第109話 アイリ
「よう、久しぶりだな」
「あら、ギルさん。 今日はどんなご用件で?」
最近何かと忙しく、ギルドに顔を出せていなかったので立ち寄ってみた訳だが。
随分と顔色の良くなったアイリ嬢が出迎えてくれた。
「少しばかり休暇を貰ってね、近くで体を“慣らし”に行こうかと思ったんだが。 何か良い依頼はあるかい? 出来ればその……」
「なるべく報酬の良い仕事ですね、分かりました」
「悪いね」
彼女は資料の束をめくりながら、いくつかの案件を進めてくれる。
しかしながら内容は少し微妙。
やはり個人でウォーカーをやっていると、進められるクエストが少ないと言う事なんだろう。
なんて事を思っていれば。
「なんなら、私と一時的にパーティを組みます? ノインも外に出たがっていましたし。 それならパーティ推奨のクエストもご紹介できますよ?」
こちらの表情で読み取ったのか、彼女はそんな事を言いだした。
そう言われれば当然、周囲からの視線が倍以上に増加するのが分かる訳だが。
「あぁ~いや、そのなんだ。 嬉しい提案ではあるし、“悪食”のアイリと共に戦えるってのは安心感も段違いなんだが……俺も既婚者なんで、その、な? ノインだけだと、やっぱり周囲の視線が……」
ボソボソと呟けば、アイリ嬢はなるほどと頷いた後。
「カイルさ~ん! 居ますかぁー? “戦風”の皆さーん? 今日は暇そうにしてましたよねー?」
カウンターからアイリ嬢が元気な声を上げる。
すると随分と隅の方から、見慣れた面々がこちらに歩み寄って来た。
「おう、何か良いクエストが出てきたかい?」
なんて、軽い声を上げるカイル。
そしてソレに続く“戦風”の面々。
そんな彼等にアイリ嬢は微笑みながら。
「本日の午後から、ちょっと遊びに行きません? 依頼はこんなのでどうでしょう?」
軽い様子で依頼書を差し出す彼女と、受け取って「ふむ」なんて声を上げるカイル。
そして。
「受付嬢の誘いを断ったとなれば、“戦風”の男メンツは玉無しなんて呼ばれちまう。 いいぜ、乗った」
「大将、下品。 相手はアイリさんなんだから、もう少し言葉を選びなさいよ」
ポアルに膝蹴りを貰いながら、カイルはハッハッハと豪快な笑みを浮かべていやがる。
一体なんのクエストを受けたのやら、俺にも教えて欲しい所なんだが。
「それじゃこっちも許可貰いますねぇ」
「いや、今からかよ」
思わず突っ込んでしまった俺に反応してくれる人はおらず、彼女はそのまま受付の奥に向かって大声を上げた。
「支部長ー! 今日の午後から数日休み貰って良いですかー!?」
そんな声が上がれば奥からバタバタと走る音が聞こえ、支部長が眉を顰めながら顔を出した。
「……どれくらいだ?」
「一週間くらいですかねぇ」
「獲物は? 場所は?」
「……王蛇、近くの村です。 あと道中の魔獣」
「3日で帰ってこい」
「えぇ……」
それだけ言ってパタンと扉を閉める支部長。
何というか、扱いが随分緩くなったもんだと思ってしまう。
以前のギルドならこんな事は考えられなかった。
あの支部長が依頼期間以外に時間を指定する事も、ほとんど内容も聞かずに“帰って来られる”と確信めいた信頼を置いている事も。
昔馴染みだから分かるが、やはり随分と“悪食”の事を信頼しているご様子だ。
変われば変わるもんだ、なんて事を思ってしまう。
「ハツミちゃん、聞こえる?」
急にアイリ嬢が声を上げれば、その影から一人の少女が顔を覗かせる。
見た目的には非常に怖い、というか不気味な光景な訳だが。
城でも良く見る光景なので、こちらも随分と慣れてしまった。
「あ、ごめんね? 今大丈夫だった?」
「えぇ、休憩に入ったところでしたから。 姫さまも仕事部屋で缶詰状態です、危険はありません」
「あらら~」
俺も騎士に復帰して、色々と姫様……もとい女王様の状態は見ているが。
やはりあの仕事量は若い子には些か可哀そうに思えてしまう。
とはいえトップに立ったのだ、出来ませんでは済まされないのは確かなのだが。
「今日からノインを連れて森に出ようかなって思うんだけど、ノインに声をかけて来てもらって良いかな? あとナカジマさんにも。 ノインが抜けるとお仕事に穴が空いちゃうからね」
「多分ノアも行きたがると思いますよ?」
「やっぱりそうなるかな……ま、姫様の“魔人”に対する発表も出てるから問題ないでしょ。 ウォーカー登録もしたし。 呼んで来てもらっても良い?」
「了解です、二人の事よろしくお願いします」
「はい、承りました」
そんな会話の後、ハツミちゃんは再び“影”の中へと潜っていった。
距離に限度はあるとはいえ……便利だなぁ、影の称号。
なんて事を思っていれば。
「アイリ様! 私も是非外へ!」
「姫様、貴女はお仕事の途中です」
一瞬だけ顔を出した国のトップが、ハツミちゃんに頭を押さえられて再び影の中へと戻っていった。
皆してポカンと口を開ける中、シーンと静まり返る俺達。
“影”の称号の持ち主、コレ以上増えない方が良いのかもしれない。
――――
「ポアル、細かいのは任せるぞ! リィリ! 仕事しろ!」
「してるっての!」
叫び声が飛び交う中、目の前の王蛇に向かって数本の矢が飛び交う。
その一本が王蛇の目に突き刺さり、相手は苦しそうな叫び声を上げる。
「ザズ! ギル!」
「わかっとるわい! ギル! 合わせるぞ!」
「おうよ!」
ザズの爺さんとアイコンタクトを取った後、義手の先から炎を燃え上がらせる。
その炎をザズの魔法で火力を底上げし、鋭く尖った義手の爪を相手に向かって叩き込んだ。
「消し炭になれや!」
腹に突き刺さった義手の先から、盛大な炎が噴射する。
皮を焦がし、肉を焼く。
周囲に焦げ臭い匂いが広がる中、王蛇は体を焼かれながらも此方に首を向けた。
「だぁくそ! 蛇ってのはやっぱなかなか死なねぇな!」
叫び声を上げながら義手を引っこ抜き、相手の攻撃に備えた瞬間。
「ハッ! 軽いね! アイリさん!」
「うっしゃぁぁ!」
こちらに首を伸ばした蛇の頭を、前に飛び出したノインが盾で払いのけた。
防ぐのでは無く、薙ぐ。
それだけに注力した様な、完成された動き。
彼の体の大きさと、王蛇の大きさを考えれば防げない筈の一撃。
だと言うのに、彼はいともたやすく相手の攻撃を“逸らした”。
そして。
「小物がぁぁ! 沈めぇぇぇ!」
十分にデカいと感じる王蛇に対して、いつもギルドで笑っていた受付嬢が踵を叩き込んでいる。
そして更には、拳に嵌めたガントレットを連撃で相手の頭に叩き込み、カチッと何かのトリガーをひき絞る。
「弾けろ! 爬虫類!」
ズバンッ! と爆発音が鳴り響き王蛇は悶え、彼女の拳からは煙が上がっている。
アレが彼女の新装備。
アイツ等が“趣味全開装備”なんて呼んでいたモノの同系統。
随分とゴツイガントレットの一部が開けば、使い終わった魔石がパシュッ! という音共に排出された。
何処までも異形で、何処までも美しい“黒”。
そんなガントレットを装備したギルドの受付嬢は、華麗に空中を舞っていた。
「まだ終わってません! カイルさん! ギルさん!」
「ッ! 了解!」
「どらぁぁぁぁ!」
ビタンビタンと暴れる蛇の頭に義手を叩き込み、地面に固定する。
ソレと同時に、カイルが大剣で鰻を捌く様にして腹に一直線に切れ目を入れていく。
周囲には大量の血液がまき散らされ、そこら中を赤く染め上げる中。
「ノイン! 遅いよ! 言われなくても動く!」
「すみません! すぐ魔石を砕きます!」
「ノインのバフを強くしますね!」
悪食の面々が叫んでから、ノインの坊主が盾を相手の心臓へと叩き込む。
そして。
「はい、皆お疲れ様。 ノイン、仲間の動きを見るのは良いけど、自分の仕事を忘れない様に。 君は常に一番前に居るんだからね? ボケッとしていると齧られるよ?」
「すみません……」
誰一人として怪我人が出なかった。
王蛇に対して、完全勝利出来たというのに。
ノインは何故かアイリ嬢からお叱りを受けていた。
いやいやいや、これウォーカーとしてはだいぶ良い動きだったからな?
騎士やら兵士達の連携としても、結構合格ラインだからな?
なんて事を思っていれば。
「ノアちゃんもだよ? 声を上げているメンツに注意が向いて、リィリさんやポアルさんに対するバフが薄くなったでしょ。 気を付けるんだよ? 誰しもミナミちゃんやシロちゃん、それにニシダさんみたいに“現場”がサポートしてくれるとは思わない事」
「すみません……仰る通りです」
更にお叱りは続く。
悪食の若い衆は、王蛇を狩った喜びよりも出来なかった事の反省点に夢中。
あいつら確か15だよな?
そんなのが王蛇を狩ったのに叱られる。
この状況は一体。
「あ、あのアイリさん? 私達は別に大丈夫だから、それくらいにしてあげては?」
たまらずポアルが口を出すが、彼女はニコォっと微笑みを返して口を開いた。
「さっきみたいな“小さな王蛇”だったから構いませんが、もっと大物。 または別のモノだった場合、“今回は良かった”では済まされませんから。 一人でも食われてしまった場合、同じセリフが言えますか?」
「すみませんでした、仰る通りです」
一瞬で引き下がる“戦風”の面々。
リィリは既に怯えた顔をしているし、ザズは気まずそうに視線を逸らしている。
大将であるカイルは……木陰に隠れながら大剣に付いた王蛇の血を拭っていた。
「おい、カイル」
「言うな、あぁなったときの“悪食”メンツは怖いんだ。 しかも、聞いてるだけでこっちの心が持たねぇ」
「気持ちは分かる、だがな……」
「わぁってる……でもよ、普通王蛇を全員無事に狩った後に説教始めるか? 部外者だから何も言われねぇが、俺らも身内だった場合何を言われるか分かったもんじゃねぇ」
「それもまぁ、分かるが」
正直、ココまでの大物を狩ったと言うのに説教なんぞされれば反発するウォーカーは多いだろう。
だがしかし、彼女の言っている事は全て正論であり、更には“彼等の事”を想って注意している事柄ばかりなのだ。
だからこそ反論も出来ないし、反発しようものなら“竜殺し”の称号を持つ受付嬢に喧嘩を売る行為になる訳だ。
「とはいえ、二人共頑張りましたね。 良くできました。 次からはもっと上手く“狩れる”様に、今注意した事は覚えておいてね? 食べる為にも、守る為にも必要な事だよ? あの人達なら連携を忘れる事も、誰か一人が無茶をする事もない。 無茶をするなら、全員でやる。 絶対に誰かに重荷を背負わせない、いいね?」
「「はい!」」
そんな彼女の言葉を聞いていて、思わずポツリと言葉が漏れてしまった。
「アイツが腕を怪我した時、確か一人で無茶したって聞いた様な……」
ソレが、間違いだったのだろう。
「腕を飛ばされて治ったその後、キタヤマさんがどんな折檻を受けたか……聞きたいですか?」
「いえ、結構です」
非常ににこやかに笑う受付嬢。
その顔が、今日だけはとんでもなく恐ろしいモノに見えたのであった。
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