第98話 抗え
アナベルのバフ魔法が炸裂し、腹の底から力が漲って来る。
更には様々な方向から大小の矢が飛び交い、ドラゴンの注意を削いでいく。
そんな中。
「シャァァァ!」
「どらぁぁぁ!」
俺と西田が“王蛇”の皮をドラゴンの顔面に被せ、勢いよく下へと引っ張る。
その先に待ち受けているのは。
「いくよ! パイル……バンカァァァ!」
“趣味全開装備”の大盾を構えた東が、ドラゴンの顎を杭で貫いた。
大盾から放たれる極太の杭は顎肉を貫き、口内へと侵入したご様子。
“いける”。
俺達の攻撃でも、しっかりと通用する。
だったら。
「南! 突撃槍!」
「はいっ!」
南が走り寄って来るさなか、片手に持った黒槍を竜の顔面に向かえて投げ放った。
見事眉間を貫いた訳だが……些か肉が硬かったようで。
脳みそまでは到達しなかった様だ。
しかし、“通る”のだ。
「ご主人様!」
「おうよ!」
走り抜ける途中、南から突撃槍を投げて渡される。
片手にはドデカイ“趣味全開装備”、そしてもう片手には黒槍。
なんともまぁ、バランスの悪いことで。
とかなんとか、思っている間に。
「おっしゃぁぁ! 片目もらいぃぃ!」
西田が空中でグルングルン回りながら、籠手に装備したアサシンの様な射突ブレードを突き立て、すぐさま抜き放ったかと思えば刃についた竜の血を払っている。
更には格好良く地面に着地して口を開いて見せれば。
「どうよ? 結構な猛毒だぜ?」
その声に答える様に、ドラゴンは苦しそうに首を振り回した。
アイツ、またおかしなものを拵えたのか。
薬草やら何やらに一番詳しい西田は、毒草においてもかなりの知識を蓄えている。
そんなアイツが、あんな地味な“趣味全開装備”で満足する訳がない。
いつかやるとは思っていたが、今やりやがったか。
刃に毒を仕込みやがった。
格好良いじゃねぇか。
「中島! 目くらまし! 一旦引いてから、もう一回いくぞ! アナベルは兎に角移動しながら凍らせろ! コレ以上繭から体を出て来させるな!」
「「了解!」」
煙幕が周囲を囲み、クッソ寒い冷気が対象を包んでいく。
その間にも、休む事なく雨の様な矢が降り注いでいる訳だが。
正直、非常にズルい作戦だ。
相手が不自由な状態を可能な限り引き延ばし、その間に狩ってしまおうというモノ。
だが、それがどうした。
狩りにおいて、優位に立つ事は悪い事じゃない。
むしろ常識だ。
正々堂々相手が卵から孵るのを待ってやる必要なんて、どこにある。
俺達は正義の味方じゃない、どこまでも狩人なのだ。
「っしゃぁぁ! もう一回行くぞ! 西田準備――」
「こうちゃん! 魔封じ!」
は? なんて思った瞬間、全身に衝撃が走った。
まるで濁流に飲まれたかのように、上下もわからなくなるほどぐるんぐるんと回されて、壁に叩きつけられた。
西田の声に従って“鎧”を使っていなければ、多分粉々になっていた事だろう。
だとしても……相当痛いが。
「ずぁ、がっ! いってぇぇ……」
一体何が起きた? なんて、煙の奥のドラゴンを眺めてみれば。
「あぁくそ、ブレスか。 そりゃそうだよな、ドラゴンだもんな」
カパッと口を開いた状態のドラゴンが、ゆっくりとその口を閉じている所だった。
そして、ニヤッと口元を歪めている。
アイツ、何故か分からないがやけに俺に対してヘイトを向けている気がする。
「何笑ってやがる、獣風情が!」
ガツンッ! と槍を地面に突き立てて、震える膝で立ち上がった。
畜生、クソいてぇ。
魔封じを使ってなお、この威力かよ。
ふざけてるとしか言いようが無い。
魔法なら全部防げる筈だった。
でも、俺はソレに流された。
要はキャパオーバーだった訳だ。
ハハッ、マジで即死級じゃねぇか。
反則鎧を使っても、瀕死状態になるのかよ。
とはいえ、ブレスが“物理”じゃなくて良かった。
アレが体内でナパームなんぞを生成する不思議生物だったら、俺はこんな事を考える間もなく消し炭だった事だろう。
「ご主人様!」
「北!」
「来るな馬鹿! 集まれば標的になる!」
叫んだ、が。
遅かった様だ。
二人は俺の両脇に入り、担ぐ体勢に入っている。
そして、ドラゴンは。
「だぁ、くそっ」
再び口を開き、照準はこちらに向けているご様子だ。
魔封じもない状態では、二人を守る術がない。
流石にここまでか、なんて思った時だった。
『こんばんは、黒い鎧の人間さん』
「あん?」
『体が治れば、回避できるかい?』
「お、おう」
『なら、治そう。 今私は“聖女”と同一の存在なのだから、それくらい簡単な事だよ』
おかしな声が聞こえて来たかと思えば、スッと体が軽くなった。
痛みは、ない。
それどころか、普段以上に体が軽い。
「ずおらぁぁ!」
「ご主人様!?」
「北!?」
二人を抱えて、その場から離脱する。
次の瞬間、俺達の居た場所にドラゴンブレスが炸裂した。
あっぶねぇ……危機一髪じゃねぇか。
『良かったよ、間に合って』
「誰だてめぇ」
『待って。 今ちゃんと“口で”名乗るよ』
「ご主人様? さっきから何と喋っているのですか?」
「北、ボケた?」
「シバくぞ白。 えっと、何か、アレだ。 変な声が頭の中に……」
「ボケた?」
「引っ叩かれてぇのかお前は」
片腕に抱いている女子高生に睨みを効かせていれば、また違う所から悲鳴が上がった。
今度は何だよとばかりに視線を向けてみれば、そこには。
「やぁ、改めまして。 私は“カナ”。 聖女“望”に宿った、竜の魂だ。 とはいえ、今は悪い竜じゃないよ? 目の前の竜は確かに私の体だが……アレは暴走しているだけだ。 かつて、生まれたばかりの頃の様にね。 私の肉体と魂……魔石は随分と長い事切り離され、既に別々の存在になってしまった様だ。 それは最初期の勇者によって――」
「アイリ! 聖女を連れて回避! ブレスが来るぞ!」
「りょ、了解! ねぇこれってホントに聖女!?」
やけに話の長い聖女様を抱えながら、アイリが跳躍してブレスを回避する。
だが、アイリの戸惑いも理解出来る。
何たって……目が覚めてから一瞬やけに輝いたかと思えば、さっきまでは無かったはずの角と尻尾が生えているのだから。
何だありゃ? 確か角が生えるのって魔人だけだったよな?
さらには爬虫類みたいな尻尾が生えているんだが。
ノアに尻尾は生えてない。
だから魔人ではない、と思う。
だとした……なんだ?
あえて言うなら、見た目と俺ら“向こう側”の知識を照らし合わせれば……。
「竜人?」
それ以外に、言葉が見つからない。
「悪くないね、むしろ良い。 ありがとう、黒い鎧の人。 私はこれから、“竜人”と名乗ろう。 私“カナ”と、聖女“望”は、今この時より“竜人”を名乗る。 少し待ってね、今聖女を起こすから。 そしたら、存分に戦って? 絶対、“死なせない”から」
「はぁ?」
訳の分からない事のオンパレードだ。
助けに来た筈の聖女様が、急に偉そうなお言葉を残したかと思えば角と尻尾が生えた。
待て待て待て。
マジで意味が分からねぇ。
突然変異? ミュータント誕生?
あの女の子連れ帰って本当に大丈夫か?
勇者君激怒したりしない?
なんて事を考えている間に。
「……ハッ! だ、大丈夫です、いけます! カナから話は聞きました! いきます! “リザレクション”! この魔法を常時発動しておりますので、負傷は気にせず戦ってください!」
と、言われましても。
何の事やら。
リザレクションって言ったら何、復活魔法?
とか首を傾げてみれば。
「リーダー! コレはヤバいですよ!」
「ねぇ何が!? 出来れば分かる様に!」
声を上げてくれたアナベルに、瞬時に解説をお願いする。
すまない、この状況で“大丈夫”といわれても、何が大丈夫なのか分からないのだ。
「今聖女が使っている魔法、“リザレクション”。 アレは死者蘇生とまで言われる程、瞬時に傷を癒す魔法です! しかも、欠損まで直す。 それが広範囲に展開されています! つまり……」
「無敵モードって訳か!」
「えっと、即死だけは……一応しないように」
「うおっしゃぁぁぁ! お前等、聞いたな!? 俺達は今無敵だ! でも直撃を受ければ鎧が砕けて素っ裸になるかもしれねぇ! それだけは気を付けろ!」
少女達を両脇に抱えながら、思いっきり叫んでみれば。
「即死攻撃は避けろって……コイツの攻撃ほぼ即死級なんですが!? 俺ら“魔封じ”持ってねぇぞ!」
「あぁ……僕にとってはすんごい良い魔法だわ。 頑張って防げば、次の瞬間には全回復するとか」
なんて声を洩らす東がパイルバンカーを地面に突き立て、ドラゴンの“ネコパンチ”を防ぐ。
ズガンッ! と凄い音がしたが杭を地面にブッ刺した影響か、ほとんど後退していない。
更には竜が止まった瞬間に、西田が薬物インの刃物を鱗の隙間に突き立てていく。
こりゃぁ、なんというか。
「ご主人様、勝てますよ。 私達は、竜にだって勝てます!」
「北、いい加減放す。 援護が出来ない」
そんな訳で二人を解放してみれば、すぐさま猫みたいに壁の段差へと登って行った。
そして。
「攻めますよ! 魔法陣六重展開! “アイシクルエッジ”!」
「聖女さんが大丈夫そうだから、私も動いても良いよね? 参戦するよ!?」
アナベルとアイリも、興奮した様子で各々好きに動き始める。
片方は派手な魔法でドラゴンの横っ面を叩き、もう片方は反対側からカウンター攻撃を決めている。
もうね、とんでもないわ。
「リーダー、どうしますか?」
「うん、理性的な奴が残ってくれててマジで助かった。 あのとんでも聖女を頼む」
「了解です」
いつの間にか背後に立っていた中島が、スッと影の様に消えたかと思えば。
次の瞬間には、頑張って魔法を行使している聖女様の元へと移動していた。
ホントもう、頼もしいメンバー達だよ。
「おっし……俺もサボってらんねぇな」
片手に持った突撃槍を振り回し、腰に構える。
そんでもって、もう片手にはいつもの黒槍。
「うっしゃぁぁぁ! 正面空けろ! 突っ込むぞぉぉ!」
その叫び声と共に、俺は勢いに任せてドラゴンの口の中へと飛び込んだ。
そして脳天に向かって槍を突き刺し、トリガーを引き絞るのであった。
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