番外編

第106話 姫


 『10年後、初雪が降るその日。この国を亡ぼす“厄災”が降りかかる。それに立ち向かうのは、異世界から訪れた勇気ある者達』


 その予言を残し、大好きだったお母様は静かに息を引き取った。

 それからだ、この国がおかしくなったのは。


 「また……ですか?」


 「あぁ、もうあまり時間がない」


 優しかった父は“勇者召喚”にばかり拘るようになり、戦う事……というか戦う物語が好きだった兄は“厄災に向けて”なんて言って、戦闘訓練ばかり。

 父は疲れた顔を浮かべながらも、平然と人の命を“使う”真似を繰り返す。

 兄は昔よりももっと暴力的になり、今では戦う事しか考えていないのではないかという程に、戦闘狂とも言える存在になってしまった。

 その全ては、この国の為にという言葉を並べて。

 母の残した予言、もとい“英雄譚”。

 それさえなければ、こんな事にはならなかったのかもしれないのに。

 こんな事なら何も知らずに平和に過ごし、ある日突然滅んでしまった方が幸せだったのかもしれない。

 なんて事を思って、幾度となく母を恨んだ事もあった。

 だが結局は“きっかけ”に過ぎず、変わってしまったのは本人達の選択の結果なのだと言い聞かせた。

 私の称号は“影”。

 だからこそ、普段から存在が希薄になる。

 まるで私など居ないかのように、こちらから何かをしなければ気づいて貰えない。

 一度気づいたとしても、すぐに意識を逸らされてしまう。

 幼い頃から幾度となく辛い思いをして、ずっと孤独で。

 成長した今でも、二人をどうにか出来る程の影響力など微塵も持てないでいる。

 誰とも深く関われないのだから当然だが。


 そして、もう一つ。

 “まだ見ぬ英雄譚の語り手”。

 母と同じこの称号のせいで、私の存在は隠されて来た。

 ソレがより一層私の存在を孤独にさせた。

 周囲からも、世間からも。

 私は“居ない筈”の存在になってしまったのだ。

 辛い、毎日が辛い。

 生きているのに、私が生きていると認めてくれる人がこんなにも少ない。

 城の中では私の存在は知られているが、それでも気づいて貰えない。

 当初は色んな人に声を掛けて、私の事を知ってもらおうと頑張ったけど。

 いつまでも変わらない現実に、その活力も尽きた。

 もう、どうにでもなれ。

 そんな事を思いながら、今日もベッドに突っ伏した。


 「あぁ、このまま全部無くなってしまえば良いのに。 そうならないのなら……誰か、私を助けて下さい……」


 ただ生きているだけ。

 何もすることなく、父や兄の愚行を眺める毎日。

 疲れた。

 誰も助けてくれないのなら、もういっそ私を――。

 そこまで考えて、私は夢の中に意識を手放すのであった。


 ――――


 夢を見た。

 この国に多くの敵が迫る。

 見た事もない大きな魔獣の影も見える。

 ソレらは好き勝手暴れまわり、目に見える全てのモノを破壊していった。

 逃げ回る人々、必死に戦う兵士達。

 彼等を嘲笑うかのように、蹂躙を続ける“ナニか”。

 そんな存在を城の窓から震えながら眺めていれば、真っ黒い誰かが室内へと入って来た。


 「無礼者!」


 多くの人が声を上げる中、彼等は怒鳴り散らしながら父の元まで歩み寄り。

 そして、真正面からぶん殴った。

 外はこんな状況だというのに、城の中でもこんな……なんて、震えていると。

 室内に入って来た彼らの一人が、真っすぐに私の事を見つめて来た。


 「――――!? ――――!」


 何かを、叫んでいた。

 でも、その声が聞こえない。

 私の事を見てくれて、言葉を紡いでくれているというのに。

 彼の想いを、今の私は聞く事が出来ない。

 もどかしい。

 あの人の言葉を聞き届けたい、ソレに答えたい。

 こんなにも強い感情を思い浮かべたのは、随分と久しぶりの事だ。

 喉の奥に詰まった何かを吐き出す様に、必死に声を上げようとした。

 苦しくて、辛くて。

 それでも“黒い彼等”に、言葉を紡ぎたくて。

 そして。


 「俺達が助けてやる!」


 その言葉が聞こえた瞬間、スッと全身から力が抜けたのが分かった。

 一体何に対してこんなに力が入っていたんだと言う程、胸の奥から安堵する感情が広がっていく。

 すると、私の口は自然に言葉を溢した。


 「私を……助けて下さい」


 私の声に一つ頷いた彼は、窓の外へと視線を移す。

 そこから見えるのは、まさに地獄絵図。

 昨日まで平和だった国が、ある日絶望の淵に立たされた光景。

 彼等はソレを睨みつけて、叫んだ。


 「“悪食”はこの依頼を受ける。 お前等! 戦闘準備! 全部食い散らかすぞ! 全部だ!」


 「ハハッ、こりゃまたすんごい命令だ事。 うっし、行きますか!」


 「ウチのリーダーらしいねぇ。 ま、仕方ないでしょ。 とりあえず壁ブチ破るけど、ごめんなさぁぁい!」


 そんな事を叫びながら、彼等は戦場へと舞い降りて行った。

 とても大きな背中、頼もしい声の数々。

 こんな状況にあっても、軽口を叩きながらあの戦場へと飛び込んで行く勇気。

 間違いない、あの人達が“勇者”なんだ。

 この国が求め、お母様が予言した“異世界人”。

 そして、私の事を助けてくれる人達。

 夢の中で、私はその人達に出合った。

 コレが私の見た“英雄譚”。

 ここまではっきりと見えたのは、初めての事だった。

 もう、心は決まった。

 私の全てを差し出そう。

 彼等が勇敢に戦える様に、この未来が現実のモノとなる様に。

 お母様は言っていた、“異世界人”の未来は変わりやすいと。

 本当に些細な事で、全く違う未来になってしまうこともある。

 だから、私は彼らに全てを差し出そう。

 私が使える物、持っているモノ、そしてこの身さえも。

 そう心に決めた瞬間、夢は終わるのであった。


 ――――


 「今のは……」


 眼を開ければ、いつもの天井が広がっていた。

 でも、明らかにいつもとは感覚が違う。

 体はじっとりと汗ばみ、掌にくっきりと爪の跡が残るくらいに強く握りしめている。

 私は“視た”。

 間違いなく、未来の“英雄”の姿を。

 早く、早く彼らが来る前に準備を進めなければ。

 お父様に相談するか? きっと“勇者”が来るのが見えたと言えば協力してくれるはずだ。

 なんて事を思いながらベッドから飛び出せば。


 「なっ!? あの光は!」


 窓から身を乗り出す様にして、その光景を覗き込んだ。

 謁見室の方、そして何度も見たあの光。

 今日、どうやら新たなる“異世界人”が呼ばれたらしい。

 こう何度も連続で使える程手軽な魔法では無かった筈なのに、あの人はまたあの“禁忌”に手を出したのか。

 なんとなく嫌な予感がする。

 今の夢と最近のお父様の行動を見ると、どうしようもなく焦燥感がこの身を支配した。

 大丈夫、大丈夫な筈だ。

 なんたって彼等は“勇者”に間違いないのだから。

 そう自分に言い聞かせながらも、ソワソワする心が落ち着かない。

 そして何より、もしもあの場に“彼等”が呼ばれたのだとしたら……一刻も早くこの眼で見たい。


 「ダメです、我慢できる訳がありません」


 はしたないかもしれないが、その場で寝間着を脱ぎ捨ててクローゼットからお気に入りのドレスを引っ張り出す。

 本来はメイド達に着せてもらうのが貴族や王族というモノだが、私の場合“影”の称号の影響もあり、自分で着る事を覚えた。

 とは言え、どうしたって背面などは一人だと上手くできなかったりする訳なのだが。


 「あぁもう! こんな時に限って!」


 紐が上手く結べなかったり、変に皺が寄ってしまったりと散々な目にあったが、何とかドレスに着替えた私は城の中を全力で駆けた。

 早く、早く見たい。

 一刻も早く会って、言葉を交わしたい。

 そんな想いを胸に、王の謁見室の扉を開いてみれば。


 「あぁ……シルフィか。 どうした?」


 疲れた顔のお父様が、頬杖を突きながらため息を溢していた。

 いくら見渡しても、“異世界人”の姿は見えない。


 「あ、あの。 先程“勇者召喚”を行われた様ですが……」


 「あぁ、気が付いたのか。 しかし今回も駄目だった。 3人も呼べたというのに、皆“ハズレ”だったよ。 はぁ……一体いつになったら“勇者”が召喚できるのか。 このままでは間に合わない――」


 お父様が話している途中で、謁見室を飛び出した。

 今しがた追放されたばかりだと言うのなら、まだ間に合う筈。

 息を切らしながら自室へと戻り、私が“宝物”と称して保管している物品を引っ張り出す。

 黒いマジックバッグ。

 昔、お母様が生きていた頃。

 とても珍しいモノが手に入ったからと言って、私の誕生日に頂いた物だ。

 見た目は普通の腰に吊るすバッグではあるが、驚く程に入る量が多い。

 そして時間の経過を阻害する強力な“付与魔法”。

 間違いなく私の持っているモノの中で、一番高価なモノだった。

 更には。


 「ていっ!」


 私が何かを成し遂げた際や、お小遣いとして貰っていたお金を幼い頃から溜めていた貯金箱。

 王猪をモチーフにしてあるらしく、雄々しくも可愛らしい見た目をしていたのだが。

 その子に対し、鞘に入ったままの短剣を躊躇なく叩き込んだ。

 バリンッ! と音を立てながら砕ける貯金箱にちょっと泣きそうになったが、今はそれどころではない。

 散らばった金貨を集めてバッグの中に放り込み、すぐさま部屋を飛び出した。

 急げ、急げと自分に言い聞かせて次に訪れたのは兵士の武具保管庫。

 その一角に山積みに置かれている、古くなった防具や武器の数々。


 「こ、これなら……貰っても怒られませんよね?」


 はぁはぁと息を切らしながらも、まとめてソレらをマジックバッグに突っ込んだ。

 もはや何がどれくらい入っているのかさえ分からないが、とにかくいっぱいあれば何かしらに使える筈だ。

 使い捨てても良いし、売っても良い。

 だから、全部詰め込んだ。


 「ま、まだ大丈夫でしょうか? もう追い出されたりしてないでしょうか?」


 早く早くとバタバタ動き回りながらも、ふと飾られている一本の剣が眼に入った。

 別段、他の剣と変わりがある様には見えない。

 しかし、決定的な違いがあるソレ。

 付与魔法“幸運”。

 しかも一度の戦闘でしか効果は発揮されず、使い切りの剣だと聞いている。

 なんでも、効果が切れると折れてしまうんだとか。

 だからこそ使い処に困り、こうして飾られている訳なのだが……。


 「でも、コレは流石に……いや、でも……あぁもう! 全部あげるって決めたじゃないですか! 後でいくらでも怒られてやります!」


 壁に飾られた付与付きの剣。

 見た目は一緒なので間違ったという事にして、ソレもマジックバッグに放り込んだ。

 それが終われば、また走る。

 生れて初めてかもしれない、こんなにバタバタと走り回ったのは。

 こんなにも胸が高鳴り、疲れなど忘れて手足を動かしたのは。

 必死に「間に合え」と強く願いながら、私は廊下を駆け巡った。

 そして、ついに。


 「はぁぁぁぁ」


 「これから……どうなるんだよ俺ら」


 「家も金も職もない……せっかく異世界に来たのに……」


 見つけた。

 間違いない、あの声だ。

 夢に出て来た、あの人達だ。

 コソッと通路の奥から覗き込んでみれば、兵士に囲まれた三人の男性が暗い顔でこちらへと歩いて来ている。


 「すぅぅぅ、はぁぁぁぁ」


 何度深呼吸しても、煩い心臓が止まってくれない。

 いや、止まっては困るが。

 でも、ここまで脈打っていると困る。

 まともに話せる気がしない。


 「落ち着け、落ち着くのです……冷静に、ちゃんと礼儀正しく、小娘だと思われない態度を取らないと……」


 その後何度も深呼吸を繰り返していたら、もうすぐそこまで足音が迫って来てしまった。

 もう、時間の猶予が無い。

 色々諦めながら、バッと姿を現すと。


 「っ!?」


 何度も言うが、私は“影”の称号のせいで気配が希薄になる。

 その効果を使えば、相手の目の前に立っても気づかれない程に。

 だというのに。

 姿を現した瞬間、その人は此方に向かって視線を向けたのだ。

 さも当然の様に、当たり前に“私”という存在を見てくれた。

 先程見た、夢と同じ様に。

 やっぱり、間違いじゃない。

 この人達だ。

 この人達が、“英雄”になるんだ。

 だったら、私だっていつまでも隠れてばかりは居られないだろう。


 「見送りは私が変わります、貴方達は下がりなさい」


 多分人生で初めて、兵士に向かって偉そうに命令を出した。

 内心はドキドキしっぱなしではあるし、人前に立つ事だって慣れていない。

 でも、今この時だけは。

 “ちゃんとした王女”に見られたかった。


 「聞こえませんでしたか? 下がりなさい。 私が変わります」


 凄く緊張した、とても我儘を言っている気分になった。

 それでもこの選択は間違っていないと信じて、私は突き進んだのであった。


――――


 私の行動が間違っていなかったと、この時行動して本当に良かったと。

 全てが終わった今だからこそ、心からそう思うのだ。

 黒き英雄の皆さま、お帰りを心よりお待ち申し上げます。

 その時が来たら私にも「お帰りなさい」と一言、言わせてくださいませ。

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