。


 「良いのでしょうか……しかもこんな所で」


 「人の目はあるが……まぁ仕方ない。 こう開けた場所じゃねぇと、ろくに解体なんぞ出来ねぇだろ」


 幸い今の川辺には鬱陶しい木々は少ない。

 だからこそ、野営地に選んだって事も有る訳だが。


 「とりあえず、人の居ない方向にな? あんな馬鹿デカイの出して、潰される奴が居たら困る」


 「……了解です。 でも、解体が今日だけで終わりますかね?」


 「終わると良いなぁ……」


 終わらなかったら、最悪解体途中でマジックバッグに放り込めば良いさ。

 そんな会話をしながら、南はマジックバッグから“ソレ”を取り出した。

 ズゥゥンと重い音を上げながら、大地に転がる“竜”。

 未だ体が繭に埋まっている様な状態ではあるが。


 「うし、お前等。 飯の前にもう一仕事だ! 途中途中でツマミは作ってやっから、気合い入れて解体しろよぉ!?」


 「「ドラゴンステーキじゃぁぁ!」」


 『ドラゴンステーキ! ドラゴンステーキ!』


 「カナ……私はもう良く分からないよ」


 「えと、周りの方々に事情説明してきますね?」


 ザワザワと周りが騒がしくなり、南がイズリー達の元へと走る。

 うん、普通に言ってから出せばよかったね。

 すまねぇ、と心の中で謝りながら俺たちはそれぞれ解体道具を構えた。


 「さて、いくぞ! ……と言いたい所だが、ドラゴンってどっから解体すりゃ良いんだろうな?」


 「トカゲとか蛇とかと一緒か? つってもなぁ……サイズが」


 「北君の槍がぶっ刺さったところから拡げてみる? ヒビ入ってるし。 ちょっと待ってねぇ、ホイ!」


 『おぉ、額が割れた』


 「わぁ……」


 各々声を上げながら、硬い甲殻を東が引っぺがし、その間に俺と西田で喉元から腹を裂いてみる。

 外側は非常に硬い、刃が駄目になっちまいそうなほどだ。


 「ご主人様! ダメです! そんな刃物の入れ方では刃も肉も駄目になってしまいます! 甲殻と皮をしっかりと剥いでから、筋肉に沿って刃を入れてください! コレだけ大きいのですから、もっと慎重に解体しないと!」


 戻って来た南に、早速怒られてしまうのであった。

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