第99話 白獣と黒獣


 ズドンッ! と腹に響くを音を立てながら、黒い鎧の男性は竜の口から飛び出して来た。

 どうやら“中”から攻撃を仕掛けたらしい。

 ドラゴンの口の中に飛び込むなんて、私には絶対真似できない。

 怖く無いんだろうか?

 なんて事を考えていれば。


 「あ、危ない!」


 繭から飛び出している片腕に、見事に引っ叩かれる先程の男性。

 でも。


 『望!』


 「うんっ!」


 すぐさま回復魔法を発動させ、吹き飛ばされた彼に向ける。

 壁に激突し、土煙を上げてはいるが。


 「マジで死んだかと思ったわ……サンキュ、聖女様。 助かったぜ」


 その煙の中から、黒い影が再びドラゴンに向かって突っ込んでいった。

 凄い。

 あんな攻撃を喰らった後なのだ、死ぬかもしれない一撃を受けた後なのだ。

 心が折れてもおかしくない、だというのに。


 『強いね、人間は』


 「うん、凄く強い。 ビックリするほどに、逞しいよ」


 そんな感想を残してしまうくらいに、彼等は勇敢に戦っていた。

 ドラゴンだよ? お伽噺の強敵だよ?

 だというのに、彼等は怯むことなく立ち向かっていた。

 もう、なんだろう。

 強いて言うならアクション映画だ。

 走り回りながら跳躍し、舞う様にして矢を放つ者。

 ドラゴンの正面に立ちながら力押しで攻撃を薙ぎ、反撃を入れている者。

 更には影の様に竜の死角に周り、ひたすらに刃を突き立てる者。

 そして何より。


 「しゃぁぁぁ!」


 正面きって、ドラゴンと対峙する者。

 彼等は、異常だ。

 どう見たって、人間がやる所業ではない。

 なんて、思ってしまう訳だが。


 「異様に見えるでしょうね、貴女からは」


 そんな台詞が背後から聞こえた。

 振り返ってみれば、燕尾服と鎧を組み合わせたスタイルの男性が静かに頭を下げている。


 「貴女をお救いに参りました。 クラン、“悪食”。 その末端、中島と申します」


 「悪食……えっと、中島さん、でよろしいでしょうか? 前に会いましたよね?」


 「はい。 貴女同様“向こう側”の人間。 “ハズレ”とされ、城から放り出された“異世界人”です」


 「あの、その節は……お力になれず……」


 「いえ、気にしないで下さいませ。 そのお陰で、私はこうして……“狩人”にも“教師”にもなれましたから」


 「は、はぁ」


 そんな会話をして居る内に、再び攻撃を繰り広げるドラゴン。


 「あ、あぶない!」


 バクンッ! と首を伸ばす竜に対し、彼等は軽いステップとバク宙なんかをかましながら難なく危機を回避する。

 ふぅぅ、と息吐いてみれば。


 「防御魔法は、使えませんか?」


 後ろの人から、そんな声が掛けられてしまった。


 「えっと、すみません。 私、その……あんまり一度に多くの事を考えるのが苦手で……。 いつもこうなんです、一つの事にしか集中出来なくて」


 「発達障害の類、ですか? 医師の診断は?」


 「はい、お医者さんからそう言われました」


 「ふむ」


 彼はひとしきり首を傾げた後、ピンと人差指を伸ばしてみせた。


 「では、こう考えて下さい。 “仲間を守る”。 ただ、それだけを考えて頂ければ結構です。 我々は仲間です、その仲間を守る為に出来る事をする。 難しい事を考える必要も、並列で色々と考える必要もありません。 ただ、守る。 その為に、その場で出来る事をする。 たったそれだけに、注力しましょう」


 「えっと……」


 『大丈夫、出来るよ』


 胸の奥から、カナの声が聞こえてくる。

 彼女は出来ると言った、目の前の彼は“やれ”とも言わないし、“出来ないのか”と落胆する様子もない。

 だったら……!


 「っ! あぶない! “プロテクション”!」


 盾の人が噛みつかれそうになった。

 だからこそ、防御壁を展開する。

 魔法の壁に阻まれて、ドラゴンは忌々しそうに顔を引っ込めた。

 ソレと同時に、展開している回復魔法を更に強くする。

 やった、出来る。

 私も、ちゃんと役に立てるんだ。


 「お見事です」


 『凄いじゃん望、どんどんいこう』


 二人の声を受けて、私は拳を握りしめた。

 出来る、私にもやれることはある。

 守る、仲間を守るんだ。

 それだけを考えて、たったその一つだけを考えれば。

 私も“役に立てる”んだ。


 「っはい! 頑張ります!」


 元気な声を上げれば、燕尾服の彼は戦場を指さした。


 「ホラ、次が来ますよ。 “竜人”のお嬢さん? “守る”、一言に行っても難しい作業です。 でもその一つに集中すれば、貴女はどこまでも強くなれる。 だったら……強くなりましょう、私達と共に」


 「……はい!」


 いつもよりクリアな思考の元、魔法を連発する。

 防御、回復、バフ。

 その全ては、“守る”為に。

 きっと考え方と、カナのお陰ではあるんだろうけど。

 それでも。


 『凄い……途中で望に魔法を止めてもらったから不完全に復活したとはいえ、竜と互角に戦っている。 望も凄いね、ちゃんとサポート出来てるじゃないか』


 「流石は聖女様ですね。 皆様がココまで自由に戦えている姿は、滅多に見られませんよ」


 二人共、私の事を褒めてくれた。

 ちゃんと役に立っている。

 私みたいな半端者でも、戦えているんだ。


 「もっともっと、頑張ります!」


 今一度意気込んで、両手をかざしてみれば。


 「いえ、肩の力は抜きましょう。 一人で抱え込む必要はありませんよ?」


 そういって、優し気な笑顔を向けられてしまった。

 えっと?


 「我々は人間です、出来ない事は沢山あります。 だから、出来る事をやりましょう。 出来ない事は、仲間を頼れば良いのです。 そしてここには、頼もしい仲間がこんなにも集まっている」


 彼の視線の先には、多くの黒い鎧を着た人達が戦っていた。


 「任せて! 止める! 西君追撃よろしく!」


 「うっしゃぁ任せておけ! ていうか最初以外毒が効いてる雰囲気がねぇ! 南ちゃんマチェット!」


 「どうぞ西田様! この短時間で耐性を付けたか、回復しているのかもしれません! こちらでも援護します! 無理だけはせずに!」


 ドラゴンの一撃を受けとめる重戦士に、飛び回る忍者みたいな人。

 そして獣の耳を生やした少女が、追走する様に飛び回っては武器を投げ渡している。


 「アズマさん! 合わせます!」


 「爬虫類! 冬眠でもしてなさい! “氷界”!」


 「北、そろそろ出番。 派手にやって」


 重戦士と共にドラゴンを殴りつける女の人に、強力な攻撃魔法を使い続ける魔女。

 そして、華麗に舞いながら矢を放つ少女が視線を向けるその先には。


 「うっしゃぁ! 正面空けろ!」


 真っ黒い、獣が居た。

 その両手に槍を構えて、低く腰を落として。


 「さて、どうしますか?」


 「っ! バフを掛けます! それから……」


 「それから?」


 「黒い鎧の人! 全力で突っ込んでください! どんな攻撃も私が止めて、怪我しても全部治してみせます! “聖女”、舐めないで下さい!」


 「上出来です」


 そんな会話をしながらバフ、回復、防御の魔法いっぺんに彼へと放てば。

 眼前の黒鎧は身の丈よりも大きい槍を正面に構え、ドラゴンへと突っ込んでいく。

 竜も彼の事を一番警戒しているのか、周りの人たちが竜を抑えようと奮闘しているにも関わらず、槍を持った彼に対してブレスを放った。

 でも。


 『大丈夫。 今の望と私なら、ちゃんと守れるよ』


 「……うんっ! 黒い鎧の人! そのまま行ってください!」


 「シャァァァ!」


 私の声を信用してくれたらしい彼は一つ頷いてから、力強く跳躍しドラゴンのブレスに突っ込んでいく。

 そして。


 「穿て!」


 ブレスをかき分ける様にして飛び出した黒い獣は、竜の額に刺さっていた黒い槍の柄に向かって巨大な槍の穂先を器用に叩き込んだ。

 そして、その刀身を更に埋める。

 竜が、あの化物みたいに巨大な獣が悲鳴を上げていた。


 「弾けろ! トカゲ風情が!」


 彼が叫んだ瞬間、槍の先端が爆発する。

 それはもう、鼓膜を震わす様な勢いで。

 ズドンッ! と、お腹に響く炸裂音と共に、最初に刺さっていた黒い槍を撃ち出した。

 更に奥へ、更に深く突き刺さる様に。

 ソレはまるで銃弾の如く、刺さっていた黒い槍は竜の額へと飲み込まれていった。


 「す、すごい……」


 「アレが我々のリーダー、クラン“悪食”の旗印。 彼の称号は“デッドライン”。 ホント、納得ですよね」


 そんな声と共に、今。

 ドラゴンは脳天から煙を上げながら、ゆっくりと地に伏せる。

 竜と比べればとてつもなく小さく見える彼等。

 だというのに私には、とても大きくて頼もしい背中に見えたのであった。

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