第120話 働く獣


 何だかんだ朝からガッツリと食った俺達は、その後リードに連れられて武器屋に足を運んでいた。

 ちなみに本日は仕事を休みにして、明日からダリルの紹介で民間漁船の護衛の仕事をする事になった。

 いやぁ良いね、非常に順調だ。

 先日の依頼達成報酬と、まだ終わっていない魔獣の解体後の料金も後日懐に入って来る。

 そんな訳で、本日もまた金無し侍になるかと思ったのだが。


 「“虎”の毛皮の買い取り料金、渡しておくわね」


 魔獣肉の件から多少フランクに接してくれる様になった支部長から、金の入った麻袋を渡されたのだ。

 やはり状態が良い毛皮には値が付くのか、それとも“虎”が髙かったのかは知らないが。

 わりと良い金額になって懐を温めくれた。

 という訳で、今日も今日とてお買い物。


 「もう少し頑丈な槍はないか? 鮫を引き上げた時に結構折れちまったんだよな、コレ」


 「鮫を……引き上げる、ですか。 分かりました、少し上の者と相談していくつか商品をご紹介させて頂きます」


 「長包丁って、ココに有るのが全部ですかね? そもそも武器じゃねぇってのは分かってるんですけど……」


 「そう言う事なら、こちらで専門店をご紹介いたします。 紹介状をお渡しいたしますので、ソレを提示して頂ければ多少の割引も可能かと思いますので」


 「このピッケルなんですけど、もう少し大きいモノってあります? あと盾ももっと大きい方が良いんですけど」


 「こ、これ以上大きいモノとなると中々……」


 一人につき一人店員さんが付いてくれる様な状態、前にもお世話になったリードのお店にてお買い物を繰り広げていた。

 主に武器の補充と、まだ使えそうなモノの修復。

 質が良いのは分かるんだけども……些か“悪食シリーズ”に比べると頼りないのだ。

 森と海じゃ使う武器も変わる、相手も変わって消耗具合も変わる。

 ソレは分かっているつもりなのだが、久々に武器を大量に消耗してしまってちょっと懐が心配。

 足りない分はツケにしてくれるとは言っていたが、コレ以上借金を増やしたくはない。

 出来れば虎の売り上げでどうにか抑えたい所なんだが……。


 「ご主人様、お待たせしました」


 「どうですか? 前よりも動きやすくなりました」


 『相変わらず黒いけどねぇ』


 そんな事を言いながら、新衣装の2人が帰ってくる。

 とは言え、ガラリと変わったのかって言われればそう言う訳でもない。

 体のサイズにピッタリ合う専用装備を作ってもらったらしいので、以前よりスッキリした様な見た目。

 そんでもって所々に皮やら何やらで、守りをより固めたって感じか?

 更にはより見た目のバランスと、色合いが良くなった雰囲気。


 「いいんじゃねぇか? 前よりもスッキリしてるし、似合ってるぞ」


 と、答えては見るものの。

 俺たちはこんな物注文していない。

 海に出る前に採寸されたのは確かだが、まさか専用装備なんぞが出てくるなんて考えても居なかった。

 不味いな、コレすげぇ高そう……。

 なんて事を思っていれば。


 「今度こそ、“お礼”として受け取ってくださいね? どうせ武装の代金は返すと仰るのでしょう? ですからこちらは私からのプレゼントだと思ってくださいませ」


 太っちょ商人リードが、ニコニコと微笑みを浮かべながら俺達の元へと歩み寄って来た。

 とはいえ、なぁ。


 「いくら何でも貰い過ぎだろ。 礼だというなら、最初兵士達との間を取り持ってくれただけでも十分だ」


 「何を仰いますか、あの程度では感謝の一欠片も伝えられませんよ。 商人にとって一番大切な商品は“命”です。 ソレを守ってくれた貴方方に、何もお礼をしないなど商人の名折れ。 それに、こちらにだって利益は出る形にしっかりと考えておりますので」


 「というと?」


 「“大食い”の上位種と、“幻鯨”を討伐したウォーカーがウチの特注品で身を固めているとなれば……後はお分かりでしょう?」


 「宣伝マスコットか」


 何だかんだ言っても、やはり商人だったらしい。

 しかし俺らの見た目で元が取れるのかと聞かれれば、正直怪しい所な気がするんだが。


 「それから、ですね。 私としてはあと二つ程お願いがございまして……まず一つ。 この街にいる間、貴方方の狩った魔獣の素材を我々と直接契約という形で卸して頂けないかと。 勿論適正価格で買い取らせて頂きますし、値切ったりも致しません。 一度ギルドを通す形を取りますので、悪食の皆さんに御手間を取らせる事も一切ないとお約束致しましょう」


 「え~と……そりゃ何のメリットがあるんだ? 結局ギルドから買うんだよな?」


 「大有りですとも! 貴重な魔獣素材や魔石、そう言ったモノはオークションに賭けられます。 なので手に入れるのも時間が掛かり、値も跳ね上がるのです! だからこそ商人としては、直接契約をした上でそれなりの価格で購入したい。 コレが正直な所です」


 「詰まる話、俺らにも早く金が入ってくるが、ビックリするほどの金額が入って来る事はねぇよって事か?」


 「悪い言い方をしてしまえばそうなのですが……もちろん肩透かしをする様な金額では買い取りません! 今回の獲物などは、かなりの金額になると思ってください! 確かにオークションに出せば更なる金額が――」


 「乗った」


 「望めるかもしれませんがって、えぇ。 決断早いですね」


 俺達が今求めているのは、早い換金と確かな売り先だ。

 そこまで長い事この街に居るつもりがない以上、獲って来た獲物はさっさと金にしたい。

 だからこそ、リードの提案は非常にありがたいものだった。

 なるほど、魔獣の素材を売りに出した際随分と換金まで掛かる事があるとは思ったが。

 オークション形式だったのか。

 それならば、納得。

 しかしながら、魔石はコチラで握りつぶしてしまう可能性も有るのでリードにはちょっと残念な想いをさせるかもしれないが。


 「で、では直接契約を結んで下さるという事でよろしいのですね?」


 「おうよ。 そんで、もう一個は?」


 ソノ瞬間、彼の雰囲気が変わった気がした。


 「貴方方の居た街に手紙を送って、“魔獣肉”の安全性を証明してもらった後、魔獣肉の食事処を出そうかと思いましてね? 情報提供、魔獣肉の食べ方、そしてレシピなども教えて頂ければと……もちろん利益から数パーセントという形で、お代はお支払いします。 足りなければ、もう少し上乗せいたします。 この先ずっと、お店がある限り。 お支払いいたしますとも」


 「……乗った」


 「では、これからも皆様に活躍していただく為、こちらの装備を受け取って頂けますよね?」


 そんな事を言いながら、彼は俺、西田、東の分の装備を並べ始めた。

 なんか、随分と上手く乗せられた気がするが……まぁ良い。

 俺達は長く滞在する訳でも無く、この地で何かしらデカい事をするつもりもないのだから。

 そんな訳で彼から渡される装備を受け取って、俺ら全員袖を通す。

 あぁクソ、今まで以上に動きやすそうじゃねぇか。

 バサッと随分と厚手な皮コートの裾をなびかせながら、ビシッと彼に向かって人指し指を立てた。


 「しっかりと金は払えよ? こっちも、ちゃんと返すからな」


 「えぇ、是非ともお待ちしております」


 そんな訳で、前以上に動きやすそうな“海の装備”を手に入れてしまったのであった。


 ――――


 「おう、アンタらが“悪食”か。 聞いた通り、その……なんだ。 真っ黒だな」


 「よろしく頼む。 覚えやすくて良いだろ?」


 「ハッ! 確かにな」


 漁師のおっちゃんは、呆れた様に砕けた笑みを浮かべていた。

 専用装備を手に入れた翌日、俺達は港へとやって来た。

 ダリルの紹介で色々と届いた指名依頼。

 ソイツを片っ端からこなそうって腹づもりだが……やけに人が集まって来て居る。


 「おう悪食! 明日は俺の所だからな? 忘れんなよ!?」


 「その次は俺の所だ! 俺の仕事は日帰りじゃ済まねぇから覚悟しておけよ!」


 なんて、様々な声が上がる。

 マジでザ・漁師って感じ。

 細かい事は気にしない海の漢達が集まって、やいのやいのと声を上げている。


 「わかってらぁ! ちゃんと護衛してやっから大人しく待っとけ!」


 「頼んだぜぇ! 悪食の兄ちゃん達!」


 「カカッ! デカブツを狩った奴等は気合いが違うな! 楽しみにしとくぜ!」


 そんな事を言いながら、彼等は笑顔で去っていく。

 全く、フレンドリーなのは良いが今は依頼人との会話中。

 少しくらい空気を呼んでくれても良いと思うのだが。

 とかなんとか考えながらため息を溢していれば、目の前の依頼人はニッと口元を釣り上げていた。


 「期待してんぞ? “悪食”」


 「おうよ、任せとけ」


 さて、今日もお仕事開始だ。

 今日の獲物は軟体生物。

 彼らが普通肉……もとい、普通海産物を確保している時の護衛と。

 最近では“デカい獲物”が邪魔をして来るらしい。

 可能であれば、“ソレ”の撃退。

 討伐が望ましいが、無理そうなら撃退で構わないとの事。

 そして報酬も出れば、取れた海産物を分けてもらえる約束も取り付けている。

 そんでもって。


 「約束通り、“狩った”獲物は全部こっちで貰うぞ?」


 「おう。 むしろ狩ってくれるなら万々歳よ」


 と言う事で、俺たちは依頼人の船に乗りこんだ。

 ダリルの船よりずっと小さい、といっても漁船としちゃ普通なのだろうが。

 まだまだ日が昇るよりも早い時間。

 そんな中、俺たちは真っ暗な海に向かって出発した。

 零れそうになる涎を拭いながら。


 「軟体生物だよ……タコか? イカか? どっちでも良い。 今日は良い物が食えるぞお前等」


 「俺はイカ焼きが良いなぁ……姿焼きも良いけど、ゲソが食いてぇ」


 「タコだって捨てがたいよ、今から楽しみで仕方ないね」


 とかなんとか言葉を交わしながら、甲板の端へと足をかけていれば。


 「スー……スー……」


 「……くぁ」


 『娘っ子達は眠そうだね』


 「……カナ、頼んで良いか?」


 『了解。 望が寝たら“変われば”良いし、南も見ておくよ』


 少女二人を竜に任せ、俺たちは暗い海を睨むのであった。

 魚も良いが、タコやイカは別物だ。

 イカ焼き、たこ焼き。

 ゲソの炭火焼に揚げ物。

 刺身に酢漬け、なんでも来いだ。

 コレで楽しみにならなかったら、多分魚介類が嫌いな人間だろう。

 それくらいに、楽しみだ。


 「おっしゃぁぁ! 喰うぞ! じゃなかった、獲るぞお前等!」


 「「うぉぉぉぉ!」」


 海のお仕事二件目、開始である。


 ――――


 「彼等、また海に出たみたいね」


 「えぇ、まぁ。 俺の紹介で、海の連中は皆アイツらの取り合いですよ。 何たって“大食い”の上位種と、“幻鯨”を討伐する程ですからね」


 どこか誇らしそうに報告するダリルに、フゥと小さなため息を溢す。

 実力は確か、期待以上の戦果を残して来る実績もある。

 だというのに、なんでこうも不安になるのか。

 彼らがどうにかなってしまうとかではなく、今度は何を持ってくるのかという意味で。

 あぁもう、胃が痛い。

 鮫と鯨だけでも、とんでもない数の手紙が各所から届いているというのに。

 “どうやって討伐した?”、“本物なのか?”、“いつオークションに出すんだ”。

 そんな内容ばかり。

 もう、一つ一つ返事を書いていたらキリがないって程に。


 「とりあえず“アレら”の肉は確保して置いて……他の素材はオークションに出すわよ? しばらく掛かると思うけど、支払はいつも通りダリルのクランへ、という事で良いのかしら?」


 「あぁ~いや、他の獲物ならまだしも。 上位種の“大食い”と“幻鯨”に関しては……その、アイツ等に直接払って貰えればと思います」


 「どういうことかしら?」


 コレだけ大きな金額が動く事柄なのだ、いつもの彼なら飛び上がって喜びそうな所なのに。

 彼はボリボリと頭を掻きながら、気まずそうに視線を逸らした。


 「俺ら、マジで何もしてないんで。 逃げてただけなんすわ。 そんな中、アイツ等だけで狩ったっつぅか……一応大砲を何発か使いましたが、その……なんつぅか」


 「……分かった、もう良い。 “幻鯨”なんて頭が吹っ飛んでたから、てっきり貴方の船で攻撃したのかと思ったけど」


 「角の生えた女の子とリーダーの槍で吹っ飛ばしてましたねぇ」


 「もう止めて、聞きたくない」


 はぁぁ、と大きなため息を吐きながら、オークションに出すリストに視線を落とす。

 良くもまぁコレだけの状態で狩って来たモノだ。

 素材として数々の品物が出せる上に、傷も最小限。

 それこそ、最終的には目が飛び出るほどの金額に変わってくれるだろう。

 手数料だけでも、ギルド職員のボーナスが支払えてしまいそうだ。

 なんて事を考えていれば。


 「すんません、一個だけ我儘言っても良いですか?」


 「なにかしら? 珍しいわね?」


 ダリルは再び気まずそうに視線を逸らしながら、モゴモゴと口を開く。


 「“幻鯨”の角と、二体の魔石はオークションに出さずにコッチに貰えないかなと。 海の漢なら、討伐した証ってのはやっぱ欲しいモノなんで」


 「あぁ、なるほど。 いいわよ? 討伐した貴方達に素材の所有権はあるわ。 角と魔石だけで良いの? とは言っても……“大食い”の上位種、その魔石がリストに無いんだけど、どこにいったの?」


 「アイツ等が鎧に着替えてから握りつぶしました」


 「なんですって?」


 「アイツ等が、“黒鎧”に着替えてから、握りつぶしました」


 「分かった、もう良いわ。 全然意味が分からない」


 もう一度盛大にため息を溢してから、リストの魔石と角にチェックを入れる。

 アレだけ立派な角に魔石だ。

 それはもう豪華な装飾品へと変わり、彼の船を飾りつけてくれる事だろう。

 なんて、思ったのだが。


 「その二つは、“悪食”に渡してやってください。 “アレ”を討伐した証は、アイツ等が持っているべきだ」


 「……随分謙虚になったじゃない、ダリル」


 「謙虚っつぅか……まだまだ小物だなって理解しただけですわ」


 ハハッと乾いた笑いを浮かべる彼に、どこか呆れた気持ちで視線を向ける。

 船を出して、脅威から皆を助け出したのは間違いなく彼だ。

 討伐したのが“悪食”だったとしても、間違いなくダリル達が居たからこそ無事に帰って来れたのだ。

 だというのに。


 「はぁ……こんなお金になりそうなモノをあげちゃうなんてね」


 「とはいっても、アイツらなら“こんなモン何に使えって言うんだ? いらん”とか言いそうですけどね」


 「……本当に何者なのよアレは」


 「何なんでしょうねぇ」


 そんな訳で、海のクランからは十二分に信用を得たらしい“悪食は”今日も海に出る。

 今度は民間の漁船だが、また獲物を求めて。

 おかしいな、今回で海の仕事二件目の新人だというのに。


 「もう、胃が痛いわ」


 「それはすげぇ分かります。 アイツ等、多分変な所で“悪運”強いですから」


 「はぁぁぁぁ……」


 今回ばかりは、普通に依頼達成報告書だけ持ち帰って来て欲しいモノである。

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