第123話 海の食堂
「ウォーカーの北山さんはいらっしゃいますか?」
「悪食は、帰って来てないだろうか?」
なんだかもういつもの光景になってしまい、溜息しか漏れない。
困った様に笑う受付嬢に、ニコニコ笑う高そうな服を身に纏う男性。
それから、ウチの“森”担当のバカ。
「貴方達……今日も来たの?」
受付嬢の後ろから声をかけてみれば、受付嬢は困り顔で振り返り、目の前の男二人はやっと来たかとばかりに視線を向けて来る。
「あのね、毎度言っているけど、船を出せばそれなりに掛かるモノなの。 そうすぐすぐ帰って来ないのが普通なのよ。 特にイズリー、アンタならわかるでしょ。 ダリルが毎日ココに顔を出さないんだから、もう少し相手の立場に立って――」
「支部長ー、前回の件悪食に伝えておきましたよ? 随分と早く戻って来てたんで、声掛けておきました。 今日には顔を見せるそうです」
タイミングの悪い事に、そのダリルがギルドの扉を開いてからそんな言葉残し、「これから仕事なんで~」とか言って引っ込んでいった。
お前さ、マジでタイミング考えろよ。
「……と言う訳で、今日は待っていれば来るそうです」
はぁぁ……と溜息を吐きながら二人に向きあってみれば。
「ソレは良かった、息子を救って頂いたお礼を是非伝えたかったので」
「やっと話が出来る……」
二人は対照的な反応を見せながら、喜びを噛みしめているご様子だった。
なんだろう、アイツ等は魔獣どころか人でさえ厄介事を呼び込むのか?
“森”専門家のクラン、そのリーダーであるイズリー。
そして……。
「“異世界人”である貴方が、“悪食”にお礼……ですか」
「えぇ、今でこそ“こちら側”で仕事も安定しましたが、最初はどうなることかと。 しかも、息子は一緒に召喚されませんでしたからね」
「それが、最初悪食が連れていた男の子ですか……」
「王様も是非お礼を言いたいと言っていましたよ? なんでも息子が別の地に召喚されたのは、召喚儀式に手違いというか……“失敗”があったからこそ、そうなってしまったのだとか」
「勘弁してください……」
はぁぁぁ、と深いため息をつく中。
ギルドの扉は開かれる。
その先から姿を現すのは、真っ黒い装備に身を包んだ彼等。
「お邪魔しまーすっと。 あ、丁度支部長居るじゃん。 やりぃ」
「そういやコッチの食堂飯食ってなかったな、今日ココで食ってく?」
「角煮は焦っても出来ないからねぇ、それも良いかも」
「その前にまずは宿です。 中庭が借りられる所を選びましょう」
「くたびれましたぁ……」
『カジキマグロの角煮を早く作ろう、ね? そうしよう?』
色々な言葉を洩らしながら、大きな“問題児”達がこちらに向かって歩み寄って来る。
あぁぁ、もう!
後はお前等だけで話し合ってくれ!
なんて事を思いながらも、もう一度ため息を溢すのであった。
――――
「すんませーん、ビール追加で。 あとタコの唐揚げ2人前」
「フライ盛り合わせと、塩ラーメン追加で。 コレのダシ何で取ってんだ? ちょっとクセがあるんだが……」
「僕はお刺身定食おかわりおねがいしまーす、あとイカ焼きそばも。 前とちょっと違う味わいだね、なんだろう? 鮮度の違い?」
「白身魚の竜田揚げおかわりで、あと鳥は……あ、はい。 今日はもう無いのですね、であれば本日のおススメとご飯大盛りでお願いします」
「みんないっぱい食べますねぇ……」
『これくらい食べないと、普通に痩せちゃうんじゃない? ガリガリになる可能性があるよ? 動く量が半端じゃないし、魔法を使い続けている望も例外じゃないからね?』
「……おかわり、お願いします」
そんな訳で、俺達の前には様々な料理が並ぶ。
旨い、旨いぞコイツら。
今食っているのは“普通肉”な訳だが、十分に旨い。
“魔獣肉”は質が良いって感じはするが、些か料理人が他に居ない。
だからこそ、どうしても俺ら好みの味付けになってしまう。
という訳で。
「あぁ……うめぇ、こっちのフライにはカレー粉が混ぜてあんのか? パンチが効いてて酒に合う」
「こうちゃんコレ、コレ飲んでみろよ。 ラーメンなんだけど、すっげぇ色薄いのにめっちゃジワァって来る。 もうスープしか残ってねぇけど、スマン。 あとそっちのもくれ」
「こっちも良いよ、刺身各種と酒盗。 すんごい、進む。 あ、西君僕にもフライ頂戴」
「イクラ、凄いですね。 新食感な上にプチプチして美味しいです。 ご飯が進みます」
「なんか、凄く食べている気がするのにまだまだ食べられるのはなんで?」
『種族の変化と、運動量のせいだろうねぇ。 しっかり食べないと無駄に痩せるし、“垂れるか縮む”かもしれないよ?』
「!? もっと食べてもっと動きます!」
『じゃぁ次はこっち食べようか、美味しそう』
各々呟きながら、様々なメニューを注文してゆく。
コレだよコレ。
自分達で作るのも良いが、「おぉっ!?」って思えるような新しい味付けとか料理に出合える幸せ。
カレー粉も売っている訳だし、そろそろカレーを食いたい気はするが……。
生憎と色々磨り潰して大元から作る本格的なカレーの知識なんぞない。
カレー粉って溶かせばルーみたいになるのか? なんてやってみた結果。
見事に失敗した。
別に最高に旨いカレーを食いたいと言っている訳じゃない。
だというのに、普通の家庭にありそうなカレーがどうしても出来ないのだ。
あぁくそ、どっかにカレールー売ってないかな。
なんて事を思いながら、ひたすらに箸を進めていれば。
「あの、そろそろ良いかしら? 食事が終わる気配が見えないから、このまま進めてしまっても」
美人支部長さんが、頬をピクピクさせながら向かいの席から声をかけて来る。
完全に忘れていた。
俺らに客が来たって事でテーブルに着いた筈だったのだが、今ではギルドの食堂メニュー制覇に夢中になっていた。
「あぁ、すまねぇ。 それで話ってのは?」
ガブリッと魚のフライに噛みついてから答えてみれば、対面席からはやや引きつった笑みが返って来る
一人は最初にギルドに来た時にあった人。
スキンヘッドで、厳つい顔。
前のギルドにもこんな人居たなぁなんて思ってしまう程、まさに“ウォーカー”。
全身を鎧で固め、その上から毛皮なんかを巻いている。
そしてもう一人は随分とお高そうな服に身を包む男性。
こっちは貴族か何かだろうか?
随分とウォーカーギルドと場違い感が凄い。
なんて事を思いながら、白身魚のフライの残りをモグモグする。
旨い。
しかも掛かっているソースが今まで居た街とはちょっと味が違う。
コレも買って帰ろう。
「えぇっと……貴方が北山さん、でよろしいのでしょうか?」
「え? あ、はい。 北山ですが何か」
何や何やと手を上げてみれば、彼は机から身を乗り出して俺の手をガシッと掴み取った。
「お礼が遅れて申し訳ありません! 私の息子を救って頂いた事、心より感謝いたします!」
「えぇっと、はい? あぁ~もしかして、勇吾君のパパさん? そういや前にチラッと見た気がしなくもない。 様な気がする……様な?」
どうやらこの人もまた、俺らと同じ“異世界人”だったらしい。
――――
彼から散々お礼の言葉を頂き、そんでもって王様が会いたいとか何とか言っているらしい。
それはもう丁重にお断りさせて頂いた。
王族に関わるとろくな事がない。
俺らの生きて来た人生経験で言えば、その結論以外にどんな答えが出る事だろう。
姫様だけは随分と協力してくれたし、今でも彼女から貸してもらっているマジックバッグは重宝しているが。
そういう意味で俺達が信用しているのはあの国の“姫様”であって、王族ではないのだ。
あくまで個人、全体ではない。
「アンタは……“こっち側”でも幸せにやってんのか?」
「はい? えぇそりゃもう。 しっかりとお仕事も頂いてますし、成果も国に反映して頂いております。 しかもお給料も前よりもずっと良い上に……何より、家族と一緒に居られる時間が増えました。 全員一緒に“こちら側”に来られた事も幸せですが、息子が無事私達の元に戻って来た事……本当に感謝しております」
なんて事を言いながら、彼は再び俺達に向かって頭を下げる。
何というか、懐かしいと感じてしまう。
“こちら側”に随分馴染んだ俺達では、こうも簡単に頭を下げるという感覚は失ったも同然。
というか、普段獣ばかり相手にしているので頭を下げる相手が居ないってのも有るが。
それでも、ペコペコする機会は随分と減った気がする。
今では、前の国の支部長に対してだって顔を見合わせたまま怒鳴り合う仲になってしまった程だ。
「良かったな、“この国”で」
「……皆さまは、辛い思いをされたのでしょうか?」
少しだけ眉を顰めて、心配そうな眼差しを向けて来る彼に対して、ハッと笑い声を返してやる。
「大した事じゃないさ。 ちょっとばかし生き方を変えるイベントがあっただけで、今じゃこうして楽しくやってるからな」
それこそ、言いたい事はたくさんある。
俺らの時はこうだった、あっちにもこっちにも苦労した。
そんな事を言い始めれば、話は尽きないだろう。
だがしかし、そんな愚痴を溢した所で何も変わらない。
俺達は今、楽しくやっているのだから。
それに、愚痴ばかり溢すってのは性に合わない。
何となく恰好悪い気がして、思いっきり笑ってやった。
「だから変わらねぇよ、アンタと。 心配事が無いなら良かった」
「えぇ、本当に。 “異世界人”を保護するという大前提があるからこそ、こうして生きて居られるのでしょうが。 それでも私達の技術や知識を喜んでもらえるのは嬉しいモノです」
「保護、か。 ありがたいね、なら安心だ」
多分、こうやってこの世界は新しい技術を発展させていったのだろう。
勿論“こちら側”でも技術の発展はしているだろうし、進化もしている事だろう。
しかし異世界の技術や知識となれば、ソレは方向性が違う。
そう言ったモノを求めて、この世界は“異世界人”を呼び続ける。
国によっては丁寧に扱い、本人達を満足させながら“活用”し、保護という言葉の元利益を上げる。
こう言ってしまえば言い方は悪いが、本人達が満足してしっかりと“仕事”をこなせる環境が有るのであれば、随分と良い人生なのだろう。
目の前の、彼の様に。
俺達の様な、“ハズレ”とは違う。
異世界に来たからと言って絶望する事も無く、しっかりと“生きていける”環境が整えられているのであれば。
人生にとっての特大イベント、くらいに考えても良いのかも知れない。
「ま、礼は受け取ったよ。 これからも家族皆で仲良くな。 王様に会うのは御免だが」
「ハハッ、王様も無理にとは言っていませんでしたから。 そう伝えておきます」
そんな会話をしながら、酒を飲みかわしていれば。
「そろそろ……俺も良いだろうか?」
今まで静かにしていた山賊スキンヘッドさんが、ソッと手を上げて来た。
何かこの人、見た目は威圧感凄いしインパクトも凄いのだが、妙に小さく見えるのだ。
物理的には大きいし、雰囲気から強そうではあるのに。
なんだろう、どこか自信なさげというか。
ずっと肩身を縮めて、小さくなっている印象を受ける。
「あぁ、お待たせしました。 俺は北山だ、よろしくな」
「お、俺はイズリー。 一応このギルドで、“森専門”としてクランを立ち上げて……その、リーダーをやっている」
「イズリーさんね、了解。 今後ともよろしく」
スッと右手を差し出せば、彼はビクッ! と震えた後に恐る恐る手を握り返して来る。
何か、怖がられてる?
まぁ魔獣肉食っている上に、角っ子を連れて。
更にはいつも真っ黒装備の連中を前にすれば、警戒くらいはするのかもしれない。
コレばかりは仕方ないか、なんて諦めて乾いた笑いを洩らしていれば。
「ふ、不快にさせたのならすまない。 俺は、慣れていない人と話すのが苦手なんだ……」
「あ、そっち? いや全然問題ねぇよ、不快に思ったりしてねぇから安心してくれ。 それで、話ってのはなんだ?」
とりあえずよろしくって事で酒の入ったグラスを合わせ、二人してグイッと喉の奥に流しこんだ。
はてさて、漁師からの仕事は大体こなしたし。
今度はどんなのお仕事が頂けるのやら。
もう、今から楽しみで仕方ない。
そんな事を思いながら、ニカッと正面のスキンヘッドさんに笑みを浮かべる
「仕事の話だろ? ゆっくり聞こうじゃないの」
と言う事で、俺達はもう一杯お酒の注文を入れるのであった。
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