第122話 尖ったソイツは、煮込むと旨い
「“悪食”は今日も海なのかしら?」
彼等が大物を討伐してきてから、しばらく時間が経った。
ダリルから紹介された海の仕事を続けているらしいが、今では彼等指名の新しい依頼が入って来ている程。
漁師の漢達が「おう、今日は悪食のあんちゃん達は居るかい?」なんて気軽にギルドにやって来る程だ。
馴染んでる……何か非常に馴染んでる彼等。
最近は立て続けに仕事に入っている様子で、あまり報告にも来ない。
「そうですね。 何か今日からしばらく海に出続けるらしく、数日は戻らないって聞いてますよ」
もう慣れた、と言わんばかりの様子でダリルが肩をすくめている。
こちらとしてはため息が零れるが。
「あ、そう。 陸でも海でも良いんだけど、会ったら伝えておいてくれる? 解体が終わって、素材の売りも済んだから回収に来いって。 あと、そろそろ“ロングバード”が飛ぶ時期だから、前の国に連絡したいなら早めに声をかけなさいって」
国々を渡るロングバード。
ソレに手紙を持たせ、国同士の連絡を担ってもらっている渡り鳥な訳だが。
「へぇ? 珍しいですね、ひとつのクランに手紙を送る許可を出すなんて。 “アレ”の競争率、結構高いんじゃないんですか?」
そう、全く持ってその通りだ。
彼等の帰りを待つ人間が居るのなら、自分達の無事を知らせたい所だろう……なんて、慈悲の心で提案している訳ではない。
「あんなのが他国に急に飛んできちゃったのよ? もしも国お抱えのクランだとしてみなさいよ。 何の連絡も無くこっちで活動してるなんて情報が洩れたら……何を言われるか分かったもんじゃないわ」
「あぁ~なるほど。 確かに、その可能性も捨てきれない程のステータスしてますからね」
あはは……と、乾いた笑いを溢すダリルではあったが、考えれば考える程納得してしまうのか、徐々に顔が引きつって来た。
分かれば宜しい、それくらいにヤバイモノを抱え込んでいるのだ。
我が国、とまでは言いたくないが、間違いなくギルドは。
これで本当に彼等が国のトップが抱えているウォーカーだったりしてみろ。
勝手に私達が使っている事が知られれば、国によっては戦争になりかねないのだ。
だからこそ、前もって布石を置いておく。
「彼等がこっちに転移して来たみたいですけど、お金が溜まったらちゃんと帰るみたいです」と前もって宣言しておかなければ。
それくらいはしておかないと、不安で仕方ないのだ。
更に言えば、彼が居た国のギルド支部長は。
「あの人なら、多分上手い事やってくれるわ。 苦労を掛けちゃう事にはなるかもしれないけど、それでも……多分何とかしてくれる」
「あぁ、支部長の想い人さんの所ですか。 だとしたら、そこだけは運が良かったですね」
「ほんと、どんな運命の悪戯よって話よね……頼んだわよ、クロウ」
クロウ・ヴァーブルグ。
彼らが今まで生活していた街に居るギルド支部長。
厳しい事も言うし、険しい表情で人を睨む人物。
でも、仕事は正確なのだ。
そして何より、誰よりも男らしいと感じられたあの人なら。
きっと悪いようにはしないだろう。
何だかんだ状況を察して、最善の一手を打ってくれる事を信じて、私は手紙を書き始める。
やぁやぁ久しぶりだね。
私の事は覚えているのだろう? まさか覚えて居るよね?
「支部長って、なんで惚れた相手にはそういう口調になっちゃうんですか?」
「うっさい馬鹿! 覗くな!」
「おぉーコワ。 仕事行って来まーす」
「早く行け! 無事に帰って来なさいよ!」
「あいあーい、了解ですっと」
軽い調子で手を振るダリルに靴を投げつけながら、ため息を溢して再び手紙と向きあうのであった。
――――
マグロ漁船。
それは一度乗れば年単位で帰って来られない乗り物……だと思っていたのだが。
こっちでは違うらしい。
何たって、帆を張って皆でオールで漕ぐ。
そんな訳で思ったよりも早い早い。
更に言えば、沖に出る程強い魔獣が集まっている。
と言う事は当然。
「結構近場でマグロが取れんのか……まぁ、沖にデカいのがいっぱい居たらビビッて逃げるわな」
「懐かしいなぁ……魔獣マグロなら前にも食ったけど。 アイツなんで森の中に居た訳? 泉だと思ってたけど、底がどっかの海にでも繋がってたのか?」
「まぁ考えても分からない事は放っておこうよ、取りあえず漕いで早く目的地に付かないと」
「待て待て悪食! 早い、早いって言ってるだろ! 風に乗るんじゃなくて風になってる! 特に一番後ろのでっかいの! どんだけ力があるんだよ! こんなに早く進んじゃ帆が……あぁもう畳め畳め! マストが折れちまう!」
一番デッカイオールを借りて、よっこいせよっこいせと漕いでいる訳だが。
東が漕ぐ度に目に見えて船が加速する。
いやぁいいね。
これなら予定よりも早く陸に戻れそうだし、もしなら狩りの時間が増えそうだ。
「全速前進ー! またマグロを喰うぞー!」
「「おー!」」
「だからもっと緩めろっていってんだろうがぁぁぁ!」
今回の船長さんは、よく叫ぶ。
そんでもって周りの船乗りさんは良くサボる。
結構な人数が、船にしがみ付いたまま動かない程だ。
まぁいいさ、その分俺達が頑張って漕げば良い。
ダリルの船はかなりデカかったが、今回はまさに魚漁船。
なので、俺達の頑張りでグングン速度が上がっていく訳だが。
「ヒール、ヒール、ヒール。 うん、落ち着いた」
『また船酔い? 望は船が苦手だねぇ』
「普通の船はココまで斜めになったり、加速と減速を繰り返しませんからね……すみません望さん、私にもヒールを……」
女性陣二人はなんだか青い顔をしながら、俺達の近くに正座してブツブツと呟いている。
こりゃもうちょっと急いで、ゆっくり休ませてやった方が良いか?
「二人が調子悪そうだ、現地に急いでゆっくり休ませるぞ!」
「「おっしゃぁぁ!」」
「ご主人様方!? 違います! 違いますからどうか!」
「もうこの揺れ嫌だぁぁ!」
『あははは! 小舟もこの速度で進むと楽しいモンだね!』
更に気合いを入れて、俺たちはオールを漕ぎ続けるのであった。
ちなみに、現地に着くまでに数本のオールが犠牲になってしまった。
――――
「コレを引けば良いんですよね?」
網を持った東が、ザバァッと一人でマグロの詰まった網を引き上げる。
その中に、居るわ居るわ。
大量の魚達が。
そんでもって俺の方はと言えば。
「こっちはロープなのか」
「おう、マグロを獲る手段ってのは色々でな。 向こうとは別だ」
「まぁいいさ。 引けば良いんだな?」
「まぁそうなんだが……本当に一人で平気か? 普通なら何人も使って、道具も使うんだが――」
「よっと! ホッ! おぉ、すげぇ! いっぱい釣れてる!」
「……おう、そのまま頑張ってくれ」
そんな訳で俺と東、そして漁師のおっちゃん達がマグロとオマケの魚介類を引き上げていく。
西田は前回同様漁師の護衛。
南と聖女様は、船の開いているスペースで飯を作っている。
腹が減ったら喰いに来いってくらいの勢いで、おむすびや味噌汁、焼き魚にその他諸々。
しかも二人の握るおむすびは非常に小さいのだ。
なので、仕事の間にヒョイッて感じに食える。
と言う事で、結構な人気が出ているご様子。
「てめぇら! 今日は稼げるぞ! 体力が続く限り釣り続けろ!」
「「「おぉぉぉ!」」」
漁師諸君も気合十分なご様子で、ガンガンマグロを引き上げる。
いいねいいね、マジで仕事してるって感じだ。
なんて、久しぶりに“普通の仕事”に夢中になっていた時。
「こうちゃん! 何か来るぞ! “槍”が見えた!」
西田からそんな報告が上がる。
ほう、“槍”とな。
思わず振り返ってしまう程の興味深い単語を聞いて、俺は海を睨んだ。
そこには、何やら大きめな影が泳いでいる……様に見える。
鮫やら鯨やらの様に大きい訳ではないので、見逃してしまいそうだが……随分とすばしっこい。
「悪食は戦闘態勢! わりぃ、こっち任せるぜ」
そう言って近くの漁師達に仕事を引き継げば、どいつもこいつも良い笑顔でグッと親指を立てながら仕事を変わってくれた。
「何だと思う?」
東も他に仕事を任せて来たのか、俺の隣に並んでジッと海を眺める。
そんな俺達に、武装を配る女性陣メンツ。
「とにかく何が来ても良い様に構えて居ましょう。 今まで以上に“守る”対象が多い仕事ですから。 しかも、私達の移動出来る範囲が少ない」
「またでっかいのとか来ないと良いなぁ……」
『デカい方が食べ応えがあるよ?』
各々言葉を洩らしながら、ある一点を見つめる。
その方角に、相手が居る。
なんて、確信が持てる程感じるのだ。
“敵意”を。
「海で“槍”っていやぁ、アレな気がするが。 魔獣じゃ分からんからな、全員警戒しろよ?」
「なぁこうちゃん、“アレ”だったらさ、また“アレ”頼んでも良いか?」
「昔食べた“アレ”、美味しかったよねぇ……僕もそれを是非」
西田と東が、ワクワクした様子でこちらに寄って来る。
あぁもう、目の前に獲物が居るんだから警戒しろってのに。
「アレ、とは?」
「結構予想付いてる感じですか?」
『旨いの? “アレ”って言うのは旨いの?』
女子メンツも集まって来てしまった。
ダメだ、もはや緊張感も何もあったもんじゃない。
はぁぁ、と溜息をついてから再び正面を睨む。
「アレがもしも“カジキマグロ”だったら、作ってやるよ! カジキマグロの角煮! だから気合い入れろ! 飛び掛かって来ても被害を出すなよ!? 船に穴開けられてもこっちには致命傷だぞ! 気合入れろ!」
「「うぉっしゃぁぁぁぁ!」」
「角煮……角煮ですか!? 魚で角煮を作るのですか!?」
「あぁ~聞いた事はありますけど、食べた事は無いですねぇ」
『食べるよ、望。 絶対食べるよ! なんか良く分からないけど美味しそうな雰囲気が伝わってくる!』
緊張感があるんだか無いんだか、悪食メンツはそれぞれ武器を構えた。
そして。
「うっしゃぁぁぁぁ! カジキマグロ1!」
「任せて! “逸らす”から西君追撃よろしく!」
「絶対に船から落としません! 食べます!」
「ヒィィー! あんなにおっきいんですかカジキって!」
『ご飯が飛んできたよ! 望、まずはバフ!』
こんな雰囲気にも随分慣れてしまった自分が居る。
まぁ、俺達らしいっちゃ俺達らしいんだが。
もう一度ため息を吐いてから俺も腰を低く落とし、片方の槍を投擲した。
「こりゃ、“入った”な」
「僕が逸らす! 皆刺さらない様に気を付けて! もう“死んでる”から、西君と南ちゃんは回収よろしく!」
「了解です東様!」
「ぜってぇ逃がさねぇ! 海に潜ってでも回収してやる!」
そんな訳で、飛んでくるデカいカジキマグロ。
その死骸。
鼻先には随分と立派な“槍”を生やし、額には俺が投げた“槍”がぶっ刺さっている。
二本槍になってしまったカジキマグロを東が大盾で弾き、吹っ飛んだソイツを西田と南が両手に持った短剣でブッ刺し、甲板で止める……はずだった。
勢いが良かったのか、足場が濡れていた為か、物凄いスピードで甲板を滑っていく二人。
「おいおいおい! 大丈夫か!? 何とかして止めろ――」
「“プロテクション”!」
聖女が声を上げれば見えない壁が発生し、船乗り達の元へ滑っていく二人と一匹は、ゴツッと良い音をして急停止したのであった。
そりゃもう、とても良い音を上げながら。
「お、おぉ~い、大丈夫か?」
思わず声をかけてみれば、二人は頭を押さえながらプルプルと震えていた。
「と、とったど~……いってぇぇ……」
「ゴッ! って来ました……うぅぅ」
とりあえず、お疲れさん。
二人の頭に手を置いてから、聖女に視線を向ける。
「えっと、ごめんなさい。 船員に被害が出るかと思って……」
シュンッと俯く聖女様の頭もポンポンしてから、声を掛けてやる。
「いや、良くやった。 あのまま突っ込んでたら大惨事だ。 二人の治療、頼めるか?」
「は、はいっ!」
そんな訳で、俺達の“仕事”と“狩り”は順調に進んでいくのであった。
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