第115話 トビウオのお刺身と飯係
「船長……アイツら今度は何し始めたんだと思います……?」
「……俺に聞くな」
通称“棘魚”や“突貫魚”と呼ばれる飛び魚の魔獣。
船を見つけ、その上に人が居る事が確認出来ると同時に飛び上がり、鼻先の鋭い棘で一斉に襲い掛かってくる。
多くの船乗りにとって、一番身近で怪我を負う事が多い魚。
対処としては非常に簡単で、姿を隠せば良い。
しばらく経って相手が居ないと判断されれば、奴らは襲って来なくなる。
甲板に多くの突貫魚が残る事になるが、どれも小物な為大した魔石も取れない。
船乗りにとっては迷惑の塊みたいな魔獣な訳だが……。
「食うつもりなのかな……」
「多分、な。 あぁ、だから“悪食”なのか?」
どう見ても、料理してる。
甲板のど真ん中でデカい鍋を取り出して、皆でひたすらに捌いている。
魔獣を食ったら魔人になるって話は何処へ行ったんだろう?
まさかあの角のお嬢ちゃん、やはり魔人なんじゃ……とか思えてくるが、俺も彼等の鑑定結果は見ている。
あの子は竜人、魔人じゃない。
竜人というのも聞いた事が無かったが、竜と共に生きるとか書いてあったからまた別物なんだろう。
そんでもって、他の連中も魔人は一人も居なかった筈。
だとすると、普通に食えるモノなんだろうか?
「それで、飛び魚って美味しいんですか?」
『気になる』
「あぁ、旨いぞ? 焼いて良し揚げて良し、刺身にしても良いしつみれ汁にしても旨い。 あとは何と言っても……」
「「あごだし!」」
「え? あごだしって飛び魚から取れるものだったんですか?」
「あご、ダシ? ご主人様、この魚の顎を使うんですか?」
質問を投げかけている女性陣に対して、男連中は随分慣れた様子でテキパキと魚を捌いたり腸を取り除いていた。
ワタ抜きされた魚をポイポイとマジックバッグに放り込みながら、ついでとばかりに塩水の入った鍋に突貫魚を放り込んでいく。
何やってんだありゃ。
なんて事を思いながら眺めて居ると、リーダーの男が急にこちらを振り返った。
「なぁなぁ、やっぱこっちでも刺身は食わねぇのか? “こっち側”の魚は凍らすか火を通さねぇと寄生虫やべぇ?」
急に問いかけられて、一瞬何の事を聞かれているのか分からなかった。
こっち側ってのが何の事を指しているのかは分からないが、魚の食い方について聞かれているという事に気付き、慌てて口を開く。
「客に出したり、外の人間に食わせるってんなら絶対に火を通すが……地元じゃ普通に生のままでも食うぜ? 確かに寄生虫だのなんだの、運が悪いと腹にあたる。 モノにもよるが死ぬ程じゃねぇってのが大体だ。 サシミを知ってんのなら普通に食ってると思ったが……食ったこと無いのか? 後、魔獣は食った事がないから知らん」
「なるほどね、“向こう側”とあんまり変わんねぇ認識だって事で良いのか」
「あとは鮮度の違いかね? 前の国じゃ絶対凍らせるか火を通せって言われたしな」
「傷みやすいもんねぇ、魚」
なるほどなぁとばかりに男連中が頷き、バッグの中から手桶と新しい包丁を取り出す。
その中に青い薬草を放り込み、獣人の少女が魔法で水を満たしてく。
「んじゃ食ってみるか、刺身」
「「待ってましたぁ!」」
「聞いている感じ……このまま魚を食べるのですか?」
「お刺身久しぶりです!」
『私は竜の頃基本生だったから気にしなーい』
そんな訳で、彼等は人の船の上で飯を作り始めたのであった。
――――
ダリルから刺身OKの言質を頂いたので、早速食ってみようと思う。
前の国じゃ生は駄目! って感じだったから、“こっち側”の寄生虫さん達がやけに強いのかと警戒していたが、そういう訳でもないらしい。
とはいえどちらも普通の魚の話な訳で、魔獣肉に関して確証がある訳では無いが。
いざとなったら西田に下剤だなんだ作ってもらうか、角っ子聖女の魔法を試してもらえば良いか。
という事で、まずは。
「相変わらず、ご主人様が魚を捌くと凄く綺麗ですよね」
三枚におろした魚を眺めながら、南がポツリと呟いて骨をプラプラと揺らしている。
「慣れだ慣れ、なんて言いたい所だが。 南の方が解体上手いしな、今でも俺と同じかそれ以上に上手いじゃねぇか」
「そうでしょうか? なんというか、見ていて経験の差を感じます」
何だか嬉しい事を言ってくれる南が、骨をマジックバッグに仕舞っていく。
ソレを見た海賊船長が、不思議そうに首を傾げた。
「魔獣肉を食おうとしてる事は突っ込まない方が良いんだろうが……骨なんか仕舞ってどうすんだ? そんなもん海に捨てちまえば良いのに」
「ありゃ、海の街なら“骨せんべい”あるかと思ったけど。 食った事ねぇ?」
「あぁ~あれか? 油で揚げた魚の骨。 見た事はあるが食った事はねぇな」
なるほど、やはり“こっち側”でもマイナー料理なのか。
アイリが鳥軟骨食った事がないって言ってた感覚に近いのだろう。
ま、骨だしね。
薦められたり関心が無ければ、僅かな興味すら湧かないのも分かる。
そんなこんな話している内に、船員達も周りに集まって来た。
「とまぁ、そっちは後にして。 とりあえず飛び魚の刺身完成。 お前等何で食う?」
「ワサビ醤油、柚子、新鮮なら塩でも良いなぁ」
「あとポン酢も美味しいよね」
端から調味料を並べていく西田と東。
周りを気にしながらも、刺身に興味津々の聖女。
未だに生魚を警戒しているのか、ジーっと刺身を眺める南。
結構な数の乗組員に囲まれて、非常に暑苦しい状態ではあるのだが……今は刺身だ。
「んでは、いただきます」
「「「いただきます」」」
ちょいっとワサビを乗っけて醤油でパクリ。
元々結構淡泊な味の白身だから、何にでも合うってイメージは強かった飛び魚。
だけども、コイツは一段とヤバかった。
「うっめぇ……あぁ、酒飲みたくなって来た」
「すっげ、やっぱ魔獣肉は別格だな。 ぷりっぷりだし、口の中にじわぁって旨味が広がるわ。 コレ最初は塩だけの方が違い分かるぜ、マジで」
「あぁ、コレはヤバイ。 ねぇなめろうとか作らない? 絶対美味しいヤツだよ。 コレだけ旨味が出るなら、天ぷらとか凄そうだね」
うんうん、確かに塩でもグッと来るし、こんだけ凝縮旨味なら天ぷらは想像するだけで涎が出そうだ。
あぁもう、あごだしがより一層楽しみになってしまった。
こんなのでダシとって、更にはつみれ汁にでもしてみろ。
ダブルパンチどころじゃない代物が出来上がりそうだ。
「うまぁぁ……ふわとろプリプリ」
『望、もうちょっとワサビ』
「う~ん、もうちょっとだけだからね? 美味しいけど、いっぱいつけるとツーンて来るんだもん」
竜と聖女コンビも大層気に入ったご様子で。
最初はもっと魔獣肉を警戒するかとも思ったのだが、本人も“魔獣肉を食べると~”って話をあんまり気にしていないらしく、更には。
『いや、別に普通のお肉だよ? 確かに魔素は多いけど、人だって体内に魔力が溜まるでしょ? 何が駄目なの?』
てな御言葉を頂き、しかも既に角が生えちゃっているので気にしない事にしたらしい。
この聖女、意外と図太い神経をしているのかもしれない。
「凍らせても火を通してもいない生……本当に大丈夫なのでしょうか。 綺麗な見た目はしておりますが……」
「まぁ大丈夫だろ。 前に鉄火丼食ったろ? 触感としてはそんな感じだな」
う~む、と訝し気に刺身を睨んでいる南は、意を決したように一口パクリ。
すると……尻尾と耳が立った。
「どうよ? 凍らせたりしてないとまた違うだろ」
「美味しいです! 以前のマグロの時も思いましたけど、舌触りが良いです。 でも前よりももっと柔らかくて、噛んだ時の触感も良いです!」
お気に召したらしく、南も機嫌良さそうに色々な調味料で刺身を堪能し始める。
それこそ今は刺身オンリーだが、ネギや大根といった箸休めがあってもまた変わって来る。
あぁ駄目だ、色々食いたくなってきてしまった。
さっさとワタ抜き終わらせて、もう飯にしちまうか。
なんて事を思いながら、飛び魚の刺身を堪能していれば。
「ゴクリ……」
「あん?」
忘れていたが、周囲に集まった船員達が涎を垂らしながら此方を覗き込んでいた。
非常に暑苦しい上に威圧感が半端じゃない。
「あぁ~一応言っておくと、コレ魔獣な? そこんとこ大丈夫なら、食っても良いが……とりあえず船長さんに許可貰ってくれ」
そう声を掛ければ、周りの男達はバッ! と音がしそうな勢いでダリルの方へと振り返った。
多くの視線が集まる中、彼は困った様に頭を掻きながら。
「いくつか確認良いか? お前等は結構前から“魔獣肉”を食ってるんだよな?」
「おうよ、もう一年くらいか?」
「んで、“人族”のままだと。 そんでそこの角の生えたお嬢ちゃんの姿は……魔獣肉とは無関係なんだよな?」
「私、魔獣肉食べたのこの姿になってからです」
『魔獣のお肉食べたからって、すぐすぐ“進化”出来るとか思っているなら思い上がりも良い所だよ?』
聖女様達からお言葉を頂き、ダリル船長は「はぁぁぁ」と大きなため息を吐いた。
「あと、なんか情報提供出来る事ってあるか?」
「あ~そうだな。 ちょっと“魔人”の知り合いが居てな? その子の話じゃ魔人は最初から魔人で、人から魔人になった奴は見た事ないってよ」
「ホント顔が広い様で、恐れ入ったよ」
全てを諦めた様子でもう一度ため息を吐いてから、彼は改めて俺達と向かい合った。
そして。
「金は払う、今日の晩飯を頼まれちゃくれねぇか?」
「いいのかよ?」
「どうせこのまま放っておいても隠れてお前等に頼む馬鹿が出てくる、だったら大手を振って全員で食っちまった方がマシだ。 それに俺らは海の漢だ、こまけぇ事は気にしない奴等がほとんどだよ」
今までは若干距離を置いていた様な対応ばかりしていたダリルだが、この時初めてまともに笑った顔を見た気がする。
クハハハ! とか笑いそうな勢いで、盛大にニカッと気持ちの良い笑顔を浮かべている。
いいね、元気があって豪快に笑う。
ソレが海賊ってモンだろう。
「了解だぜ船長、だったら人と調味料を貸しな。 それから……お前等! 腹いっぱい食いたきゃ食材を増やすぞ! こんなもんじゃ全然足りねぇ! 釣りでも何でも良い! 狩りの時間だ! 食いてぇ奴は晩飯まで全力で動いて腹減らしておけよ!」
「「「うぉぉぉぉ!」」」
周りの奴に向かって大声を上げてみれば、どいつもコイツも拳を振り上げながら雄叫びを返して来た。
ハハッ! 今までに見た奴等の中でも、一番単純で頼もしい連中かもしれねぇな。
「そんじゃ、俺らも頑張って飯増やしますか。 新しく買ったのも色々試してみようぜ」
「だね、とりあえず小物は撒き餌と網が早いかな?」
「お刺身も美味しかったですが、あの白身で天ぷらが食べてみたいです」
「お魚パーティですね!」
『色々食べさせてくれるなら、私も頑張るよ。 ブレスはもう使わないから、そう睨まないで……』
周りの男達同様、ウチのメンバーもやる気は十分らしい。
いよし、今日は狩るぞ。
森ではやけに逃げ回るヤツが多かったが、今日は船の上に居る影響か、前みたいに向こうから獲物が飛び込んできてくれる。
今日は食うぞ、色んなモノを食うぞ。
せっかくの海なのだ、海鮮を堪能しなくてどうする。
「っしゃぁお前等! 端から食うぞ! 仕事しろよぉ!」
「「「おぉぉぉ!」」」
「船長、俺なんだけどな」
そんな訳で、俺たちは狩りをしながら更に沖へと進む事になったのであった。
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