第112話 弊害


 「止まれ!」


 門の前で、見事に止められてしまった。

 そんでもって、周りには武器を構えた兵士達。


 「先程から説明しているではないか! この方々は我々を助けて下さった! ホラ、馬車の後ろを見ろ! ココの所騒ぎを起こしていた盗賊もまとめて捕らえて下さった! だというのにまだ何かが必要だというのか!?」


 「申し訳ありませんグリムガルド様……コレも仕事ですので。 流石に黒い鎧を着ている者達と、角の生えた人物をそう簡単に国の中に通す訳には……」


 必死に説明してくれる小太りのおっちゃんに、困った顔の兵士達。

 どっちもどっちで大変そうだなぁ、なんて思いながらもスッと俺達のカードを取り出した。


 「とりあえず身分証を見せれば良いのかな? 一応、他の国のウォーカーだ。 犯罪歴は無い……はず。 あれ? 無いよな? 竜殺したら重罪人とか無いよな?」


 説明している途中で不安になって来て、仲間達の方へと振り返ってみれば。


 「おそらく大丈夫かと。 そもそも“竜”を殺したウォーカーを他に知りませんし、罪に問おうとするのは教会の一部の人間くらいでは?」


 「いやぁ、分かる分かる。 お巡りさんとか止められると無駄に焦っちゃうよね」


 「ま、大丈夫じゃねぇか? 天然記念物とか食った覚えないし、多分」


 「そもそもその竜がこの場に居ますしねぇ」


 『ん、呼んだ?』


 各々好き勝手な言葉を放つが、取りあえず大丈夫って認識で平気そうだ。

 そんな訳で身分証明書を提示してみれば、やけにビクビクした様子で受け取る兵士。

 そして。


 「ちなみに、以前“鑑定”を受けられたのはいつ頃ですか?」


 随分と汚れたギルドカードが気になったのか、未だ怪訝そうな顔を浮かべる兵士さん。


 「結構前かな? しばらく森で生活してたし。 あ、鑑定も必要なら受けますよ? ただちぃっとばかし懐が寂しくて……出来ればお安くして頂けたら、と」


 持ってきた黒いマジックバッグ。

 姫様から貰った方の“時間停止”付きの代物な訳だが。

 生憎と全財産持ち歩く生活は卒業した後なのだ。

 そんでもって、森に出る前に姫様に白金貨3枚返しちゃったのだ。

 中身はほぼすっからかん。

 他に入っているのは飯と武器と野営で必要なモノ、あとドラゴンの死骸だけだ。

 だって森の中で金とか必要ないじゃん!

 だったら返せる内にって返しちゃうじゃん!

 そのお陰で今こうして困っている訳だけども。


 「鑑定費用は私が持ちます。 なので、最高ランクの鑑定術師をご用意下さい。 彼らが安全だという事を、私が証明しましょう。 グリムガルド商会、代表取締役の私。 リードが彼等の保証人になろうではありませんか」


 随分と凄い事を言い放つおっちゃんに驚きながらも、どうしたものかと兵士の方へと視線を向けてみれば。


 「であれば……“一旦”中へお入りください。 彼等もウォーカーだという事ですし、ウォーカーギルドへ向かいましょうか。 高位の鑑定士もすぐ向かわせます」


 そんな訳で、俺たちはこの国のウォーカーギルドへと向かう事になった。

 俺達としては都合が良い訳だが、良いのだろうか?

 費用も持ってくれるっていうし、ギルドまで案内してもらえる。

 なんて事を思いながらも、兵士さん達に案内されて新しい国内へと足を踏みいれるのであった。


 「ねぇ北山さん、僕はいいのかな?」


 「ん? あぁ、子供はフリーパスなんじゃないか? 知らんけど」


 適当な声を上げながらも、胸いっぱいに空気を吸い込む。

 あぁ、海の匂いがする。

 “こちら側”に来てからひたすら森の中を彷徨っていた訳だが、コイツは色々と期待出来るかもしれない。


 ――――


 ガヤガヤと賑やかな空気の中、ふぅと小さく息を吐きだした。

 ココはウォーカーギルド。

 国のすぐ隣には森、その反対側は海という立地のこの国には、多くのウォーカーが滞在している。

 森の専門家、海の専門家。

 二つの派閥が競い合う様に仕事をこなす為、依頼の回転率は非常に速い。

 それこそ両方の専門家クランが設立されており、依頼が滞る事もないし高レベルの指導者が居る為、下の者も順調にレベルが上がる。

 そんな理想的な環境にあったというのに……。


 「ココの所、失敗が多いわねぇ」


 「すまねぇ支部長……」


 「面目ない……」


 クランのトップ二人が、申し訳なさそうに頭を下げる。

 しかし、私なんかよりずっと大きな体の2人。

 海の漢と山の漢。

 ソレを体現するかのような2人が、シュンッと縮こまっている姿は非常に暑苦しい。


 「依頼失敗の原因は前と同じ?」


 「えぇまぁ……こっちは“死神”がやけに大量発生してる上、大物の目撃情報まであるくらいでして」


 「こっちは熊の大量発生……しかも野営の時に“虎”が襲ってくるという報告もあるくらいだ」


 はぁぁぁと、今度は大きなため息が零れてしまった。

 “死神”なんて呼ばれるのは巨大な“鮫”。

 通称“大食い”や“海の死神”なんて呼ばれている。

 小さな船などでは船ごと食らいつく程に狂暴。

 以前は随分と沖に出ないと出現しなかった魔獣な訳だが……ココの所随分と近くに出現するという目撃情報が多数寄せられている。

 更には森の方も、熊に虎と来たもんだ。

 こちらも非常に厄介な相手。

 単純に強い魔獣の“大熊”と、夜の森で出会ったら諦めろなんて言われている“夜虎やこ”と呼ばれる完全夜行性の虎。

 どちらも最悪だ。

 幸い虎の方は群れを成す事がほとんどないので、近くに滞在しているのは恐らく一匹だろう。

 子供が居る場合などは、その限りでは無いが……。

 とはいえ、その一匹が厄介なのだ。

 どうにか昼間眠っている所でも発見できれば良いのだが……なんて、眉を寄せながら彼らの報告書を読んでいた時だった。


 「っ!」


 ゾクッと背筋に寒気が走った。

 本能的な恐怖、自分では絶対に勝てないと瞬時に分かる程の強者の気配。

 明らかに警戒されている、こちらを伺おうと敵意を飛ばしている。

 それが、ギルドの玄関から感じられた。


 「ダリル! イズリー! 武器を構えなさい! 職員と他のウォーカーは退避! 早くなさい!」


 「了解!」


 「おう!」


 急に大声が上がった事に戸惑いながらも、ギルドに居たウォーカー達は壁に寄り、職員達はカウンターの下へと隠れる。

 そして私の前に座っていた二人の漢はそれぞれ武器を構えて玄関の方を振り返った。

 不味い不味い不味い。

 なんだこの気配は、普通じゃない。

 英雄クラスのウォーカーに出合った時でさえ、こんな寒気はしなかった。

 私が見た最高レベルの人間はレベル79。

 その人物と遭遇した時には、相当背筋が震えあがったのは覚えているが……コレは、なんだ?

 尋常じゃない、間違いなく化け物が玄関の向こう側に居る。


 「相手の姿を確認して、敵意がある様なら躊躇しなくて良いわ。 支部長である私が攻撃を許可する」


 「ハハッ! いいねぇ! と、言いたい所だが……勝てるのか?」


 「びっ、ビビってんのか海の漢が! これくらいの状況いつでも経験してっ、してるだろ!」


 海の漢、ダリルは冷や汗をダラダラと流しながらレイピアを構え。

 山の漢、イズリーはガチガチと歯を鳴らしながら巨大な斧を構えていた。

 2人だってレベルは高いのだ、だというのにコレだ。

 私だってそれなりのレベルは保持しているが、“コレ”は勝てる気がしない。

 ゴクリと唾を飲み込んでタクトを玄関の方へと向けて、ジッと睨んでみれば。


 「し、失礼します……えぇと、お邪魔してよろしいですか?」


 キィィと小さな音を立てて、この国の兵士が一人入って来た。

 違う、アイツじゃない。


 「早く退避しなさい! 緊急事態よ! 誰かその兵士さんを保護してあげて!」


 叫んだ瞬間、両派閥の面々が戸惑う兵士を抱えて壁際へとすぐさま退避する。

 その際に「え? えっと、何が?」なんて間抜けな声を上げる兵士だったが、むさ苦しい男達に壁際に追いやられてから静かになった。

 よし、コレで今度こそ相手が入って来るのを待つだけ。

 なんて、思っていたのだが。


 「あぁ~えっと、良いのかな? お邪魔するぜ?」


 「いやぁ、どこのギルドも同じ作りなのな。 帰って来たって感じするわぁ」


 「食堂、もしかしたらメニュー違うかもよ? 鑑定終わったら食べてみようよ」


 「東様、現在私達にはお金があまり……」


 「なんか凄く静かですけど、良いんですかね? お休みとかでは無いですよね?」


 『人の気配は随分とある、気にしなくても良いんじゃない?』


 様々な声を上げながら、“ソレ”は入って来た。

 誰しも真っ黒い鎧に身を包み、呑気な声を上げているものの警戒を怠っていないのが分かる。

 周囲の人間に一瞬だけ目配せし、猫人族の少女などは腰に下げたバッグに手を掛けている。

 鋭い眼差しを周囲に向ける彼女同様、先頭を歩く三人の男達も間違いなく警戒している。

 兜に隠れてその瞳までは見えないが、ビリビリと“ヤバイ雰囲気”が感じられた。

 そして、その後ろに続く少女達。

 その内の一人には、立派な“角”が生えているではないか。

 まさか“魔人”? なんて事を思ってしまうが、爬虫類の様な尻尾まで生えている。

 更にその後ろからはやけに小さな平服の男の子が続く。

 なんだ、何なんだ彼等は。


 「えぇっと、避難訓練か何かか? 待った方がいいのかな……すんませーん、カウンター下の人? ちょっと聞きたい事があるんですけど」


 先頭の男がコンコンッとカウンターをノックすれば、ガタガタと震えた状態の受付嬢が恐る恐る顔を出した。


 「い、いらっしゃいませぇ……ほ、本日はどにょ様なご用件で……」


 プルプルしながら、しかも噛みながら挨拶をする受付嬢には明日休みをあげよう。

 相手の気配を感じ取れる程レベルが高い子ではないが、緊急事態の原因が“彼等”だとは理解しているのだろう。

 今にも腰を抜かしそうな様子だ。


 「色々あって他の国から来たんだが、鑑定が必要だって門番に言われてな。 とりあえずココの支部長さん居ます? 挨拶と、あと鑑定してくれって伝えて欲しいんだけど」


 「は、はぃ。 ウチの支部長は……あちらに……」


 そんな事を言いながら私に向かって掌を向ける受付嬢。

 その瞬間、彼等の視線が私の方に集まった。

 背筋が冷えるどころじゃない、息が止まった気がする。

 止めて、本当に止めて。

 何か揚々とこっちに歩いて来るけど、来ないで。

 目の前二人なんか、黙って武器しまっちゃったし。


 「アンタが支部長さん?」


 ブンブンブンと首を横に振るイズリー。


 「ありゃ、そりゃ失礼。 それじゃこっちの人か。 スゲェ、海賊の船長って感じの見た目だ」


 「ち、違う……俺は支部長じゃない」


 ダリルの方も首を横に振り、硬い動きで私の方へと視線を向けた。

 そして、黒鎧達の視線がこちらへと集まる。

 あ、ヤバイ。

 コレは漏らすかもしれない。


 「え? は? この人が支部長?」


 戸惑った様子で、私に視線を向けながら色々と観察する眼差しを向けて来る“黒鎧”。

 そりゃそうだろう。

 私は魔術や指揮系統を評価されて支部長まで上り詰めた。

 他所から来たウォーカーからすれば、随分と“小娘”に見えてしまうだろう。

 これでも32なんだが。

 なんて事を思いながらニコォっとぎこちない笑みを作り。


 「は、初めまして。 このギルドの支部長を務めさせて頂いております。 ナタリー・アルクレイムと申します」


 自己紹介をした瞬間、ピタッと彼らが固まった。

 不味い、何か粗相をしただろうか?

 それともやはり女の支部長なんて、とか思われてしまったのだろうか。

 ダラダラと油汗を流しながら、ひたすらに彼らの返答を待っていると。


 「……ずるい」


 「は、はい?」


 「なんでこっちの支部長は美人さんなんだ! ウチの支部長は厳ついおっさんなのに!」


 「チクショー! どうせなら最初からこっちに来たかった!」


 「あぁ……ウチの支部長も良い人なんだけどね。 うん、分かる。 なんだろうこのやるせない気持ち」


 「やはりおっぱいですか、ご主人様方……」


 「え~っと、綺麗な人ですね?」


 『男とは単純なモノ。 いつの時代も変わらない』


 「北山さん達はおっぱい星人?」


 様々な怒号が飛び交い、訳も分からずビクッと身を固めてしまう。

 非常に不味い、ちょっと出たかもしれない。


 「はぁぁぁ……すみません、取り乱しました。 んで、だ。 とりあえず国に正式に入る為の鑑定をお願いしたいのと」


 「はい、はい。 いくらでも鑑定致しますとも」


 もう嫌だ、帰りたい。

 言葉は通じるし、対応も結構丁寧? だから今の所平気だけども。

 気配が既に怖いのだ。

 周囲を警戒とかされちゃうと、ビリビリと感じるのだ。

 彼等の敵意が。


 「あと、仕事をくれ。 帰る為の金がいるんだ」


 「は、はい?」


 「俺らはウォーカーとして別の国で登録してある。 あぁえっと、こっちの角っ子とちっこい少年は別だが。 少年に関しては森の中で保護した、親を探す依頼は……出すにしても金が掛かるか。 どうすっかな……」


 なんて事を言いながら「う~む」と悩み始めた彼の後ろで、何だか大物の商人がにこやかな笑みを浮かべているのに気が付いた。

 おい、アンタソコで何をしてる。

 このヤバイ気配がわからないのか。

 様々なアイコンタクトを送ってみたが、結果は残念な感じに。

 なので、とりあえず。


 「鑑定で、よろしいのですね? すぐさま用意しますので、えっと……とりあえずお座りになりますか? しばらくお待ちくださいませ」


 とりあえず、応接の為のソファーを彼らに明け渡してみた。

 ダリルとイズリーもいそいそとその場を譲り、とりあえずこの場を離れる事が出来そうだと安堵している様子。

 だというのに。


 「あ、そうだ。 コレって売れます? 初めて見た魔獣だったんでなるべく綺麗に“剥いだ”んですけど。 どうっすかね?」


 「ブッ!」


 「いや、え!?」


 彼が獣人の少女と共に取り出したのは、綺麗な“虎”の毛皮。

 間違いなく、ココの所“森”を騒がせていた魔獣の“ソレ”であった。

 もう、何も言うまい。


 「すぐに査定に掛けますので、しばらくお待ちを。 お茶と珈琲とお酒、どれがよろしいですか?」


 「珈琲淹れてくれるのか!? 俺珈琲で!」


 「俺も俺も!」


 「せっかく街に着いたしお酒でも、なんて思ってたけど……僕も珈琲でお願いします!」


 「コーヒーって聞いた事はありますけど、向こうの街では結構高価でしたよね? 珍しいモノでしたら、私も飲んでみたいです」


 「コーヒーは苦くて苦手だなぁ……私はお茶でお願いします」


 『コーヒー……飲んでみたい』


 「すみません、やっぱり珈琲で」


 「僕はお茶でお願いしまーす」


 そんな訳で、急に来た良く分からない黒鎧一向はギルド一角の応接スペースを占領しながらウキウキしておられた。

 そして、彼らに続く商人や兵士の数々。

 もう、何だこれ。

 どうなってんだ。


 「あ、あの支部長……“どれ”を淹れれば良いですか?」


 「最高級品が私の部屋に有るから、ソレを使ってちょうだい。 自腹でもなんでも、彼らに下手なモノ出せないわ」


 「りょ、了解です!」


 本日のウォーカーギルドは、いつもより非常に忙しくなりそうな雰囲気に包まれたのであった。

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