第93話 裏と表


 「おやおや、息が上がっているではないか。 若いのに情けない」


 「そちらこそ、随分とお年を召している割に随分と落ち着きがないのですね。 若い女性を攫って、利用し、他力本願で国に喧嘩を売るとは。いやはやどうしようもない、ろくな人生経験をしておられないのでしょう」


 「餓鬼が……」


 「おや、この歳で子供扱いされるとは思ってもみませんでした。 嬉しいモノですね、私もまだまだ若いという事でしょうか」


 軽口を叩けば、相手からは至極単調な魔法が飛んでくる。

 それをどうにか回避してはいるが……やはり体が重い。

 バフやデバフの悪い所は、好きなタイミング魔法を解除できない事。

 一度魔法を使うとしばらく効果は続き、時間と共に魔法は消滅する。

 もちろんどれくらいの時間魔法を掛ける、という大雑把な調整は出来るが……私はまだそこまで器用に使いこなせない。

 私程度の術者となれば、魔法を掛けてから2~3分程度で解けてしまう効力なのだが。

 隠れる為に連続で魔法を使用してしまった。

 しかもタイミングの悪い事に、追加を掛けた瞬間このご老体に見つかってしまったのだ。

 そして戦場での数分とは、非常に長い。


 「フンッ、こんな所まで忍び込んでくるからどれ程の腕前かと思えば……てんで駄目ではないか。 隠れる事が得意なだけの鼠か」


 「その鼠に踊らされる気分は如何ですか? 猫の手でも借りては如何でしょう」


 「どこまでも口の減らない男だ!」


 おっと、少しばかり煽り過ぎてしまっただろうか。

 ご老体は天井へと杖を向け、今まで以上に大きな魔法陣が展開されている。

 流石に範囲魔法なんて使われると不味い。

 逃げ回れるスペースもそこまで無い上に、こちらはデバフ効果で防御力も低い。

 何と言うんだったか、そうだ、“紙装甲”という奴だ。

 なんて、どうでも良い事を考えながら相手を睨んでいると。


 「司教様!」


 「遅い! 何をしていた!」


 不味い、更に仲間が増えてしまった。

 奥の扉から続々と現れる教会の人間達。

 範囲魔法でも不味いというのに、この数に一斉に襲われたらと考えると。


 「ホレ小僧、避けてみよ」


 ニヤッと口元を吊り上げたご老体がこちらに杖を向けたと同時に、放たれる光。

 クソッ、コレばかりは避けられない。

 なんて、思っていたのに。


 「中島さんお待たせ! 僕の後ろに!」


 「はっ! コレだけ人数が揃っていてこの程度ですか! 笑わせてくれますね!」


 頼もしい声が、私の前に飛び出して来た。

 東さんが大盾で魔法を防ぎ、その肩に乗ったアナベルさんが続けざまに反撃の魔法を放つ。

 その一撃で、半分以上の信徒たちがその場に倒れ伏した。

 まだまだ、続々と出て来そうな雰囲気はあるのだが。

 それでも、戦況はガラリと変わった事だけは確かただ。

 それこそ、“ひっくり返った”と言って良い程に。


 「よう中島、悪かったな。 遅くなった、無事か?」


 そんなこんなして居る内に、後ろからリーダーに肩を叩かれる。

 全く、この人達は。

 どこまでも良いタイミングで現れる。

 そして、思っていた以上にずっと早い到着だった。


 「待っていました、リーダー。 この通り無事です、怪我もありませんよ。 それから、丁度デバフが解けた所です」


 「そりゃ何よりだ。 そんじゃ、一緒に大暴れするとしますか」


 「ですね。 先程まで散々チマチマといじめられていたので」


 さて、ここからだ。

 私も動けるようになったし、何より“悪食”メンバーがココまで辿り着いたのだ。

 後は更に奥へ、彼等が隠しているであろうモノがある場所へと向かうだけだ。

 目の前の有象無象をぶっ飛ばしながら。


 「さぁて、そんじゃ殺さない程度に暴れますか……って、アレ? え、ちょっと!? ねぇあの人逃げた!」


 アイリさんが気合十分に前に飛び出した瞬間、残った信徒たちが壁になるかのように正面に立ち並び、偉そうなご老体は後方へ向かって全力ダッシュ。

 清々しい程に……クズだ。


 「はぁぁ……あんなのに翻弄されていた自分を思い出すと、悲しくなりますね」


 「ま、向こうに何かあるって分かっただけでも十分だろ。 追うぞ」


 全員が全員武器を構え、静かに腰を落とす。


 「ご主人様。 “殺さない”程度であれば、構いませんね」


 「おう、怪我する事くらいコイツ等も覚悟の上だろうからな。 遠慮なく“ぶっ飛ばせ”」


 「教会の人は治癒魔法が得意、多分。 だから問題ない、頭と胴体以外をぶち抜く」


 「白ちゃんの言う通りだ。 手足の腱とか切られても、文句言うんじゃねぇぞお前等?」


 「だねぇ。 元々自分達から売った喧嘩なんだから、容赦してもらえるとは思ってないでしょ」


 誰しも非常に物騒な事を言いながら、走り出した。

 もう少しだ。

 立場が上の人間が滞在しており、慌てて逃げ込む先があるのだ。

 恐らく、この先に“聖女”が居る。

 私も北山さん同様、主人公や英雄を気取るつもりはない。

 しかし、だ。

 やはり若い子達を悪い道に進ませる、または巻き込む連中は非常に気に食わない。

 私は“先生”になりたかったのだ。

 子供達や若い子達を導き、道を示す存在になりたかったのだ。

 だからこそ、こういう大人たちはどこまでも虫唾が走る。

 私の我儘であり、傲慢な考え。

 でもその願いを、“悪食”は叶えてくれる。

 私の“綺麗事”を、現実のモノに変えようと共に努力してくれる。


 「勇者君の周りの連中もそうですが……未来ある若者を大人たちが好き勝手するのは、些か目に余りますよ?」


 とりあえず、一人目。

 目の前の敵に、勢いをつけた膝蹴りを叩き込むのであった。


 ――――


 「カイル様! 3時の方角より増援! 大型です!」


 「てめぇら! 右から獣の群れだ! でけぇのが来るらしいから、腕に自信のある奴はソッチに向かえぇ!」


 真っ黒い服に包まれた嬢ちゃん、ハツミって言ったか。

 旦那の所でチラッと見た事がある。

 その女の子に抱えられた姫様が、“見えても居ない”敵の位置を俺に伝えてくる。

 しかもその後には、ちゃんと“相手”がやってくるのだ。

 まるで、未来でも見ているかのように。


 「コイツはすげぇな……」


 負けていられないとばかりに大剣を振り回せば、周囲からは血飛沫が舞う。

 もう何でもありだ。

 武器がぶっ壊れるんじゃねぇかと思える程、振り回せば当然の様に当たる。

 少し前に、百を超える魔獣に旦那とニシダが飛び込んだ光景を見たが。

 あの時もこんな気分だったのだろうか?

 とはいえ、今回は周囲に味方が居る上に大人数。

 あの時に比べれば、安心感は段違いだろうが。


 「ハハッ! こんなの数人で相手したんなら、確かに旦那は“デッドライン”だわな!」


 「ホントその通りだよ! だぁもう休む暇がねぇ!」


 大剣を振り回す俺の近くには、盛大に炎を放っているギル。

 そして、ウチのパーティメンバーが暴れ回っていた。


 「これ数人でこなすとか人間じゃない! やっぱり“悪食”はおかしい!」


 「これマジで地獄過ぎんだろ! 弓兵には無理だって!」


 ポアルとリィリが叫びながらも、必死で動き回っている。

 というか、動かないと齧られる。

 俺達はウォーカーの中でも最前線、一番魔獣が密集している所に来ている以上仕方がない。


 「まとめるぞい! 巻き込まれん様に注意しろよ!」


 ザズが声を上げた瞬間、炎の壁が両サイドから迫って来る。

 その炎に呑まれれば焼け死に、逃れようと走れば中央に集まる事になる。

 すると、当然の様に。


 「柴田!」


 「おうよ! “光剣”!」


 勇者様の一撃で、大量の魔獣が消し炭になるって訳だ。

 いけすかねぇ、勝手ばっかりしやがるクソガキ。

 なんて思っていたが、仲間になるとここまで頼もしいのか。

 恐ろしいもんだぜ、全く。


 「視界が開けた! このまま大将を落とす!」


 勇者の言う通り一直線に道が開き、相手方の大将が視界の先には見えている。

 この国の王子。

 随分とニヤけ面でこちらを眺めているが。

 そんな相手に対して、勇者は剣を腰だめに構える。

 そして。


 「待ってください! その“未来”には良くないモノが見える! 今攻撃しては――」


 「“一閃”!」


 王女様の声が周りの音に掻き消されてしまったのか、勇者はそのまま剣を振りぬいた。

 今まではとは違う、鋭く細い光。

 それが、相手の大将へと向かって伸びていくが……。


 「やれやれ、やはり“勇者”とはいえ若造。 手の内が晒されている相手に、何処までも真っすぐ向かってくる。 愚かだなぁ……“異世界人”」


 やけに耳に残る声を上げながら、彼は盾を構えた。

 アレは……盾なのだろうか?

 盾の形はしているが、まるで鏡。

 それこそ、目の前に立てば自分の姿が映りそうな程。

 そんなモノを正面に構え、彼は更に口元を吊り上げた。

 なんか、不味い気がする。

 そう思った次の瞬間。


 「ずあああぁぁぁぁぁ! クソッ! いってぇぇぇ!」


 すぐ近くに立っていた勇者が、片腕を抑えて転げ回った。

 いや違う。

 抑えている方の片腕が、無いのだ。


 「本当に何も学ばないな、若い“勇者”は。 だからこそ扱いやすくはあるのだろうけど。 ホラ、魔獣の追加だ。 どうする? 勇者様」


 彼がチョイと指振れば、再びそこら中から首輪を付けた魔獣が駆け出して来る。

 不味いな、後どれだけいるんだよ。

 流石にこっちも手が足りなくなって来たぞ。


 「だぁくそっ、リィリ! ポアル! 少し頼む! ザズはこっち来い! 勇者の応急処置だ!」


 「儂は無理やり血を止めるくらいしか出来んぞ!? 下手したら繋がらなくなる!」


 「だとしても、だよ! このままじゃ死ぬ!」


 そんな事を叫びながらザズに治癒魔法を頼み、こちらは痛み止めの薬を無理矢理勇者の口に突っ込む。


 「柴田! 大丈夫か!? 一旦治療の為に後退を――」


 「ぷはっ! いい! どうせ吹っ飛んだ腕も魔獣に喰われた! 今できる事っつったら止血くらいだ! ソレもこの人達にやってもらった! だからお前は姫様を守れ! 姫様の“未来予知”が無いと、すぐに崩れる!」


 そう言いながら、勇者は千切れた腕の根元にベルトを巻き付け、口でグッと引っ張って未だ多少溢れる血液を完全に止めた。

 痛みに耐えているのであろう、ボロボロと涙を溢しながらも片手で剣を取る少年。

 その姿は、前の防衛戦に居たクソガキとは天と地程も差が有る様に感じられた。


 「ハッ、頑張るじゃねぇか。 勇者様よ」


 「俺も、男なんで。 アイツらが、“悪食”が望を取り返してくれるってんなら、俺はこっちで頑張んないと。 でも……だぁくそ! いってぇぇ!」


 欠損による痛みに涙を溢しながらも、未だ剣を握る勇者。

 痛みによるものか、恐怖によるものか。その体は随分と震えているが。

 この姿を見て、誰が笑えるだろうか。

 誰が彼の事を罵倒できるだろうか。

 今までの経緯で、恨みはするかもしれない。

 でも今この瞬間だけは、間違いなく彼は“勇者”だった。


 「あの盾、前の亀の素材か何かで作ったっぽいな……うし、アレは俺達でどうにか――」


 そうすれば、また勇者の魔法が使える。

 なんて、思ったその時だった。


 「お待たせして申し訳ない! 一番隊、すすめぇ!」


 言葉を紡ごうとした所で、後ろからとんでもない大声が響き渡って来た。

 振り返ってみれば……なんだ、アレは。

 適当な鉄鎧やら皮鎧やら、それこそ全身色んな装備に身を包んだ連中が走って来ていた。


 「……えっと?」


 「兵士一同鎧を脱ぎ捨て、王より新たなる武具を頂戴した! もとい、そこら中の武器屋に協力を申し込んで貸してもらった! これより、我らも戦闘に参加する!」


 あ、はい。

 思わず間抜け面を晒してしまったが、彼等は俺らを追い抜いて良い勢いで魔獣達を狩り始めた。

 魔獣狩りは俺らの本分なんだが……見事なまでの人海戦術。

 やっぱりこの国の兵士の数はやべぇな……。


 「カイル、ボケッとすんな! 俺らも行くぞ!」


 「お、おう!」


 そんな訳で、訳の分からん恰好をした国の兵士達と共に、再び前線を押し上げていくのであった。


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