第97話 神の使い


 「おいおいおいおい、なんだありゃぁ」


 「卵……じゃねぇなぁ」


 「繭? かな?」


 二人が言う様に、洞窟の奥底にはドデカイ繭が転がっていた。

 その手前には見た事もないデカさの魔石。

 全てが今までとスケールが違う。

 とにかくでかい、魔石でさえ東よりもデカい。

 だというのに。


 「北、あの子! 前に見た! 多分“聖女”!」


 白が指さすのは、目の前の魔石。

 その中に、彼女は居た。

 一見氷漬けにされているかのような見た目で。

 どうやって入れたんだよ、ここに来てファンタジーらしいファンタジー来ちゃったよ。


 「えっと、こんなのってアリか? どうやって運び出すんだよ……」


 「砕くしかない……と思われます」


 南の一言に、思わず口元をひくつかせてしまう。

 砕くったって、オイオイオイ。

 物理で無理やり叩き割ったら“中身”にまで影響しそうだし。

 鎧に吸わせるにしても……流石にデカすぎないか?

 なんて事を思っている内に、事態が進んだ。

 繭が、動いているのだ。


 「ふははは! 神の化身をどう相手する!? アレは我々の命令にしか従わない、世界さえも滅ぼす力を持つ――」


 「東、ジジイがうるせぇ。 その辺に捨てておけ」


 「了解」


 ペイッと地面に投げ捨てられたジジイは、ゲホゲホとむせ込みながら床の上を転げ回っている。

 とは言え、それどころではないのだ。


 「西田、東は手伝え! それ以外は繭を警戒! 聖女を連れてさっさと逃げるぞ!」


 「「了解!」」


 一斉に動きだし、俺たちは聖女の入りの魔石へと向かう。

 近づいてみれば、やはり大きい。

 こんなモン持ち運べんのか?


 「東!」


 「ふんっ! ぬぬぬぬっ! 無理! めっちゃ重い! ていうかくっ付いたみたいに放れない!」


 だぁくそ! そのまま運び出すのは無理か!

 そうなると俺達に取れる手段はやはり……物理か。


 「こうちゃん! 魔石クラッシャー! なんでも粉砕機! 運べるサイズまで削るんだよぉう!」


 「っしゃぁぁ! 任せとけ!」


 魔石表面をグワシッと掴み、グッと左腕に力を入れる。

 すると。

 パリンッ! と耳馴染みの良い音が聞こえ、“表面”が砕けた。

 そして、光り出す鎧の模様。


 「嘘だろ!? たったコレだけ砕いただけで鎧も満タンかよ!」


 「キタヤマさん! 魔封じを使い続けながら砕いてください! こっちでも支援します! ぜぁぁぁ!」


 そんな台詞を吐きながら、アイリが魔石に向かって回し蹴りを披露するが……残念なことに傷一つつかない。

 おい、マジか。

 すんげぇ固いのか、それとも魔石そのものに防御魔法か何かがかかっているのか。


 「物は試しだ! やってやらぁ!」


 籠手の表面をスライドさせ、タッチパネルの様な表面を叩く。

 ィィィン! と小さな音を立てて発光し始める赤い模様。

 “魔封じ”が発動した様だ。

 30秒、その間だけ俺に魔法は届かなくなる。

 だからこそ、試す。


 「うらぁぁ!」


 その状態で、魔石をぶん殴った。

 思いっ切り腰を入れて、全体重を乗せて。

 ――ピシリッ。

 そんな音を立てて、少しだけ表面にヒビが入った。

 だか、浅い。


 「もういっちょぉぉ!」


 右左右、そんでもってローリングソバット。

 派手なコンボをかましてみれば、バリンバリンと派手な音を立てて魔石は徐々に削れていく。

 そして、魔封じの効果が無くなれば再び魔石クラッシャー炸裂。

 鎧の効果により多くの外壁が削れ、再び鎧の模様が輝き始める。

 よし、これを続ければ何とかなりそうだ。


 「っしゃぁぁ! 魔石は任せろ!」


 「止めんか! 何を考えている!? ソレは神への供物、神の使いの心臓に他ならない! 神への冒涜だと何故分からない!」


 投げ出したジジイが、何か叫んでおられる。

 だが、知った事か。

 もっかい魔封じを起動させ、ひたすらに殴る。


 「神獣が復活した際、ソレは供物となる! 魔石を再びその身に宿し、更には“聖女”さえも取り込み、最強の神獣となるんだ! 今すぐ止めろ! ソレに触るな!」


 「うるせぇぇぇ! 馬鹿みたいな妄言吐いてんじゃねぇよエロジジイが! 若い女の子にこんなスケスケの服を着させておいて、神だのなんだの言ってんじゃねぇ! 眼に毒で仕方ねぇわ! 聖女様じゃなくて性女様じゃねぇか!」


 「お前こそ何を言っている!? ソレは天の羽衣、非常に高価である上に清く正しい――」


 「変態ジジィは悪即殺! アイリィィ! 予備の服出しておいてくれぇぇ!」


 「あぁもうウチのリーダーは……変な所でピュアなんだから……」


 俺が殴る蹴る掴むを繰り返している間に、隣で服を準備し始めるアイリ。

 なんだろうこの状況。

 説明しろと言われても、ちょっと言葉に困るかもしれない。

 なんて事を考えていれば。


 「ご主人様! 繭が割れます!」


 その声に振り返ってみれば、表面にヒビの入った繭。

 中から何かが押し上げるかのように、一部だけが盛り上がっていた。


 「アナベェェェル! 氷魔法!」


 「え!? はい!?」


 「表面を凍らせろ! 出て来させるな!」


 「っ! はい! 了解です!」


 意思が伝わった様で、アナベルは繭をひたすらに冷凍し始めた。

 このまま寒さで死んでくれれば良いのだが、多分そう上手くは行かないのだろう。

 だからこそ、急がなければ。


 「ずらぁぁぁ!」


 「こうちゃん頑張れ! もうちょっとだ! いけ! 掴め! 女体はもうすぐ目の前だ!」


 「言葉選びもう少し頑張ろうねぇ西田ぁ!?」


 「勢い余って聖女様まで殴らないようにね!? 北君が殴ったら多分死んじゃうよ!?」


 「こえぇよ東! 言われると余計不安になるよ!」


 友人達からツッコミどころの多い応援をもらいながら、ひたすらに魔石を殴り続けた。

 そんでもって、魔封じが切れたその瞬間。


 「おらぁぁぁ! 最後の一発だぁぁ!」


 すぐそこに聖女が居る。

 その彼女を包む魔石の表面を握りしめ、グッと力を入れた。

 ――パリンッ!

 随分と軽い音を立てながら、全ての魔石が砕け聖女様が崩れ落ちる。


 「アイリッ!」


 「はいはい了解! 薄着女性はタッチ厳禁なんですね! 全く手のかかる!」


 地面に伏す前に彼女をキャッチし、すぐさま服を着せ始めるアイリ。

 うん、ウチのメンバーに大小様々な女性陣が居て良かった。

 何の大小かは言わん、言葉にしたら殴られそうなので。

 なんて事を思ってみれば。


 「キタヤマさん! もう無理です! 出ちゃいます!」


 「マジか! 出ちゃうのか!?」


 「おいこうちゃん、そっちも言葉選びがひでぇぞ」


 「北君、もうちょっと考えて喋ろう?」


 色んな言葉を頂きながら振り返れば、真っ白に凍った繭からは“ナニか”が顔を出し始めた。

 とてつもなく巨大。

 雪の様な色の体に、真っ赤な瞳。

 美しくも禍々しいその姿は……。


 「お前等! また蛇だ! 警戒しろ!」


 「前足も出て来たよ!? 大トカゲだ!」


 「角が生えてるぜ!? もしかしたら恐竜かも!」


 「無礼者どもがぁぁ! 竜じゃ! 何故見て分からん!」


 そんな叫び声が上がる中、ソイツは長い首と前足を繭から露出させた。

 見ただけで震えあがりそうな見た目、見るからにラスボス。

 真っ白いソイツは、間違いなく“俺”を睨んだ。


 「アナベル! 照準、繭!」


 「またですか!?」


 「コレ以上出てこさせるな! 自由にさせるな! 今まで以上に全力で凍らせろ!」


 「了解でっす!」


 再び白い暴風がぶち当たり、獣は少しだけ後退した。

 そんでもって、未だに割れていない繭も更に分厚く凍り始める。

 いよぉし。


 「アイリ! 聖女を担げ!」


 「どうするんですか!?」


 「逃げるんだよぉ!」


 出口に向かって一直線。

 馬鹿言うな、あんな化け物相手してられるか。

 前回の“王蛇”よりでかい。

 とんでもなくデカい。

 一目見た時、白いゴジ〇が出て来たのかと思った。

 いくら東が盾を構えようと、パクリといかれてしまうサイズだ。

 そんなもの、相手してられるか。


 「逃がすか!」


 床に放置したジジイが声を上げれば、出口である洞窟が崩落した。

 いや、うん、あのさ。

 マジで空気読もうぜ!?


 「ジジィィィ! ぶっ殺すぞ!? 何してくれちゃってんの!? ねぇお前何してくれてんの!? お前だって食われるでしょあんな化け物!」


 「くはははっ! 何の為に白い奴隷首輪を嵌めたと思っている!? 知っているか!?種族戦争の時代、ソレを止めたのが突如現れた神の使い、竜だ! かつての勇者によって魔石と肉体を切り離され、その一体がこの地に封印されたが! その竜を今や思うがまま、それこそ奴隷の様に扱える私は、神そのものと言っても――!」


 バクンッ。

 その音と共に、爺さんの声は消えた。

 首と片足くらいしか繭から出て来ていない竜だったが、それでも届く距離だったらしい。

 爺さんは膝から下だけを残し、残りは白いトカゲに食われてしまった。


 「……」


 人が、死んだ。

 目の前で。

 防衛戦の時も死人は出たが、俺の眼の前で死んだ訳じゃない。

 だからどうという訳では無いが……非常に胸糞悪い感情が胸の中に渦巻いている。


 「こうちゃん。 “アッチ”は気にすんな、自業自得だ。 でも……逃げ道がねぇ」


 「北君のせいじゃないからね? あの人が勝手にやって、勝手に死んだだけ。 責任なんか感じる必要ない」


 友人二人が随分と必死に声を掛けてくるが……分かっている。

 コレは俺らがどうこうじゃない、俺達が直接殺した訳でも無い。

 そもそもこの馬鹿共が始めた事で、その結果だ。

 だからこそ、関係ない。

 それは分かっている。

 分かっているのだが……あぁ、胸糞悪い。


 「全員、戦闘態勢」


 「マジ?」


 「うっそでしょ、本気?」


 「言いたい事は分かる、だが逃げ道がねぇ。 逃げ道を作った瞬間脱出するのでも構わねぇが、アナベルに魔法で穴掘り要員に徹底させるには……ちょっと余裕が無い相手だと思わねぇか?」


 「確かに……相手は竜ですしね。 逃げ切れるとも思えません。 それで、どうしますか? ご主人様」


 そんな訳で、全員が全員繭の方へと向き直った。

 そこには、首と片腕しか出せずにバタバタと暴れているドラゴン。

 そう、ドラゴンなのだ。

 俺達はこれから、“竜”を殺す。

 神の使いだなんだと謳っていた獣を、“狩る”。

 全く、我ながら呆れたもんだ。


 「アイリ! 聖女を頼む!」


 「了解! って言いたい所だけど、大丈夫?」


 「あぁ、何とかする」


 未だ意識の無い聖女を抱えた彼女は、困り顔で頷いた。


 「南、白! とにかく動き回って援護射撃! 同じ場所には留まるなよ!? ヘイトを向けられるぞ!」


 「まさか、こんな事になるとは……了解です! 狩りましょう!」


 「うい! ドラゴンスレイヤーに、私はなる!」


 二人は一つ頷いてから、広間の隅へと走り始める。

 あとは……。


 「中島は俺達のフォロー。 とはいえ孤児院はお前頼りだ、絶対に生き残れ」


 「その命令に些か不満を覚えますが、了解です。 しかし、皆で生き残りましょう」


 「おうよ」


 頷いて見せれば、中島からもニッと不敵な笑みが帰ってくる。

 大丈夫、戦える。

 例え相手が竜でもあっても、俺たちは戦える。

 相手は獣だ、いつも通りだ。

 絶望するのは、死んでからで良い。

 だから抗え、必死に足掻け。

 生きている間は、もがき続けるんだ。

 俺達は、“生きる為に生きる”。

 だからこそ、ここで死ぬ訳にはいかない。


 「こうちゃん、俺らは?」


 「準備はバッチリだよ。 何をすれば良い?」


 頼もしい友人二人が、俺の隣に並ぶ。

 なら、やる事は一つだ。

 というか、俺らが出来る事なんて一つしかない。

 “獣狩り”の始まりだ。


 「うっしゃぁぁ! 今日はドラゴン肉の晩飯だ! “フォーメーション鹿”! 俺と西田で目を潰してから、東は正面から叩け! 思いっ切りだ!」


 そう叫び、マジックバックから“王蛇”の皮を取り出し片方の端を西田に持たせる。

 これで、準備は完了だ。


 「いくぞぉぉ、お前等! 今日はドラゴン食い放題だぁぁ!」


 「「うっしゃぁぁ!」」


 全員が走り出した、アナベルが更に凍らせたドラゴンの繭目掛けて。

 圧勝出来るなんて思っていない、むしろ隙を見て逃げられるのなら逃げたいくらいだ。

 だかしかし、退路は断たれた。

 だったら、大人しく喰われてやる必要など無いだろう。

 足掻いて足掻いて、そんでぶっ殺して。

 一人でも多く生き残ってコイツを喰らってやろう。


 「アナベル、冷却一旦中止! 突っ込むぞぉぉ!」


 「了解! バフに切り替えます!」


 そんな訳で俺と西田はデカい蛇の皮を、ドラゴンの顔面にひっ被せるのであった。

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