第121話 イカ祭り


 「クハハハハ! 大漁大漁!」


 「いいねいいねいいね! 掬えば掬う程網が満杯だよ!」


 海に向かって大量の餌を巻く俺と、ひたすらに網を掬う東。

 その中に詰まっているのは、大量の海の幸。と魔獣。

 なんでもコイツら海の幸は、陸の奴等よりも普通のと魔獣が共存……とまではいかないが、わりと一緒に泳いでいるらしい。

 余りにもデカいのとか狂暴なのは無理だろうが、網の中にはごちゃ混ぜ状態の海産物。

 もうパッと見だと魔獣かどうか、俺らには判別出来ないモノも多い程だ。

 ちなみに、その選別作業も漁師の仕事の一つではあるらしい。

 そして何より、デカイ魔獣が沖で幅を利かせている為、普通の海産物も結構近くで色々獲れるのだとか。


 「ひぃぃ! うねうねしてます!」


 「ホラ早く! 次が来ますよ!」


 俺達の後ろでは東が掬った海の幸を回収してトドメを刺し、マジックバッグに放り込むという作業をしている女性陣二人。

 更には。


 「西田ぁぁ! そっちは平気かぁぁ!?」


 「よっと、前より全然数が少ねぇな。 こっちは余裕だぜこうちゃん! 漁師のおっちゃん達も順調に“普通肉”確保中だ! めっちゃうまそう!」


 たまに飛んでくる飛び魚なんかの護衛を西田に任せ、俺らは海の生き物のヘイトをひたすらかき集めていた。

 こちらに呼び寄せられなかった分だけを西田が対処している訳だが、以前とは違い随分と暇そう。

 度々漁師の皆さまと会話する声が聞こえてくる。


 「だははは! こんだけ派手な事をするウォーカーは久しぶりだ! 頼むぜぇ悪食! 今日は大量も大量! 魚もイカもタコもびっくりするくらいにいっぱいだ! ご馳走してやるから頑張ってくれよぉ!?」


 「っしゃぁぁ! お前等聞いたな!? 今日は軟体生物食い放題だ! ついでに魚も大量に持って帰るぞ!」


 「「うぉっしゃぁぁぁ!」」


 「望さん! 手が止まっています! 早く処理しないと海産物の山が出来ますよ!?」


 「動かしてますよ! 動かしてますけど山が出来るんですよ! イカって何処を刺せば良いんですか!?」


 「あぁもう、ココです! ココにナイフを刺しこんでください! 漁師の皆様に教わったでしょう!?」


 「カナァ! 変わってぇぇ! というか手伝ってぇぇぇ!」


 『がんば! 無理! ウネウネしてる!』


 何だか背面から不安になる声が聞こえてくるが、魔獣の海産達が集まって来る為手を止める訳にもいかない。

 撒き餌として使っているのは陸の生き物の食い残り。

 骨にちょっと肉がくっ付いていたりとかその程度な訳だが、食いつく食いつく。

 ピラニアか貴様らって程に、ガンガン寄って来る。

 と言う事でスマン、頑張ってくれ聖女。

 なんて事を思っていると。


 「よっと、何だかんだ飛び魚もそれなりに来るもんだな」


 「どこにでもいるって話だったからね、美味しいから別にいいけど。 そいっと!」


 二人して飛び掛かって来た飛び魚を叩き落してから、再び作業に戻ろうとしたその時。


 「あん?」


 「急に止んだね、飛び魚」


 しかも、餌を巻いても小物が集まって来ない。

 あぁ、こりゃ。

 またなんか来たな。


 「全員警戒! 大物が来たぞ! 漁師のおっちゃん達は船の中に戻ってくれ!」


 「多分最近噂になってる“暴食イカ”だ! 頼んだぞ悪食!」


 そんな台詞を吐きながら依頼人たちが船内に入った瞬間、船を取り囲むようにイカの足が伸びて来た。

 随分とデカい。

 それこそ、船その物を一匹で掴み取っちまうくらいに。


 「一人ノルマ二本! 全部ぶったぎれぇぇぇ!」


 「「「了解っ!」」」」


 「あ、あの! 私は!?」


 「そこで待っとけ! 戦闘は俺達に任せろ! その後仕事を頼む!」


 「りょ、了解です!」


 聖女様の声を合図に、俺たちは南から武器を受け取って振り回した。

 西田は最初から護衛に付いていたので武器を持っていた訳だが、俺と東は受け取ったエモノで船の周りに伸びる“足”を切断する。

 俺は槍で薙ぎ、東はピッケルで引きちぎる。

 ついでに南も長包丁を取り出し、一歩遅れて二本の足を切断した。

 西田は言うまでも無し、誰よりも早くノルマをこなしていた。

 振り返る頃には、切断されてもウネウネ動く足を回収しているくらいには余裕だったらしい。

 という訳で、八本とも甲板の上に転がっている訳だが。

 ピリピリと感じる敵意は収まらない。


 「本体が来るぞ! 全員警戒!」


 叫んだ瞬間、ソイツは海面から姿を現した。

 巨大なイカ。

 ダイオウイカとか、そういう類なのだろうか。

 にょきっと海面から顔を出し、こちらを睨んでいる。


 『覚えた? こうして、こうね?』


 「でも、大丈夫かな?」


 何やら背面から声が聞こえるが、今は無視しよう。

 すぐ目の前に迫った巨大イカの対処が先だ。


 「っしゃぁ! 行くぞ!」


 「“プロテクション”!」


 「はい?」


 いざ、決戦! とばかりに踏み込もうとしたその瞬間。

 聖女様の魔法が炸裂した。

 見た所どこぞのドラゴンに無駄な知恵を吹き込まれたらしい。

 上下から“プロテクション”の壁が二枚迫り、思いっきりプレス機に掛けられている状態のイカが爆誕する。

 待て待て待て。

 ダメだって、ソレ問答無用でイカせんべいになっちゃうから。

 しかも文字通りの100%イカせんべい。

 生臭いだけだって。

 あと絵面が酷い、グロ映画みたいになってるぞ。

 やられてるのは人間では無くイカだが。


 「カナァァァァ! てめぇまた余計な事吹き込みやがったな!?」


 『な、なにを言っているのかな? 私は迅速に仕事を終わらせようと……あ、ホラ。 死んだみたいだよ? もっと平たくするかい? あんまりウネウネしていても気持ち悪いし……』


 「お前見た目で軟体生物嫌ってるだろ!? 絶対そうだろ!? こんなぺっちゃんこにして、どう食えって言うんだよ馬鹿! 聖女様! ねぇ聖女様!? 回復魔法で戻せませんかねぇ!?」


 「いやぁ……流石に無理です、ごめんなさい」


 『望もこう言っている事だし、今回の獲物は諦めて……ね? もっと美味しそうなの狩ろうよ、ね?』


 「カナ、座れ。 正座」


 『……はい』


 「ほらぁ……やっぱり怒られるじゃん……」


 初めて見たダイオウイカは、ものの数秒でせんべいになってしまった。

 こんなのって無いや。

 アレじゃ触感も何もあったもんじゃない。

 そして、見た目からして食欲がわかない。

 残ったのは、未だうねうね動くダイオウイカの足先のみ。

 あぁもう、コイツで我慢するしかないか。

 旨いのかは知らんけども。

 なんて事を思いながら、勝手な行動をするドラゴンに説教をかますのであった。


 ――――


 『美味しいじゃないか、イカ』


 「だから言ったろ、見てくれで嫌うなって」


 朝っぱらから夜まで働いた俺達は、現在陸に戻って来ていた。

 そんでもって、それぞれの手には漁師のおっちゃん達から貰ったイカ焼きが一本ずつ。

 うんまい。

 新鮮なイカを鉄板で豪快に焼き、醤油やみりん、酢に生姜。

 そんでもっておっちゃん達の拘りらしく、普通よりも豪快に酒をぶっかけたイカ焼き。

 祭りにでも行ったかのような気分だ、すっげぇ久しぶりに食った気がする。


 「まだまだあるからな! ドンドン食え! 酒も有るから付き合え悪食!」


 がははっ! と豪快に笑う海の漢達に囲まれながら、次から次へと運ばれてくる料理を端から味わう。

 いやぁ……海最高。


 「ホレ、こっちに混じってた魔獣も分けて置いたぞ。 ……ダリルの奴から聞いてはいたけど、本気でソレ食うのか?」


 若干引いた様子のおっちゃんの一人が、漁の際に混じりこんだ小物魔獣をまとめて渡してくれた。

 おぉ~小物だとマジで見分けづらいな。

 顎が尖ったシシャモとか、それくらいの見た目。

 それでも変わらず心臓には魔石がある訳だから、そのまま焼いて齧る訳にはいかないのだが。


 「俺らにとってはコイツらも立派なご馳走なんでね」


 「変わってんなぁ、お前等……」


 呆れ顔を浮かべながら、そのおっちゃんも宴会に参加。

 ガヤガヤと騒がしくなり、周りからも仕事を終えた漁師たちが集まって来る。

 いいねぇ、この適当っぷり。

 誰しも魚だの酒だの、はたまた麺なんかを持ち寄ってドンドン人が増えていく。


 「イカ焼きそば出来たぞぉ! 食うヤツ居るかぁ!?」


 「「「焼きそば!」」」


 俺達は次々と出来上がる海鮮料理を堪能していく。

 ついでに酒も頂きながら、明日の仕事の話なんぞをしていると。


 『北山、北山』


 「ん? どした」


 ちょいちょいと服を引っ張るカナの姿が。


 『デカい方のイカ、食べてみない? 足はちゃんと残ってるし』


 「お前……ハマってんじゃねぇかよ」


 今更巨大イカをプチッとしてしまった事を後悔し始めた様子のドラゴンさんが、ゲソ焼きを希望なされている。

 ま、良いんだけどさ。


 「んじゃ作ってみるか。 南、鉄板準備」


 「了解です」


 「お、こうちゃん巨大ゲソいく?」


 「ダイオウイカを食べたって話は聞かないからねぇ、どんな感じだろう」


 悪食メンツが集まってくれば、周りの漁師メンツもぞろぞろと集まって来る。

 一応興味はあるらしい。

 が、食うヤツは今の所居なそうだけど。


 「ま、試しにな。 旨いかどうかはしらん」


 そんな訳で、ダイオウイカの足を一本バッグから取り出す。

 ぶった切ってすぐバッグに放り込んだからか、未だグネグネと動いている。


 「なぁっ!? おいこりゃ“暴食イカ”か!?」


 「だははっ! 凄かったんだぜ? この化け物を小物みてぇにプチッとやっちまったんだからな!」


 やいのやいのと騒ぎ始める漁師たちを横目に、デカいイカの足を洗っていく。

 ヌメってるとくっせぇからな、しっかり洗わんと。

 その後塩を揉みこんでから適当にぶった切り、鉄板にドーン。

 見た目は凄い、結構なサイズの鉄板なのに随分と窮屈そうだ。

 ソイツを豪快に焼きながら調味料を振りかけていく。

 醤油やら何やら結構な量を使っているので、焼くというよりも煮るに近い。

 そんでもって、しっかり蒸してやらないと中まで火が通らなそうだ。

 という訳で、これまたデカい鉄板用の蓋を閉める。

 こういうモノも全部作ってくれたタールにマジで感謝。


 「結構良い匂いしてきたけど、そろそろかな?」


 「試しに齧ってみるか」


 「俺足の先っぽ喰いたい!」


 各々声を上げながら蓋を開けてみれば、ブワッと調味料とイカの良い香りが広がる。

 そして目の前が真っ白になる程の湯気。

 その向こうから現れるのは、超巨大なゲソ焼き。

 もう旨い、この時点で旨い。

 あとインパクトが凄い。


 『こ、コレは凄いね……』


 「おっきいねぇ……」


 聖女組がゴクリと唾を飲み込みながら鉄板を覗き込む。

 そして、周りの漁師たちも興味深そうに見つめている。

 という訳で、いざ実食。


 「「「いただきますっ!」」」


 そこから更にぶつ切りにしたイカを、俺たちは頬張った……のだが。


 「か、硬いです……」


 「か、噛み切れない……」


 『……ありゃ? 思ってたのと違う』


 口の中からは、ゴリッゴリッ! とでも言いそうな随分硬い感触が。

 何だろう、普通のイカを何倍にも固くした感じ。

 ギュッと身がしまっているどころか、締まり過ぎている。

 そういう意味で、めっさ固い。

 まぁぶつ切りにした時から固いなとは思っていたが、まさかここまでとは。

 周りからは「魔獣なんか食うから……」とか、「やっぱりそんなもんかぁ」みたいな感想が漏れている訳だが。


 「でもコレ、味はうめぇな。 かってぇけど」


 「だな、凝縮してるって感じ。 身も凝縮し過ぎて固てぇけど」


 「薄切りとかにすれば普通に食べられそうじゃない? すんごい薄くてもかなりの触感になりそうだけど」


 味は普通に良いのだ。

 固いけど。

 ゴリゴリバリバリ食べている訳だけど、味はしっかりと旨味を含んでいる。

 という訳で口に放り込んだ分を何とか噛み砕き、残るイカゲソをスライスしていく。

 これくらいの厚さならどうよ? とばかりに西田と東に差し出してみれば。

 二人共ゲソスライスを口に放り込み、グッ! と親指を立てる。

 そんな訳で俺も一つ。

 コリコリ、というよりかはもうちょっと硬い感じだが、十分食える。

 この薄さなら噛み切れないって事は無いし、旨味は普通のイカよりずっと深い。

 イカそうめんとかにしたら、触感と旨味が倍増したツマミになりそうだ。

 なんて事を考えながらイカスライスを大量生産していると。


 「や、やっと食べ切りました!」


 「んー! んふ、ふーふ!」


 ちょっと顎の疲れた様子の南と、未だガリガリゴリゴリしている聖女もイカスライスに寄って来た。


 『……ふぅ、食べた』


 「カナ……気合い入れすぎ……顎痛いよ」


 色々と言い合いながらも、今度は落ち着いた様子で皆揃ってスライスを齧る。

 今度のはお気に召したらしく、二人共パクパクと良い調子で食べ始めた。


 『身の方は……どうにかならないかな』


 「ありゃ無理だろ……ぺっちゃんこだからな。 魔石だけ取り出して、後は撒き餌に使う」


 『ぐぬぬぬ……』


 「わかったなら次はただぶっ殺すんじゃなくて、ちゃんと“狩ろう”な?」


 『はい……』


 しょぼくれるドラゴン娘の頭に手を置いて、ダイオウイカをつまみに酒を呷る。

 あぁ、コイツは良い。

 思わず飲み過ぎてしまいそうな程、酒に合う。

 イカスライスにしてから、更に焼いてコゲを付けても旨そうだ。

 ちょっとやってみるか。

 なんて事を色々と試していると。


 「う、旨そうに食うなぁ……」


 「でもアレ、魔獣なんだよな……」


 この日の漁師たちは、涎を垂らしながらも理性が勝利したらしい。

 いいさ、無理矢理食わせるつもりはない。

 喰いたくなった時に、分けてやれば良い。

 という訳で。


 「うっま」


 とりあえず今日は、旨いツマミを俺達だけで平らげるのであった。


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