第92話 主人公
雪が降り始めたその夜、多くのウォーカー達が国の門の前に集まっていた。
以前の防衛戦の比にならない程の人数。
王族からの命令なのだから従う他ない。
なんて事は、今回に限っては無かったのだが。
それでも、逃げ出したウォーカーの数は思いのほか少なかった。
「ノイン、マジでお前も逃げて良いんだぜ? 無理だけはすんな」
「冗談辞めて下さい、カイルさん。 “悪食”から誰も参加しない、なんて事になったら後で聞こえが悪いでしょ?」
正直、滅茶苦茶止められた。
子供達は皆泣き出すし、クーアさんは必死に俺を止めようとした。
でも、戦闘に参加できるのは俺だけだ。
まさか成人していない子供達を戦場に送り込む訳にもいかず、治癒魔法が使えるからと言って、シスターを戦場に連れてくる訳にもいかない。
今、孤児院には“悪食”の戦闘メンツが居ないのだ。
普段ならずっと滞在しているナカジマさんでさえ、今回ばかりは皆と一緒に遠征してしまっている。
それくらい、重要な依頼だったのだろう。
ホント、タイミング悪い。
だからこそ、俺だけでも参加しないと。
後になって、“悪食”からは誰も来なかったなんて言われて見ろ。
多分俺は、というか子供達もその軽口の一つでさえ許せないと思う。
“悪食”を馬鹿にされたくない。
アイツ等の大きな背中に憧れる事はあっても、後ろ指を指される様な事だけあってほしくない。
なんて思って、飛び出して来た訳だが。
意外な人物が付いて来てくれた。
「いいのか? ノア。 多分コレ、負け試合だぜ」
「一人で送り出したら帰って来なそうな顔をしてた人に何を言われようと、ボクは帰らないからね。 大丈夫、ずっとノインの傍にいるから。 そうすればノインは“死ねない”でしょ?」
ハハッ、言ってくれる。
こりゃマジで死ぬわけにいかなくなってしまった。
周りの奴等にバレない様に、より一層魔女帽子を深くかぶり直すノア。
彼女のバフ効果は、正直他の魔法と比にならない。
他の魔術師が多種類のバフを一つ一つ使っている所を、彼女の魔法はその全てを一遍に強化する。
しかも、能力の向上具合も普通の魔法とは段違いだ。
だからこそ、ありがたい事ではあるが……。
「わりぃ、ホント。 俺だけで大丈夫だって言えれば良かったんだけど」
「謝る必要なんてないよ、ボクはボクの出来る事をするだけだから。 それに“悪食”は一人で名乗るモノじゃないでしょ?」
ふにゃっと表情を崩す彼女の帽子に手を置いて、改めて気持ちを切り替える。
死んでなんかやるもんか。
俺達は、この先“悪食”を継ぐんだ。
こんな所で、躓いている場合じゃない。
なんて、覚悟を決めたその瞬間。
「な、なんだありゃぁ!?」
ウォーカーの誰かが、叫び声を上げながら空を指さした。
その先にあるのは、夜空と雪雲。
だった筈。
一瞬何の事を言っているのか分からなかった。
しかし、眼を凝らしてみれば。
「鳥の魔獣?」
「何だよ、あの数」
暗い夜空には随分と大量の影が飛んでいた。
まだ遠いからこそ、まるで虫の大群の様に見える。
それくらいに、多いのだ。
誰もがポカンと上空を見上げる中、事態は動きだした。
「全軍進めぇ! 防衛班は気合いを入れろ! 遠距離部隊も前へ! 一匹残らず撃ち落とせぇぇぇ!」
今回もまた前線に出張っているらしい王様が、門の上から大声を上げた。
何やってるんだこの国の王様は。
そんな所に居たら、下手したら真っ先に死んじまうかもしれないのに。
とはいえ、前回の防衛戦での話とは随分と印象が違う様だが……あと、何故頬に青痣があるんだあの人は。
「ノイン……あの人、死ぬつもりだ」
「え? あの人って、王様の事か?」
「うん。 あぁいう人、いっぱい見て来た。 あの人は、死ぬつもりでこの場に立ってる」
いやいやいや、王様だぞ?
王様って言ったら、後ろで踏ん反り返っているのが普通だろう。
だというのにあの人は死を厭わないつもりで、前線に立っているのか?
嘘だろ? この国の王様って、あんまり良い噂聞かなかったんだが。
もしかして、噂と本物は全く別物ってか?
などと思っている内に、兵士が一番前に走り出す。
ウォーカー達はその後ろだ。
大盾を構える奴らに、その後ろからは魔術師や弓兵の類。
そして。
「はなてぇぇぇ!」
王様の声と共に、一斉に魔法と矢が飛んでいく。
まるで雨の様だ、と言って差し支えないだろう。
ただし、地面から上空へと向かっていく訳だが。
「こりゃまた……今回は王様も随分とやる気じゃねぇか」
「前回とは大違いだな」
なんて言葉を洩らすカイルさんとギルさんが、ボトボトと落ちてくれる魔獣達を眺めている。
すっご……コレだけ兵士が揃ってれば、俺達とか必要なく勝てちゃうんじゃ……。
とはいえ、いつでも動けるように準備だけはしておかないと。
「さて、下からも来たみてぇだぞ」
その言葉に従い、視線を下ろしてみれば。
そこには、森から大量の魔獣達と共に……人が出て来た。
え、人?
「やぁやぁ諸君! どうかな私の魔獣部隊は!」
よくわからん大声をあげる先頭の奴が、馬車の上に立っている。
なんだアイツ、アホなのだろうか。
何故馬車の屋根に上る必要がある、恰好の的になるぞ。
周りのウォーカー達も、不審げに馬鹿でかい声を上げる男に目を凝らしていると。
「盾、槍、構えぇぇ!」
指示と共に、一斉に武器を構える兵士達。
普通なら鼠一匹通れそうに無い程、きっちりと整列している。
だというのに、相手は悠然と馬車を走らせてくる。
「酷いではありませんか父上。 実の息子に武器を向けるのですか?」
「愚か者が! 貴様自分が何をしているのか分かっているのか!? コレ以上我々の罪を重ねるでない!」
なんか、始まってしまった。
えっと、待って?
という事は、今目の前に居るのって王子?
馬車や周りの連中は“教会”の人間っぽく見えるんだけど……マジで教会と国との戦争?
そんでもって、王子は何やってんのよ。
「まぁ、今更ゆっくりと話している時間もありませんからね。 行け! “獣共”! 全てを食い散らかせ!」
事態に付いていけぬまま、ポカンと彼等の事を眺めていれば。
周りに居た魔獣達が一斉にこちらへ向かって走り始めた。
くそ、こっからが本番ってか。
マジで意味分かんねぇけど、とにかく王子様は敵になったって事で良いらしい。
「しゃっ! 俺達も出番だ!」
「稼ぎ時だ! お前等気合い入れろ!」
二人の声に、ウォーカー達が雄叫びを上げる。
とは言え、目の前には兵士達が居るのですぐさま飛び出せる状況ではないが。
なんて事を考えた、その時だった。
「ぐっ!? あがぁっ!」
一人、また一人と兵士達が倒れていく。
おいおいおい、今度は何が起きた。
誰しも混乱しながら、周りを見回していれば。
「アムスゥゥ! 貴様何をしたぁぁ!?」
「ハハハハハッ! 武具の管理はもっと厳重にするべきですよ父上!」
また、アイツが何かをしているらしい。
ノアが近くの兵士の元へ走り寄ってみれば。
「これ、デバフだ。 それも麻痺性の状態異常。 死ぬ程じゃないけど、このまま戦うのは無理!」
「だぁくそ、マジかよ! こんなバタバタ人が倒れてる所で戦うのか俺ら!?」
もうすぐそこまで敵は迫っているのだ。
俺らが兵士達を踏みつぶしながら前に出れば、怪我人どころでは済まないだろう。
とはいえ、ご丁寧に倒れている者達を避けながら進めば、獣の方が早くコチラに到着する。
くそっ、なんで初手からこんなに――。
「“光剣”!」
目の前を、光が埋め尽くした。
夜だというのに、まるで太陽の様な光が先頭の魔獣達を包み込む。
そして。
「しばらく俺が時間を稼ぎます! ウォーカーの皆さんは戦闘準備をお願いします!」
一人の男が、俺達全員を飛び越えて一番前へと降りたった。
人間に、あんな跳躍が可能なのか?
しかもさっきの魔法、一発で数十体の魔獣を屠っている。
もしかして、アイツ……あの“勇者”か?
前にウチのホームで必死に土下座していた人物。
それと同一人物だとはとても思えない程勇敢な姿。
なんて、前ばかりを眺めていた時。
「パーティ、“戦風”の皆様とお見受けします」
急に隣から声が掛けられた。
近くにいたウォーカー達は、皆ビクッと反応してから声の主に視線を向ける。
そこにはあまりにも戦場と似つかわしくないドレス姿のお姫様と、更に。
「ハツミさん?」
「やぁ、お待たせ。 ノイン達も来てたんだね」
スッと目を細めながら、“悪食”メンバーのハツミさんが姫様と共に立っていた。
マジで、本当に。
一体何がどうなっているんだ?
「“戦風”を中心とし、ウォーカーの皆様に指示を出してほしいのです」
「オイオイ、俺はそういうの苦手だぞ……戦い始めると、悪食の旦那みてぇには頭が回らねぇんだ」
「ご心配なく、私が“視ながら”指示を出します。 それを、貴方がウォーカーの皆様に伝えてくれれば大丈夫です。 私の声では、皆様が動いてくれるかわかりませんから」
「お、おう? まぁ王族の命令は断れねぇが……」
「いえ、これは“お願い”です。 命令は致しませんわ」
そんなやり取りを交わしながら、カイルさんと姫様が並んで正面を睨んだ。
そして。
「まぁ……考えたって仕方ねぇ。 行くぞお前等! 注意は促してくれるらしいから、俺の声が聞えたらそっちに警戒しろ!」
そんな台詞を吐いてから、彼は走り出す。
とはいえ、目の前にはやはり地に伏せている兵士達が居る訳だが……。
「柴田! “勇者”なら敵と戦いながらでもコッチに手を貸せ! 道を頼む!」
「了解! 任せろ! “エアーハイク”!」
ハツミさんの声に答える“勇者”が、こちらに掌を向けてみれば。
こちらから彼の元まで、突如“光の道”が出現した。
その道は地に伏せた兵士達の上に構成されており、この上を渡ってこいと言わんばかり。
よく見てみれば、実際には道ではなく金色に輝く魔法陣の集合体。
だが、数が異常だ。
こんな大量の魔法を一辺に使うなんて、普通じゃできない。
アナベル先生だって、瞬時にはこんな芸当出来ないだろう。
ホント、なんなんだアイツは。
そんで、あんな化け物に腕一本失っても勝ちをもぎ取ったウチのリーダーは、一体何なんだ。
本当に人間かよ。
「しゃぁ! テメェら! 突っ込むぞぉ!」
「「「うおおぉぉぉぉ!!」」」
雄叫びを上げながら、俺達ウォーカーは前線へと突っ込んでいく。
そんな中。
「ご武運を、無茶だけはしないで下さいませ。 幼き“悪食のお三方”、無名の英雄を継ぐのでしょう? であれば、生きて帰って来て下さい」
そう言って、王女様とハツミさんは“影”に消えた。
お三方? ハツミさんも含めてって事か?
はて、と首を傾げながらも俺達は皆に続いて光の道を突き進むのであった。
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