第100話 竜殺し


 「っしゃぁぁ! どうだ!?」


 ぶっ倒れたドラゴンを睨みながら、再び全員で武器を構える。

 だが、ピクリとも動いて居ない……様に見えるが。


 「迂闊に近づくなよ? 死んだふりかもしれん」


 「こうちゃん、こういう時こそ遠距離攻撃だろ」


 「もしくは石でも投げてみる? 急に暴れはじめるかも」


 ジリジリと近づいていき更に観察するが……やはり死んでいる様にしか見えない。

 大丈夫だろうか?

 0距離で暴れはじめたら、流石に即死ダメージを貰う可能性が……。


 「ご主人様方……あの、心臓や脳を破壊されればいくら竜でも死ぬかと思われます」


 「北が最後に脳天釘打ちしたから、多分平気? 一応もう一回打っておく?」


 そんな台詞を放ちながら、白がドラゴンの眼球に矢を放つ。

 トスッと軽い音が響き、何事もなく眼球に突き刺さった。

 そして竜は……動かない。


 「マジか……」


 「やったよ……やっちまったよ……」


 「僕達、本当にドラゴン狩っちゃったよ……」


 俺達はフルフルと体を震わせ、グワッ! と両腕を振り上げた。

 ついに、ついに!

 夢にまで見た竜を狩ったぞ!


 「これでハンターだぁぁぁ!」


 「“一狩り行こうぜ”達成だぁぁぁ!」


 「やっと一人前だぁぁ!」


 「皆の狩人に対する合格ライン高すぎない!?」


 アイリが驚愕の表情で突っ込んでくるが、今はそれどころではない。

 俺達は、ゲームの世界に片足を突っ込んだのだ。

 今まで散々獣たちは狩って来たが、やはりハンターと言えば竜を狩るモノだろう。

 俺達が今まで戦っていたのは獣であり、モンスターではないのだ。

 いや、魔物はモンスターか。

 そんなもんどうでも良い! 今は竜じゃ!


 「ファンファーレだ! ファンファーレを鳴らせ!」


 「剥ぎ取り! 剥ぎ取りしようぜ!」


 「もうマジックバッグに突っ込んじゃおう! 全部お持ち帰りだよ!」


 周りの連中もビックリなテンションのまま、俺たちはドラゴンをマジックバッグに突っ込み始める。

 まさに大収穫。

 聖女様はちょっとばかり進化してしまったが、無事確保。

 主犯格は食われてしまったのは残念だが、のびている教会の連中は前の広間にゴロゴロ転がっている。

 犯人確保としては十分だろう。

 そして、この竜だ。

 素材はどんなものに使えるのか、ドラゴン肉はやはり旨いのか。

 毒使っちまったけど、途中から効いてなかったみたいだし大丈夫か?

 一応クーアに解毒魔法を使ってもらって、西田に解毒薬も準備してもらってから焼けば何とかなるだろ。

 もう色々考えるだけでもテンションが上がる。

 筈だったのだが。


 「あん?」


 ゴゴゴゴゴッと音を立てながら、地面が揺れ始めた。

 おい、待てよ。

 ここにきて自爆装置とか止めろよ?

 なんか、本当にそんな感じの揺れなんだが……。


 「っ、リーダー! 足元を見て下さい! 大掛かりな魔法陣です!」


 「マジでやめろやぁぁぁ! アナベル、こりゃ何が起きる魔法だ!?」


 難しい顔をしながら、彼女は随分と大きな魔法陣に目を落としていた。

 そして。


 「“転移”と“崩壊”……ですね。 いざという時は証拠を残さず、他の地に逃げる計画だったのでしょう。 そのトリガーとなっているのが……」


 「竜の死亡、か?」


 「おそらく。 無事復活させられなかった時の保険、という事なのでしょう」


 「……全員撤退ぃぃ! って、出口がねぇぇ!」


 「任せて下さい! 竜さえいなくなればこんな瓦礫すぐ退かしてみせます!」


 とりあえず竜をバッグに突っ込んだ俺達は、アナベルに道を作ってもらってから一斉に走り出した。

 来た道を、真っすぐ戻る。

 角の生えた聖女様とアナベルを東が担ぎ、他の面々はひたすらダッシュ。

 そして、見えてくるのは当然。


 「ゲッ……」


 「ご主人様! 無視するべきです! 気持ちは分かりますが、どれ程猶予が有るのか分からないのですよ!?」


 目の前には、俺達がぶっ飛ばした教会の連中が。

 怪我をして動けなくなっている奴ならまだしも、完全に気を失っている連中も多い。

 コイツ等を放置すれば……間違いなく崩落に巻き込まれる事だろう。


 「キタヤマさん! いくら何でもこの数は無理ですよ!」


 「彼等は“そうなる”だけの罪を犯した連中です! 私達が全てを救ってあげる必要はありません!」


 「リーダー……流石にコレばかりは、皆の言う通りです……」


 メンバー達から、似たような言葉を貰う。

 “見捨てろ”と。

 彼等は国に喧嘩を売る事に加担し、聖女の称号を持っているとはいえ子供と言える年齢の女の子を攫う様な連中だ。

 自業自得。

 正直、俺もそう思う。

 コイツらが蒔いた種だ、俺達が尻拭いをしてやる必要なんかない。

 だというのに、ムカムカした感情が胃の中に溢れてくる。

 仲間の安全の為には、コイツ等は見捨てる。

 しかし、凄く気持ち悪いんだ。

 後味が悪いんだ。

 まだ意識がある奴なんか、必死でこちらに向かって手を伸ばしてきやがる。

 “助けてくれ”。

 そんな身勝手な言葉を放ってきやがるんだ。


 「聖女様よ、コイツ等を治すのにどれくらい掛かる?」


 「ご主人様!」


 「分かってる! だが、全員を見捨てる必要はねぇ! それに証人は必要だろうが!」


 思わず大声で返してしまうと、南はシュンと耳を下げる。

 すまんと謝りながら南の頭に手を置き、聖女様を振り返ってみれば。


 「全員、治せば良いんですね?」


 「あぁ、動ける奴には自分で動いてもらう。 それ以外は……可能な限り担ぐ」


 「凄いですね、ヒーローみたい……」


 「そういうの良いから、どれくらいで治癒出来――」


 「“全部”使いきれば、今すぐにでも」


 「はい?」


 聖女様が手を掲げれば、先ほど俺達にも使っていただろう大規模魔法が展開した。

 その魔法陣はこの大部屋全てを包み込み、そこら中で教会の連中が立ち上がり始めた。

 ……マジか? この人数を、一瞬で治療したのか?

 しかも、さっき竜と戦ってきたばかりだというのに。

 勇者といい聖女といい、ホントとんでもない奴らばかりだ。


 「流石に、ちょっと……魔力使い過ぎた、かも……」


 とはいえいくら何でも限界が来たのか、そのまま聖女様はパタリと気を失ってしまったが。

 倒れそうになる彼女の体を東が支え、そのまま片手で担ぎ上げる。


 「ま、こうちゃんだからな。 放っておけって言っても、一人で残ろうとするだけだろ。 ちょっとばかし付き合ってやろうぜ」


 「南ちゃん、上に戻ったら聖女さんをお願いしても良い? 途中にも何人か倒れてたよね、僕はそっちを担がなきゃいけなくなるだろうから」


 南は無言のまま首を縦に振り、「よろしく」と言ってから東と西田が南の頭にポンポンと手を乗っける。


 「はぁぁ……もう! 仕方ないわね! 身体強化使って可能な限り私も拾っていくから、それで良いでしょ!? リーダー!」


 盛大なため息と共に、怒った様な口調でプイッとそっぽを向いてしまうアイリ。

 なんだかんだ言って、俺の我儘に付き合ってくれる訳だ。


 「でも時間がないのは確か。 来た道を戻って拾える人は拾うけど、手が足りなければ捨てていく。 いいよね? 仲間の命の方が大事」


 やれやれとばかりに首を振りながらそう提案してくる白に対して、頷いて返す。


 「行きましょうリーダー。 少し見て回りましたが、ココに居る方々は全員動ける様ですから」


 「私も、浮遊魔法を使います。 ちょっと魔力消費が多いんですけど、数人くらいだったら運べます」


 中島とアナベルも、柔らかい笑みを浮かべながら一つ頷いてくれる。

 すまねぇ、と一度皆に頭を下げてから南と向き直った。


 「ご主人様……」


 少しだけしょんぼりした様子。

 普段あんな風に声を上げる事がないので、些か尾を引いている様だ。


 「怒鳴って悪かった、南。 でも、これで後味悪くなく帰れる。 すまん」


 「いえ、ご主人様はそういう人ですから」


 困った様に笑う彼女にこちらも笑みを返してから、改めて正面を向き……叫んだ。


 「おらぁ! てめぇら! 死ぬ気で走れ! ココはぶっ壊れるらしいからな! 外まで全力で走れ! 足が千切れても走れ! 今更逃げようとすんなよ!? 外には魔獣も居るんだ、食われたくなきゃ俺らが到着するまで外で大人しく待っとけ! そしたら……全員助けてやる! うっしゃぁぁぁ! いけぇぇ!」


 号令と共に、全員が走り始めた。

 ドドドッと音がする勢いで、真っ白い服に身を包んだ信徒たちはひたすら外に向かって駆け出した。

 そりゃもう、どっかの即売会の開幕ダッシュの様に。


 「うっし、俺らも行くぞ!」


 「「「了解!」」」


 俺達“悪食”メンバーも、その後に続いて走り出すのであった。


 ――――


 「この振動は一体……姫様、竜は本当に死んだのか? 皆は……無事なのだろうか?」


 勇者の治療をしながら、ハツミ様が不安そうな表情をこちらに向けてくる。

 こんな時、“絶対大丈夫”なんて言えれば良かったのだが……。


 「おそらく、としか。 私に見えた英雄譚では、彼等は竜を殺していました。 しかし、こうも地鳴りが続くと……些か不安になりますね」


 “表側”の戦争が終わってから、しばらく経ったその頃。

 私達は戦場に設置された治療用のテントの中に居た。

 勇者の傷は既に塞がり、腕は失う結果になってしまったが命を落とす心配はないだろう。

 流石は高レベルの勇者、傷の治りが異常に早い。

 なんて事を思い始めた頃、緩やかな地鳴りが始まった。

 それは静かにしていなければ気づけない程度なモノ。

 きっと酒盛りをしているウォーカー達は気づいていないだろう。

 本当に、それくらいの小さな振動。

 でも、ずっと続いているのだ。

 もしかして、彼等に何か……。


 「おい、姫様」


 「カイル様?」


 テントの中に、ウォーカー達の要として働いてくれた戦士が顔を見せた。

 その表情は随分と渋い。


 「どうしました? てっきり皆で楽しんでいる頃かと思ったのですが」


 「そんな事してられるか、せめて主要メンバーだけでもって事で警戒に当たってるよ。 まだ“竜”の死骸を見た訳じゃねぇからな。 って、そんなことより。 気付いてるんだろ? この地鳴り」


 「はい……」


 どうやら彼等ウォーカーの中にも、この異変に気付いた者達が居る様だ。

 本当に何が起きた?

 彼等は今どうしている?

 何でも良い、少しでも“英雄譚”が視えてくれさえすれば……。

 なんて、そんな事を思った瞬間。


 「カイル、戻れ! 何か光が上がってる! 森の中だ!」


 入口の向こうから叫び声が上がり、私達も慌ててテントの外へと走り出した。

 そして、視線の先にあるのは。


 「……信号弾?」


 ポツリと、ハツミ様が呟くのであった。


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