第111話 黒い獣は調味料が欲しい


 「おい、準備は良いか?」


 声を掛ければ、周囲に潜む俺の仲間たちは静かに頷いて返した。

 よし、今日もいつも通りだ。

 そんな事を考えながら、眼前に止まっている数台の馬車を睨む。

 馬車に描かれているのはこの先の街にある、随分と有名な商会の紋章。

 馬を休ませているのか、周囲に三人のウォーカーを配置して、それ以外は呑気に焚火を囲んでいる。

 相手は油断しきっている、そしてウォーカー達もたった三人。

 思わず口元が吊り上がったのが分かった。

 あの馬車を襲えば、きっとかなりの金やら食い物やらが手に入る筈だ。

 なんて事を考えながら静かに腰の剣に手を掛けてみれば。


 「大丈夫ですかね……ここ最近、この辺りには“黒い獣”ってのが現れるって噂に聞いたんですが」


 仲間の一人が、そんな事を不安げに洩らした。

 思わずハッ! と笑い飛ばす仲間達。

 何処でもあるホラ話の類だ。

 悪い事をすると怖い目にあうよ、みたいな子供だまし。

 それがここ最近新しく生まれたからといって、俺達になんの影響がある?


 「なら止めておくか? “黒い獣”が怖いから、俺達盗賊団は退散しました~って言ってみるか?」


 「そう言われると、“無い”っすね」


 「だろ?」


 不安そうにしていたソイツも覚悟を決めたのか、キッと鋭い目で“獲物”を睨んだ。

 準備は整った。

 仲間達にハンドサインを送り、一つ頷いた後に周囲に散って行く。

 後は、“合図”を待つのみ。

 分かりやすい合図が来れば、一斉に飛び出して制圧。

 非常に単純で、簡単な作戦。

 だが、相手は“絶対に”逆らえない。


 「あぐっ!?」


 「サラ!? どうした!?」


 「会長! 吹き矢です! サラ様を連れて馬車へ!」


 どうやら、早くも“合図”が来たらしい。


 「いくぞお前等!」


 「「「うおぉぉぉぉ!」」」


 雄叫びを上げながら一斉に周囲から飛び出せば、獲物は慌てふためきながらキョロキョロと周囲を眺めている。

 無駄だ、無駄。

 お前らの周りは、もう逃道なんて存在しないのさ。


 「よぉ、こんばんは。 金持ちの商人さん?」


 「なんだお前等は! サラに何をした!」


 顔を真っ赤にして怒鳴る小太りのおっさん。

 先程“会長”なんて呼ばれていただろうか?

 だとすると、大当たりを引いたらしい。

 そして彼の腕の中に抱えられている女の子は、随分と震えていた。

 恐怖のあまり、という訳ではなく。

 劇薬でもぶっこまれたかのように、ガクガクと痙攣している。


 「取引しようぜ、おっさん。 ホラ、これが何か分かるか? その毒の解毒薬だ。 早くした方が良いぜ? 何たってこの前その薬を使った男は、10分ともたなかった。 そんな小さな娘さんだと……何分くらいもつんだろうなぁ?」


 「腐れ外道が! 恥を知れ!」


 「だはははっ! 好きに叫びな! おぉっと、ウォーカー諸君も動くなよ? ビックリして解毒薬を握りつぶしちまうかもしれねぇ」


 手に持った小瓶をグッと握りしめて見せれば、彼等は悔しそうに顔を顰めながら剣から手を放した。


 「俺達の要求は大体分かるよなぁ? 全部置いていけ、そんでもって歩いて帰りな。 あぁいや、そのお嬢さんだけは置いていって貰おうか。 ちょっとした人質って事で。 なぁに、街に帰ってもうちょっと“お小遣い”だのなんだの持って来てくれれば、無事に返してやるさ。 腹は少しばかり膨らんでるかもしれないがな?」


 軽い調子でそんな事を言ってみれば、周りの仲間達がゲラゲラと笑い声を上げる。

 それに対して、小太りのおっさんは湯気が出そうな程顔を真っ赤にしながら眉をコレでもかって程に吊り上げている。


 「ふざけるな! 商人を舐めるなよ!? 解毒薬だってあれば、回復術師だって雇っている! 貴様らの要求など通る筈が――」


 「試してみても良いけど、おススメはしないぜ? コイツはとある魔獣の毒でな、解毒薬はその魔獣からしか作れねぇ。 下手な薬で誤魔化そうモノなら、あら不思議。 解毒薬を打ったはずがぽっくり、なんて事も良く聞く話だ。 薬のせいなのか時間のせいなのかは知らねぇが、回復術師でも同じだろうな? 相当高位の回復術師様でもない限り間に合う訳がねぇ。 さぁ、どうする? この場で娘を見捨てるか? それとも要求を呑んで、もう一度戻って来るか? 早く選びな、娘さんが可哀そうだぜ?」


 なんて言葉を吐きながら、ヒラヒラと小瓶を揺すってやる。

 その間にも吹き矢を打ち込まれた娘はガクガクと震え、今では口から泡を吹き始めている。

 あぁ、こりゃ……少し交渉を早くしねぇと不味いかもな。


 「お前等に今選べる道は二つ! 一つ目、娘を諦めて俺らと戦うか! 二つ目、今すぐ解毒薬貰う為に荷物と娘をこっちに寄越すか! さぁ、さっさと選――」


 「三つ目、お前等をぶっ飛ばして解毒薬を奪う、だ」


 「は?」


 急に背後からそんな声が聞こえて振り返ってみれば、そこには真っ黒い“何か”が立っていた。

 いつからそこに居た? まるで気配を感じなかった。

 本当に声を掛けられるまで、ソイツの呼吸の音にさえも気づけなかった。

 コイツは、一体……?

 なんて事を思っていると、顔面に衝撃が走った。

 首が捥げるんじゃないかって程強力で、地面に転がった後は頭がクラクラして動けない程だ。

 なんだ、何が起きた?

 視点の合わない視界が揺れ動く中、ソイツの……いや、“ヤツ等”の声だけは良く耳に届いた。


 「西田、どうよ?」


 「あぁ~確かにそれっぽいが……駄目だこりゃ、時間が経ち過ぎてるし空気に触れて悪くなってる。 くっせぇ」


 「ったく、こんなモン交渉に使うなっての。 聖女様ぁ、出番だぞ~。 なんかやべぇ脅し文句言ってたから、一番効きそうなの頼むわ」


 「はいっ! 解毒魔法と回復魔法を一緒に使います!」


 事態についていけずに混乱していると、女の声と共に周囲が輝き……そして。


 「き、傷が……」


 顔面が陥没したんじゃないかってくらいに痛みを感じていたのに、ソレが今では嘘みたいに治っている。

 痛みさえも、もはや微塵にも残っていなかった。


 「す、すみません! 敵さんの方まで治しちゃいました!」


 顔をあげてみればサイズの合っていない服と鎧に身を包んだ女が、こちらに向かって慌てた表情を浮かべながら黒い鎧の男に声を掛けていた。

 アレが俺を殴った奴と、治した女か。

 ニヤッと、口元が吊り上がった。


 「てめぇら! ソイツ等を殺せ! 女は捕らえろ! 上玉だぞ!」


 「「うおぉぉぉ……お?」」


 「何してんだ早く……行け……よ?」


 俺の眼がおかしくなったのかと一瞬疑った。

 さっきからずっと見ていた筈なのに、人数が増えているのだ。

 両手に槍を持った黒鎧と回復魔法を使った女は先程通り。

 だがその両脇に、小柄な獣人の女とゴツくてデカい大男が立っている。

 そのどちらも、闇夜に紛れそうな真っ黒な鎧で身を包んでいた。


 「西田ぁ、どうよ?」


 俺達の向こう側を覗き込む様にして先頭の男が声を上げれば。


 「ん~、大丈夫っぽいな。 流石聖女様、万能万能。 ほい、お嬢さんとパパさん……でいいのかな? コレでも飲みな、落ち着くぜ? お嬢さんの方はうがいしてからな」


 「ど、どうも……」


 「えっと……貴方達は?」


 そんな気の抜けた声が背後から聞こえ、思わず振り替える。

 そこには、彼らと同じよう真っ黒い鎧に身を包んだ男が“獲物”に対して呑気に水筒なんぞを渡していた。


 「ふざ、ふざけんじゃねぇぞ! お前等、コイツ等を――」


 「“狩り”の途中で獲物から眼を離すのは感心しねぇなぁ?」


 随分と近くから聞こえたその声に再び正面を向き直れば、もう一度顔面に衝撃を受ける羽目になってしまった。

 痛い、痛いどころではない。

 今度こそ首がモゲた。

 そう思える程の衝撃を受けて吹っ飛んだ俺は、そのまま意識を手放すのであった。

 今度ばかりは、先ほどの女も回復魔法は掛けてくれなかった様だ。


 ――――


 「いやぁ、何かすみません。 調味料の類まで分けて貰っちゃって」


 「いえ、この程度ではお礼には全然……というか、美味しそうですね?」


 「あ、食います? 魔獣肉ですけど」


 「魔獣!?」


 ま、そういう反応になりますわな。

 どこか懐かしいと思える反応を見ながら、これまでの経緯を簡単に説明した。

 転移の魔法陣を使ったら良く分からない森の中に放り出された事、魔獣肉を食っても魔人には変わらないと結論が出た国……というか団体? があった事。

 今の所正式に発表された訳でも無いので、あんまり大っぴらに言ってもアレなのかもしれないが。

 ま、俺ら一年くらい食ってますけど人間ですよーって感じの説明で。

 あれ? ここまで来た経緯と肉の話しかしてない気がする。

 俺ら相当不審者なんじゃ……。


 「商人たるもの、新しく金になりそうなモノには誰よりも早く手を出すべし……いただきます!」


 「お父様!? まだ彼等が本当の事を言っていると確証がある訳ではないのですよ!? 軽率過ぎます!」


 「止めなさいサラ! 彼等は命の恩人であり、更には食事を提供してくれるのだぞ!? 未開の地に行った時に“分からない食べ物だから”という理由で食事を断ってみろ! その地で商売など出来なくなる!」


 なんか、ゴメンね?

 でもほんと大丈夫みたいだから。

 そんな訳で焼き上がった串焼きを差し出してみれば、彼はゴクリと唾を飲み込んでジッとソイツを眺めた。

 そして大きな口を開きながら一口齧ろうとした、その時。


 「待ってください! せめて貴方方の顔をしっかりと見せて下さい! “魔人”ではないと証明してください! そちらの女性には角が生えているではありませんか!」


 『流石に無礼だよ! 私は魔人ではなく“竜人”! お前は酷い寝ぐせの付いた人族に対して、アナタは獣人ですか? と尋ねるのか!? それくらい失礼だぞ! 見ろこの立派な尻尾を!』


 「ひっ!?」


 「カナ、うるせぇ。 あとそこまでアグレッシブな寝ぐせが付いて人前に出たら、ソイツに問題がある。 そして尻尾を下げろ、ズボンとスカート合わせてっからってはしたない。 スカートめくれ上がってんぞ」


 『でも北山? 私は“竜人”であって……新種族であってですね……』


 「今の所自称、だろうが。 大人しくしとけ」


 『グスン』


 「カナ、落ち着いて。 ね? ご飯食べよ?」


 聖女様に竜が宥められながら、串焼きをガジガジし始めた。

 よしよし、そのまま大人しくしておきなさい。

 別の職場へ行けば常識が違う様に、自分の意見を押し通そうとしてもろくな事にはならないのだ。

 という訳で、取りあえずコッチではコッチの常識に従っておくのが吉。


 「ほいよ、コレで良いか?」


 「ん? 俺らも兜取った方が良いか? よっこいせっと」


 「ん、ひょっとまっふぇね?」


 「北山さん、僕はどうすれば……」


 「東、飲み込んでからで良いって。 あと少年は食べてて良いぞ? いっぱい食べなさい」


 「はいっ!」


 そんな訳で、俺達が皆兜を取り去った。

 中から出て来たのはナイスガイの漢達。

 なんて、言えれば良かったのですが。


 「えっと、普通……の人族に見えますね」


 「黒髪黒目とは珍しいですな?」


 えぇはい、そんな反応ですよね。

 分かってました。

 皆平凡な顔してますとも。

 ちなみに顔を出している南だけは、我関せずとばかりに串焼きをガジガジ。

 久々に鳥肉のタレ焼きだもんね、分けてもらった普通肉とはいえ仕方ないね。

 でも保護した少年でも空気読もうとしたからね、ちょっとは会話に参加しようね。


 「まぁそんな訳だから、信用してくれんなら食ってみてくれ。 駄目そうなら無理しなくても良いぞ? 普通の肉をもっと分けてくれればコッチで料理はすっからさ」


 なんて事を言いながら再び兜を被り、目の前の串焼きに集中する。

 今焼いているのは鳥と熊。

 こちらの地域には森の熊さんが多いのか、割と量が有るのだ。

 日本に居た頃なら「熊肉ってどうなんだ?」なんて思ったかもしれないが、いざ食ってみれば超旨い、脂身なんて甘いと感じるほどで調味料と抜群に合う。

 すき焼きとか試してみたが、そりゃもう皆で争いながら食う程に絶品だった。

 そんなお肉様と、南が大好き鶏肉様を今日は串焼き。

 遠征用としてマジックバッグに入っていた調味料を、熊肉に使い過ぎてしまい絶望していた所に、この人達とブッキングしたって訳だ。

 やべぇよ、醤油とかみりんとか料理酒とか。

 樽で貰っちゃった。

 良いの? 本当に良いの?

 次々と調味料を分けてくれた小太りのパパさんには、もはや頭が上がらない。

 そんな訳で、今日は串焼きパーティ。

 魔獣肉に抵抗がある人用に貰った“普通肉”も使って、護衛の皆さまも含めて宴会中。

 ただし、酒は飲んでないが。


 「しかし、やはり魔獣肉と言われると……」


 お嬢さんが未だ不安そうにしている中、お父様の方が怪しげな行動をしているのだが……止めなくて良いのか?

 コソコソしてるぞ? 娘さん、いいのか?

 なんて呆れた視線をそちらに向けていると。


 「あ、ちょっ!? お父様!? まだ不安要素が……あぁもう! 食べ物となるとすぐ手を伸ばすんですから! もう半分近く食べてるじゃないですか!」


 「んまぁぁい! こりゃ旨い! コレはどんな魔獣の肉ですかな!? 非常にジューシーで旨味が口の中に広がる。 食べてる間にもどんどんと涎が垂れて来そうな程に食欲をそそる! 調味料のバランスも良いですな……ビールが飲みたくなる味だ。 あの、すみません。 一度下味をつけずに焼いてもらう事は可能でしょうか? この肉の可能性を全部味わっておきたいのです」


 「また始まった! そんな事ばかりしているから太るんです! もう少し自重なさってください!」


 なんやかんや騒がしくなり始めた宴会は、随分と長い事続くのであった。

 それこそぶっ飛ばした盗賊達が目を覚まし、皆揃って腹の虫で大合唱するくらいには。

 知らん、貴様らは知らん。

 干し肉でも食ってろ。

 そんな訳で俺たちは、助けた商人さん達の馬車に同行させて頂く事になった。

 迷子ですって言ったら二つ返事で街まで案内すると言ってくれたのだ。

 すごい、異世界。

 こんな大きな迷子も保護してくれるんだもの。

 ありがてぇ話だぁ……なんて事を思いながら、俺たちは彼等の馬車の護衛として雇われるのであった。

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