第104話 報告書 4


 随分と多くの人々が訪れた支部長室。

 もはや室内には収まらずに、廊下までその列が伸びている程だ。

 そして、その先頭に居るのが。


 「他国から“ロングバード”にて本日届いた手紙です。 一応中身を確認させて頂こうかと思いまして、本日はお邪魔した次第です」


 「内容なら王宮で確認するのが通例な筈ですが……まぁ、“コレ”なら気持ちは分かります。 読み上げた方がよろしいんですよね?」


 「えぇ、是非」


 にっこりと笑う女王様の周りには、彼女を守護する騎士達がズラリ。

 それどころか悪食メンバーはもちろんの事、話を聞きつけたのか戦風やその他のウォーカーも集まって来て居る始末。

 はぁ……と溜息を溢してから、改めて手紙に視線を向ける。

 “悪食の報告書”。

 確かにそう書かれている。

 そして差出人は……随分と遠い国だが、ギルド本部招集の際にはやけに私に絡んでくるギルド支部長の名前が。


 「ハァ……読みたくない様な、読みたい様な」


 「支部長、早くお願いします」


 ゴッゴッとテーブルを拳で叩くアイリに促され、封を開けてみれば。


 「……はぁ」


 その文字列を見た瞬間、思わず再びため息が零れた。

 出来れば、“悪食”の報告だけにしてほしかった。


 ――――


 やぁやぁ久しぶりだね。

 私の事は覚えているのだろう? まさか覚えて居るよね?

 ウォーカーギルドの本部に行った時は、熱いアプローチをしたんだから。

 そろそろ結婚しないかい? 私達も良い歳だ。

 仕事ばかりに追われていても、ろくな人生にならないだろう?

 だからこそ、子供の5人や6人でも作ってウォーカーに育ててパーティを組ませようじゃないか。

 素敵だと思わないかい?


 「支部長、意外とモテるんですね」


 「黙れアイリ、続きを読むぞ」


 まぁその話はまた今度会った時にでも。

 それよりも、だ。

 “アレ”はなんだい?

 まさか君の街では、これくらいのウォーカーが普通だなんて言わないでくれよ?

 だとしたら、私のギルドの質がとんでもなく低いことになってしまう。

 しかも見た目も行動も、更には活動さえもぶっ飛んでいる。

 いつの間にか世界の常識が変わったんじゃないかってくらいに、本当に驚かされたよ。

 なんたってウチのギルドに「仕事をくれ」って急に黒い鎧の集団が入って来たんだから。

 一応彼らが“規格外”という認識は正しい物として、話を続けさせてもらうよ?

 もしも彼らが“ごく普通の一般的なウォーカー”だというのなら、すぐさま連絡を寄越してくれ。

 今すぐギルド支部長なんて辞めて君の元に嫁ぎに行くから。

 そんな訳で、彼等のステータスを模写して記しておく。

 これはちょっと、私としては本気で肝が冷えたんだが。

 どんな育て方をしたら“こんな風に”なるのか、教えて欲しいくらいだよ。


・北山 公太

 ・人族

 ・レベル82

 ・称号 デッドライン

     竜殺し

     [  ]の英雄

 ・職業 ウォーカー

 <状態異常> なし


・西田 純

 ・人族

 ・レベル82

 ・称号 疾風迅雷

     竜殺し

 ・職業 ウォーカー

 <状態異常> なし


・東 裕也

 ・人族

 ・レベル82

 ・称号 楽園の守護者

     竜殺し

 ・職業 ウォーカー

 <状態異常> なし


・南

 ・猫人族

 ・レベル76

 ・称号 竜殺し

     死が4人を分かつまで

 ・職業 ウォーカー

 <状態異常> なし


・神崎 望

 ・竜人族

 ・レベル80

 ・称号 聖女

     竜と共に生きる者

 ・職業 なし

 <状態異常> なし


 これだよ。

 ウチのギルドに訪れた状態で、コレだ。

 何だいこの化け物達は。

 正直、彼等を鑑定したその場で失禁しそうになったよ。


 「なんでこんなにレベルが……あぁ、竜を倒したから。 しかもなんだこのふざけた称号は。 ハァ……アイリ、お前も後で鑑定する。 いいな?」


 「んな事どうでも良いから続きを読みましょう」


 「ほんとお前は……」


 そんな訳で、取りあえずお金になりそうな仕事を斡旋したら……どういうことだい?

 彼等は獣か?

 魔獣だろうと何だろうバリバリムシャムシャ、食べる食べる。

 この時点でまた世界の常識が変わったのかと目を疑ったよ。

 しかも随分と美味しそうに食べるじゃないか。

 なんだいこの“悪食”ってクランは。

 転移で飛ばされたとは言っていたが、ほとんどお金が無かったからと言って普通ギルドの中庭に泊まる? しかもバーベキュー始める?

 滅茶苦茶良い匂いしてるし。

 何人か食べちゃったし、魔獣肉。

 ウチのウォーカーが“魔人”になったらどうしてくれるの?


 「食ったのか……公式の発表がある前に。 まだウチの国内くらいだろう、魔獣肉の事が公表されたのは……」


 「仕方ありませんね、アレは食べます」


 「アイリ……」


 そんな訳で、彼等はしばらくウチの管轄で仕事をこなす事を選んだみたいだけど……少し稼いだら出ていくと言われたわ。

 ホームが有るから、帰らなきゃいけないって。

 ウチにくれない?

 向こうの倍報酬を出すからって言っても、全然首を縦に振ってくれないんだけど。

 貴方一体何をして彼等を取り込んだの?

 こんなヤバイステータスしている上に、戦果も凄ければ依頼達成率は言うまでも無い。

 なにこれ。

 何このパーティ。

 ヤバすぎるんだけど。

 本気でウチにくれない?

 最近じゃ漁師の船に乗って、周囲の魔獣を駆逐する作業をこなしているらしく、街の住民にも普通に受け入れられてるんですけど、というか住人からの信頼が厚いんですけど。

 頂戴?


 「やらん」


 そんな訳で、順調にお金が稼げたのか。

 彼等はソッチに向かって出発したわよ。

 山の中でも何でも関係なしに突っ切るらしいから、随分と早く到着しそうな勢いだったわ。

 でも、海を渡る際には通常の時間が掛かるでしょうね。

 彼らが泳ぐわけでもなく、船を使う訳だから。

 もう彼らだったら泳いだ方が早いんじゃ? なんて思ってしまうのは病気かしら?

 こんなウォーカーがソッチにはウジャウジャいると考えると……ちょっと頭が痛くなるわ。


 「居る訳ないだろう、そんな意味分からんのがウジャウジャと」


 「支部長様、ツッコミは程々に」


 「すみません姫様……つい」


 そんな訳だから、その内ソッチに“悪食”は帰ってくると思うわよ?

 その報告と、あと彼らから預かった手紙も同封するわ。

 “ロングバード”の話をしたら、是非とも一緒にって言って来たから。

 それじゃ、またどこかで会いましょう。

 貴方に、海を越える程の愛を込めて。


 「鬱陶しい手紙はコレで終わりだ。 後は……」


 封筒の中からもう一つの手紙を取り出し、開く。

 そこには、随分と汚い文字で文章が綴られていた。

 あぁ、そういえば。

 お前達は、字を書くのが何故か随分と下手くそだったな。

 そんな事を思い出しフッと口元に笑みを溢しながら、私は次の手紙に朗読し始めるのであった。


 ――――


 よう支部長、元気でやってるか?

 手紙を書くなんてほとんどしねぇから、適当な文章にはなっちまうがソコは勘弁してくれ。

 まず最初に、スマン。

 先に謝っておく。

 俺達が食った魔獣をリストアップしろって話だったが、こっちの魔獣の名前がわからん。

 いちいち聞いて回るのも面倒なので、取りあえず特徴だけを書いておく事にする。

 そんな訳で、アイリが居ないから俺が報告をする訳だが。

 その前に。

 一応生きてんぞ、死んでねぇ。

 全員無事だ。

 何か気づいたら海が近い森の中に飛ばされてたわ。

 “悪食”メンバーにもそう伝えていてくれ、その内帰るからよ。

 こっちの旨いモンお土産にするからって、そう伝えておいてくれ。


 んで、だ。

 報告を始めよう。

 虎……は、いいか。

 そっちでも探せば居そうだ。

 そんな訳で、まず飛び魚っぽい魔獣だ。

 見た目はトビウオ、でも鼻先に棘が付いててブッ刺して来る。

 漁師にとってはコイツが、身近で一番被害者の出る魔獣だって言ってた。

 でもよ……旨いんだコイツが。

 焼けばホクホク白身に、噛めば噛むほどジュワーって感じに旨味が出る。

 しかも今年は随分と大物が出ていたらしく、肉厚な奴が多かった印象が強かったな。

 醤油を一滴たらすだけでも味が化けるし、汁物でも旨い。

 つみれ汁、揚げ、焼き魚。

 なんでも来いだ。

 マジで旨いんだぞ?

 大根おろしとかと一緒に食うとこう、ぶわぁって涎が出る感じ?

 もうよ、そんなのが大漁だよ。

 船に乗って、甲板に立ってればそこら中から飛んでくんの。

 無料の食い放題だよ、海最高かよ。


 「…………え~と、だな」


 「…………続き、読みましょうか」


 あとはビックリしたのが鮫だなさめ

 デッカイ鮫が急に襲い掛かって来たんだが、アイツ等って飛び魚みたいに飛んでくるのな。

 すげぇビックリしたけど、超旨かった。

 フカヒレが高級食材な理由が分かったぜ、しかも身だって十二分に食える味だったしな。

 鮫肉って実は滅茶苦茶柔らかい上に、全然臭くない。

 焼いても旨いし、醤油なんかで下味を付けしても良く染みる。

 あとは試しにグラタンにしてみたんだが、ヤバイ。

 それこそタラの代わりじゃないが、そんな感じで作ってみたんだが。

 鮫って結構汎用性あるのな。

 ホクホクだし、味はしっかりと染みるし、クセも少ない。

 結構どんな料理にも合うんじゃないかってくらいに、旨い。

 正直飽きるくらいに食いまくった、量もあったし。

 なんかそこらの船よりデカい奴も居たが……あんまりデカすぎるのも考え物だな。

 大味になっちまって、そっちはあんまり旨くなかった。

 しかも臭かったし、肉は固い。

 そこら中に傷があったから、海の中に旨味を逃がしちまったのかな?

 良く分からんが、それなりに小さくてギュッと味の詰まった奴の方が旨かったのは確かだ。


 「なぁ、そろそろ突っ込んでも良いか?」


 「ダメです、続きを読みましょう。 例え相手が”海の死神”だったとしても、あの人達なら食べます。 いつもの事です」


 あとはアレだ、くじら

 クジラの刺身とかは聞いた事があったが、実際に食った事は無かった。

 でもよ、すげぇぜマジで。

 プリップリなんだよ。

 刺身も普通に食う街だったから、そのまま頂いた訳なんだが。

 マジで新触感。

 コレが鯨かぁ……って思える程味わいが違う。

 醤油良し、ワサビ良し、その他調味料と合わせれば瞬時に味が化ける。

 しかも身がデカいからな、色々と他の料理も試せそうで良いわコイツ。

 マジで酒が欲しくなる味だからな?

 お土産にも持って帰るつもりだから、旨い酒でも用意しておいてくれ。

 そしたらご馳走してやるから。

 あ、それから立派な角が生えてたからコレもお土産にします。

 一緒に狩りをした船乗り達からも、お前等にやるって言われたんで貰ったんだけど……何かに使えんのかな、コレ。

 変な霧は出すし、“幻鯨げんげい”とか呼ばれているヤバメな鯨だったらしいが。

 使えなかったらホームの玄関にでも飾ろうと思う。

 それ以外使い道無いし。


 「何を狩ってるんだコイツ等は!」


 「竜よりマシです! 竜よりかは!」


 んで、しばらく仕事して金が溜まったんでそろそろ出発しようと思う。

 海以外は一直線にソッチに向かうつもりだから、多分半年やそこらでつくんじゃないかなって。

 あ、いや。

 海も超えるから一年くらいは掛かるのか? デカイ地図だと距離がよくわからん。

 また山の中やら海やらで珍しいヤツを見つけたらお土産にするから、期待しておけってホームの奴等には伝えておいてもらうと助かる。

 蛇って、実は旨いんだぜ?

 前食った奴が外れだっただけで、マジで鰻みたいに喰える。

 でも食った感じは鶏肉に近いのか?

 普通にうめぇ。

 そういう新発見も持ち帰るので、是非とも首を長くしながら待っていてくれ。

 “コッチ”の旨いモン、色々持ち帰ってやるからよ。

 あ、そうそう。

 ラーメンって言って伝わるか?

 コッチにはラーメンがあってだな、そりゃもう食いまくったさ。

 パスタとはまた違うスープに入った中華麺になる訳だが……まぁ良い、どうせ俺には上手く説明できん。

 その麺を買い込んだから、今度食わせてやる。

 覚悟して置けよ?

 マジでハマるからな?

 あと、それと……だな。

 ドラゴン、“美味しかった”です。

 色々と察してくれ、スマン。

 アイツデカすぎて、マジックバッグを圧迫してたから……その、なんだ。

 旨かったです。

 あ、そうそう。

 勇者の坊主に伝えておいてくれ。

 遅くなったが、“約束は守る”。

 そんじゃもうちっとかかるが、また会おうぜ。


 ――――


 その言葉を最後に、手紙は終わっていた。

 非常に緊張感も何もない文章、本当に近状報告と食レポ。

 そんなモノだけが、この手紙には詰まっていた。

 ソレら全てを感情のままに、思いっ切り壁に向かって“ぶん投げた”。


 「フハハハ! あの馬鹿共! 生きている、生きているぞ! しかも……畜生! こんな報告書寄越しやがって!」


 「ラーメン……鯨、海鮮……北達だけズルい」


 「随分と贅沢しているみたいですねぇ、北山さん達は」


 「よくわかんないけど、美味しい物食べてる事だけは分かったわ……」


 各々声を上げる中、放り投げた報告書を睨んだ。

 読み切ってはいるが、あえて言わせて頂こう。

 もうこれ以上読んでいられるか。

 懐かしい、この感覚。

 そこに何処か喜びを感じながら、憂さ晴らしにもう一度報告書を拾って壁に叩きつけた。


 「アイツ等は帰ってくる! 分かったな!? アイツ等は、“無事に”帰ってくるんだ! 各々恥ずかしくない見た目を取り戻しておけ! 彼らが帰って来て、今の様な不細工な面の我々を見たら何を言われるか分かったモノではないぞ!」


 「「「了解!」」」


 それは、私も含めて。

 今の様に疲れ切った顔と体では、彼等が帰って来た際に笑われてしまうだろう。

 だからこそ、“食べなければ”。

 体の資本、彼らが最も重要視していた事柄。

 それは、“食べる”事だ。

 忙しさにかまけて、ソイツをサボればすぐさま体は衰える。

 私でさえ、ダイエットなどしていないのに随分と細くなってしまった程。

 だからこそ。


 「厨房に緊急連絡! 食うぞ! ひたすらに食うぞ! 太ったなんだと言う奴は動いて筋肉にすれば良い! 体重調整なんぞ、そこからの話だ! まずは、“生きる為に食うぞ”!」


 その命令は、ギルドの厨房を随分と戦場に変えてしまったらしい。

 だがしかし、私は生きているのだ。

 そして、周りの皆も。

 だからこそ“食べる”のだ。

 生きて、明日を迎えるために。

 健康で、どこまでも“普通”に生きる為に。

 だからこそ、私達は。

 今日も“いただきます”と感謝の気持ちを言葉にして、旨い飯を胃袋に収めるのであった。

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