第101話 報告書 ※


 「周りに注意しろ! 洞窟より色んなもんが降ってくるぞ!」


 ガタガタと震える床をどうにか踏みしめながら、ひたすらに走り続けた。

 洞窟を抜け、神殿へとたどり着いたまでは良かったモノの。

 振動に対してコッチの建物の方がむしろ弱かったのは予想外だった。

 シャンデリアは降ってくるし、そこら辺の柱は倒れてくる。

 幸い今の所怪我人は出ていないが、前を走る信徒たちはアッチで転びコッチで転び、なかなか思う様に進まない。


 「だぁくそ! 一旦俺達だけでも外に出ちまうか!?」


 「そうは言っても前にコレだけの人数が居るんじゃ無理だよ!」


 西田と東も焦りの声を上げながらも、俺の隣を付いてくる。

 その肩には、神殿内で来るときにぶっ飛ばして伸びている信徒達。

 俺や西田なんかは肩に一人ずつ担いでいるが、ウチのパワータッグは流石だった。

 脇に二人担いで、掌では襟首を掴んで計四人を運んでいる。


 「流石アイリさん、二つ名も、納得」


 「シロちゃん後で覚えてなさいよ? というか私も魔力限界が近いんですけど!」


 アイリの方は身長の事も有り、かなり引きずっている様な形になっているが。

 ま、死ぬよりマシだろ。

 そんでもって、更に凄かったのが。


 「アナベル、すまん。 大丈夫か?」


 「大丈夫ですよ、ココを出るまでくらいは魔力も持ちそうです」


 浮遊魔法と言っただろうか。

 彼女自身が杖に腰かけフヨフヨ浮いているのも凄いが、その周りには気を失った信徒達が六人くらい浮いている。

 一見ネクロマンサーというか、人形使いっぽく見えて非常にカッコいい。

 なんて馬鹿な事を考えながらも、前方へと視線を戻してみれば。


 「意外だったな」


 「ま、全員が全員悪い奴じゃねぇってこったろ」


 「だねぇ。 許される訳じゃないけど、上司の命令で無理やりって感じもあったんじゃない?」


 「こんな世界ですから。 上の命令に逆らえばその身どころか家族すら危うくなる、なんてよく聞く話です」


 俺達の前を走る信徒達や兵士の多くが、倒れた仲間達を運んでいた。

 やはり魔導士が多く、単独で倒れている仲間一人を担ぐ事は出来なかったのだが、二人がかり三人がかりと協力し合いながら運び出していた。

 者によっては走りながら治癒魔法を掛けている奴まで居る。


 「とはいえこの揺れで思う様に進めない方も多い様で……サポートに回りますね」


 「頼んだ中島、白も頼めるか? コケてモタついている奴等も多いからな」


 「うい、とっとと走らせる」


 二人が正面集団の中に混じり統率を取り始めれば、幾分か集団が早く動きだした様に見える。

 どうにかこのまま抜けられれば良いが……なんて事を思っている内に、視線の先には俺らがぶっ壊した正面扉が見えて来た。


 「おしっ! もう少しだ! このまま走り抜け――」


 「ご主人様!」


 南の叫び声に通路脇へと視線を向ければ。


 「だぁくそっ! フラグ立てた訳じゃねぇぞ!」


 ドデカイ柱が、ゆっくりとこちらに傾いて来た。

 不味い、非常に不味い。

 俺達は皆人を抱えている訳だし、足場がこんな状態じゃ派手に回避も出来ない。

 つうか避けても正面が塞がっちまいそうな程デカい。


 「アナベルさぁぁん! ごめん! お願いしまぁぁす!」


 その身に担いだ信徒たちをアナベルに向かって放り投げ、人をかき分けて一番前に躍り出る東。

 そして、両腕を真上に構えた。

 おいおいおい、流石にソレは厳しいんじゃねぇか!?

 竜の攻撃をも防ぐコイツならいけるのかもしれないが、今は盾も持ってないし足場も悪い。

 更に言えば、受け止めた瞬間崩れるかもしれないのだ。

 なんて事を思っていたのだが。


 「は、早く通っちゃって!」


 「マジかよ!」


 ガツンッ! とすんごい音を立てながらもその身より何倍も巨大な柱を受けとめた。

 やっぱりウチのタンクは化物だ、とんでもねぇ。

 思わず声を上げてしまう様な光景の中、その脇を信徒たちが次々と通り抜けていく。


 「だぁぁくそっ! 細かいのも降って来てる! 中島さん! わりぃコイツ頼む!」


 「承知しました!」


 続いて西田が中島に担いでいたのを投げ渡し、頭の上から降ってくる細かい瓦礫を空中で蹴飛ばし始める。

 とはいえ、人の頭より大きな瓦礫な訳だが。

 そんな防衛が続く中、やはり悪い事とは続くモノで。

 ビシリビシリと天井から嫌な音が響いて来た。


 「走れ走れ! とっとと外に出ろ! 白は教会連中をさっさと連れ出せ! アイリ、アナベル! お前等も先に行け、その状態じゃろくに動けねぇだろ! 中島! スマン俺の方のも頼む! 二人担いで先行ってくれ!」


 「「「了解!」」」


 次々と扉の向こうへ人が出て行く中、最後の俺達が東の隣を通り抜けた頃。

 柱という支えを失った天井に大きなヒビが入り、ゴゴゴッと物凄い音を立てながら今までとは比べ物にならない塊が落ちてくるではないか。

 不味い。

 西田ならまだしも、今やっと柱を投げ捨てた所の東は間違いなく退避が間に合わない。


 「南、突撃槍!」


 「は、はいっ!」


 聖女を背負っている南が、慌ててマジックバッグに手を突っ込んで俺の“趣味全開装備”をこちらに向かって投げ渡してくる。

 ソイツを受け取ってから、すぐさま真上に向かって穂先を構えた。

 こんなの、上手く行くはずがねぇ。

 上手く行ったら奇跡だ。

 とは言え、やらなきゃ埋まる。

 そんな事を思いながらも。


 「お前等ぁ! 頭下げろぉぉぉ!」


 跳躍して槍を突き上げ、トリガーを引き絞った。

 ズドンッと派手な音を立てながら、俺達に向かって降って来た天井は突撃槍の爆発により目の前で砕け散るのであった。






 ――――






 “報告書”。

 これは公にしない文章である。

 読み終えたら、即座に廃棄する様に。


 書類の頭に、この文字列がある事に随分と慣れた私がいる。


 「相変わらず、だな」


 「そういう仕事だからね。 私も今の環境を失いたくない。 それと、この報告書は隅々まできっちり読む事だね、支部長」


 “戦風”のポアルが、普段なら絶対見せないだろう冷たい瞳でこちらを睨んでから部屋を後にする。

 戦風に報酬の良いクエストを回す事を条件に、ギルドの斥候として働いてもらっている彼女。

 とはいえ普段の立場は変わらない。

 カイルだけには話を通し、“秘密の頼み事”をする際には彼女を貸してもらっている、という訳だ。

 そして、今回彼女に頼んだのは。


 「今回の戦争の“表と裏”……その報告書か」


 彼等が……悪食の主力メンバーが消えてから、もう数週間が経った。

 はぁぁと溜息を溢しながら、報告書をめくる。


 『最初に言っておく、何故彼らを止めなかった。 聖女救出、教会との敵対。 それは一つのクランでどうにか出来る問題じゃない。 何故、“悪食”だけに頼った。 彼らなら、そう思う気持ちは分からなくもない。 けど、彼らだって人間だ。 ウォーカーだ。 “特別”じゃない。 もしも彼らが帰って来ないと分かったその時、私は……私達“戦風”は、この街を出ていく。 アンタの力には、もうならない』


 「全く、その通りだな……我ながら情けない」


 今度は、溜息すら漏れなかった。

 いつだっておかしな事をやって来て、しかもキッチリとやり遂げてくるアイツ等。

 そんな彼らだからこそ、心の何処かで油断していたのだろう。

 きっと今回も無事に帰って来て、また生意気な事を言うのだろうと予想していた。

 その結果が、コレだ。


 「……読むか」


 椅子の背もたれに身を預けながら、随分と憂鬱な体を動かしてページをめくった。


 ――――


 勇者の仲間、そして悪食メンバーのハツミが言った“信号弾”を確認してから、その場で動けるメンバーは総出で森の中を走り抜けた。

 夜に魔獣の居る森に入るなど常識外れも良い所だ。

 だというのに、駆け抜けながら視線に入ってくるのは血の海。

 まるで信号弾の上がった方角に一直線に何かが突き進んだかの様に、そこら中に血液がこびり付いている。

 降り積もる雪の下に透けて見えるほどの赤。

 周囲の闇に紛れてはいるものの、周囲の木々にこびり付いている赤。

 戦った痕跡を探すのが馬鹿らしくなる程、そこら中に血痕が残っているのだ。

 もはや、血の跡や匂いを追って行けば辿り着きそうな程に。


 「何匹狩ったんだよ……見当もつかねぇな……」


 私達“戦風”のリーダー、カイルがそう呟く気持ちも分かる。

 それくらいに、血の海が淡々と続いているのだ。

 しかしながら、目の前には魔獣の死体も魔石の一つも転がっていない。

 時折視線の端にソレらしいモノを見かけた気もするが……流石に確認する余裕が無かった。

 そして、ソノ最終地点にたどり着いてみれば。


 「ふざけないでよ! アンタ達はそんな格好良い終わり方する奴らじゃないでしょ!」


 「退け! 退きなさい! 邪魔なのよ!」


 「ヤダ! 嫌だ!」


 正直、目を疑った。

 “悪食”メンバーの女性陣。

 彼女達がその身が壊れる事も厭わず、崩れた瓦礫の撤去をしていたのだから。


 「入口付近の大きなモノを退かします! 手を貸してください!」


 “悪食”のナカジマ。

 彼もまたその掌をボロボロにしながら瓦礫を投げ飛ばし、周囲にいる教会の信徒たちや裏切り者の兵士達に指示を飛ばしていた。

 そして、それに素直に従う面々。

 本当に、意味の分からない状況だった。


 「皆さん! どうしたのですか!?」


 “悪食”メンバーであり、勇者の仲間でもあるハツミが彼らに走り寄れば。


 「この下にリーダー達が居るの! お願い!」


 「……っ! ずあぁぁぁぁっ!」


 まさに魔力を振り絞る勢いで、“影”が瓦礫をどかし始めた。

 圧巻という他ない。

 魔女でさえ魔力が尽きたのか、素手で瓦礫を退かしている中。

 彼女は“影”を使って数多くの瓦礫をいっぺんに撤去し始める。

 しかし、“彼等”は見つからない。

 いくら探しても、どれだけ瓦礫を退かしても。

 あの、軽い調子の声が聞こえてくる事は無かった。

 その姿も、そして“遺体”さえも。

 何一つ、見つからなかった。


 ――――


 「やはり……駄目だったのか……」


 あの日から、“悪食”はウォーカーとして活動していない。

 子供達は一応ギルドを通した仕事を毎日こなしているが、残された主メンバー達はめっきり顔を見せなくなってしまったのだ。

 アイリだけはギルドの受付として働いているが、その表情は死んでいるどころか人形の様だ。

 毎日訪れるお客に対し、マニュアル通りの対応をしている。

 その目元に真っ黒いクマを残しながら、淡々と。

 そしてアナベル。

 彼女は子供達に魔法を教えながらも、街中には一切顔を見せなくなってしまった。

 まるで、以前恐れられていた“魔女”だった時の様に。

 アイツ等と一緒の時は、随分と気軽く買い食いなどしていた彼女は……もう見られないかもしれない。

 そしてナカジマとシロ。

 二人もまた“孤児院”の活動としては手を抜いていないようだが、街の中で顔を見たと言う者はほとんどいない。

 今では、あの時残っていたクーアが代行として孤児院の営業活動などをやっているくらいだ。

 その彼女も、随分と酷い顔をしているが。


 「もう、“悪食”は居ないのか? なぁ……キタヤマ」


 天井を眺めながら、そんな言葉をぼやいてしまう。

 本当に情けない。

 何をしているんだ私は。

 ギルド支部長が、一つのクランに必要以上に肩入れする事などあってはならない。

 ギルドの利益の為ならまだしも、感情だけで必要以上に深入りするなど論外だ。

 だがしかし、どうしても思ってしまうのだ。

 “アイツらなら”と。


 「ふぅ」


 一つ息を溢しながら、再び報告書をめくる。

 そして。


 「なっ!?」


 そこには、僅かな“希望”が報告されていた。

 本当に細い、蜘蛛の糸よりも細い希望が。

 だとしても、そうだとしても。

 “アイツらなら”、絶対にやる。

 そう、断言できる。

 なんたって“俺”の知っている悪食は、何処までも強情で、何処までも真っすぐで。

 そして何より“生きる”為には何処までも足掻き、希望を捨てない奴等だったのだから。


 ――――


 その後の追記報告。

 完全に撤去された“神殿”の瓦礫の中からは、やはり彼等は発見されなかった。

しかしその奥から、崩れかけの“洞窟”が発見された。

 “悪食”の話によれば、この先で“竜”と戦ったらしい。

 そして、勝利したと。

 本来であれば鼻で笑う内容だっただろうが、あえて言おう。

 彼等は、“間違いなく”竜を殺した事だろう。

 なんたって、あの“悪食”だ。

 規格外、常識の外側。

 そんな所で生きる彼らが、もうお伽噺にしか登場しない“竜”を殺したというのであれば。

 私は、“戦風”は信じる。

 いまでは“ホラ吹き王子”なんて呼ばれている元王子、アムス。

 彼が本当に竜を復活させた事も、彼等“悪食”が狩った事で証明できるのだろう。

 証拠なんぞ残っていないのかもしれない、だが彼らが“狩った”と言ったのだ。

 だからこそ次に彼らと会った時、私達は問おうと思う。

 “旨かったのか?”と。


 そしてソレを“封印”し、抑えていた洞窟。

 教会の人間が拵えた“崩壊”の魔法程度では、崩れはしたモノの完全に破壊する事は出来なかった様だ。

 更に、最奥に用意されていた魔法陣はソレだけでは無かった。

 “崩壊”と“転移”。

 逃道として使う予定だったのだろうが……行き先の刻印が割れていた。

 多分“崩壊”の影響だろう。

 しかし。


 「使った痕跡があるのぉ……“転移”の魔法陣を。 まさか……」


 “戦風”のザズが、確かにそう言った。

 転移の魔法陣とは、非常に細かい調整の必要な技法。

 何十年と掛けて、やっと完成するかどうかの代物。

 それの行き先が壊れた状態で使用するなんて、“普通じゃない”。

 下手すれば体がバラバラになったり、行き先を失い死ぬまで転移を繰り返すかもしれない。

 だが。

 そんなものは、そんな危険は。

 彼等にとっては“今更”だ。

 彼らに魔法は使えない。

 魔法陣でさえ、起動させる事も叶わない。

 しかし悪食の“ミナミ”や、救助対象だった“聖女”なら話は別だ。

 だからこそ、断言しよう。

 “彼等”は生きている。

 “悪食”は生きている。

 今、この時も。

 どこか、私達の知らぬ場所で。

 多分、一緒に消えた聖女と共に。

 理由など無い、証明しろと言われても出来ない。

 だが、ソレが彼等なのだ。

 常識外れで、どこまでもぶっ壊れていて、更には滅茶苦茶強い。

 それが、私の知る“悪食”だ。

 どんなに細い糸だろうと掴み取り、我が物とする。

 それが“悪食”なんだ。

 ウチのリーダーすら憧れた、格好良い奴等なんだ。

 だから、こんな所で死ぬ訳ない。

 見てろよ支部長!

 絶対その内、アイツ等フラッと帰ってくるからな!

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