第117話 飛び魚、鮫、酒!


 正直に言おう、滅茶苦茶怖い。

 鮫がトラウマになるんじゃないかってレベルで、ものっ凄く怖い。

 だが。


 「うはははは! オラオラどうした! 追い付いてみろ!」


 あえて笑った。

 震える足を、体を。

 どうにか言う事を聞かせるために、全力で笑った。

 船に引っ張られ、更には距離の調整で東にも引っ張られる。

 その為随分と水圧は掛かるが、今のところ足に括りつけた板に乗っかってウェイクボードの様な状態で水面を走っていた。

 東によって調整されるロープを起点に、左右へと揺さぶってみれば相手は見事に俺の事を追ってくる。

 ヘイトは十分に貰っているご様子だ。


 「っしゃぁ! そろそろだ! 準備しろよお前等!」


 叫んでみるが、当然仲間達の声は聞えない。

 より一層、恐怖心が煽られていく様だった。

 もしもこのまま声が届かず、タイミングが合わなかったら?

 間違いなく俺は鮫の餌になる事だろう。

 本当にヤバイ突進とかが来たら、聖女の魔法でブロックしてもらう手はずになっているのだが……もしも間に合わなかった場合、背後に迫る馬鹿でかい口の中にあっさりと飲み込まれてしまうのだろう。

 そんな事を考える度、膝が震えそうになるが。

 ただ一人、絶対に俺の声を聞き逃さない仲間が居る。

 南なら、この距離でも俺の声を拾ってくれると信じている。

 だからこそ、俺は彼女を信じて鮫を煽り散らした。


 「あらよっと! ぶわぁぁか! そんな単調な攻撃を喰らうかよ間抜け!」


 スケボーよろしく、波に乗って横宙返りをかましながら相手の攻撃を避けた。

 ついでとばかりに突撃槍のトリガーを引き絞ったが、掠った程度であんまり効いている感じがしない。

 むしろ爆風で俺の方がバランスを崩しそうになってしまった。

 あっぶねぇ……齧られるのも恐ろしいが、ココでコケるのと突撃槍を落とすのはもっと怖い。

 コイツを海に捨てて来たなんて言ったら、多分トール達に殺されちまう。

 なんて事を考えながら背後を振り返ってみれば、徐々に背びれが海の中へと沈んでいく。

 間違いなく、“来る”。

 全神経を足裏へと集中させながら、ジッとその場で我慢する。

 まだだ、焦るな。

 相手が飛び掛かって来たそのタイミングを逃せば、“コレ”は失敗する。


 「スゥゥゥ、ハァァァァ……来いよ。 食ってみろ、俺を。 お前もアイツらと……“大食い”と変わらないんだろ? だったら来るはずだ。 来いよ、来い。 ……来た! 東ぁぁぁぁ!」


 思いっ切り叫んでみれば、グンッ! と吹っ飛ぶ勢いで引っ張られる体。

 そして、次の瞬間には。


 「出て来たぞ! ブチかませぇぇぇ!」


 足先を掠る勢いで、メガロドンが海面から飛び上がって来た。

 マジで肝が冷える。

 こんな事二度とやらないからな! 次はもっと違う作戦考えてやる!

 なんて事を思っている内に。


 「“プロテクション”!」


 辺り一帯の海面に聖女の魔法が張られ、巨大な鮫はビダンッ! と大きな音を上げながら“水面”に転がった。

 そして、その瞬間。


 「まずは目! 両方ともいただきます!」


 南の放つ雨の様な矢が、相手の眼球に突き刺さる。

 マジで“プロテクション”の上に落ちると同時。

 やっぱすげぇや、ウチのメンバーは。

 とかなんとか感心していれば。


 「お疲れこうちゃん、行って来るぜ!」


 「頼んだ相棒!」


 船へと勢いよく引っ張り上げられる中、空中で西田とハイタッチを交わす。

 西田は長包丁を片手に、今しがた俺が離脱した場所へと突き進んでいく。


 「西田様! 眼は潰しました! 逆側を狙撃して注意を逸らします!」


 「頼むぜ南ちゃん!」


 船に引っ張り上げられた俺の隣で南がクロスボウを連射し、西田は闇夜に輝く様な包丁を振り回す。


 「ダリル! 船を旋回させろ!」


 「マジで言ってんのか!?」


 「大マジだ! “アレ”を狩るぞ!」


 「マジで意味分かんねぇよお前等! 面舵一杯! 周りこめ! 主砲準備ぃぃぃ!」


 必死に“犬かき”を続けていたオールはピタリと止まり、今度は片側だけオールを海に突っ込んでひたすらに耐える。

 帆は向きを変え、グングンと船は角度をつけていく。

 だとしても、ちょっとばかし遅い。

 どんどんと西田が離れていく。

 不味い、このままじゃ距離が離れすぎる。


 「チィッ! 望、カナ! こっから道を作れるか!?」


 「問題ありません!」


 『任せといて!』


 頼もしい言葉を頂き、俺たち“悪食”は全員海に向かって飛び出した。


 「南! 西田を援護! 東は俺と一緒に突っ込むぞ! 鼻先とえらだ! ぶち抜くか引っこ抜いてやれ! 聖女は残ってプロテクションを撤去しながら船に道を作れ!」


 「了解です! 西田様と合流します! 東様、今の内に盾を!」


 「ありがと南ちゃん! まずは鼻先ぶん殴るね!」


 そんな訳で、俺たちは“海の上”を走った。

 一直線に、残された西田の元に向かって。


 「おっせぇよ皆! 俺だけで狩っちまうぞ! なんてな、南ちゃん包丁の替えを頼む!  折れた!」


 ビタンビタンと暴れまわるメガロドンの攻撃をひたすらに回避している西田の武器は、見事に砕けていた。

 数多くの切り傷と、プロテクションの上に鮫を留めておいただけでも上等だろう。


 「西田様!」


 「おうよ! サンキュ!」


 ブンッ! と勢いよく投げつけられた長包丁を空中でキャッチしてから、西田は再び“解体”に取り掛かった。


 「東! まずは鼻先だ! ちっとばかし大人しくしてから、俺は右! お前は左! “引っこ抜く”ぞぉぉぉ!」


 「りょぉぉぉかぁぁぁい!」


 東の腰が入った全力パンチ、プラス大盾で鮫の鼻先をぶん殴る。

 盾の先がめり込んで出血する程だ、相当痛かったのだろう。

 一瞬だけビクリッ! と停止した鮫は、再びバタバタと暴れはじめる。

 その間に俺達は左右へと展開し、鮫の鰓に腕を突っ込んだ。


 「シャァァァ!」


 「どらぁぁぁ!」


 ブチュッッ! というキモイ音と同時に、鰓の中身を左右から引っこ抜く。

 濁流の様に血液が噴射し、この身を真っ赤な水が押し流そうとするが。

 踏ん張って耐えた。

 しかし。


 「だぁくそっ! まだ死なねぇか!」


 ビタンビタンと暴れる鮫は更に動きが大きくなり、今では引っ叩かれただけで致命傷になりそうな勢い。

 このまま離れて死ぬまで待つのも良いが、如何せん足場がどれくらいあるのかも分からない状況。

 それこそ海の中に落ちてしまえば一大事だろう。

 なんて事を思っていれば。


 「こうちゃん! こっちだ! “皮”は剥いだ!」


 「でかした西田!」


 声に従って暴れ狂う魚の上へと跳躍してみれば、そこには肉が丸見えの“穴”が背びれに開いていた。

 であれば、俺に出来る事は一つ。


 「全員離れろ! ぶち込むぞぉぉ!」


 西田の作った“穴”に突撃槍をぶっこみ、トリガーを引き絞る。


 「おっ、シャャァァァ!」


 ズドンッ! と腹に響くような振動と共に、ビクリと痙攣するメガロドン。

 次の瞬間には、クルクルと回転しながら吹っ飛んでいく背ビレ。

 他のヒレも貰っておきたい所だったが、そろそろ潮時ってモンだろう。


 「おっしゃぁぁ! 全員撤退! 後は“船”に任せる!」


 「「っしゃぁぁぁ!」」


 「望さんが船まで一直線に“床”を作ってくれると叫んでます! 戻りましょう!」


 そんな訳で俺たちはメガロドンから離れ、再び海の上を走った。

 こちらに迫る、“黒犬”船に向かって。


 「マジでやりやがったよ……ったく! 巻き込まれたく無かったらさっさと船に乗りこめ! お前等ぁぁ! “悪食”が船に上がったのを確認したら一斉射撃! 陸に上がってる相手でも外す奴が居たら実費で払わせるから覚悟しておけよぉ! ……ってぇぇぇ!」


 呆れ顔の船長が大声を上げれば、再び鼓膜を震わせる爆発がいくつも夜の海に響くのであった。


 ――――


 「今日は酒飲むからなぁ? 見張りよろしくぅ」


 「わぁってるよ。 “大食い”の上位種、しかもあんな馬鹿デカイのを狩った奴等に見張りを頼んだりしねぇよ」


 ダリルとそんな会話をしながら、船員達と一緒に料理を続ける。

 今日はお魚パーティ。

 それどころか、超大物を仕留めた記念日なのだ。

 もうマジックバッグの食材を使い切る位に奮発しちゃっても良いだろう。

 ドラゴンだけは大きすぎて船の上では出せないが。


 「キタヤマ! 大鍋の湯が沸いたぞ!」


 「豚肉を放り込めぇぇぇ!」


 「キタヤマ! ツミレこれくらいで良いか!? 結構出来たぞ!」


 「ふはははは! 全て鍋に放り込んでしまえ!」


 「ニシダ! 言われた調味料持ってきたぞ!」


 「ステイィ! ソコだけはステイ! 静かに声をかけなさい」


 我らが斥候、ザ・西田様は現在。

 大鍋で鮫のヒレを煮込んでいた。

 フカヒレである。

 魔法の使える船員に無理を言って、下処理したヒレを乾燥させてもらい、即席&お試し品を製作中なのだ。

 前にジャーキーを作った時、アナベルでも乾燥を嫌がった程だ。

 滅茶苦茶疲れる上に技術の要る作業らしい。


 「ん~やっぱもっと乾燥させなきゃダメか? 魔法乾燥だと加減が分かんねぇなぁ……俺が使える訳でも無いし。 なんか雑味が多い気がする、とはいえフカヒレスープとか飲んだ事ねぇしなぁ……う~む、どうすりゃ良いんだ?」


 う~んう~んと声を上げながら、様々な調味料を加えていく西田。

 そんでもって、船旅は長いという事で船員にヒレの下処理と乾燥作業の指示を出し始めている。

 まあ自然乾燥じゃ港に着くまでには全然時間が足りないだろうが。

 しっかし、すげぇ拘ってるよ……俺あんなに拘って料理した事ねぇよ……。

 なんて事を思いながら、今日手に入った飛び魚を天ぷらに揚げていく。

 もうね、見るからにヤバイ。

 身がプリップリだし、揚がったソイツを見てみれば、食感が想像出来そうな程綺麗な肉厚の見た目。

 そんでもって、しっかりと羽を開いてやがる。

 コレに齧り付いたら、どれだけの旨味が口の中で爆発する事だろう。

 そんな事を考えながら、次から次へと揚げていく。

 更には。


 「キタヤマ……こっちはまだ何かやるのか? 見ても良いか?」


 「あぁ、そろそろだな。 蓋取ってみろよ」


 鮫の煮付け。

 以前スーパーで偶然見つけた珍味。

 “半額! 鮫!”

 見た時は結構驚いたのだ、だって鮫とか食ったこと無いし。

 ソイツの調理法として試した、煮付け。

 生姜をたっぷりと使い、醤油だのなんだので煮込む。

 アレがかなり旨かったのだ。

 鮫肉って言えば、臭いとか大味とか言われるがそんな事は無い。

 種類によるのかもしれないが、俺が食った鮫は非常に旨かった。

 だからこそ、試してみた訳だが。


 「うん、いい香りだ。 そんで身の方はっと……良し良し。 かなり柔らかいな」


 蓋を取り去ってみれば周囲には真っ白い湯気と共に、生姜と醤油の良い香りが広がる。

 箸で少しだけほぐしてみれば、ホロッて感じに柔らかく身がほぐれた。

 うんむ、実に旨そうだ。

 そんな訳で、今日の晩飯は完成。

 飛び魚の天ぷらと塩焼き、照り焼きとつみれ汁。

 更には鮫肉の塩焼きと、先ほど言っていた煮込み。

 そしてそして、西田が作った即席フカヒレスープ(未完)。

 どいつもコイツも手元には大盛りご飯を持ち、ダラダラと涎を流しておられる。

 早いとこ食わせてやらねぇと、船の中で争いが起きそうだ。


 「さて、そんじゃいただきますか! いただきます!」


 「「「いただきます!!」」」


 手を合わせてみれば、ソコからは戦場だった。

 誰も彼も奪い合う様に飯を取り合い、真っ白ご飯を口の中に流しこむ。

 船の上なのだ、もう少し違う感じになるのかと思っていたが……普段よりも激しい感じになってしまった。


 「うめぇぇぇ! “突貫魚”ってこんなに旨かったのか!? 大根おろしだ! ソレこっちに寄越せ!」


 「煮物……やべぇ……あの鮫って旨かったんだ、こんなに旨いのに捨てて帰って来てたのか俺ら……」


 「フカヒレスープってのもコレで未完成なのか? 普通に旨いんだが……」


 船員たちはガツガツと飯を食らいながら、次々と皿も器も空けていく。

 流石は海の漢達、食欲がやべぇ。

 という訳で。


 「俺らも負けてらんねぇ! 食うぞ!」


 「「うぉぉぉぉ!」」


 俺達もまた、飯を掻っ込み始めるのであった。


 「飛び魚の天ぷら良いですね……こう、口の中でふわぁぁって“美味しい”が広がります。 竜田揚げとか、南蛮とかにしても美味しそうです」


 「鮫うまぁ……もっと大味っていうか、硬いとか旨味が無いとか想像してた」


 『生姜が効いてるねぇ、体に染み渡る様だよ』


 誰しもほっこりと顔を綻ばせながら、俺たちは今日の獲物で腹を満たすのであった。

 ちなみに俺達が持ってきた食材で、夜食も準備中。

 料理の合間に作ってたチャーシュー様が、晩酌の頃には出来上がるだろうさ。

 くははは! これは楽しい夜になりそうだ!

 そんな訳で、今日だけは仕事中に酒を呷る俺達であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る