第105話 最終話 遠い地で
「森のくまさん発見! 数……10!」
西田が鋭い声を上げれば、角の生えた聖女様が前方へと駆けだした。
もうそれなりの時間を共に過ごした訳だが、“思いきりが良くなった”という印象が強い。
最初の頃は大物を見る度に、ヒーヒー言ってたのに。
「全体にデバフを掛けます! それから皆さんにはバフを! カナ、協力して!」
『了解! 竜だったころは想像も出来なかったよ……あの熊が、あんなに美味しく化けるだなんて。 やっぱり人間は面白いね、長い事封印された価値はあった』
一人の少女から同じ声で二人分の台詞が聞こえる。
コイツも随分驚いたが、聖女様の中には俺らが狩ったドラゴンの“魂”……って言ったら良いのかな? とにかくそういうモノが入っているらしい。
思いっ切り目の前で当人の体食っちゃったけど。
しかも本人も「いやぁ、自分を食べるとは思わなかったけど。 コレ美味しいね、おかわり!」とか言っていたし大丈夫だろう。
なんでも昔は獣でも人でも食らうドラゴン様だったが、初代“勇者”に肉体と切り離されてから、随分と色んなお話を聞かされたらしい。
長い時間を掛け、食べる事も、眠る事も出来ずに封印され続けた結果。
様々なモノに興味が湧いたのだとか。
すごいねぇ、初代勇者。
ドラゴン改心させちゃったのかよ。
「北君! いつものフォーメーションで一気に片付けよう! あんまり手間取ってると“獲物”が逃げちゃう!」
そう言ってガツンガツンと大盾を打ち鳴らす東。
その手に“趣味全開装備”は握られていない。
悲しいことに、俺ら三人の“アノ”装備はぶっ壊れてしまったのだ。
西田と東は竜の時に。
俺の槍に関しては“こっちの地方”に飛ばされてから、数回使って穂先が折れた。
更に残念なことに、トール達が作った“黒シリーズ”の武器達も竜の時からボロボロ状態。
なので、久しぶりに通常装備使い潰し戦法だ。
「ご主人様! 左右に広がっている様な個体はありません、いつも通り一気に行けます!」
南が声を上げ、木の上からクロスボウで威嚇射撃。
相手の群れを小さくまとめ、とんでもない密集地帯を作り上げる。
ここまで来たら、もうやる事は簡単だ。
“いつも通り”、俺達流でやればよい。
「望、カナ! 魔法準備! 捕縛するだけだぞ? 焼いたりするなよ!?」
「了解です!」
『わかってるって。 ドラゴンブレス使うと説教されるし……』
二人と言って良いのか、一人と言えばよいのか。
まぁ、二人で一人って事で良いのか。
なし崩し的に俺らと同行している聖女様は、キッと正面を睨みながら杖を構える。
「西田! 俺と一緒に左右から攻めるぞ! 一匹も逃がすな!」
「おうよ! こんだけの大物に、これだけの数だ! しばらく“ボウズ”だったとしても肉には困らねぇぜ!」
なんて事を言いながら西田は俺の隣に舞い降り、両手に短剣を構えて姿勢を低くした。
いいね、やる気十分みたいだ。
「南は全体援護! 何かあったら報告しろ、聖女様の事頼むぜ!」
「お任せください、一匹たりとも通しません。 とはいえ、ご主人様達から抜けられる“大物”がいるとは思えませんが」
信頼が厚いのは良い事だが、過信は良くない。
今一度南に目配せすれば、「分かっております」という一言と共に、カシャッ! とクロスボウのマガジンを交換する。
あの雰囲気だ、多分大丈夫なのだろう。
台詞に対して、表情は本気そのもの。
“いつもの”頼れる後衛の気配が、ビンビンと伝わってくる。
「うっしゃぁ! 行くぞお前等! 東、突き破れぇぇぇ!」
「うおおおぉぉ!」
獣の群れに対し、両手に持った大盾を構えながら一直線に突っ込んでいく東。
その勢いは、これまで以上のモノ。
少しの間滞在して世話になったギルドで鑑定した結果、俺達のレベルは随分と上がっていた。
マジで、本人でも引くぐらいに。
だからこそ、これまで以上にウチのタンクは“固い”上に“強い”のだ。
俺達よりも体の大きな熊に対して特攻し、今では跳ね飛ばしている。
もはや、多分ダンプとぶつかっても東が勝つんじゃないかって勢いだ。
「っしゃぁぁ!」
「どらぁぁ!」
東に続いて俺らも群れに飛び込めば、そこはもう大混雑な上に乱戦も乱戦。
周囲には魔獣が溢れ、槍を雑に振るっても確実に当たるという様な情況。
そんな状況に自ら飛び込み、今日も俺達は暴れまわる。
本日の夕飯を手に入れる為に。
「抜けたよ! 引き返すね!」
「こうちゃん! 暴れるのに夢中になって東に轢かれない様にな!」
「わかってらぁ! ずらぁぁぁ!」
何処へ行っても、俺達のやる事は変わらない。
獣を狩り、捌き、そして食らう。
ソレが俺達で、“こっち側”に来てからずっと繰り返して来た事柄。
多分この先もずっと、こんな風にして生きていくのだろう。
御大層な目標も、明確なゴールもない。
ただ“生きる為に生きる”。
そして、生きる為に“喰らう”。
どこまでも目の前の事しか見ていないし、異世界に召喚されたからって“主人公”にはなれない。
禁忌だなんだと敬遠される“黒い装備”を身に纏い、タブーである“魔獣肉”を喰らって生きる。
常に鎧を身に纏う俺らは、周りから視たら相当印象は濃いだろうが、ある意味で薄い連中だろう。
何たって、ほとんど素顔を晒していないのだから。
だからこそ俺たちは“主人公”にも“勇者”にもならない。
俺達は何処までいっても“狩人”であり、“ウォーカー”にしかなれないのだから。
「ご主人様! 右から2匹接近中です!」
「一匹はこっちで対処する! こうちゃんもう一匹任せた!」
「こっちのは任せて! 一気に轢く!」
「東さんの方は私が援護します! “バインド”!」
『こりゃぁ……久々に大漁だね』
帰り道であっても、狩りをする。
腹を満たす為、生きて帰る為に。
ついでに言えば、待っている奴等の土産を増やす為に。
「しゃぁぁ!」
相手の額に槍の穂先叩き込み、もう一本の槍を投擲してから姿勢を低く構え、そして叫ぶ。
「南! 槍!」
「はいっ!」
そんな訳で、ずっと変わらない。
昨日も今日も、多分明日も明後日も。
俺達は“勇者”になれなかったハズレ組。
だからこそ、ただの“ウォーカー”として生きるのだ。
金の為に、生活の為に、食う為に。
自分達で狩った獲物を捌き、そんでもって飯を作り続ける。
ただただ旨い物を食う為に、誰かに食わせる為に。
三馬鹿トリオで始まった俺達の冒険は、今では随分と仲間が増えた訳なのだが。
それでも、変わらない。
「うっしゃぁぁ! 今日も肉ゲットだぜぇぇ!」
「「うぉぉぉ!」」
「お疲れさまでした、ご主人様方」
「お、お疲れ様です!」
『いやぁ、夕飯が楽しみですなぁ』
今日もまた、旨い物を求めて命を狩る。
生きる為に食べる、食べる為に殺す。
どこまでも動物的で、野生的で。
そんでもって、欲望に忠実。
「よっし! 南と聖女と俺で解体! 西田は周囲の探索と山野菜なんかを探せ! 東は火の準備! 今日は豪快にやるぞ!」
「「うおっしゃぁぁ!」」
「そろそろ魚にも飽きて来ましたからね。 久々に味の濃い物が食べたいです」
「熊は匂いも濃そうですけどねぇ……」
『でもこの熊は美味しいよ?』
俺達は生きていく。
その為に、今日も今日とて飯を作る。
せっかくなら、旨いもの食いたいじゃないか。
ただただそれだけの理由で、俺達は今日も男飯を拵えるのであった。
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