第119話 ラーメン


 鯨と鮫の解体をギルドに頼み、「肉捨てんなよ? 絶対だぞ? あと凍らせておいてくれ」ってな具合に注文を出して、俺たちは夜の街に繰り出した。

 流石にあの巨体だ、とんでもなくデカい寄生虫とか出て来ても見るだけでキモイ。

 まだ死んでいる状態で発見した方が精神的に楽だというもの。

 まぁ、マジッグバッグに入らなかったというのが一番の原因な訳だが。

 そんな訳で鮮度は落ちるかもしれないが、一旦凍らせて安全を取る事にした。

 ギルド職員がポカンと大口を開ける中、ダリルに肩を捕まれお勧めの“ラーメン屋”に連れて来られた訳だが。


 「おかわり! 全部増し増しで! 豚骨!」


 「俺は次味噌で! 餃子も追加!」


 「僕もおかわり! 魚介ラーメン大盛りチャーハン大盛り!」


 「私も鳥ガラ醤油ラーメンおかわりと唐揚げを希望します! 何でしょう、普段食べているモノとちょっと違う味がします。 調べなくては……でもこっちも美味しいです!」


 「皆、凄い食べますねぇ……」


 『私達は次コレ食べよう、つけ麺だってさ。 絵からするに、自分で汁につけながら食べるのかな?』


 祝勝会だというのに、俺たちは完全にフードファイトを繰り広げていた。

 結構広い店内で、周りには一緒に船旅をした船員達。

 誰も彼も酒を飲みながら、俺達の事を覗き込んでいる。


 「ぜってぇキタヤマが一番食うって! 銀貨一枚賭ける!」


 「いいや間違いなくアズマだろ、体のサイズが違うからな。 見て見ろ、一杯を数十秒で完食してんだぞ? 俺はアズマに銀貨一枚」


 「馬鹿いっちゃいけねぇ、ニシダを見て見な? ラーメンだけじゃなくて餃子やら春巻きやら、色んなモノを食って皿を重ねてやがる。 このペースで行けば会計が一番高くなるのはアイツだ。 ニシダが一番食うに銀貨二枚!」


 「お、俺はミナミちゃんに賭けようかな……あんなに小っちゃいのに、どこに入ってんだよ」


 「俺は聖女様に! ……は、流石に無いか。 とはいえ、入った分は腹じゃなくて違う所に栄養が行ってそうだが……」


 馬鹿話を繰り広げる船乗り達は、好き勝手周りで盛り上がっている。

 そんでもって、俺の真隣りで思いっきりため息を吐く船長様の姿が。


 「いや、まぁ良いんだけどよ。 うめぇか?」


 「うめぇに決まってんだろ! ラーメンだぞ!」


 「あ、うん。 なんかスマン」


 再びダリルからため息を貰いながらも、俺達はひたすらにラーメンを啜った。

 うめぇ、うめぇよ。

 久々に食った“ラーメン”、中毒性があるんじゃねぇかって程に止まらない。

 そして何と言っても海に近い町。

 ダシの取り方が上手いのだ。

 塩ラーメンが一番分かりやすい、やはり魚介ダシが良く染みている。

 中華麺も“向こう側”と変わりないと思えるくらいに旨いし、更には野菜もチャーシューも盛り盛りの豪華なラーメンが次から次へと出てくる。

 そして魚介以外のラーメンも非常に美味。

 豚骨ラーメンを食べた後に、醤油や塩のラーメンを食えば口の中はスッキリ。

 味噌を食って暑くなった所に、冷やし中華で体を冷やす。

 なんだこの天国は、マジでヤバイ。

 “こちら側”に来てから随分と食う様になったが、この状態で“向こう側”に行ったら間違いなく食費で財産が尽きる。

 それくらいに、俺たちは食いまくった。


 「おかわりぃ! ブレンド、ミックス、何でも良い! 店長のおススメを特盛で、更には増し増し増しで頼む!」


 「ダーハッハッ! こんなに食うとはな! 食材が足りやしねぇ。 今ウチのもんが材料買いに走ったからちょっと待ってな? その間、コレでも食っててくれよ」


 そう言って笑顔の店長から差し出されたのは、焼き魚と揚げ物各種。

 しかもタコやイカの刺身まで揃っており、更にはししゃもまで並んでいた。


 「うぉぉぉぉ! 俺は今から飲むぞぉぉ!」


 「ずりぃぞこうちゃん! 俺も飲む!」


 「おっ! 刺身出て来た!? 僕もお酒で! ししゃもあるじゃん!」


 そんな訳で次のラーメンが登場するまでの間、俺たちは店長から出されたツマミを貪りながら、酒を仰ぐのであった。

 うめぇ、もう全部うめぇ。

 でもコイツ等が魔獣だった場合、また味が変わるのかも知れない。

 そう考えると、思わず涎が垂れてくる。


 「いやぁ……海、いいな。 森と違った旨さがあるわ」


 「分かる、取りあえず食いまくろうぜ。 船長の奢りだし」


 「こっちの魔獣もどれくらい美味しいのか、今から楽しみだねぇ」


 そんな言葉を交わしながら、俺たちは海のラーメン屋を堪能するのであった。

 どれも旨いし、やはり新鮮な海鮮を使える店は一味違う。

 なんて事を思いながら、俺たちは次なるラーメンが来るまで海のツマミを味わった。

 そしてついでとばかりに酒を呷る。

 はぁぁぁ……旨い。

 いいぞ、非常に良い。

 しばらくの間船で“狩り”をしていたメンツとしては、かなり“染みる”。

 酒も、飯も。

 これはもう大満足という他ない夕飯になった事だろう。


 「お、お待たせしました! 具材買って来ましたけど、ラーメン食べる人居ますか!?」


 「「「いただきます!」」」


 店主の娘さんと奥さんだろうか? 二人が随分大きな袋抱えて問いかけて来たので思わず答えてしまった。

 食うさ、そりゃ食うさ。

 コレだけ旨い上に、せっかく買って来てくれたんだもの。

 明日の在庫は、目の前のおっさんが買いに行けば良い。

 がんばれ、店主。

 俺ら、全部食うからな。


 「醤油ラーメンが食いてぇな、増し増し盛り盛りで」


 「俺魚介塩に戻ろっかな、やっぱうめぇわ」


 「僕は次魚介味噌で行ってみたいなぁ。 おねがいしまぁす」


 「ったく、どれだけ食うんだよお前等。 ご注文承りましたぁぁぁ!」


 そんな訳で、再び戦場の様な忙しさのラーメン作りが開始された。

 その光景を見ながら、俺たちは魚をパクつく。

 うんめぇ、そして酒に合う。

 出されたのは完全に酒のツマミ。

 こんなもん出されたら飲むしかないだろうに。

 なんて事を考えながらキッチンを眺めて居ると。


 「安く済むと思ったんだがな……俺が間違ってたわ」


 呆れ顔のダリルが、俺達を眺めながら大きなため息をついていた。

 あんだけデカいのを二つも狩ったんだ、これぐらい食っても良いじゃないか。

 ジトッとした視線を向けながらも、目の前に登場した大盛り特盛ラーメンに思わず喉が鳴る。


 「そんでは、改めまして」


 「「「いただきますっ!」」」


 俺達はその日、随分と遅くまでズルズルと麺を啜る音を立て続けたのであった。


 ――――


 「ずぁぁぁ……肩凝ったぁ……」


 「酒の席だからって、腕相撲30連発はやり過ぎだってこうちゃん。 馬鹿のやる事だ」


 「むしろ肩凝ったで済んでる北君の回復力が異常だね」


 「うっせぇ東、腕相撲トーナメントを余裕な顔でチャンピオン掻っ攫っていたお前に言われたくねぇわ」


 そんな会話をしながら、俺はテントから這い出した。

 現在は街の中、鯨と鮫の解体を待っている訳なのだが。

 ちょっとばかし、問題が起きた。

 泊まる所が無かったのだ。


 「おはよう……ございます……ごしゅじんさま……」


 「おはようございまーす」


 『おはー』


 隣のテントから女性陣も出てくる。

 朝に弱い南はしょぼしょぼと眼を擦りながら眠そうに登場し、聖女様の方は割と目覚めは良いのか、スッキリとした顔でご登場なされた。

 対照的な二人を眺めながら、南に桶を差し出せば。


 「あ、はい……水、水ですね……」


 こっくりこっくりと頭を揺らしながら魔法で水を溜めていく南。

 昨日は遅かったからね、仕方ないね。

 そのまま桶を彼女達に渡し、二人に顔を洗ってくるように言ってみれば。


 「えっと、南さん? 大丈夫ですか?」


 「あい……戦闘準備なら、いつでも……」


 「違いますよ? 顔洗いましょう?」


 コレで敵意でも向ければ一発で目が覚めるのだろうが、それは流石に可哀そうだ。

 しばらくユラユラさせておいてやろう。

 なんて事を思いながら、男連中は飯の準備を始めるのであった。


 「朝飯は軽くで良いか……何が食いたい?」


 「久々にこうちゃんも二日酔いか? 元気がねぇなぁオイ」


 西田にケラケラと笑われるが、あえて言わせて頂こう。

 コイツが酒に強すぎるだけだ。

 昨日の夜にとんでもない量の酒を飲んだ上に、腕相撲大会でハッスルしたのだ。

 酒が回り過ぎてもおかしくはないだろう。

 東だって未だに欠伸を噛み殺しているくらいだし。


 「まぁいいや、東は取りあえずパン焼いてくれ。 ホットサンド作ろうぜ、野菜たっぷりな感じの。 肉は……魚も良いが鳥にすっか。 残り僅かな鶏肉を使うぞぉ……ホントさっぱりしたモンが食いてぇ。 西田、スープ頼む」


 「ガチ二日酔いならしじみ汁でも作るが、そこまででも無さそうだな。 了解、なんかサンドイッチに合いそうなモン作るわ」


 「久しぶりにあんなに飲んだからねぇ、無理もないよ」


 なんて事を言いながら、それぞれ調理に取り掛かった訳だが。


 「おはよう、悪食の皆さん。 昨日はよく眠れたかしら?」


 もう何か喋るのも面倒くせぇって程に体がダルイってのに、俺達の目の前には美人な支部長様が立っていた。

 口元をピクピクさせながら。


 「えぇまぁ、昨日は帰って来て速攻グッスリでしたわ」


 「へぇ、それは良かった。 “帰って来て”、グッスリでしたか。 ちょっと言葉が正しくない気がするんだけど、私の気のせいかしら?」


 「いやぁ、いいっすねココ。 変に寒くも無いし熱くも無い、潮風はちょっと強いですけど、寝るには良い環境だ」


 「あのですね? そろそろ突っ込んでも良いかな? 普通のウォーカーは、ギルド支部の中庭で野営しないんですよ、分かります? 昨晩だけ特別ですからね? 今日はちゃんと宿に泊まって下さいね?」


 「あ、鶏肉焼けたっぽい」


 「聞けぇぇい!」


 彼女の言う通り、現在俺達はギルドの中庭を借りていた。

 仕方ないじゃない、見て回った宿がどこもいっぱいだったんだもの。

 かなり遅い時間に急に顔を出した訳だから、こればかりは文句を言っても仕方ない。

 なので、諦めて街の中で野営するという暴挙に及んだ訳だが。

 意外と快適だった。


 「支部長さんも食う? 魔獣肉だけど」


 「何てモノ食べているんですか貴方達は!」


 まぁ、そういう反応になりますよね。

 いつもの感想を頂きながらも、焼き上がったパンに具材を挟んでいると。


 「おっ居た居た。 よぉ、悪食」


 「皆さま、おはようございます」


 ワラワラと集まって来るダリル海賊団と、小太り商人のリード。

 そして今日は、娘のサラまでもがご登場なされた。

 朝から随分大人数ですこと、とか思いながら出来上がったホットサンドを皿に並べていくと。


 「おぉ、旨そうだな。 俺らの分も作ってくれねぇか? 今日の宿代と晩飯代……“普通の感覚の”晩飯代くらいは出すぜ」


 「でしたら私にもお願いできませんか? 代金はもちろんの事、今夜の宿も良い所をご紹介いたしましょう」


 「お父様、だから魔獣肉は……と言いたい所ですが、今更ですね。 私にもお願いできませんか?」


 「ういうい、手洗って待ってな」


 という訳で、追加をガンガン作っていく。

 何だかんだ人数が集まってしまい、チマチマ作るのが面倒になってバーベキューセットを準備。

 もう一気に焼いてしまえ。


 「ご主人様、今日は朝からバーベキューですか?」


 顔を洗って少しは目が覚めたのか、先ほどよりすっきりした顔の南達が戻って来た。

 鶏肉を捌いている所を見た瞬間、またちょっと目が覚めた様に見える。


 「おう、腹ペコ共が集まっちまったからな。 手伝ってくれ。 鳥は俺がやるから、南は飛び魚の塩焼き、聖女コンビは大根おろし大量生産で。 もう何でも良いからさっぱり系大量に作ろうぜ」


 「了解です」


 「はーい」


 『魚の塩焼きとおろしって何であんなに合うんだろうね』


 そんな訳で皆して働きはじめれば、思いっきり口を大きく開けてらっしゃる支部長さんが叫び声を上げる。


 「いやいやいや、おかしいでしょ! 魔獣肉ですよねコレ!? 何で皆普通に食べようとしてる訳!?」


 「そこはまぁかくかくしかじかで」


 「端折るな! 大事な説明を端折るな!」


 あぁもうコレ毎回説明すんの面倒だなホント、早く向こうの支部長とかが公式に“食える”って発表してくんねぇかな。

 なんて事を思いながら、調理する片手間に今までの事を話し始めるのであった。


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