第116話 大食い


 「船長! “大食い”多数確認しましたぁ!」


 「今回の仕事はヤツらの数を減らす事だ! 群れの周りを旋回しながら確実に数を減らせ! てめぇら! 稼ぎ時だぁぁ!」


 “大食い”、または“海の死神”なんて呼ばれる魔獣。

 結構なデカさの“鮫”。

 ダリル達の話では、コイツもまた飛び掛かって来るらしい。

 しかも小さな船なんかだとそのまま齧られるとか何とか。

 ジョー〇だ、マジでジ〇ーズ。

 デカさ的にホホジロザメの様な姿を想像していたのだが、見た目はもっとシャープな形をしているモノが多い印象。

 どんな種類の鮫とか言えれば良かったのだが、生憎と鮫には詳しくない。

 そんな訳で、甲板に向かってまた一匹の鮫が襲い掛かって来た。


 「来たぞ! 東!」


 「りょーっかい!」


 肩に担いでいたピッケルの様な、分厚い鎌みたいな武装を構えて腰を落とす東。

 ソイツを勢いよく振り下ろせば、ズドンッ! という音と共に甲板に叩きつけられる鮫。

 飛び掛かって来た所一発で仕留められる、非常に便利な武器。

 だが。


 「こぉらぁぁぁ悪食! 甲板に穴開けるんじゃねぇ!」


 「……スマン」


 「ごめんなさい……今度から横振りにします」


 如何せん東の腕力が強すぎた。

 鮫を貫通して床まで貫いてしまったらしい。

 見事に甲板に陥没した鮫が、非常に悲しい形に折れ曲がっていた。


 「南ちゃん! 海に“床”を作るぞ!」


 「了解です西田様!」


 南と西田の二人が船の外へと飛び出したかと思えば、海に落ちるその前にマジックバッグから市場で使われていそうな木製パレットを放り出す。

 フォークリフトがある訳ではないので微妙に形は異なっているモノの、見た目としては似たようなモノ。

 ソイツを平面に海に落としてやれば、当然のように“浮かぶ”。

 ソレを足場に、西田と南は海の上を移動し始めた。

 更には二人を追いかけるように、いくつもの背びれが物凄い勢いで迫っていく。


 「南ちゃん! 長包丁!」


 「狙うはヒレ、ですね!」


 二人共刀の様に長い包丁を掴んで、飛び掛かって来る鮫にあえてこちらから飛び込んで行った。

 随分とアクロバティックな動きで鮫の攻撃を回避しながら、空中で胸ヒレを切断し別のパレットへと移動する。


 「ヒレ回収!」


 「こっちもです!」


 ヒレをぶった切りながらソレを回収し、更には普通に着地って。

 西田はとにかく、南も随分と身軽に動く様になったもんだ。

 なんて事を関心していれば、ヒレを失った鮫が水面へと浮いてくる。

 ジタバタと藻掻いているモノの、このまま放っておけば動く事も出来ずに死に至る事だろう。

 という訳で。


 「回収すんぞー!」


 「後頼んだぜこうちゃん!」


 「お願いしますご主人様! 次の獲物を獲って来ます!」


 そう言ってから再びパレット移動繰り広げる二人を他所目に、こちらも新装備を構える。

 見た目は何か強そうな槍。

 刃の部分がやけに広くて、“逆刺かえし”が付いている。

 攻撃用と捕縛用を兼ねた槍であり、槍の石突の部分にはロープを括りつけられる穴。

 詰まる話、ドデカイ“銛”だ。

 ソイツを浮かんできた鮫に全力で投げつけ、確保する。


 「っしゃぁ! 鮫ゲット!」


 次から次へと鮫を狩る二人。

 なので、こちらも休んではいられない。

 足元に並んでいる槍を次から次へと投擲し、船の上へと引っ張り上げる。

 もしもまだ生きている奴が居れば、東がズドン。

 そんな事を繰り返しながら、俺たちは順調に晩飯を調達していった。


 「悪食、仲間を船の上に戻せ! もう充分だ! コレだけ集まれば一網打尽に出来る!」


 「は? まだまだ泳いでんぞ? どうすんだよ!?」


 「良いから戻せ!」


 「だぁくそ、分かったよ! 戻れお前等! 飯確保は終了だ!」


 ダリルからそんな指示を受け、仕方なく二人を戻す。

 些か不満げな様子を見せている二人だが、大人しく甲板へと戻って来てくれた。

 次の瞬間。


 「船を傾けるぞ! 全員捕まれぇぇ!」


 その声と共にグルグルと旋回していた船が更に角度を取り、文字通り“傾いた”。


 「ひぃぃっ! 落ちます、コレ落ちますって!」


 『北山! 北山! 私達を拾って! 早く! 無理無理無理!』


 「おいおいおいおい! ダリル! どうすんだよコレ!」


 西南コンビは瞬時その場から飛びのき、安定しそうな柵へと捕まった。

 俺、東、聖女の残る三人はバランスを崩し、斜めになった甲板を滑り落ちていく。


 「東! ぶっさせ!」


 「了解!」


 床にピッケルモドキをブッ刺した東は停止し、俺はその足に捕まる。

 更には見事に落下していく聖女様を片腕で確保した後、俺たちは完全に停止した。

 いやいやいや、角度付け過ぎじゃないか?

 これ、普通に沈没するんじゃ……なんて思っていたその時。


 「主砲、準備ぃぃぃ!」


 「オイ今主砲って言ったか!?」


 その声に答える様に、俺らの足元。

 詰まる話海面を向いた船の側面からカパッ! という音が幾つも聞えて来る。

 ココからでは見えないが、見えないのだが。

 もしかして、もしかするんだろうか?


 「ってぇぇぇ!」


 ズドンズドンッ! と船の横っ腹から盛大な音が上がり、更には煙も上がる。

 これはもう、間違いなく。


 「大砲撃ってやがる! すげぇ! こんなモノまであんのか!」


 「おい悪食! 絶対海に落ちるなよ!? 巻き込まれんぞ!」


 船長の声は聞こえるが、もう目の前の光景に大興奮だ。

 水面に打ち込まれる大砲、海から上がる水柱。

 そして、さっきまで一匹ずつ対処していた鮫が大量に浮き上がってくる光景。

 こんな装備があんのなら、俺らも槍とか剣とか使う必要ないじゃないか。

 なんて思っていたのだが。


 「だぁくそ……こんだけ撃つと、今回もギリギリだな……」


 「どういうこった? 随分と狩ってるのに」


 東にぶら下がりながら問いかけてみれば、彼は苦々しい表情で言い放った。


 「そっちの国には無かったのか? 一発一発が馬鹿みたいに高いんだよ。 職人の手による砲弾に、付与魔法の数々。 更には大砲にも魔石を大量に使ってる。 生き残る為には悪くねぇが、稼ぐには使いたくない手段だ」


 「あぁ……なんか色々大変なのね」


 なんて事を言いながらも、船の側面から飛び出した幾つもの大砲は、俺達が狩るよりももっと多くの巨大鮫を仕留めていく。

 あぁ、勿体ない。

 そんな事を思いながらも、見事なまでの“船の戦闘”に魅入られるのであった。


 ――――


 「あぁ……すげぇ格好良い戦闘だったけども……」


 「わぁってるよ、食うにはヒデェ状態だって言いたいんだろ? 分かってんだよ、普段は食わねぇから気にしないがな」


 海に散らばるのは鮫の肉片。

 網で掬ったとしても、酷い雑味と匂いに悩まされる事だろう。

 結局使えそうな獲物はそう多く捕まらなかった。

 とはいえ、数匹はちゃんと確保出来たので十分食えるのだが。


 「ヒレだけでも回収するか……乾燥させんなら何とかなるかもしれん」


 「聞いたなお前等! ヒレだけでも回収しろ!」


 そんな訳で、完全密猟者集団に成り下がった俺達だった訳だが。

 集まる集まる、鮫のヒレが。

 バラバラになった鮫の死骸から、見事にヒレを吊り上げる職人技は見習いたい所。

 しかし、完全に密猟者。


 「絵面がヒデェなぁ……」


 「見た目だけなら完全犯罪者だからな」


 「“向こう”ならヒレを落として後は捨てる。 今はバラバラになった身からヒレだけをすくう。 なんかもう、良く分かんないね」


 皆の言う通り、とんでもない絵面になってしまった事だけは確かだった。


 「流石にここまで来ると、匂いも酷いですね……昼間みたら海が真っ赤になっていそうです」


 「船が斜めになった時は、本気で怖かったです……」


 『望に次は羽が生える事を祈るよ』


 とか何とか言いながら、南と聖女は鼻を摘まんでいる。

 確かに酷い匂いだ。

 木っ端微塵になった鮫達の肉片に、今では小魚が食い付いている。

 海でも森でも、弱肉強食の世界で生きる生物は逞しいねぇ……なんて思いながら俺も釣り糸を垂らしてみれば。


 「ん?」


 「どったの? こうちゃん」


 なんだろう、変な違和感がある。

 何だ? 何がおかしい?

 自分でも分からない違和感、そして非常に嫌な感じがピリピリと肌を擦る。

 ジッと海を見つめ、原因を探ってみる。

 そこら中に散らばる肉片、船員が鮫のヒレを見つけては釣り竿を振るっている光景。

 こっちは違う、なんの違和感もない。

 マジで、なんだ?

 なんて事を思っていた時。


 「振動だ、多分。 ウキが変な動きしてるし、糸からも微妙に伝わってくる……気がする」


 「北君の糸に魚が食い付いた……って訳じゃないんだよね? それだったら違和感なんて持つはずないし」


 西田と東の2人も、ジッと俺の投げた糸の先を見つめる。

 そして何かしら違和感を覚えたのか、二人はガシッと柵を掴んで真下の海を覗き込んだ。


 「ご主人様……変です。 さっきまであんなに魚が騒いでいたのに、今では何の音も聞えません」


 南までそんな事を言い始める始末。

 あぁこりゃ、あんまり良くねぇ状況かもしれねぇ。


 「ダリル! 全員に作業中止を命令しろ! 何か居るぞ!」


 「は!? なんかって何だよ!?」


 「分からん! だけどやべぇ感じがする! 間違っても船から落ちる位置に居ない様に――」


 『北山! 何かデカイのが来る! 真下から!』


 「だぁくそ! ドラゴンさんまで怖い事言い始めた! ダリル!」


 「船を出せぇぇ! 今すぐこの場から離れるぞぉぉ!」


 船長が叫び声を上げれば、すぐさま持ち場に戻る船員達。

 ゆっくりと動き出した船のすぐ後ろから、“ソイツ”は飛び出して来た。


 「ふざけんなよ……なんだアイツは!」


 ダリルも始めて見る相手だったらしい。

 ドデカイ体、この船さえ齧ってしまいそうな鋭い牙。

 そして巨大な瞳が、こっちを見ていた。


 「今度はメガロドンかよ!」


 そうとしか言えない程超巨大な鮫。

 この船でさえ齧られそうなサイズのソイツは、バラバラになった鮫の肉片を一飲みにしてから、ザパーン! と大きな水柱を上げながら再び海の中へと消えて行った。

 だが、間違いない。

 アイツは俺達の事を見ていた。

 次の“獲物”が決まったとばかりに、こちらを睨んでいた。


 「お前等! 全力で逃げるぞ! “犬かき”を始めろぉ!」


 船長がそう叫べば船の両脇から小窓が開き、とんでもなく長いオールがいくつも顔を出した。

 ただでさえ早いこの船と、更には人力も加える訳だ。

 なるほど、だから“犬かき”か。


 「ダリル! 対抗手段は!? ありゃ諦める雰囲気がねぇぞ!」


 「ねぇよそんなもん! なんだあの化物は! 大砲はまだ使えるが、側面に向かってしか打てねぇ!」


 「だぁクソ! 了解だよ!」


 とにかくこの場から離れようと、船員たちは兎に角前だけを睨んで船を進めている。

 そんな中で、俺達だけが背後を睨んでみれば。


 「うっはぁぁ……滅茶苦茶追って来てるよ……」


 「あのデカさで、更に海の中となると……ちょっと対抗手段が思いつかないね」


 『チッ、“ブレス”でどうにかしようかと思ったけど、アイツ結構勘が良いよ。 コッチが攻撃態勢に入ると海に潜る』


 相手の背ビレが、こちら以上の速度で船に迫って来るのが見える。

 不味いな……どうすっかコレ。

 思い出せ、鮫を相手にする時“向こう側”ではどうしろと言われていた?

 本物の対処方でなくても良い、映画なんかではどうやって人は鮫に挑んでいた?

 どうせ相手は“向こう側”には居ない化け物なのだ、どんな馬鹿げた対処方であっても、やらないよりやった方が良い。

 確か鼻先は神経が集まっているから、滅茶苦茶効くって聞いた気がする。

 後は目か? それ以外だと……弱点らしい弱点と言えば。

 そして、せめて相手をこちらが攻撃できる場所へと連れて来る方法は。


 「スゥゥゥ、ハァァァァ」


 「ご主人様?」


 「南、突撃槍」


 「本気ですか?」


 そう言いながらも、マジックバッグから俺の“趣味全開装備”を取り出してくれる。


 「望、カナ。 “プロテクション”だっけか? アレで水面に床を作る事は出来るか? そんでもって、俺達が乗っても平気か?」


 「えっと、魔法で作った“壁”ですから、皆さんが乗っても問題はありませんが……どうするんですか?」


 『“陸”を無理矢理作ったとして、相手が都合よく陸に上がってくれるとも限らないよ? それに、当然暴れる。 また海に逃げられる可能性もある』


 「おう、分かってる。 だから――」


 腰にロープを巻き付け、その先端を東へと渡す。


 「俺が餌になる、喰われるつもりはねぇがな」


 「ご主人様!」


 叫ぶ南の頭に手を置いてから、東と西田へと視線を向けてみれば。

 二人は静かに頷いてくれた。


 「食われそうになった瞬間に東がこうちゃんを引っ張り上げる、そこに聖女さんが“床”を作って陸に上げる。 俺の仕事はそのタイミングで相手に突っ込む事、で良いんだな?」


 「僕は北君が食われない様に引っ張って距離の調整、後は最後の釣り上げだね。 了解」


 「わ、私はタイミングを合わせてプロテクションを水面に張る、ですね! なるべく広く、長い間張れる様に頑張ります!」


 『フフフ、面白くなって来たじゃないか』


 各々そんな事を呟いている間にも、相手はグングンとコチラへと近づいてくる。

 マジで速いなアイツ。


 「南、お前は最も重要な仕事がある」


 「……はい、止めても無駄でしょうからね。 なんなりとご命令下さい」


 キッと眉を吊り上げながら、南も頷いて返してくれた。

 よしっとばかりに彼女の頭を撫でまわしながら、俺の考えた馬鹿な作戦を皆へと伝える。

 行き当たりばったりで、ろくに頭を使ってない馬鹿としか言えない作戦。

 だが、やらなきゃ喰われるのは俺達。

 というか、この船なのだ。


 「うっし、やるぞお前等……ダリル! 後ろのは任せろ! 不味った時は手を貸してくれ!」


 「お前等本当に頭おかしいぞ! 馬鹿だ馬鹿! あんなのと戦うつもりかよ!?」


 「ダリル! お前は合図と同時に船をまわして大砲一斉射撃だ! 準備しておけ!」


 もう散々言われて来た事だ、今更言われた所で知った事か。

 何処へ行こうと、俺たちは“馬鹿”なのだ。

 そういう訳で、“狩ろう”か。

 あの馬鹿でかい“メガロドン”を。


 「うっしゃぁぁ! 行くぞ! 全員タイミングミスるんじゃねぇぞ!」


 「「「了解!」」」


 足に木の板を縛り付け、仲間達の返事をもらった俺は海へと飛び出した。

 片手に突撃槍を掴んだ状態で、相手の目と鼻の先へと。


 「っしゃぁぁぁ! 来いやぁぁ!」


 その叫び声と共に、俺の体は暗い海へと落ちていくのであった。

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