第114話 海賊に兜を添えて


 数日後、俺達は再びこの街のギルドの扉を押し開いた。

 今回は俺らだけ、周りに兵士も商人も居ない。

 そんでもって前回顔合わせは済んだから、無駄に警戒する必要もない。

 という訳で盛大に、堂々と正面玄関を両手で押しのけながら登場してやった訳だ。

 その結果。


 「なんか、すげぇ見られてんな」


 「おかしいな。 黒鎧ではないし、普通の服な筈なんだけど」


 「ちょっと派手過ぎた? でもあの船長さんの方が派手だったよね?」


 「コレだったら、鎧の方がマシだった気がします……」


 「格好良いのにねぇ?」


 『私も悪くないと思うんだけども……駄目なのかな?』


 各々好き勝手に口を開く中周囲からの視線は集まり、更にはガヤガヤと何やら噂話をされているご様子。

 なんだよ、ちゃんと海に出られそうな恰好してきたんだぞ?

 何の文句があるんだ。

 なんて事を思いながらも、カウンターに向かって一直線に歩く。

 何故か周りの人が避けた様に道が開いている気もするが……気のせいだという事にしよう。


 「いらっしゃいま……せぇぇ?」


 笑顔のままフリーズしてしまった受付嬢に、取りあえず笑みを返しながら用件を告げる。


 「支部長と、あと……ドリル? は居るかい?」


 「ド、ドリル……?」


 ありゃ? 違ったっけか。

 はて? と首を傾げながらポリポリと頭を掻いてみれば。


 「ドリルじゃなくて“ダリル”だ。 待ってたよ、“悪食”。 しかし……随分な格好で来たな」


 背後から声が掛けられ、振り返ってみれば。

 相も変わらず海賊船の船長スタイルの彼が立っていた。


 「ダメか? 結構良さげなのを選んできたんだが」


 身に纏った分厚くてゴツイロングコート? の様なモノをヒラヒラさせてみれば、彼は呆れた様にため息を溢した。

 なんでもコイツは海でいう鎧代わりなので、分厚い上に丈が長いんだとか。

 確かに海賊って言えばこんなの着ていた気がするわ。


 「あぁもう、何も言わねぇよ。 どっからどう見ても“海賊”だ」


 お前だって似たようなもんやろがい! と、思わず言いたくなってしまったが我慢。

 確かに俺らが選んだのは海賊スタイル。

 むしろ他のイメージで“海の漢”を考えると日本スタイルになってしまうので除外。

 という訳で、今の恰好になった訳だが。


 「全員真っ黒な服装に、相手を威圧しそうなゴツイ見た目。 そんでもって……なんで兜だけは被ってんだよ」


 「頭も守るのは基本中の基本だろ、コレは外せん」


 「すみません、皆さま普段から鎧を着ているので落ち着かなかったみたいで……ちゃんと兜以外は脱ぎましたので、どうにか」


 ペコペコと頭を下げる南は、どこまでも申し訳なさそうにしながら真っ黒いコートをはためかせていた。

 そしてその隣では、ノリノリで服を選んでいた聖女様が海賊帽子を被りながらフフンと自慢げな顔を浮かべている。


 「コスプレって一回やってみたかったんだよね」


 『似合っているから良いと思うんだけどね? 何か駄目だったのかな。 やはり黒装備は鎧以外でも嫌われるのかい?』


 呑気な声を上げながら、ちょいちょいっと帽子の位置を直している。

 もうね、流石は海の街。

 俺達が求めた海賊衣装な上に、矢など通さない程に固いと言われている服で全身を固めた。

 なんか、「WANTED!」的な感じにマネキンに着せられていた服な訳だが。

 とにかく俺、東、西田はごっつい皮製品の服を身に纏い。

 それからいつも通りの黒兜。

 南と聖女コンビはコート……正確にはジェストコール? というモノは着ているモノの、中身は動きやすそうな軽装備。

 鎖帷子でさえ錆びるという理由でろくに装備出来ないので、結局は頑丈な服で身を固める事になった。

 いいね、これなら海に落ちても普通に泳げそうだ。

 なんて事思いながら意気揚々と揃えて来た訳だ。


 「まぁ……いいか。 今日から海に出る、準備は良いか?」


 「おう、武装もばっちり選んで買って来たぜ」


 「もう見るのが怖ぇよ……」


 そんな訳で、この街での俺達の初仕事が始まった。

 海だぜ海。

 “狩り”の前提が変わる上に、食えるモノも変わる。

 もうね、楽しみで仕方ないわ。

 俺達はウキウキしながら、海賊船長の後に続くのであった。


 ――――


 「海だ!」


 「船酔いだ!」


 「海産物だぁぁぁ!」


 「えっと、魚だぁ! とかですかね?」


 「海ー!」


 『旨い物食わせろー!』


 甲板に立った俺達は、両腕を振り上げてとりあえず叫んでみた。

 海だ、海なのだ。

 しかも乗せられたのは結構でっかい船。

 更にはグングンと沖へ進んでいく。


 「俺達にとっちゃいつもの光景だが、珍しいかい?」


 船長のダリルもどこか誇らしげな様子で声を掛けてくる。

 その気持ちも分かる。

 俺達はいつも“この景色”を見ているんだぜ、なんて自慢したくなる程の広大な景色。


 「最高だぜダリル! これならタイ〇ニックごっこも出来そうだ!」


 「タ、タイ〇ニック?」


 「だったらパイ〇ール・オブ・カ〇ビアンごっこしようぜ!」


 「お、おいお前等。 あんまり端の方に行くと危な……」


 「あ、僕支える役ね! あと海賊敵役! 南ちゃんレイピア出してもらっても良い!?」


 「え? あ、はぁ」


 結果。

 両手を広げた俺を、片手で組体操のような状態で支える東が、もう一方の手で西田とレイピアを構える図が完成した。

 うん、コレは何か違う。

 スンッと冷静になり、俺たちが元の場所へと戻ってくれば。


 「……満足したか?」


 「うっす」


 とりあえず、やりたい事はやった。

 後は仕事をしよう。

 どこか微妙な面持ちで集合した俺らは、取りあえず周囲を見渡してみた。

 乗組員は誰も彼も忙しそうに動いている。

 そりゃそうだ、こんだけデカい船だもの。

 確か名前はブラックドッグと言っていた筈だ。

 とはいっても、一本黒いラインが入っているだけ。

 なんでもそこらの船より速い上に、“犬かき”が得意なんだとか。

 何の事やらって感じではあるが、とにかく早い船だとの事。


 「とりえずこの船について説明するが、良いか?」


 「うっす、お願いします船長」


 とりあえず、船長に向かって敬礼を返すのであった。

 楽しい楽しい“海の狩り”の始まりの予感がする。


 ――――


 「下がれ下がれ! 全員船内に下がれ! 姿が見えればアイツ等は襲ってくるぞ! おい、お前等も下が……ったほうが良いかもしれないぞ?」


 周囲から多くの“飛び魚”が迫って来る。

 コレも魔獣。

 鼻先に随分と立派な棘? 角? を拵え、船の上まで迫って来やがる。

 だが、それがどうした。

 久々の大収穫なのだ。


 「南! 西田! 可能な限り叩き落せ! 東は聖女を守りながら獲物確保! 聖女コンビ! 俺らの晩飯を回収してくれ!」


 「「「了解!」」」


 「が、頑張ります! でも飛び魚って食べられるんですか!?」


 『いやぁ、まるで雨の様に降ってくるね』


 「しゃぁぁぁぁ!」


 両手の槍をブンブンと振り回しながら、飛び掛かって来る魚たちをひたすらに撃ち落とした。

 ドラゴン娘の言う通り、本当に雨の様だ。

 やけに鋭利な棘をこっちに向けてくるので、常に移動していないと体中穴だらけになりそうな勢い。

 とはいえ、飛び掛かって来る途中で慌てた様に空中でジタバタし始めるんだが……ありゃ森の魔獣と同じように逃げようとしてんのか?


 「だはははは! 大漁大量! 最近“ボウズ”が続いてたからな! しばらく飯の心配はいらなそうだなぁこうちゃん!」


 「しかし面白いくらいに飛んできますね。 鳥もこれくらい来てくれたら良いのですが……」


 二人が物凄い勢いで駆け抜けながら両手の短剣を振り回していた。

 流石にこの量の魚にクロスボウを使うとすぐに弾切れを起こすとの事で、現在南はナイフスタイル。

 恰好も相まって、二人共良い感じに海賊しているご様子だ。


 「ひぃっ!? 今目の前にズドンッて! この魚、甲板に刺さってますよ!?」


 「望ちゃん、盾の外には出ない様にね? 普通に危ないから」


 魚の雨を大盾で防ぐ東の後ろでは、目の前に突き刺さった飛び魚に腰を抜かして尻餅をついている聖女様が。

 おいおい、大丈夫かね。


 「望とカナコンビ、無理そうなら下がって良いぞ? いきなり慣れろって言っても厳しいだろ」


 なんて声を掛けながら槍を振り回していれば。


 『じゃぁ私も少し役に立とうかな』


 「カナ? それは多分、怒られるから止めた方が……」


 ドラゴン娘が自信満々に言い放ち、ソレを察知したらしい聖女様が苦い顔を浮かべている。

 お、なんだなんだ?

 体の支配権が交代したりとか、ドラゴン娘が表になったら攻撃魔法が得意になったりすんのか?

 なんて、何処か期待の籠った眼差しを向けてみれば。


 『皆少し引いてね。 いくよ、“ブレス”!』


 カパッと口を開いたかと思えば、どっかで見た閃光が飛び掛かって来る魚の群れを飲み込んでいく。

 前に俺が食らったブレスよりかは随分と細いし、低火力に見えるが……それでも。


 「あっ……魚」


 「居なくなっちゃいましたね……」


 空中まで飛び上がっていた魚たちは一瞬で塵と化し、彼女の魔法に恐れをなしたのか追撃さえも完全に停止してしまった。

 とてもとても、静かになる甲板。

 誰しも言葉を発しない中、一人だけフンスッ! と鼻息荒く胸を張っているドラゴン娘。


 『これでもう大丈夫だね!』


 褒めろ褒めろとばかりにこちらに視線を向けて来て居る訳だが。


 「カナ、おいドラゴン娘。 正座」


 『え?』


 とりあえず、小一時間ほどお話合いが始まってしまったのであった。


 ――――


 「フフ、なかなかどうして。 高くついたモノだ」


 彼等“悪食”が買いそろえた装備の領収書を眺めながら、思わず口元をつり上げた。

 商人なのだから、こういう場合は「痛い出費だ」なんて台詞を吐くべきなのだろうが。

 それでも、だ。

 私が買い与えた装備を使って、今頃彼らがどんな活躍をしているのかと思うと、思わず笑みが零れてしまう。

 私が知っている限り最高級品を扱う店に連れて行き、とりあえずという事で既製品を購入し、専用装備は後日。

 服も武器も、そして1つのパーティ分となればかなりの金額になる。

 彼らは頑なに後日返すと言って聞かなかったが、ソレも彼等の誠実さの表れの様に思えた。

 普通のウォーカーなら、絶対にそんな事を言えない様な金額なのだ。

 貴族に買って貰えるならと、喜んで受け取る事だろう。

 だというのに。


 「悪くはねぇが……いや、あんまり欲張っても駄目だな。 コレにする」


 「どうしたって“ウチ”の鍛冶屋と比べちまうとなぁ……ま、数が揃えばソレで何とかなるだろ」


 「う~ん……すみませーん! これより大きくて厚い盾ってないですか?」


 武器に関しては特に、ずっとそんな調子だった。

 彼等の使っていた装備を見れば分かる。

 アレは“異常”だ。

 鎧も武器も、異色から始まり完成度がとんでもない。

 そんなモノを常に使っていれば、高級店に連れて来てもそう言う感想になるのだろう。

 そして山の様な武器を購入した彼等。

 アレを全て使い潰すつもりで居るというのだから、恐ろしいモノだ。

 更にはその請求書を見ても、彼等は平然としていた。

 つまり、それくらいの金額が動く環境に立っていたという事。

 商人としても、個人としても非常に興味深い。

 レベルからしてただモノでは無い事は分かっているが……一体どんな事をやらかしてくれるのか。

 今から楽しみで仕方がないのだ。

 もっと言えば、そんな彼らから“装備”を整えるという形で“信用”が買える。

 嫌な言い方ではあるモノの、私に使える武器は“金”だ。

 ソレを最大限に使って、彼らとの関りを持つ。

 だからこそ、随分と多くの数字が並ぶ請求書だって私には宝物の様に見えるのだ。

 せめて、彼らがこの街に居る間だけでも“頼ってもらえる”存在になる為の切符の様に見えてくる。


 「彼らが帰ってくる前に色々と準備しておかないと……流石に一度に返済出来る金額は稼いでこないとは思うが……もしもと言う事もある」


 ブツブツと呟きながら彼等の専用装備の資料に目を通す。

 何度でも言うが私は商人だ。

 戦闘時には後ろに隠れる人間だ。

 だというのに、この専用装備の図面を見るだけで気持ちが昂る。


 「こんな歳になっても……やはり私も男と言う事かな」


 フッと口元を吊り上げながら資料に熱中していると、コンコンッと扉をノックする音が聞こえた。

 そして。


 「失礼しますね、お父様」


 「サラか。 体はもう大丈夫なのか?」


 盗賊の毒にやられた事から、家に帰って来てからは休ませていたのだが……どうやらその心配も無さそうだ。


 「あの……彼らは」


 「海に出たよ、今度は何を退治してくるのやら」


 ハハハと笑いながら領収書を見せてみれば、娘は暗い顔でため息を吐いた。


 「今は海も森も危険だというのに……大丈夫でしょうか。 私は、改めて彼等に直接お礼を伝えたいです」


 心配そうに呟く娘の頭を撫でながら、私は自信満々に口を開いた。


 「アレは、まだまだ死ぬ漢達の目はしていない。 無茶も無謀もするかもしれないが、デッドラインは守るタイプだ。 ギリギリの一歩だけは踏み出さず、守りに徹する。 私にはそう見えたよ。 だから、大丈夫だ」


 「だと、良いのですが」


 未だ不安そうにする娘を近くに寄せて、再び書類整理を始めた。

 娘はひたすらに彼らの購入した品物の品名を眺めて居たが。

 あぁ、本当に。

 商人だからこそ敵わない夢ではあるが。

 彼等の活躍をまたこの眼で見たいと思ってしまうのは、私もまだまだ子供だという事なのだろうか?

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