第103話 受付嬢とお嬢様


 その日もまた、いつも通りの受付業務だった。


 「はい、こちらで問題ありません。 この報酬であれば、数日中にウォーカーが向かうと思われます」


 「え、あぁ……はい」


 「しばらく経っても依頼を受ける者がいないなどの状態が発生した場合は、ギルドからディアバードを送らせて頂きます。 問題なくウォーカーがそちらに訪れた場合は改めて状況の説明、依頼を達成した際には達成報告書に署名をお願いいたします」


 「えっと、はぁ……わかりました。 お姉さん、大丈夫ですか?」


 「……? 危機的状況にあるのは、お客様の村です。 こちらとしても出来るだけ早くウォーカーを向かわせる様促しますので、吉報をお待ちくださいませ」


 「はぃ……わかりました。 えっと、あんまり無理しないでくださいね?」


 「はい、ご依頼ありがとうございました」


 何度も此方を振り返ってくる依頼主を見送ってみれば、今度はキーリが声を掛けて来た。


 「ねぇ……アイリ? そろそろ休みな?」


 この子、客受けは良いのに仕事を随分とサボってる気がする。

 なんでこう何度も声を掛けてくるんだろう。


 「何言ってるの、受付は全然人が足りてないんだから休む訳にいかないでしょ」


 なんて言葉を返してみれば、相手からは盛大なため息が返って来た。


 「あのさぁ……確かにアイリが居てくれると助かるよ? でもね、そんな真っ黒なクマ作って受付嬢が笑っていても怖いって! 仕事は正確、書類整理も完璧。 でもね、今のアイリには生気がないの! 前の死んだ目をしながら嫌々受付してた時の方が、まだ人らしかったってば!」


 そんな叫び声と共に、手鏡を突きつけられる。

 そこには、随分と酷い顔の女が微笑んでいた。

 あぁ、いつからこうなってしまったんだろう。

 なんて、考えるだけ無駄か。


 「ハハッ……酷い顔」


 自分でもそう思えてしまう程に、人形の様な笑みが映っていた。

 彼らが居なくなって、壊れかけの転移魔法を使ったと知って、そして連絡が途絶えてから。

 あの日から、私はずっと体を動かし続けた。

 その方が“楽”だったのだ。

 仕事をしている間はそっちに集中すれば良い、帰ってからはアナベルと一緒にお酒でも飲めば……色々と忘れられる。

 そんな生活を続けて、もう随分と時間が過ぎた。

 それでも、“コレ”なのだ。

 ウォーカーには珍しくないと言える、仲間を失う出来事。

 誰だって長くウォーカーを続けていれば、何度も経験する事だろう。

 ソレが嫌だから、私は逃げた。

 ウォーカーを引退したのだ。

 でも“彼ら”なら。

 そう思って、復帰した。

 だというのに、またこれだ。

 彼らが死んだと思っている訳じゃない、生きていると信じている心も生きている。

 でも。

 “生死不明”、そして“行方不明”。

 これが、一番辛いのだ。

 待てば良いのか、諦めれば良いのか。

 それすらも分からない。

 残された人間は、その想いを抱えながら毎日を生きなければいけない。

 もう嫌だ、こんな日常は。

 帰って来てよ、前みたいに皆で笑ってご飯食べようよ。

 バカ騒ぎして、いっぱい食べて。

 今度は何が食べたい? って、そう聞いてよ。

 今では、あの光景を思い出すたびに“苦しい”のだ。

 あんなにも楽しかった、輝いていた記憶だというのに。

 その分“悲しい”のだ。

 だから、仮面を被った。

 この顔に、“笑顔”を張り付けたのだ。


 「大丈夫だよ、わたしは“まだ”。 まだ、大丈夫」


 「大丈夫な訳ないでしょ!? アイリ本当に一回支部長に相談して――」


 「失礼いたしますわ!」


 会話の途中で、扉が勢いよく開かれた。

 その先から現れたのは……随分と多くの人々。

 先頭には、どこかで見た金髪ツインテールがズンズンと進んでくる。


 「いらっしゃいませ、ようこそウォーカーギルドへ。 ご依頼ですか?」


 「その笑顔、気に入りませんわね」


 それだけ言って先頭のお嬢さんは私の胸倉を掴み、そのまま立ち上がらせてきた。


 「いつまでもシケた顔を晒してるんじゃありませんわよ! あの方々が今の貴女を見たら何て言うと思いますの!? 私のお尻を蹴っ飛ばした生意気な受付嬢は何処へ行きましたの!?」


 「……申し訳ありません。 こちらはクエストの受注、または申請のカウンターとなりますので。 それ以外のご用件でしたら――」


 「フンッ、話になりませんわね。 それでも“悪食”の一員ですか? 貴女は彼らが生きて帰ってくると信じる事さえ出来ないのですか? 全く持って情けない、だから女王を守る騎士には我々“戦姫”が選ばれたんですわね。 こんな情けない受付嬢には任せられませんもの」


 「……は?」


 ギリッと、握りしめた拳が鳴った。


 「だってそうでしょう? 彼等の事を信じていないからこそ、今こうして腑抜けた面を晒している。 違いますか?」


 「アンタに……何が分かるのよ……」


 「もっと大きな声でハキハキと喋りなさいな! 彼等はそんなにボソボソと情けなく喋っていませんでしたわよ!」


 「うるっさい!」


 思わず、カウンター越しにぶん殴った。

 手加減無しの一発。

 魔法までは使わなかったが、相手は吹っ飛んでゴロゴロと転がっていく。

 だというのに、感情が収まらなかった。


 「アンタに何が分かるっていうの!? 信じてるわよ! 信じてるからこそ、何にも連絡がないのが辛いのよ! 帰って来てくれないのが苦しいのよ! あの人達だったら絶対生きてる、急にフラッと現れる。 そんな事ばかり考えながら、夜遅くまで帰りを待っている気持ちが分かるの!? それで、今日も帰って来てくれなかったって思いながらどうにか眠ろうとする気持ちが、アンタに分かるっていうの!? 自信過剰で、人を道具の様に使っていたアンタに!」


 私はそのままカウンターを乗り越え、“戦姫”のリーダーに食って掛かった。

 本来ギルド職員であれば絶対あってはいけない事態。

 だとしても、だ。

 “彼等”の事を知った様に言葉にする彼女が、許せなかった。

 私達の気持ちの、その一欠片さえ理解出来ると思えない“お嬢様が”、知った顔で罵って来た事が頭に来た。


 「少しは、良い顔になったじゃありませんか。 来なさい、“悪食”のアイリさん。 お人形の様な顔の貴女には、このまま話を聞いて欲しくありませんから」


 「一体何を言っているのか知りませんが、喧嘩を売って来たのはそっちですからね」


 「上等ですわ。 以前とは違うという事、お見せします。 まぁ、今の腑抜けた貴女程度では本気を出すまでも無いかもしれませんが」


 「言わせておけば!」


 ガッ! と音が鳴る程の勢いで踏み込めば、その時点で拳の軌道を読んだらしいお嬢様が身を逸らす。

 しかし、“避ける”のが早すぎる。

 この距離なら、余裕で軌道修正が――


 「え?」


 「ホラ、やっぱり」


 トンッと足を掛けられ、盛大にスッ転んだ。

 “いつも”ならこんなこと無いのに。

 あんな目に見えた動き、むしろ足を踏んづけてから殴り飛ばしてやった所なのに。


 「コレが現実ですわ」


 床に伏せた私に、偉そうなお嬢様が上から声を掛けてくる。

 悔しい。

 “いつもなら”こんな事絶対無かったのに。

 こんなんじゃ私達が“竜”と戦ったと言っても、誰も信じないだろう。

 それくらいに、今の私は無様だった。

 なんで、なんでだ。

 いつもみたいに、“体が思い通りに動かない”のだ。


 「情けない……貴女は一体“彼等”から何を学んだのですか?」


 「煩い……私は、私は!」


 叫ぼうとした瞬間、再び胸倉を掴まれた。

 そして。


 「レベル云々ではなく、既に気持ちで負けているんですよ! なんですかそのガリガリの体は! “食べる事”、彼等はそれを第一に教え込んでいたのではないのですか!? どうせ悲劇のヒロインぶって、泣きながらお酒ばかり飲んでいたのでしょう!? とてもじゃありませんが“竜”と戦った英雄の一人とは思えませんわよ!」


 そんな事を、言われてしまった。

 は、……はは。

 全く、その通りだ。

 ココの所、まともな食事をした覚えがない。

 適当に口に物を詰めて、お酒で流しこんで。

 そんな事ばかりを繰り返していた気がする。

 情けない、とんでなく情けない。

 私は、今の私は。

 とてもじゃないが“彼等”の隣に立てる姿ではない。

 そう思うと、ジワリと涙が浮かんできた。


 「エレオノーラ、もう良いでしょう? そろそろ希望を差し上げても」


 「……はっ! 些か不満はありますが、これくらいでよろしいかと」


 私を放したお嬢様が膝を折って頭を垂れれば、その向こうには随分と綺麗な女の子が立っていた。

 確か、この国の女王様。

 新しいこの国のトップ。

 盛大にお祭りだとか、演説だとかやっていた様だが。

 生憎と参加していないので、顔を見るのは初めてだ。


 「初めまして、アイリ様。 私は――」


 「国のトップが、何の御用ですか……」


 彼女の言葉を遮るなんて、普通だったらあり得ない事だろう。

 でも、今は聞きたくなかった。

 というか、この情けない私の姿を一刻も早く隠したかった。

 皆の目から、彼女達の視線から。

 “こんな私”が、悪食だと思われたくなくて。

 だというのに。


 「辛かったですね、苦しかったですね。 でも、それも今日で終わるかもしれません」


 「は? え?」


 彼女はその場で膝を付き、あろうことか私を抱きしめて来た。


 「伝えるのが遅くなってしまって申し訳ありませんでした。 私は、貴女方“悪食”に心から感謝しております。 “無名の英雄”、その一人である貴女にも。 そして今日は、こんな物をお持ち致しました。 どうか、一緒に読ませて頂けませんか?」


 そう言って差し出された手紙を見た瞬間、ビクリと体が震えた気がした。

 そして、胸の奥からジワリと熱が発せられた気がする。

 ジワリ、ジワリと。

 心臓から指先に向かって、その熱が広がっていく。

 まるで、生き返ったみたいに。


 「すぐに、支部長の元へご案内いたします」


 「えぇ、お願い致しますわ。 アイリ様」


 女王様の腕から解放された私は、すぐさま支部長室へと走り出した。

 一刻も早く、彼女が差し出した手紙を読む為に。

 だからこそ。


 「支部長! 入ります!」


 ドカッ! と扉を蹴破ってみれば、中からは呆れた視線が返ってくる。


 「随分と騒がしかったが……何かあったか? あとノックは今後“手で”、“軽く”叩く様に頼む」


 「それどころじゃないんですってば!」


 そんな訳で、今日のウォーカーギルドは随分と賑やかになったのであった。

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