第95話 黒い悪魔
「こりゃあまた……随分と御大層な隠しダンジョンだ。 ネトゲプレイヤーじゃなきゃ見逃しちゃうね」
「ご主人様、“ネトゲプレイヤー”ってなんですか?」
南からのツッコミを頂きつつも、神殿の最奥に開いた洞窟に思わず声が漏れた。
なんじゃこりゃ。
今まではお綺麗な壁や床が広がっていたというのに、目の前には地下の壁をくり抜いた様な大穴が空いている。
この先に、さっきの爺さんは逃げ込んだ……はず。
それ以外に道らしい道も無かったし。
「ま、行ってみるか。 最終戦っぽい雰囲気はバリバリに出てるけど。 エリクサーってのは使ってなんぼだ! 皆出し惜しみすんなよぉ!」
「西田様……エリクサーなんて高価なモノ、私達は持っていませんよ」
あるんだ、エリクサー。
「こうまで状況が整えられるとセーブがしたくなるよねぇ、ボス戦前なのになんでセーブポイントないの?」
「東、コレは人生ゲーム。 セーブは無い。 死にゲーじゃない事を祈る」
どいつもコイツも好き勝手な事を言いながら、目の前の洞窟を睨んでいた。
ふーむ……洞窟を抜けた先は、知らない世界でしたぁなんて事は絶対無いだろう。
どう考えても、待ち構えているよな。 やっぱ。
「リーダー、私がもう一度デバフを使って先に様子見した方が……」
「いや、いざって時に中島が動けなくなる方が困る。 となると……問題は普通に行くか、邪道で行くか、だな」
「邪道、とは?」
アナベルが首を傾げながら、こちらを覗き込んで来た。
いやお前、そりゃ普通に行けば単純にボス戦がくり広げられる訳だが。
「例えば、出口から姿を現す前に特大魔法ぶっ放すとか……」
画面端に見える待機中のボスに攻撃する様なもんだ。
そりゃもう外道のする事だろう。
ある意味、裏技とも言えなくも無いが。
「はいはーい、邪道法で良いと思いまーす。 相手の思い通りに動いてやる必要なんかないでしょ」
アイリが元気よく声を上げて言える訳だが……まぁ、そうだよね。
こちとら命を賭けているのだ、どこまでも薄汚くなっても知った事か。
文句を言いたければ言え、俺は知らん。
「向こうの状況が分かればまだ手はあるんだろうが、まぁ仕方ないか」
「だな、とにかくコソッと行ってドカンとしてみるか」
「死にゲーノーコンテニュー縛りの始まり始まりぃ」
「えっと? 良く分かりませんけど普通に進むという事でよろしいのですか?」
そんな訳で、俺たちは真っ暗な洞窟の中を明かりも付けずに突き進んだ。
ひたすらに目を慣らし、耳を澄ませ。
真っ暗な中を、音も立てずに進んでいくのであった。
――――
「準備、整いました!」
「よし! 相手の姿が見えた瞬間一斉に攻撃せよ! 遠慮はいらん! 奴らは
神に仇なす存在だ!」
その場にいる全員が武器を構え、入り口を警戒する。
扉などない、本当に洞窟の出口。
だからこそ、相手に隠れる場所などない。
勝った。
そう、思っていたのに。
「“ホワイトアウト”!」
その声が響いた瞬間、入り口からは尋常じゃない冷気が入り込み、視線を遮った。
白い、ただただ白い。
数メートル先でさえ見えないと思われる程、周囲が真っ白な世界に変わった。
「な、なにが!? 誰か状況を!」
なんて叫んでみれば、そこら中から悲鳴が上がって来た。
それと同時に。
「東は突っ込め! アイリは東の援護! アナベルは魔法の調整ミスるなよ!? 俺らまで見えなくなっちゃ敵わねぇ。 南と白は遠くの奴から片付けろ! 西田ぁ中島ぁ! 俺と一緒に暴れんぞぉぉ!」
叫び声と共に、周囲の悲鳴は更に大きくなった。
なんだ、何が起きている。
そんな困惑を抱いている内に、目の前の白い吹雪は薄くなっていく。
そして、現れたのは。
「よう、追い付いたぜ」
信者達が地に伏せる中、真っ黒い鎧に身を包んだ者達が立っていた。
まさに悪魔。
神に仇なす存在。
ソレを具現化した様な者達が、私に向かって歩み寄って来たのであった。
――――
「この悪魔め!」
爺さんが唾を飛ばしながら、大声で叫ぶ。
異常だ蛮族だと色々言われて来たが、悪魔は初めて言われた。
厨二心が燻られちゃうね。
「ココは神聖な場所! 貴様達の様な存在が立ち入って良い場所ではない!」
何やら酷い言われようだが、爺さんは顔を真っ赤にしながら随分とデカい魔法陣を拵え始めた。
「アナベル、ありゃ範囲魔法か?」
隣に立っていた専門家様に声を掛けてみれば、彼女は静かに首を横に振ってため息を吐いた。
「いえ、光の槍を放つ魔法ですね。 ソレを随分と大きくしている様ですが……詠唱が随分と遅いです。 アレではただただ見た目を派手にした程度にしかなりませんよ」
「あらら、意外と小物なのかね。 東ぁ、行けるか? アナベル、防御バフよろしゅう」
「がってん」
「了解です」
声を掛ければ、ウチの魔王鎧がノッシノッシと前に出る。
とりあえず主犯の爺さんも攫う予定なので、あんまり怪我はさせたくない。
運ぶのが大変になるのはゴメンだ。
なんて事を思っている内に詠唱が終わったのか、爺さんはこちらに向かって杖を構えた。
「神の力をその目に焼き付けろ! “シャイニングランス”!」
やけに光り輝くドデカイ槍が、一直線にこちらに向かってきた。
どこかの勇者様の攻撃を思い出すが、アレに比べたら光量控えめな上に随分と遅い。
そんなモノが東の大盾にぶち当たり……そして霧散した。
「なっ……!」
「降参してくんねぇかな? 神様の力ってのも、ウチのタンクは貫けねぇらしいからよ」
「ふ、ふざけるなぁ!」
再び上空に杖を構えるお爺ちゃん。
そんな隙だらけで、いつまでも相手が待ってくれるとか思ってんのかね?
はぁぁ……と大きなため息を吐いてから、ちょいちょいと指を振った。
「西田、中島。 頼むわ」
「あいよ」
「了解です、リーダー」
足の速い二人がその場から姿を消し、次の瞬間には爺さんのすぐ近くに。
西田は飛び蹴りで杖を部屋の隅まで蹴っ飛ばし、中島は爺さんを抑え込む様にして組み伏せる。
なんかこの二人だけ特殊な訓練とか受けていそうな動きになって来たな。
連携的な意味でも。
「放せ! 貴様ら誰に手を上げているのか分かっているのか!?」
ギャーギャーと騒ぐ爺さんの腕を後ろ手に縛り、拘束完了。
後は聖女様とやらを探し出せば、俺達のお仕事終了って訳だ。
「なんか、意外と呆気なかったわねぇ……この程度なら、普通のウォーカーでも楽勝だったんじゃない?」
「アイリ様、流石にソレは無茶な話では……」
「そもそも、森での生活に慣れてない人の方が多い。 歩きでココまでとか、絶対無理」
女性陣も気が抜けたのか、普通に雑談し始めている。
とはいえ、気持ちは分からなくもない。
勇者が必死に頭を下げ、支部長からは戦争になるかもなんて脅され。
更には姫様まで直々に姿を見せて、英雄がどうとか言っていたくらいだ。
もっと酷い状況になる事も予想していたのだが……結構早めに終わってしまった。
怪我人も出ていなければ、武器の消耗もほとんどない。
こうなってくると、早めに帰って姫様の言っていた“厄災”とやらに備えた方が良さそうだな。
「うっし、とっとと聖女様捜して帰えんぞぉ」
「「「りょうかーい」」」
東が爺さんを肩に担ぎ、全員そろって更に奥へと進み始めた瞬間。
ズンッ、と重い振動が床から伝わって来た。
そして。
「なんだこりゃ……」
「うっさ!?」
「何の声だろう……今まで聞いた事がない」
空気を振動させる獣の大声が響く。
鳴き声というか、咆哮。
ドデカイ生物が威嚇している様な、腹に響く雄叫び。
耳の良い南なんかは特に辛そうだ。
猫耳ペタンと垂らして、両手で隠している程。
「……止みました、かね?」
「……耳、おかしくなりそう。 南、平気?」
誰しも少しだけクラクラしながらも、再び正面を睨む。
今居るのは洞窟と洞窟の中間地点。
それこそ外部からの侵入者迎撃用に広間を作っただけなのだろう。
その更に奥。
続く洞窟の先から、ビリビリと感じる敵意が放たれていた。
「フ、フフフ……あの馬鹿王子。 口先だけの若造だと思っていたが、随分と良いタイミングではないか……」
担がれたままの爺さんが、急に不敵な笑いを溢し始めた。
まだ何かあんのか?
というか、もっとデカい首輪魔獣でもいんのか?
「我々は神の使いを解放する! 刮目せよ、神獣は復活する! さぁどうする国の鼠達? 聖女はこの先だぞ?」
東の肩の上でモゾモゾしながら、爺さんが嬉しそうに大声を上げた。
言っている事はとんでも無さそうなのに、見た目が酷い。
普段見たら、何だコイツ? って感想しか出てこなかっただろう。
しかし、さっきの咆哮。
かなり大型の魔獣だと考えた方が良さそうだ。
「チッ、悪魔だの鼠だの好き勝手呼びやがって。 急ぐぞ! 獣に聖女様が食われた後じゃ、胃袋から救出する事になるからな!」
「「「了解!」」」
そんな訳で、俺たちは再び走り出したのであった。
結局、楽に終わる仕事なんかねぇって事なのかね。
全く、嫌になっちまう。
帰ったら支部長と勇者に追加報酬の交渉でもしてみるかな……。
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