第118話 幻鯨
どいつもコイツも、“魔獣肉”だってのにガッツリ食ったその夜。
夜番の奴等は眼を擦りながら見張りを続けていた。
まったく、腹いっぱい食うからそんな事になるんだろうに。
なんてを思いながら、俺も欠伸を噛み殺していた。
あぁくそ、眠い。
腹は満たされたし、更には旨いモノをたらふく食った後なのだ。
アレはやべぇ。
魔獣肉だからって捨てて来た今までの行動を全力で悔いるくらいに旨かった。
そんな具合に、俺達の常識がガラリと変わってしまった。
これからは食い意地張った船員が無茶しない様に気を付けねぇとな……なんて思ってしまうくらいには、旨かった。
全くとんでもねぇ事をしてくれたぜ、悪食め。
「船長、
「あぁ……あんまり良くねぇな。 全員に気を引き締めろって言っとけ」
「了解っ!」
海での霧。
それは非常に厄介な上に、“不吉”とされている。
霧の中で幽霊船に会った、とんでもない化け物と出会った。
そんな話は腐る程聞いた。
だからこそ、船乗りとしちゃぁ。
「迷信を信じる訳じゃねぇが……嫌な感じがするぜ」
ただでさえデカい鮫の死体を引っ張っている状況なのだ、他の大物が寄って来てもおかしくない。
そんな悪い想像は、悪い“予兆”へと変わっていく。
さっきから背筋のゾワゾワした感じが止まらねぇ。
俺もそろそろ眠ろうかと考えていた所だってのに、コレだ。
「コレ以上の大物は御免だぜ全く……“大食い”の上位種だけでも縮み上がったってのに……」
なんて事を呟きながら船の後ろを眺めていれば。
「あん?」
気のせいか? 今海が変にもり上がった気がしたが。
今ではいつもの光景が広がっているし、波も穏やかだ。
だからこそ、“異常なし”。
そう言える状況な訳だが……。
「だぁくそ、またかよ」
「こんなに敵意を向けられちゃ、おちおち寝てらんねぇわな」
「今度は何……ダイオウイカとか?」
「眠いです……」
「南さん、ホラ起きて~」
『ご飯の時間だよー起きろー』
そんな事を言いながら、“悪食”の連中が船の中から姿を現した。
これはもう、“そういう事”という事で良いんだろうか?
「おい、どうした?」
「どうしたもクソもねぇ、敵さんのお出ましだ。 南!」
「……ハッ! 起きました! どうぞ皆様」
獣人の少女が全員に装備を投げ渡せば、彼等は完全装備で静かな海を睨んだ。
おいおいおい、勘弁してくれ。
今度は何だ?
そんでもって、コレだけ静かな海に何が居るってんだ。
なんて事を思いながら、彼らと一緒に海を睨んでみれば。
「……来たぞ」
キタヤマが呟いたソノ瞬間、船の後方で“潮”を吹き上げる物体が水面に姿を現したのであった。
――――
「
「メガロドンと同じ戦法で行くか!?」
「待て西田! まだ距離がある!」
全員で警戒しながら海を眺めるものの、鯨はこちらを襲ってくる様子を見せない。
ただただ霧の中を泳ぎ続けるだけで、一向に襲って来ない。
なんだアイツは?
やけに霧が濃くなっていくが、コレもアイツの影響か?
なんて、そんな事を思っていれば。
「チッ……悪食、お前等は大丈夫か? アレが噴き出す“霧”は人をおかしくする。 方向感覚が狂ったり、幻を見せる。 通称“
まぁ確かに、今日は随分と暴れた。
大物に目を付けられてもおかしくない。
実際既にメガロドンに目を付けらてしまった訳だしな。
餌を引っ張っていれば、もっとデカいのが寄って来る事もあるかもとは思っていたが……まさか鯨が釣れるとは。
しかし、人をおかしくするってのはどういうこった?
確かに霧は濃いし、視界は悪いが……。
「お前等、アレが鯨以外の何か見えるか? あと、何処に居るように見える?」
「「船の後ろ、デカい鯨」」
「ですね、幻か何かには見えませんが……角が生えている鯨に見えます」
「私にもそうにしか見えませんけど……カナ、分かる?」
『知らないなぁ、アレは。 私は空と地上に居たからね』
やはり、船長の言う様な“幻”とやらは良くわからない。
見えている鯨が幻で、「残像だ!」とばかりに横から攻撃されたら困るが。
しかしアレがあげる波から見ても、実態が居るようにしか見えない。
「なんか、幻っぽいものは見えねぇけど?」
「多分レベルか称号の影響だろうな……俺にはアイツが真後ろから迫ってるって分かってんのに、視界が揺れてどこに居るのか把握できねぇ」
「チャフグレネードみたいなもんか?」
「なんだそりゃ?」
「いや、独り言」
なるほどね、一応納得。
しかしレベルが上がった影響なのかは知らんが、俺らに魔法が効かないのは珍しいな。
魔法じゃないって考えた方が良いのか、一定の抵抗力でも出来たのか。
ま、考えるのは後回しだ。
「行くぞお前等、今度は鯨狩りだ」
「刺身だな、一回食ってみたかった」
「アレだけデカいと、食いごたえがありそうだね」
二人共武器を構えながら、甲板の策へと足をかける。
もう、やる気満々の様だ。
確かにメガロドンに比べれば、見た目はそこまで怖くない。
サイズは似たようなモンだが。
とはいえ随分とゆったりと泳いでいるし、急に襲い掛かって来る気配も無い。
霧で相手を弱らせてから、ゆっくりお食事でもするつもりなんだろうか?
馬鹿め、獲物を前に舌なめずりしやがって。
しかしながら、問題が一つ。
「コレだけ巨大だと……どういたしましょう? ご主人様」
現状俺達が抱える問題を理解している南が、困った顔でこちらを覗き込んでくる。
まぁ、そうだよな。
困っちゃうね。
「また“プロテクション”で床を作りますか?」
『ブレスは? いる?』
やけにワクワクしているカナの頭に手を置いてやれば、ビクッ! と強張った反応が返って来た。
『じょ、冗談だってば……食べる部位が減る魔法は使わな――』
「カナ、やれ。 但し頭だけな、体は残せ」
ニカッと笑ってやれば、彼女はポカンと呆けた顔を晒しながら数秒固まり、ニィィっと口元を吊り上げた。
『本当に良いんだね? 後で怒らないよね?』
「こっから撃つと身体にも当たるから、横からな? 移動は任せろ、運んでやる」
『珍しいね、私の“ブレス”じゃ食べられなくなっちゃうのに』
不思議そうな顔を浮かべる彼女を片手で担ぎながら、クックックと不敵な笑みを浮かべて見せた。
なんたって、今の俺達には。
「ちょっと後先考えず使い過ぎてな……アレを狩るには武器が足りない。 間違いなく狩り終わる前に在庫切れになる。 んでもって鯨は色々食えるらしいが、頭の食い方は分からんし聞いた事も無い。 想像もつかん。 という訳で、ソコは犠牲にしよう。 頭から後ろでもたらふく食えそうだし、文句ある奴は居るか?」
「「異議なし」」
『プッ。 そういう思いきりが良いのは好きだよ、皆。 あの鮫みたいに小賢しく潜る訳でもないし、いけるよ』
という訳で、準備は整った。
俺は聖女を片手に担ぎ、もう片方の手に銛。
東は大鎌とも言えるピッケルと盾を持ち、西田は両手に長包丁スタイル。
そんでもって南はいつでも援護できる様にマジックバッグに手を置きながら、静かに俺の後ろに並んだ。
「っしゃぁぁぁ! 行くぞ! しばらくは海鮮三昧だ!」
「「おぉぉぉぉ!」」
そんな訳で、俺たちは再び夜の海に飛び出すのであった。
いいねいいね、鯨に鮫に他の海鮮各種。
一発目の仕事から大当たりも良い所だ。
――――
船乗り場に到着してみれば、周囲には国の兵士達が並んでいた。
ま、こうなるわな。
なんてため息を溢しながら、船で引っ張って来た“獲物”を陸へと上げる。
見た事も無い程に大きな“大食い”、恐らく上位種か何かだろう。
そしてもう一匹、頭を失った“幻鯨”だ。
もうこの時点であり得ない。
コレらを討伐したとなれば相当な報酬が貰える上に、素材まで全部売っぱらえば遊んで暮らせるかもしれない。
まぁ、この二匹に関しては俺の懐に入る事は無さそうだが。
「状況の説明をしてもらってよろしいかな? ダリル船長」
兵士達の中から、一番厳つい顔のおっさんが前に出て来た。
一見逃げ腰になりそうな程の圧力を感じるが、俺にとっては昔から馴染みの連中。
この国の兵士とウォーカーは、結構仲が良いのだ。
「よう隊長さん。 御覧の通り“大食い”の化け物サイズと、“幻鯨”の討伐だ。 依頼にあったちっさい“大食い”も随分と狩ったぜ? 見るかい?」
ヘラヘラと笑ってみれば、彼は随分と渋い顔を浮かべながら首を横に振った。
「いや、良い。 お前なら“大食い”を何匹狩って来ようと疑いはしない……が、コレはなんだ? どうやってこんな化け物を狩った?」
やっぱ気になるわな。
船の後ろに括りつけた、二匹の化け物。
異常だ、異常なのだ。
船みたいにデカい事もそうだが、ソイツらを殺せる事が異常なのだ。
だからこそ、俺から言える事は一つ。
アイツ等は頭がおかしい。
「コイツ等以上の化け物と船旅をして来ただけさ。 俺は尻尾巻いて逃げてただけだ」
「足の速い“黒犬”なら逃げる事も可能かとは思うが……逃げるのではなく“狩って”いる。 何だ、これは?」
彼は改めて引き上げられた魔獣二匹を見上げている。
そう、見上げる程に大きな“死骸”なのだ。
こんなのをぶっ殺したなんて、誰に言っても信じてはくれないだろう。
実際にその眼で見た者以外は。
「隊長さんよ、やべぇのがこの街に来たぜ。 海に“初めて”狩りに出て、この戦績を残す馬鹿共が。 いくら語っても言葉が足りねぇ、むしろ言っても信じてもらえねぇだろう行動を起こす馬鹿共が。 しかし俺はソイツ等を見て来た、一緒に船旅を経験した。 ありゃ規格外だ、常識の外側で生きているぶっ飛んだ連中だ」
「周りからそう言われているお前が、同じ言葉を紡ぐのか。 だとすれば、相当に“ヤバい連中”って事か? お前以上に」
「俺なんか小魚みたいなもんだって理解させられたよ。 あれは完全な“捕食者”だ。 狩人云々じゃねぇ、全部を食っちまうようなヤバい化物だ」
「して、その人物はどこに?」
キョロキョロと周りを見回す隊長さんが、急にビクッと体を震わせた。
あぁ、そうね。
分かる分かる。
アイツ等が警戒している時、最初は絶対にそうなっちまうんだ。
それくらいに“ヤバイ”気配を感じる。
「はぁぁぁクソ。 やっと陸に戻って来たのに、また兵士に囲まれてやがる」
「今回は何もやってねぇぞ? 鮫と鯨を狩っただけだ。 悪い事はしてねぇ」
「“今回は”、なんて言うと前は悪い事したみたいに聞こえるね」
そんな言葉を残しながら、黒い兜を被った“黒い海賊達”が降りて来た。
どっからどう見ても悪役。
散々恰好に関して言われた俺ですらドン引きするぐらいに、絵に描いた様な悪者。
ソイツ等が、やれやれとばかりに体を伸ばしながら船から降りてくるのであった。
「んで、どうしたよ? 船長。 またなんかトラブルか?」
随分と気安い雰囲気で、彼等のリーダーは俺に向かって声をかけて来た。
ったく、人の気も知らないで。
なんて事を思いながらため息を溢してみれば。
「ダリル、説明を……」
プルプルと震えた隊長様が、冷や汗を流していやがった。
普通に友好的だし、慣れればどうって事は無いんだがな。
まぁ、初見じゃそうなるのも分かる。
「“アレ”がこの“化け物”を狩ったウォーカーだ。 パーティの名称は“悪食”。 その名前をよく覚えておくんだな。 多分コレからもこんなのが続くぜ?」
そんな事を言いながら隊長さんの鎧を叩き、“化け物共”の元へと向かう。
親愛なる、同士たる“化け物”の元へと。
「うっし! 今日は祝勝会だ! 何でも奢ってやるぞ、何が良い!? 屋台のラーメンから高級店、この街にしかない飯を出す居酒屋。 なんでも来いだ! 何が食いたい!?」
なんて声を上げたのが間違いだったのか。
彼等は獲物を狩る時の眼光で俺の元へと走って来て、ガシッと両肩を掴んだ。
「ラーメンがあんのか!? なぁ今ラーメンって言ったよな!?」
「い、言ったな? 確かに言った。 あんまり周りの国じゃ見ないかもしれないが……汁に浸かった触感の違う熱いパスタって感じで……」
「「「是非ラーメンでお願いします!」」」
「お、おう?」
なんだか良く分からないが、今日の祝勝会は随分とお安く済みそうな雰囲気になってしまったのであった。
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